豊橋駅 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋豊橋駅 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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| 豊橋駅 | |
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東口遠景
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| とよはし - Toyohashi | |
| 所在地 | 愛知県豊橋市花田町西宿 |
| 所属事業者 | ■東海旅客鉄道(JR東海) ■日本貨物鉄道(JR貨物) ■名古屋鉄道(名鉄) |
| 電報略号 | トヨ |
| 駅構造 | 地上駅(橋上駅) |
| ホーム | 2面3線(新幹線) 5面8線(在来線) |
| 乗車人員 -統計年度- |
(JR東海と名鉄の合計)41,904人 (名鉄)17,336人/日(降車客含まず) |
| 開業年月日 | 1888年(明治21年)9月1日 |
| 乗入路線 4 路線 | |
| 所属路線 | ■東海道新幹線 |
| キロ程 | 293.6km(東京起点) |
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◄浜松 (36.5km)
(42.7km) 三河安城►
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| 所属路線 | ■東海道本線 |
| キロ程 | 293.6km(東京起点) |
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◄二川 (6.9km)
(4.8km) 西小坂井►
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| 所属路線 | ■飯田線 |
| キロ程 | 0.0km(豊橋起点) |
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(1.5km) 船町►
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| 所属路線 | ■名古屋本線 |
| キロ程 | 0.0km(豊橋起点) |
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(5.0km) 伊奈►
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| 乗換 | 新豊橋駅(豊橋鉄道渥美線) 駅前駅(豊橋鉄道東田本線) |
| 備考 | 共同使用駅 終日駅員配置 みどりの窓口 有 |
豊橋駅(とよはしえき)は、愛知県豊橋市花田町西宿にある、東海旅客鉄道(JR東海)・日本貨物鉄道(JR貨物)・名古屋鉄道(名鉄)の駅である。
豊橋鉄道(豊鉄)渥美線の新豊橋駅および東田本線の駅前駅が近く、相互に乗り換え可能である。
目次 |
名古屋方面には、JR東海道本線・東海道新幹線と名鉄名古屋本線が競合しているため、高速・高密度化が図られている。特に東海道本線は、2006年10月から早朝は8分おきに名古屋方面への快速列車が発車し、JR快速・名鉄特急とも名古屋駅まで約50分で到達する。JR東海からは「名古屋往復きっぷ」、名鉄からは「なごや特割2」・「なごや特割30」という特別企画乗車券が発売されており、激しいシェア争いが展開されている。
浜松方面には、東海道本線の普通電車(各駅停車及び一部快速列車の直通。浜松駅まで所要時間32分程度)が、1時間に3本程運行されている。特に時間を要する区間ではないものの、この路線を頻繁に利用する者(通勤・通学客など)以外や、目的地を浜松駅として所要時間短縮を求める者などは、東海道新幹線を利用するケースも少なくない(浜松駅まで所要時間13分程度)。
東海道新幹線は「のぞみ」は停車せず、「ひかり」が一部停車する。本数は18本(ほぼ2時間に1本、2008年3月現在)。
JRの優等列車は、東海道本線の寝台特急「はやぶさ」「富士」(下りのみ)と夜行快速「ムーンライトながら」、飯田線の特急「伊那路」(豊橋駅発着)が停車する。
地上駅。東海道新幹線は2面3線のホームを使用する。新幹線の上下本線はホームがない通過線で、下り線は単式ホーム1面1線、上り線は島式ホーム1面2線が待避線上に設置されている。
