自傷行為 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋自傷行為(じしょうこうい)とは自らの身体を意識的・無意識的に拘らず傷つける事を言う。日本ではリストカットが有名である。虐待のトラウマや心理的虐待及び摂食障害、低い自尊心や完璧主義と正の相関関係があると考えられている。自傷行為は多くの場合文化的タブーとされる。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 関連商品
林 直樹 /
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目次 |
自傷行為は、深刻な症状であるにもかかわらず、“精神障害の診断と統計の手引き(DSM-IV TR)”では公式の疾患名としては認められていない。治療は欧米では認知行動療法が主体であり、また味付けとして薬物療法が行われるが、なかなか治りにくい(治療抵抗性が高い)。背景となる疾患がどのようなものであるか(一例として境界性人格障害、統合失調症、知的障害などが挙げられる)によっても治療方針は全く異なってくるので患者本人および家族に自傷行為についての誤解を解いてもらうことなど、その評価が非常に重要である。
脳の器質的障害が原因とされる発達障害の一種の自閉症にも自傷と呼ばれる行動障害があり、自分の手を噛む、壁や床に頭を打ち付ける、自分の顔を叩くなどの行動が見られることがある。
PattisonとKahan(1983)がDeliberate self-harm syndrome(故意に自分の健康を害する症候群)という概念を提唱し、その3徴候として、「薬物の乱用または依存」、「自傷」、「食行動異常」を挙げた。女性では摂食障害の60~70%に自傷行為を、また男性では薬物乱用の50%以上に自傷行為を伴うとされており、共通の病理、または共通の行動化要素としての関連が考えられる。タトゥー、ボディピアスなどの「身体改造」も広義では自傷行為に含まれると考えられているが、社会的、文化的側面もあるため簡単には断言できない。
欧米では長らくself-mutilationという語が使われていたが、mutilation(切断すること)だけが自傷行為ではないことが認識されるに従い、現在ではself-injuryという語に置き換わりつつあるようである。
自傷と自殺については厳密に区別されなければいけない。それどころか、自傷行為を「自殺行為」と誤解することは治療の妨げとなる(Lineham,1993a)とされている。Walsh(2005)は、自傷行為と自殺企図の区別について9つの項目で区別をすることを提唱している。
| 番号 | 項目 | 自傷行為 | 自殺企図 |
|---|---|---|---|
| 1 | 行為そのもので期待されるもの | どうにもならない感情の救済(緊張、怒り、空虚感、生気のなさ)。 | 痛みから逃れること。意識を永久に終わらせること。 |
| 2 | 身体的ダメージレベル、および潜在的に行為が死に至る確率 | 身体的にはあまり強くないことが多い。致死率はあまり高くない方法を好む。 | 深刻な身体ダメージを及ぼすことが多い。致死率が非常に高い方法を好む。 |
| 3 | 慢性的、反復的であるかどうか | 非常に反復的である。 | 反復的なことは少ない。 |
| 4 | 今までにどの程度の種類の行為を行ってきたか | 2つ以上の種類の方法を繰り返し行う。 | 主に1つの方法を選ぶことが多い。 |
| 5 | 心理的な痛みの種類 | 不快感、居心地の悪さが間欠的に襲ってくる。 | 堪えられない感情が永続的に続く。 |
| 6 | 決意の強さ | もともと自殺するつもりは強くないのでそれほど強くはない。他の選択肢を考えることもできる。一時的な解決を図ろうとして行ってしまうことが多い。 | 決意が並外れて強い。自殺することが唯一の救いとしか思えない。視野が狭い。 |
