豊饒の海 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋『豊饒の海』(ほうじょうのうみ)は、三島由紀夫の小説。「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」の四部作からなる長編。「浜松中納言物語」に題材をとる。1965年から、雑誌「新潮」に連載。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 豊饒の海 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
三島 由紀夫 /
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注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。 →[記述をスキップ]
生まれたときから貴族であることが約束されている侯爵令息・松枝清顕。何不自由ない生活を送っていたが、流れるままの生活に何かわだかまりを抱えていた。そんな彼にとって、幼馴染の伯爵令嬢・綾倉聡子は特別な存在であった。聡子もいつからか清顕を恋い慕うようになっていた。が、ふとしたことがきっかけで清顕は突き放したような態度をとるようになる。聡子は失望して洞院宮治典王と婚約し、皮肉にもその時清顕はやっと自分の本心に気づいたのであった。そして彼は聡子と禁断の恋をしてしまい、聡子の妊娠によって二人の仲はついに両家に知れ渡った。聡子は大阪の松枝侯爵の知り合いの医師の元で中絶をし、そのまま奈良の門跡で出家する。一方清顕も肺炎のため二十歳の若さで死に、二人は二度と会えなかった。
聡子と結ばれることなく清顕が死んでから十九年。彼の親友であった本多繁邦は、大阪控訴院(高等裁判所に相当)判事になっていた。繁邦は、清顕と同じく三つの黒子を持つ少年、飯沼勲と出会う。繁邦は彼から、愛読していたという『神風連史話』を渡される。勲はその精神を以て有志達と「純粋な結社」を結成、決死の何事かを成し遂げようとしていた。清顕の夢日記に符合する出来事が起き、繁邦は彼が清顕の生まれ変わりであると確信を深めるが、勲は財政界の黒幕を殺害し二十歳で鮮烈な自殺を遂げる。
繁邦は、かつて清顕と親交のあったシャム(タイ)の王子と、そのいとこの故郷である、タイのバンコクに来ていた。そこで彼は、日本人の生まれ変わりであると主張する、王女・月光姫(ジン・ジャン)と出会う。繁邦はインドにも旅行し、そこで深遠な体験をする。インドの体験と親友の生まれ変わりに触発され、仏教の輪廻転生、唯識の世界にも足を踏み入れた繁邦。やがて終戦を迎え、来日した姫に繁邦は年齢不相応の恋心を抱き、翻弄される。だが、彼女も二十歳で死んでしまう。
天人伝説の伝わる三保の松原。その近く清水港の帝国信号通信所で働く聡明な16歳の少年、安永透。八十になった繁邦は、透を清顕の第三の生まれ変わりでないかと考え、養子にして英才教育を施す。やがて成長し、転生の話を知った透は、二十一歳の誕生日に自殺を図るが未遂に終わった。しかし透は命をとり止めた代わりに失明してしまう。死期を悟った繁邦は、六十年ぶりに聡子を訪ねるのであった。
以上で物語・作品・登場人物に関する核心部分の記述は終わりです。
映画『地獄の黙示録』を監督したフランシス・フォード・コッポラは、撮影の際、しばしば『豊饒の海』を手に取り、作品の構想を膨らませたそうである。 (妻の「エレノア・コッポラ」著 『ノーツ―コッポラの黙示録』・マガジンハウス (ISBN 4838703945)、『「地獄の黙示録」撮影全記録』(文庫)・小学館 (ISBN 4094025669) )
晩年の市川雷蔵が、『春の雪』の舞台主演を強く希望していたが、病状悪化・逝去で実現しなかった。(「雷蔵、雷蔵を語る」飛鳥新社、藤井浩明によるあとがきより)なお最初の舞台化は、菊田一夫演出で市川染五郎(のち9代目松本幸四郎)と佐久間良子主演で、1969年に上演された。三島も文章を寄せている。
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