在来線は5面8線のホームを使用する。5-8番線は島式ホーム、4番線は単式ホームで、1-3番線は単式ホームに隣接する頭端式ホームとなっている。頭端式ホームのうち名鉄が使用する3番線のみプラットホーム高さが980mmと低くなっているが、7500系全廃に伴い1100mmに嵩上げされる予定である。本線は上りが6番線、下りが7番線である。在来線の改札口はJR・名鉄が共用しており、自動改札機も両社対応となっている。駅構内の北側には豊橋運輸区の電留線が広がっている。
のりば
| 1・2 | ■飯田線 | 豊川・中部天竜・飯田方面 |
|---|---|---|
| 3 | ■名鉄名古屋本線 | 名鉄名古屋・名鉄岐阜・新鵜沼・中部国際空港方面 |
| 4 | ■東海道線 | 名古屋・大垣方面 |
| ■飯田線 | 豊川・中部天竜・飯田方面(現在は土日の昼1本の発車、臨時便、一部の特急伊那路の発着のみ) | |
| 5-8 | ■東海道線 | 名古屋・大垣方面、浜松・静岡方面 |
| 11・12 | ■東海道新幹線 | 新横浜・東京方面 |
| 13 | ■東海道新幹線 | 名古屋・新大阪方面 |
11番線は通常使用せず、非常時や工事車両などの留置に使われることがある。
上記の通り、飯田線は1、2、4番線、東海道本線下り(名古屋方面)は4-8番線、上り(浜松方面)は5-8番線と発車できる番線が多い。快速系統の場合は、上り6番線、下り7番線、名古屋方面の折り返し・終着は4-6番線、浜松方面の折り返し・終着は7、8番線、当駅始発は上りは5、6番線、下りは4、7、8番線と概ね決まっているが、例外も多々ある。また4番線はホーム有効長が6両分しかないため、6両以下の名古屋方面の列車の折り返しあるいは飯田線の列車の発着が主となっている。
国鉄時代9,10番線は二俣線用ホームだったが、現在は車両留置専用になっており、旅客用としては欠番で、乗務員や清掃員の業務用ホームとして使用されている。
豊橋駅の1~3番ホームは名鉄名古屋本線とJR飯田線が共同使用しているとともに、同線の列車は平井信号場の分岐までの約4kmは同じ線路を走る。これは、1927年に当時の愛知電気鉄道(名鉄の前身)が豊川鉄道(JR飯田線の前身)に並行して線路を建設し、両社の単線を複線として共用したのが始まりで、国鉄 - JR東海・名鉄に移行した現在でもこの協定は存続しており、平井信号場と当駅の間では名鉄とJR東海の共用が続いているためである。但し名鉄電車は共用区間の途中にある船町駅と下地駅には停車せず、飯田線と分岐してすぐのところにある伊奈駅まで停まらない。
この協定により現在、豊橋駅から発車する名鉄電車は3番線しか使用できず、本数は最大で毎時6本に規制されている。このため、豊橋駅に到着した名鉄のどの電車もほんの僅かな停車時間(約5分)で折り返してしまう。日中は快速特急・特急・急行が毎時2本ずつのみとなっており(かつては早朝と深夜に豊橋始発の普通列車があったが今は1本も存在しない)普通列車に乗るには急行を1駅間利用し伊奈駅で乗り換えなくてはならない。
また、平日朝ラッシュ時間帯(始発~8:15発特急まで)は名古屋方面への速達性を図り、JR東海に利用者を奪われないようにするため急行は設定されておらず(この時間帯の急行は主に伊奈、国府、豊川稲荷が始発)、快速特急または特急(一部伊奈や国府にも停車する。特に平日は大半が快速特急で、特急は始発の空港行きと新鵜沼行きの計2本のみ)しか発車しない。この時間帯に特急が停車しない本宿駅、美合駅、前後駅、鳴海駅、堀田駅などへ行くには(快速特急の場合新安城駅へ行く場合も)必ず伊奈、国府、東岡崎、知立などで乗り換えが必要である。また、深夜(名鉄岐阜駅を21時以降、名鉄名古屋駅を21時30分以降、東岡崎駅を22時以降に発車する列車)になると当駅に到着する列車は快速特急または特急のみとなるため、朝とは逆に特急が停車しない本宿駅、美合駅、前後駅、鳴海駅、堀田駅などから当駅へ来る場合、必ず知立、新安城、東岡崎、国府、伊奈のどこかで乗り換えが必要である。改正前の昼間に走っていた特急中部国際空港行きは早朝(5:53発)の始発列車のみである。現在の昼間のダイヤは、02・32分発が快速特急新鵜沼行き(折り返しは特急)、15・45分発が特急岐阜行き(折り返しは快速特急)、23・53分発が急行岐阜行きとなっている。また、改正前に存在した当駅発着の準急はすべて東岡崎まで急行となったため、当駅で準急は見られなくなった。
なお、当駅の3番線用の行先表示器は、表示されるフォントが異なる他、行先名も誤乗を防ぐため「名鉄岐阜」や「名鉄名古屋」(正式名称ではあるが名鉄の他駅では「名鉄」は省略される)という表示になる。3番線の駅名標にもJR東海マークが付いたままとなっており、名鉄独自の駅名標は見られない(但し3番線には名鉄の電車しか入らないため隣の駅は船町ではなく伊奈である)。
2005年(平成17年)6月25日から豊橋駅でも共通乗車カード「トランパス」が使用可能になったが、当初からすべての自動改札機に対応していたわけではなく、名鉄出札口寄りの3台のみであった。JRがICカード「TOICA」の導入に合わせ、残りの改札機も改修したため、現在では全て対応している。