| 7 | 絶望、無力な感じがどの程度あるか | 前向きに考えられる瞬間と、自分をコントロールする感覚を少しは保っている。 | 絶望、無力感が中心で、一瞬であってもその感情を外すことができない。 |
| 8 | 実行することで不快な感情は減少したか | 短期的には回復する。間違った考え方も感情も行為そのものによっておさまる。「意識の変化」を起こす。 | まったく回復しない。むしろ自殺がうまくいかなかったことによってさらに救いがもてなくなる。即時の治療介入が必要。 |
| 9 | 中心となる問題は何であるか | 疎外感。特に社会の中での自らのボディ・イメージ(アイデンティティにもつながる)が築けていないこと。 | うつ。逃れられない、堪えられない痛みに対する激しい怒り。 |
注意:以降の文章には自傷行為者の詳細な心理描写も含まれています。場合によっては読んでいるだけでフラッシュバックを起こし自傷行為に至る可能性があるので注意して下さい。
推測ではあるが、リストカッターの少なくとも半数が性的虐待の被害者であるともいわれる。リストカットは1960年代に主としてアメリカの女性に見られ、社会問題となった。自傷行為経験者は若い未婚の女性に多く、男性にも一定数存在する。常習性が高く、周囲の理解も得られにくいために長期間苦しむことも多い。カナダ放送協会(CBC)が500人のスクールカウンセラーに過去1年間に診た自傷者数を尋ねてみたところ、各校に2〜3人いるという回答結果が得られ、非公式な調査結果ではあったが、その発症率は女子250人に1人とされた。
また、近年は更なる発生率が示されており、英国のオックスフォード地区、ノーザンプトン地区、バーミンガムの学校41校の6000人の15歳と16歳の生徒を対象に2000年と2001年に行われた大規模な研究によれば調査が行われた年の前年に自傷行為をしたと報告したのは少女が11%、少年は3%であったという。スラッシュ(切り付け行為)(65%)が自己虐待の方法としてもっとも多く、過剰行為(31%)がそれに次いだ[1]。
欧米の研究者によると大体6割程度に親からの虐待の事実が認められるとされるが、残り4割には認められない。
日本において自傷行為に関する研究は極めて遅れている。本項目でも日本における調査を参考までに多く取り上げているが、これらの調査に対して自傷症患者を取材してきた記者からは「そもそも自傷行為の定義がはっきりしていない」とか「本当に注目しなければならないのは中毒症状になってしまった場合であるのにその辺りが曖昧である」といった疑問が投げかけられており、調査は大まかな指針にはなっても実際には実態を表していない可能性が強いとされている。
日本での自傷行為は、欧米からの症例が紹介された1970年代頃から把握されだした。日本では、精神分析や精神関連の用語の普及と共に実際の症例が増す傾向がある。奈良教育大学の調査によると1999年頃から統計上は急激に増加したとされる。ただし、把握されていななかっただけの可能性もあり議論は慎重を要する。
自傷行為には伝染性があるとされ、インターネット上での自傷関連サイトとの影響も指摘された。2月6日の毎日新聞夕刊によると、2005年の首都圏のある公立中学校では、3年生の数人がリストカットをし始めたが、その後急激に増加し、200人足らずの3学年の中で学校が把握しているだけでも20人を超えたという。医師なども人間関係が苦手な場合、仲間意識を感じようと自傷行為をしてしまう事もあるようだという話をすることがある。
全国高等学校PTA連合会が、(独)福祉医療機構(子育て支援基金)の助成で、2003年度から3か年計画で実施している「高校生の心身の健康を育む家庭教育の充実事業」の第3年次の調査によると、高校2年生5755人からの回答を、木原雅子京都大学大学院助教授が集計・分析を担当した結果、自傷行為の経験があるのは男子5.3%、女子10%だった。また、同調査では「出会い系サイト」は男子3.9%、女子5.8%、「援助交際」は男子1.1%、女子1.5%が経験していると回答している[2]。
