蹄鉄 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋蹄鉄(ていてつ)とは馬や牛といった動物の蹄(ひづめ)に装着される、鉄、ゴム、プラスチック、牛皮、またはそれらを組み合わせたU字型の製具。馬蹄(ばてい)とも呼称される。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 関連商品
城崎 哲 /
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蹄の損耗を防ぐために用いられる。初期の蹄鉄には滑り止めとして「カルキンス」(calkins)といわれる出っ張りがあった。これは今でもチームペニング(team penning)といった競技用馬に用いられている。西洋では魔除けとして幸運をもたらすとも信じられている。
蹄鉄が西洋に現れるのは4世紀にギリシア人によってもたらされてからであった。様々な品種の馬、および様々な用途のために改良が進められ材料も色々なものが使われることとなった。一般的な材料としては鉄のほか、軽量なアルミニウム及びプラスチックが用いられており、特殊な場合にはマグネシウム、チタンあるいは銅が使われることもある。
なお、この形を馬蹄形といい、形を表現する語として使われる。馬蹄磁石などが代表的。
馬の家畜化と利用が始まったころから、馬の蹄を保護する馬具が必要とされる様々な要因が存在した。
蹄鉄に関しては年来、生理学的な視点から検討されてきた。野生馬と、遊牧などの自然環境で飼育された馬はそもそも蹄など必要としないことが分かっている。しかし長年の馬小屋での飼育方法と蹄鉄の伝統は、これらの見解によっても容易に変化するものではない。 これらの研究で特に大きな影響があったのはジェイム・ジャクソン、およびヒルトラド・シュトラッサー博士である。
装蹄の起源については不明な点が多く、いまだに結論は出ていない。ローマ時代、馬の持ち主は、蹄の上に革製のブーツを履かせて紐で縛り付けていた。
中世には金属製の蹄鉄が現れるが、これにはフン族が持ち込んだとする説のほか、ケルト起源説などがありはっきりしない。歴史家の中には中世になってはじめて金属製の蹄鉄が現れたとするものもいるが、ドイツのNeupotz近くのローマ時代の遺構から金属製の蹄鉄が見つかっており、それは西暦294年のものだという。 (From Kuenzl, Ernst, Die Alamannenbeute aus dem Rhein bei Neupotz: Plünderungsgut aus dem römischen Gallien. Mainz 1993.)
いずれの場合にせよ金属製の蹄鉄が一般的に利用されるようになったのは、中世以降のことである。
古くから馬沓という藁製の馬蹄保護具が用いられていたが、西洋式の金属製蹄鉄が使われるようになったのは明治以降のことである。蹄鉄技術は各国から日本に導入されたが、なかでも陸軍は、明治6年にフランスから装蹄教官を招き、のち明治23年にはドイツ人教官を招聘して蹄鉄技術の導入と定着に大きな役割を果たした。明治時代を通じて蹄鉄は全国に広まったが、農山村部に普及したのは大正期である。明治23年に蹄鉄工免許規則が制定され蹄鉄工は国家資格とされた。蹄鉄工の養成は獣医学校や農学校付属の蹄鉄専科で行われ、一年間で卒業して免状を授与された。
蹄鉄の技術は軍隊に欠かせないものであったが、日清・日露戦争で日本陸軍は蹄鉄工の不足に苦しんだ。日中戦争から太平洋戦争にかけて、陸軍は蹄鉄工を重視していた。役場の兵事係は、蹄鉄技術を持つ民間人を事前に登録、動員時には優先的に召集令状を送って蹄鉄工の確保に努めた。軍隊内でのベテランである蹄鉄工長には、民間の獣医学校で学んで獣医になる道も用意されていた。
太平洋戦争敗戦後、GHQの指示で獣医師会が廃止、再編されることになり、昭和23年、日本装蹄師会も獣医師会と同時に解散した。代わりに日本装蹄協会が創立され、日本装蹄師会に改称され現在に至っている。昭和45年には装蹄師法が廃止され、装蹄師が国家資格でなくなったことから、認定装蹄師の制度が発足した。認定資格は、2級、1級、指導級の3段階とされ、運営は同会が行っている。現在では、栃木県宇都宮市のJRA競走馬総合研究所敷地内に日本装蹄師会・装蹄教育センターが設置され、そこで全寮制1年間の装蹄師養成教育が行われている。募集人員はわずか16名である。
扉に蹄鉄をぶら下げると魔除けになると信じられている文化圏があり、多くの国では幸運のお守りとも見なされている。一般的な迷信として蹄鉄の鉄尾(末端部分)が扉に留められていれば、幸運が舞い込むというものがある。しかし、両端が下に向いていると不運が舞い込むともいう。ここら辺りは文化圏によって異なり、2つの鉄尾が下を向いていれば幸運が舞い込むというものもある。 むろん、蹄鉄が普及しなかった国ではこういった風習は見られない。
蹄鉄による幸運も悪運も、それを掛けた人ではなく、その所有者に降りかかると信じられている地域もある。従って盗んだり、借りたりした蹄鉄からはどんな幸運も得ることは出来ないといわれている。ある地域では蹄鉄は人目に付くように留められておかないと何の効果もないといわれている。
このような風習は聖ダンステンと悪魔の話が由来となっている。959年カンタベリー大司教となった聖ダンステンはもともと小さな鍛冶屋だった。悪魔から馬の蹄鉄を修理するよう頼まれた際、彼は悪魔の足に蹄鉄を打ち付けた。悪魔は大変痛がり、ダンスタンは扉に蹄鉄が留められているときは絶対中に入らないという約束を悪魔に取り付け、ようやく蹄鉄を取り外してやったという。
蹄鉄はケルトの伝承に出てくるような邪鬼の類を防ぐともいう。これは邪鬼などの異界の住人は鉄を嫌うという伝承があり、蹄鉄は庶民の最も身近な鉄製品だったということである。本来の民話や伝説が持つ意味は忘れ去られ、ただ幸運をもたらすという風習だけが残った例である。 また、ローマ人がケルトの国々に着いたとき、扉に蹄鉄を打ち付けている風を目にして、その意味を理解することなく、ただ幸運のお守りとして広まっていったという可能性もあるだろう。
蹄鉄が外れて落ちてしまうことを落鉄という。競馬の競走では、競走前に落鉄が判明した場合、蹄鉄の打ち直しを行うことができるが、発馬時間が延長される原因の一つとなる。馬が暴れるなどした際は打ち直しができず、そのまま出走させるケースもあるが、現在の競馬では基本的に蹄鉄を履いていない競走馬の出走は認められていない。
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