トランパスは入場と出場を記録することにより運賃を差し引く方式の為、豊橋駅で改札を出ずに名鉄とJRを乗り継ぐとどちらかが満たされなくなる。その為、3番線への階段の上下と新幹線連絡通路の計3箇所に自動精算機を設け、JR東海へ乗り換える際はこれで出場処理を行う(3番線ホーム上の名鉄出札所でも扱ってくれる)。逆の場合(JR東海から名鉄へ乗り換え)の際も、同様に改札内の名鉄出札所で入場処理が必要である。
以上のように少々複雑な制度の為、トランパスの利用開始から約1週間は臨時で係員を2名配置し、1名は3番線ホーム上で、もう一人を改札口付近で看板を持たせ、乗客を誘導していた。その後は有人精算所でテープ放送をするなどして対処していたが、現在は特にこれと言った措置はなく、看板により注意を促している。
豊橋オフレールステーション(略称:豊橋ORS)は、豊橋市北島町中川原1-1(船町駅北側)にあるJR貨物の駅の通称。現在はコンテナ集配基地(オフレールステーション)としてのみ機能しており貨物列車の発着は無く、代替として西浜松駅との間に1日3往復のトラック便が運行されている。
かつては貨物列車が発着していたが、1998年(平成10年)10月3日より発着の無い自動車代行駅となり、2006年(平成18年)4月1日よりオフレールステーションとなっている。列車が発着していた頃は1面2線のコンテナホームを有し、線路が飯田線東側に沿って旅客駅まで繋がっていた。現在線路は残っているものの、雑草に覆われている区間が多い。コンテナホームのみコンテナ置場として使用されている。
取扱貨物は、コンテナ貨物と臨時車扱貨物。コンテナ貨物は、12フィートコンテナのみを取り扱う。
かつてはコンテナホームの東側に日本飼料ターミナルの営業所(サイロ)があり、飼料などが到着していたが、1980年代に営業所は閉鎖された。跡地は駐車場やコンテナ置場となっている。
※上記のなかでそれぞれ「乗車人員」と「乗降人員」と記述してあることに留意してください
2008年3月11日仮オープン。6月5日に移転開業する豊鉄渥美線、新豊橋駅との接続を図る為に新設された。
豊橋市民の多くは西口を西駅(にしえき)と呼び、豊橋駅西口という呼び方は少数である(西口の豊鉄バス牟呂循環・神野ふ頭線バス停も「西駅前」である)。
言うまでもなく西駅(西口)は東口と同じ一つの豊橋駅なのだが、東西の賑わいや駅舎設計の落差(市街地前の東口に比べ西口は閑散としている、東口はペデストリアンデッキやバスターミナルや路面電車駅があるが西口はない、東口駅舎に比べ西口は簡素)や、新幹線ホームと在来線・名鉄ホームが比較的離れており、西口が東側と離れた実質的新幹線専用駅のような印象を受けることから、西口を西駅と呼ぶ市民が多い。
近くには、愛知県立豊橋養護学校Bコースのバス停がある。
豊橋駅前(東口、豊橋駅バスセンター)発着および西駅前(西口)発着に分かれている。
豊橋市内をはじめ豊川市、蒲郡市、新城市、田原市など東三河各方面への路線がある。蒲郡方面のみ名鉄バス東部の運行で、それ以外はすべて豊鉄バスである。
中部国際空港への昼行バスと、東京への夜行バスがある。
空襲で焼け落ちた豊橋駅はバラック小屋を仮駅舎として復興したが、利用者は一日あたり数万人と多く、早期の駅舎復興が望まれていた。民間が一定の出資をすることで、ようやく建設が決まった。こうして1950年に全国初の民衆駅が誕生し、駅ビルが普及するきっかけとなった。
駅舎の1階には民間施設として、理髪店、果実店、雑貨店、化粧品店、菓子店、薬店、玩具店、飲食店、ちくわ店、喫茶店、食堂、靴磨き店、公共施設として、手荷物一時預かり所、巡査派出所、観光案内所、公衆電話、弘済会などがあった。2階には市民出資の百貨店があった。駅舎復興と同時期に駅前も整備された。市電のりばを囲んで商店、運送店、倉庫などが雑居していた場所を、整備・拡張することで駅前広場がつくられた。広場中央には貯水池が設けられた。
かつて豊橋駅の北側に踏切があったが、それが戦後の駅周辺の発展を妨げていた。そこで跨線橋(城海津跨線橋)が作られることになった(当時、踏切周辺に商店街があり、建設には強い反対があった)。開通後(1948年)交通の障壁は取り払われ、駅周辺の復興・発展に寄与した。
1970年に当時の市長、河合陸郎が社長となり駅ビルとして建て替えられた。一方で、駅前の地下道が整備された。整備以前は、複雑な横断歩道を多くの人が利用していたため不便を強いられていた。当初は地下商店街の形式で計画されたが、豊橋の人口規模に適さないということで、交通の混乱解消のための地下通路と、駅東西連絡通路が整備されるにとどまった。
※東海旅客鉄道の特急および快速「ムーンライトながら」については各列車記事を参照。
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