養殖されていたり飼われていたりする動物がストレスで気が狂い、自傷行為に走る事がある。毛皮にされる檻の中で飼われた動物が自身の体に噛み付く、水族館の魚が自ら壁にぶつかる、などの行動が見られる。
リストカットを含む自傷行為が始まるのは精神的に最も不安定であった時期より数年遅れることが多く、若ければ10歳前後から始まる。酒や薬などを用いて始めることもあるが、多くの場合は自然に発症する。当初の感覚は強い憤り、不安、パニックなどである。前兆として、その感情を抑えようと物を投げたり壊したりすることもある。
当初は周囲に対する恥辱感から傷口を隠すことが多い。通常は腕時計やリストバンド、長袖などで傷口を隠す。小学生など、年齢が若い場合は自傷行為についての知識がさほどないためか、刃物以外で自傷行為をすることが多い。
自傷行為をすることによって、一時的に当初の精神的な苦痛は緩和される。しかし、それは自分を傷つけた直後だけなので、止めたいと思っていたとしても、また新たな精神的苦痛を負うことによって何度も繰り返してしまい、常習化するケースがほとんどである。何度も切っているとその部分の感覚が麻痺してくるうえ、血を見ることに慣れてくるので、常習化はさらに進む。また、夏服になると手首は目立つので、リストカットよりもアームカットをすることが多い。
一般には剃刀やカッターナイフなど鋭利な刃物を使うことが多い。自傷行為は切るだけではなく、自分で自分を殴ることもある。他には、バーニングをするためにドライヤーなどを使うこともある。また、激しい痛みを求める場合には鋏や包丁など刃先がギザギザした刃物を用いる事もある。切る時はただ切りたいという衝動に駆られるだけで切ることが多いが、後で傷跡やケロイドを見て醜く思い、自分自身を卑下してしまうこともある。
人間関係が不安定になることが多い。引きこもりのような状況になることもあるが、基本的には人との接触を望んでいるので、一時的なものであることが多い。しかし、対人関係はその後も不安定であることが多い。この状態が続いた場合、現実検討能力が全体的に弱体化していく。
自傷行為が原因で死亡まで至るケースは極めてまれであるが、静脈切断でもかなりの量の出血をすることがあり、極度の貧血のために心臓が弱ってしまうなど健康に差し支えることもある。また、精神的に乖離している場合、予定外に動脈を損傷することもあり、この場合本人の意思にかかわらず結果的に死亡してしまうこともある。
自傷者は、ある程度の時間がたつと精神的ストレスを言葉で表現することが多くなってくる。もともと自分自身の抑圧されたストレスが表現できなかった者に多いため、周囲の環境によっては回復することも少なからずある。実際に、精神的に落ち着けば自傷行為が治まる場合も多く、年齢と共に自傷行為をする人口は減る。これは、年齢に応じた経験によって自己を確立する術を手に入れたからと考えられる。また、結婚などによって治まることもある。しかし、愛情にうまく対応できず離婚してしまい、再び自傷行為をしてしまう者も多い。
だが、近親者からのひどい性的暴行を加えられた場合などでは、生涯にわたって影響が見られる場合が少なくない。成人の場合はその人はアダルトチルドレン (AC) であるとも考えられ、自傷者の中にもそう言っている者がいるが、より深刻な心的外傷後ストレス障害や解離性同一性障害の人もいる可能性もあるため、安易にこの用語は用いるべきではない。精神障害の診断と統計の手引き(DSM-IV)では自傷行為は多重人格を示唆する所見の一つとして数えられているくらいである。
自分の感じている世界とは違った世界観を持っているように見える。 相手がしている行為や、行動が自傷者からすると妙にちっぽけなものだと感じてしまう。 他人の気遣いの態度が逆に自分には偽善の態度にしか見えなくてイライラしてしまったりすることも少なくはない。 また、自傷していることに気がついた周りの者が興味本位に「傷を見せろ」と言ってくることがあり、言ってきた人に少なからず不快の念を覚えているのは確かである。
