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越後国 とは?

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令制国一覧 > 北陸道 > 越後国

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


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おすすめ度5.0(全レビューの平均) 東北関連のニュースや旅番組でしばしば引用されるこの本。タイトルを耳にされたことのある方もいるのでは、と思います。  資料的価値はもちろんのこと、バラエティに富んだ内容と詳細な描写はなまじな紀行文より面白いです。それがいわゆる「地元ネタ」に終わっていないのは、全編を貫く牧之の客観的なまなざしによるものではないかと思います。  現代とは異なる認識もみうけられますが、その洞察力と、時に冷徹にも思える筆致によって描き出される雪国の姿は恐ろしくもリアルで、読む側の想像力をぐいぐいとかきたてます。とりわけ民俗学、柳田國男が好きな方にはたまらない本ではないでしょうか。  巻末にはこの本が刊行されるにあたっての紆余曲折が載っており、山東京伝、滝沢馬琴が登場し、意外なエピソードが綴られていて、これも興味深いです。  (zhi さんのレビュー)

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おすすめ度5.0(全レビューの平均) 今年は何十年ぶりと言われる豪雪、本書に秘境として出てくる秋山はそのために孤立中というニュースを聞きながらひとしお感慨深く読みました。  江戸の頃、越後塩沢の商人の手によって書かれた絵入りの「雪国の話」。自然現象の「観察記」あり、越後縮など土地のものの「風土記」あり、熊に助けられたといった類の「昔話」あり、と様々な雪国の暮らしが描かれています。豪雪の地で雪と共に暮らす生活を、単なる「すごい」「こんな変わったことがある」というような興味をひくものとしてでなく、正しく知ってもらいたいと書かれたとのこと、その思いは、はじめの方に書かれている下記の文にも表れています。  「雪の飄々へんへんたるを観て花に喩え玉に比べ、勝望美景を愛し、画に写し詞につらねて称玩するは和漢古今の通例なれども、これ雪の浅き国の楽しみ也。我越後のごとく年毎に幾丈の雪を視ば何の楽しき事かあらん。雪の為に力を尽くし財を費やし千辛万苦すること、下に説く所をみておもひはかるべし。」雪の少ない、冬も晴れの日が多い地域に住む身には突き刺さる言葉です。  野菜を土中に埋めて凍らないように貯える。雪が家よりも高くなるので、家の中が昼でも薄暗いことなどなど、今も変わらないことも含め、少し前の日本の雪の中の生活が克明に描かれています。お祭りや正月の行事、雪中の作業なども画も含めとても詳細に描かれています。  上にも引用したとおり、旧かなづかいで書かれてはいますが決して読みづらいことはありません。挿入されている画は風景ばかりではなく、雪の結晶や雪蛆(せつじょ)と呼ばれる虫のスケッチ、雪中歩行具(藁沓など)や鮭獲り用の吊り篭のような道具の図等、資料としての興味を誘うものも数多く載っています。これらの画を観るには、ワイド版の方が良いと思います。    著者はこの本の計画をまず山東京伝に持ち込んだのですが、実際の出版にこぎつけるまではかなり紆余曲折があったといいます。その話はあとがき「北越雪譜のこと」に詳しく、その経緯も苦労をしのばせて興味深いものがありました。著者にはさらに「秋山記行」という、本書にも出てくる秘境秋山への記行文や、「夜職草(よなべぐさ)」という自伝のような教訓書もあります。後者は堅実で節約を尊ぶ商人としての著者の姿勢が良く現われていて、こちらもなかなか面白いです。  (patella さんのレビュー)

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おすすめ度2.0(全レビューの平均) 福田氏には、一目置いてきたが、この本の内容は、現天皇夫妻の祭祀に対する向き合い方を筆頭として、堀り下げが浅い。 文学者としての想像力は本来は豊であるはずなのに、この本には鋭い洞察が枯渇しているのである。中西氏への遠慮も目立つ。島田雅彦著の『おことば』の方がはるかにましだ。 中西氏に至るや、勝手な自説の皇室観に固執するだけで、現実直視の姿勢が見られない。これには、驚きはしなかったが。 隠れ福田ファンとしては、失望させられた。  (picander さんのレビュー)




ウィキペディア(Wikipedia)記事


令制国一覧 > 北陸道 > 越後国

越後国えちごのくに)は、かつて日本の行政区分だった令制国の一つで、五畿七道では北陸道に属する。現在の新潟県本州部分にあたる。延喜式での格は上国、遠国。

目次

沿革

7世紀末、文武天皇元年(697年)以前のいずれかの年になされた越国こしのくに)の分割によって成立した。当初の領域は、現在の新潟県本州部分の北部(阿賀野川以北?)から山形県庄内、秋田県方面で、日本海側で蝦夷の領域に接する辺境国であった。

大宝2年(702年)3月に、越中国から新潟県本州部分の残り、すなわち頸城郡古志郡魚沼郡蒲原郡を譲り受けた。和銅元年(708年)に、北に領域を伸ばして出羽郡を設置した。さらに、和銅5年(712年9月23日 に、出羽郡が出羽国として分離したことで、後々まで続く越後の形ができあがった。天平16年(743年2月11日佐渡国を合わせたが、天平勝宝4年(752年11月3日に元に復した。その後、沼垂郡が蒲原郡に統合されたり、江戸時代には古志郡から三島郡が分立、旧三島郡(みしまぐん)が刈羽郡となるなど郡に変動があった。

国府・一宮など

国府は、頸城(くびき)郡にあった。現在の上越市にある「国府」地区の近辺にあったと考えられる。この地は越後国の成立時には越中国に属していたので、当初の国府はもっと東にあり、後に移転したと考えられる。

延喜式神名帳には大社1座1社、小社55座53社の計56座54社が記載されている。唯一の大社が伊夜比古神社(現弥彦神社)で、名神大社に列し、越後国一宮とされていた。南北朝時代、国府の近くにあった式内小社の居多神社が力をつけ、守護の上杉家の力を背景に一宮であると主張し、以降、両者が一宮とされるようになった。

守護

鎌倉幕府

室町幕府

越後守

越後七郡

関連事項


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