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| 赤城山 | |
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最高峰の黒檜山 (2006年12月撮影) |
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| 標高 | 1827.6m |
| 位置 | 北緯36度33分37秒 東経139度11分35秒 |
| 所在地 | 群馬県中央部 |
| 種類 | 複式火山 |
ウオッちず Google Map 赤城山
赤城山(あかぎやま)は、関東地方の北部、群馬県のほぼ中央に位置し、カルデラ及びカルデラ湖を持つ関東地方で有数の複式火山である。榛名山、妙義山と並び、上毛三山の一つに数えられている。また、日本百名山、日本百景の一つにも選ばれている。「あかぎさん」と呼ばれることもある。中央のカルデラの周囲を、円頂をもつ1200-1800mの峰々が取り囲み、その外側、標高にして大体800m以下は広く緩やかな裾野の高原台地をなしている。カルデラ内の大沼の東岸、最高峰黒檜山の山麓にあたる場所に赤城神社があり、山麓各地に里宮があるほか、関東一円に末社が分布している。
目次 |
50万年前に活動を開始し、標高2300m程度の安山岩質(Sio2 54~60%)の溶岩とスコリアから成る成層火山を形成した。20万年前ごろから二酸化ケイ素の量が増えて溶岩がデイサイト質になり、それに伴い爆発的噴火が多発し、火砕流や山体崩壊による岩屑なだれが山麓に流下して現在の広い山麓を形成した。約5万年前には湯の口降下軽石を噴出し現在の山頂カルデラを形成した。3万年前には鹿沼降下軽石を噴出した。約2万年前に地蔵岳溶岩ドームと小沼タフリングを形成した。これを最後に大規模なプリニー式噴火は途絶えている。
「吾妻鏡」の中に「建長三年四月十九日(1251年5月11日)赤木嶽焼」(赤木嶽は当時の呼び名)とある。この記述を理由に気象庁の指定する活火山になっている。しかし、噴火に相当する堆積物は見つかっておらず。カルデラ内の最新の火口地形(同時噴火で形成された小沼タフリング・血の池火口)は6世紀の榛名伊香保降下軽石が表面を覆っている。しかもこれらの火口は約2万4000年前に形成されたらしい。そのため山火事の可能性が高い。南麓の寺の火事という説もある。そのため1万年以内に噴火した火山である活火山には入らないというのが専門家の中で有力視されてきている。赤城山を活火山にするかは専門家の間での議論が必要である。
最高峰の黒檜山(くろび-、1828m)をはじめ、駒ヶ岳(1685m)、地蔵岳(1674m)、長七郎山(ちょうしちろう-、1579m)、鍋割山(なべわりやま、1332m)などの山頂を持つ。赤城山は、その総称である。
中央部のカルデラ内には、火山湖の大沼(おおぬま、おの)や覚満淵(かくまんぶち)、タフリングの小沼(こぬま、この)がある。
また、地蔵岳山頂には、各電波通信の赤城中継局が置かれている。
冬期の関東平野に特有の「空っ風」とも呼ばれる北風は、赤城山の方角から吹くことから、「赤城おろし」の名がある。上毛かるたの読み札には『雷と空っ風 義理人情』とあり、群馬県を語る上で空っ風の存在ははずせない。
赤城山は古くから地元ではあかぎやまと呼ばれて親しまれていたのだが、国土地理院の地図にはあかぎさんと記載されていた。これは当時の規則により「山」を「さん」と読むと規定されていたからだが、地元群馬県民などには「あかぎやま」と親しまれていたのと、長年の陳情の結果「あかぎやま」と改称された。赤城山周辺の各町村に大字赤城山があるが、こちらは「あかぎさん」のままである。
日光男体山の麓の戦場ヶ原には、男体山の神と赤城山の神が大蛇と大ムカデになって戦い、男体山の神が勝利をおさめた、という伝説がある。赤城山の北にある老神温泉の地名は、このとき落ち延びた神が追われてやってきたことに由来するといわれ、「アカギ」という山名も神が流した血で赤く染まったことから「赤き」が転じたという説もある。 また、戦場ヶ原で負けた赤城山の神は老神温泉で傷を癒した後に男体山の神を追い返したという。
江戸川沿いにある千葉県の流山市には、赤城神社の祀られた小山があり、大洪水の際に赤城山の山体の一部が流れてきたものだ、という伝説がある。「流山」という地名はこれに由来するという。
赤城山といえば、上州・国定忠治。明治、大正、昭和初期に講談や新国劇の題材として大人気だった。国定忠治の一節の「赤城の山も今宵限り・・・かわいい子分のてめえ達とも、別れ別れになる門出だぁ」の台詞で、この山の名前が全国に広がった。
赤城山ビジターセンターから黒檜山や駒ヶ岳などに登ることができる。赤城山ビジターセンターから黒檜山頂まで片道1時間半くらいである[1]。
南面
東武鉄道が長年「赤城山大洞」「赤城青年の家」「畜産試験場」の路線を運行していたが、東武鉄道の群馬県撤退を機に関越交通が継承し、行き先を変更した。
また、現在JR東日本が運行する特急列車「あかぎ」と、かつて東武鉄道が運行していた急行列車「あかぎ」の列車愛称の由来ともなった。なお、1967年までは利平茶屋から赤城山頂まで赤城登山鉄道が運行されていた。
カルデラ内への連絡道路
なお、昔は、浅間山を含めて4組対抗とするのが普通だった。(少子化のため、4組対抗が成立しなくなったため、3組あるいは紅白戦と減少してきている。)
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