悲しみや怒り、孤独感や劣等感などの感情により衝動を抑えきれない状態に陥った時、または呼吸困難、頭痛、吐き気など精神的ストレスによる症状が同時に襲ってきた時、それを抑えるために自らを傷つけてしまうと一般的にはいわれている。しかし、本人にとっては具体的に何が引き金となり自傷行為を行うかはたいてい不明である。自傷を行う者は「ただ強い衝動があった」などといったはっきりとしない妙な説明をしてしまうことが多く、中には自傷をしている時点で記憶や意識がない場合もある。これはいわゆる解離性障害であるとみられる。
目的は死に到るための自殺ではなく、孤独感や空虚感を紛らわすための「自己の再確認」や「ストレス解消」といった、生きる願望が屈折した形になって現れる行為である。しかし、自傷行為は生きたいための行動であるにもかかわらず、本人に自殺願望があることも多い。自傷行為は自殺を抑えるための役には立つが、自殺願望がある場合には、最終的に自殺をしてしまうこともあるとされる。しかし、自傷行為による事故死と自殺は判別がつきにくく、実際の様相ははっきりとは分かっていない。自傷行為は社会的には理解されにくく不可思議なものとみなされてしまうことが多い。しかし、本人の状態に対する危険信号としての理解が必要である。
また、医師は初め脳器質疾患を疑うこともあるが、それは念のための診断である。肉体を切るとエンドルフィンというホルモンが分泌され、精神的な苦痛が緩和されるのでそれを無意識的に期待して切る者もあるとも考えられている。だが、大抵本人はこの事は分かっていない。
自傷行為の原因として、脳内のセロトニン不活性も考えられている。しかし、その生化学的因子は幼少期にトラウマを負ったことによっても形成されるとされているので、現時点ではそれが遺伝的因子と同一であるかについての結論は出ていない。
アルコール依存症などの遺伝的因子は、自傷行為をよりひどくする因子であると考えられている。
自傷行為をする者に最も疑われるのは境界性人格障害であり、鬱病、演技性人格障害、自己愛性人格障害、摂食障害、抜毛症、強迫性障害なども疑われる。また、統合失調症と判断されることもある。精神医学上は自傷行為はそれらの人格障害、精神病の二次的な症状であるとされ、それ単独で起こるとはされない。しかしながら実際には、必ずしも症状の深刻さと自傷行為のひどさは一致しないことが分かっている。これは本人に「自傷行為者(リストカッター)としてのアイデンティティ」が確立するか否かによるようである。これはかつて多くの精神病者と病院との間の関係で社会学者達から指摘されたものであり、病院での交友関係が定常化して「自分は健常者」という意識がもてなくなることによるとされる。
なお、境界性人格障害は心的外傷後ストレス障害(PTSD)、パニック障害、不安障害、アルコール依存症、薬物依存症の他、性同一性障害、注意欠陥障害(ADD)などに似た症状も持っている事が一般的である。また、先に挙げた精神疾患も重なり合う症状は多いとされる。
一概にはいえないが、自傷行為をする人は我慢強く、自己に批判的である傾向があるとされる。また、自傷者は非常に自尊感情が低い。コミュニケーション能力が欠如し、いつもぼんやりとしていて、虚ろで平板な人が最も多いが、多弁なだけで意味を成さないことばかりを言い、偽りの自己を作り出し、他人をからかおうとする精神構造の者もいる。また、無関係な話をすることで話をはぐらかそうとする者もいる。自分自身の心の痛みに対しては過敏であるが、他者を全く信用できないことが多く、自分自身の肉体的な痛みしか信用できなくなっていることが多い。
自傷行為をする人の多くは、学力が部門別に極端に能力差があることがほとんどである。アタッチメントを形成する能力に欠陥がある一方で、他者から一方的にアタッチメントを受ける能力には長けていることが多い。しかし、自傷者は、過去の体験から他者を信用できないことがほとんどである。
身体の自己認識にもその病理の問題点が大きく存在している。日本では身体の所有がその本人であるという精神の認識が特に希薄であり、家父長制度の影響とその名残から、幼少のうちから身体の所有権は当の本人になく、無意識に漠然と自分以外の誰か(保護者または他人)の所有であるという意識をもつ年少者が多い。性的であれ何であれ、誰にも精神を含めた身体の所有権を決して渡してはならないという身体意識の恢復を図ることが、自傷者の精神の統合や安定につながるといえる。
自傷行為をする者の家庭には様々な問題があることが分かっている。以下に代表的なものを並べる。ただし、必ずしも家族構造だけが原因となるわけではなく、実際には様々な原因がある。
自傷行為をする者の多くは、幼少期に何らかの虐待を受けていることが多い。しかし、虐待された者が必ずしも自傷行為をするわけではなく、トラウマを抱えながらも必死に乗り越えようとしている人も多い。各種統計などから虐待との関連性はほぼ確認されていると言ってよいが、虐待されている人の実数や虐待の状況がよく分かっていないので、自傷行為との関連性がどのくらいであるかはよく分かっていない。
鹿児島大学が2006年1月に発表した、九州の5大学に通う1~2年生1626人を対象にした調査がある。回答者1592人(男性831人、女性761人)のうち、自傷行為の経験者は120人(7.5%)であり、「家族からの放任や罵倒などを経験した」と答えた人が自傷行為をする危険性は、そうでない人の8.7倍、「第三者からの性的暴力を受けた」が5.8倍、「教師や友人からの無視を経験した」が5.5倍、「両親からかわいがられた経験がない」が4.2倍であった。しかし、大学まで進学できない自傷行為者も多いと推測されるので、この調査に対しては疑問も多く投げかけられている。また、虐待を受けた人間の多くはそれに関して何も語らないということについても疑問の余地がある。
自傷行為者について話題になりがちなのは親からの身体的虐待・性的虐待なので、自傷行為者は必ず身体的・性的な虐待を受けていると思われる節もある。しかし、反対に親の怠慢・愛情不足すなわちネグレクト・心理的虐待が引き金になることも多い。また、友情関係など周囲の環境にひびが入ったために起こることも多い。
重度のリストカッターの場合、近親姦が過去にあったことが多い。この場合、自分がやっていることと自分のされていることとの区別がつかなくなり、自分を痛めつけることをそのまま愛情として認識してしまうほかなくなってしまうことが多いとされる。この場合、実はもう片方の親に憎しみを抱くことが多いとされる。近親姦の定義については一般認識と心理学では大きな隔たりがあり、一概には言えないが、心理学上は肉体のいかなる部位においても「近親者が子供の性的な興奮を目的として触れる行為」を近親姦と定義している。また、さらに言うならば、近親者が自分の性器を露出して見せたり、自分で触れてみたり、子供の性的な写真を撮るなどといった行為も「近親姦的行為」とされる。また、子供に対するセクハラ行為でも心理的に似たような苦痛を受ける。そして、本人にとって重要な点はそれが「秘密にしておかなくてはならない行為である」ということである。
近親姦はめったにないと思われているところがあるが、実際には米国保健福祉省などを含む、あらゆる信頼のおけるデータによると近親者から18歳までに受けた性的加害行為は少なく見積もっても1割にも上り、実際には相当数に上ると思われている。これほどまでに性的行為が多いことは1980年代半ばまでは認知されておらず、それまでは少なくとも10万件に1件程度だと思われていた。
近親姦をされた子供は被虐待者の特徴として罪悪感を内面化するが、そこに羞恥心が加わることによって、「自分は悪い事をした」という意識は他のどの虐待の場合よりも強くなる。しかも、父親と娘の場合に多いが「自分は母から父親を奪っている」という意識が強くなり、自分自身を卑下してしまい、その罪悪感が自傷行為に影響を及ぼすとされる。しかも、その孤立感から家庭にしか居場所がなく、家庭を改善させようとしてしまうため、現実には不可能な「幸せな家庭」という夢を追い求め、悪循環に走ってしまうことが多いとされる。近親姦(特に親子)はほぼ間違いなく破滅的な結果をもたらすが、それは自傷行為だけでなく、薬物依存、セックスに関する諸問題など様々な形で現れる。
また、より広義の性的虐待に関しても近親姦同様に関連が疑われている。ダイアナ・ラッセル(Russell, D)のサンフランシスコの女性に対する調査によると、直接的身体接触だけで38%に上っている。非身体的なものまで含めると54%にもなる。日本においても1998年の「子どもと家族の心と健康」調査によると小学卒業までに女性の15.6%、男性の5.7%が性的虐待の被害に遭ったという回答が得られており、今まで社会が否定し続けてきた実態が明らかになりつつある。
なお、性的虐待にあった人は自傷をする代わりに過食嘔吐をしたり、他の自己破壊行動をとることも多いとされる。いずれにせよ、自己破壊行動として類似した点が多い。女性が重視されがちであるが、男性にも同様の傾向が認められている。
自分を切りつけることは学力に対して優位に働くこともある。勉強それ自体は問題ではないが、自傷行為を行う人の場合低い自尊心の裏返しからか完璧主義、強迫衝動が強いのが特徴的である。勉強はこういった人の場合には、自分自身に対して痛みを加えることと同一であると錯覚される可能性がある。勉強による孤独感の強さも関係している可能性もある。
性に関して逸脱している状況が引き金になるケースもあるといわれ、売春などに関係しているケースもあるといわれる。実際、日本の風俗嬢が自傷行為をしているケースもある。しかし、レイプなど、男性にされたことに対しての心の傷はその性質上表面には出づらいので、自分で抱え込んでしまうことが多いうえ、少女時代にはレイプを愛として認知し、自分自身を痛めつけることによってその原体験を再現したがり、自傷行為をより悪化させてしまうことも多いとされる。また、レイプした人間と付き合うケースもあり、その場合自分自身に対して「バカな人間」という称号を付けてしまい、自尊心をさらに下げてしまう結果になることもある。
原因として、フロイトに関係する精神分析の解釈が用いられることもあるが、現在はさほど有力視されていない。精神分析学的自我心理学に関係する解釈によると、自傷行為は幼少期(1~3歳前後)の頃の母親との分離不安が原因となり、自己存在の確認の一時的な手段として用いられると主張される。この説は精神分析学的に手首は乳房に触れていたのだから母親との意思疎通を図っているのだろうとされていたために起こったものである。この説に基づけば、自傷行為は母親など他人との意思疎通の一種であると考えられる。しかしまず、手首が母親との意思疎通を表すならレッグカットなどをする時点でこの説は不備が多い。さらに、実際に意思疎通能力を高めても、何人かについては成功を収めたものの、多くの患者は自傷行為を続けたのである。このため、研究者たちは自傷行為にはより複雑な原因があると判断し、異なる原因があるだろうという論が現在有力である。いずれにせよ人によってその背景が異なる事を十分認識しておかなくてはならない。
自傷行為の場合解離する場合と解離しない場合があることが知られる。多くはその二つを使い分けているようである。代表的な動機を以下に述べるが、どれであるかははっきり区分できない。だが、解離が進んでいればいるほど重症なケースが多い。
自傷行為は、以前は自殺行為とみなされてしまうほど理解のない症状であった。病院でもその行為が理解できない医者が大半であり、病院側も対処に困るケースが大半であった。
しかし、自傷行為が広まるにつれ、その行為は一種の病気であり、自傷行為をする者は精神病者であるとみなされるようになった。非常に否定的な注目ではあるが、以前より理解度が上がったのは事実である。しかしその後にも、心の内の実情を知るものは少なく、精神病者として社会的に偏見を受けることが多い。一般に、自傷行為は理解されにくく、その行為に及んでいるというだけで軽蔑視される。
また、フロイト系の解釈をする医師からは、その行為は単なる甘えであると見なされてしまうこともある。周囲から、マゾヒスト的な発想に基づく行為と見られてしまうこともある。これらの偏見は、本人が自分自身のアイデンティティとして認知してしまうこともあり、自傷者自身がそう言ってしまうこともある。
しかし、実際には自傷行為は厳しい現実に対する一種の自己防衛手段なのであり、そのような偏見は病院のスタッフや周囲が自傷行為をする人間に対しての理解が少ないために起こるものであろう。実際に自傷行為をする者には、その家族構成や周囲の環境に何らかの異常が認められることも多く、実は家族の構成員や周囲の人間の中では最も正常な人間であるともみなされることも多い。しかし、それらの人間には表面上は異常とみなされるような行動が少ないので、実際には自傷行為をする人間の多くは自分自身が最も異常であると考えてしまうことが多い。しかし、自傷行為は社会的には許容されないので、なるべくそれ以外の手段をとることが適切であると思われる。そのためには、自傷行為をする人間の心の闇について、周囲のはっきりとした理解が必要であろう。
自傷行為をする者は、境界性人格障害などの人格障害である場合が多いので、接し方としてはそれらの人格障害に対する接し方にならう。
リストカットだけについて言えば、自傷行為自体を責めてはならない。また、無理やり止めさせようとするのも避けるべきである。このような周囲の行為、態度は自傷行為者に対し過度のストレスとなり、更なる自傷行為に走らせる結果になる場合が多い。ひどければ自殺にまで至ることもある。自傷行為者にとっては、自傷行為は自分の精神を安定させる有効な方法となっているので、それに代わるものを考えるべきである。
症状が最もひどい時はヒステリーを起こして接触さえ困難になるので、特に注意が必要である。
自傷行為をする人は、「痛み」を一時的に感じない場合が多い。または、その「痛み」によって気分を紛らわせようとしている。そして、自傷行為をして得になるものはないと自分自身でも分かっている。よって「痛いでしょう? そうしたい気持ちは分からないわけじゃないよ。でも、自傷行為をして最後に困るのは誰?」といった台詞は気分を逆撫でし、自尊心の低い自傷行為者にとっては自分の価値観をさらに下げてしまう結果になり、余計ひどくなるのでタブーである。
「辛いんだろうけど、そんなことしなくても私はそばにいるよ。だからゆっくり治して行きましょう」など、自傷行為者の絶望に共感を交えつつ注意を喚起し、行為を減らしていくのが良い方法である。
しかし、前述のとおり、自傷行為者は境界性人格障害などの人格障害である場合が多く、酷い過去を持っていた場合などでは強烈な逆転移(あるいは二次的PTSD)を引き起こす場合もあり、時として相談者やパートナーや治療者もが、精神に大きなダメージを受けるなどし、最悪の場合は自殺に追い込まれるリスクもある。したがって、相手を自傷行為者と認識して接するには正しい知識と相当の覚悟が必要であり、決して中途半端な気持ちや興味本位で話しかけてはいけない。また、尊大な態度を見せてはいけない。
認知行動療法が最も一般的であり、薬物療法を併せて行うこともあるが、治療は非常に困難である。行動療法、家族療法などを用いることもある。薬としては、ジプレキサやリスパダールなどが用いられる。睡眠薬として、ハルシオンやロヒプノールを用いることも多い。本人は周囲の常識を超えた人生を送っていることが多いので、ドラマとして周囲に認知されることも多いが、自傷症に関する実際の情報を与えることが本人にとって大切である。自傷行為をしている人は確かに自傷行為をしているのであるが、それは乗り越えることができる存在であるということもまた正しいのである。周囲・本人が自傷行為に対してマイナスなイメージを持ちすぎるのは治療の 妨げになる場合があり、「成長するための手段」としてリストカットをポジティブに捕らえる事も重要であるとされる。本人の意思に反して無理に止めさせることはかえって悪影響を与える。しかし、世間一般に蔓延している屈折したリストカットのイメージを受け入れてしまい、治療が困難な場合もある。
リストカットに対する一時的な対処法として、次のものが挙げられる。
ただし、このような場合は本人がある程度冷静である必要がある。そのため、記憶や意識がなくなってしまうほどの強い衝動によって行為に及ぶ場合には有効ではない。
自傷行為は本人にとって重要な位置を占めているので、無理にやめさせようとしてはならない。もし本人が自傷行為を止めたいと言う場合には、病院に入院することやカウンセリングを受けるなどの方法が考えられる。しかし、これには、まず何よりも本人の「止めたい」という強い意志が必要であり、必ずしもうまくいくわけではない。病院に入院することは自傷行為を一時的にやめさせるには効果があるが、一時的なものなので、常習を止めるには効果があるとは言い難い。さらに、自傷行為者は自尊心が弱く、強い意志をもてない自分を余計に卑下してしまうことがあるので、安易に勧めるべきではない。本人の意志がまず第一であろう。実際、無理に連れて行ったり、騙して連れて行くこともあるが、これは本人にとって悪影響がある。さらに、医師やカウンセラーがその行為を理解してくれるとも限らず、その場合、さらなる心理的ストレスを負い、よりひどい自傷行為へと走ることもあるので、注意が必要である。
現在において、ファッション感覚でリストカットやその真似事を行う人々が増えつつあり、これらの行為は真剣に悩んでいるリストカッターからは攻撃の対象となる場合がある。リストカッターに余分なストレスを与えないよう、これらの情報はなるべく遠ざけるべきである。中にはリストカットの行為自体を一種の性的魅力や、萌え属性とするような傾向もあり、マゾヒスト(被虐)、ネクロフィリア(死体愛好)、タナトフィリア(死愛好)的な解釈によるものとの誤解から来ると思われる。ファッションを演じる自傷とはいえ、「誰かを傷つけている」ということを忘れてはならない。
特にゴシック・アンド・ロリータの愛好家の間での衝突はすさまじく、自傷行為者のゴスロリ愛好家の事をグロテスクなゴシック・アンド・ロリータの意味でグロロリと蔑称的に呼ぶ。しかし、自傷行為をするゴスロリ愛好家が必ずしも血糊などを多用したグロテスクなテイストのグロロリをしているとは限らない。特にネット上でのそういった行為の公開、自傷行為者でない愛好家に傷跡を見せるなどは自傷行為者・愛好家両者から嫌悪感をもたれる。ネット上で自傷行為を公開していたゴスロリ愛好家の恋人の男性が殺人事件を起こしたこともある。リストカットは大変プライベートな問題であるため、そういった話題に触れられるだけでトラウマを喚起されショックを受ける人もおり、ゴスロリ系のファッション雑誌ではそういった自傷行為に関する言動(肯定的なものばかりではなく、否定的なものも)を避ける傾向にある。
SMにおいても、自傷行為が行われることがある。そのためか、リストカッターはマゾヒストと混同されがちであるが、自傷行為はあくまでも精神的な苦痛からの開放のためであり、性的満足を得る為や、ファッションなど美的感性の傾向から自傷行為をしているわけではない。また、こういった行為は本人の明確な意識があるからこそ行われるものであるが、自傷行為は本人の意識が朦朧としている状態で起こりやすく、自傷行為をした事は覚えているがなぜそういう行為に至ったのか全くわからない場合もある。例えば東京から北海道に行き、その旅路の過程を覚えてはいる(記憶喪失や健忘症ではない)が、なぜ自分が北海道までいったのかは自分でも理解できない解離性遁走と呼ばれる現象に似ている。解離性遁走も周囲・自己ともにその行動の理由が理解できないため、衝動的なもの、感情的な行動と受け止められがちだが、そうではない。