軍馬 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋軍馬(ぐんば、war horse)とは、戦闘時の騎乗などができるよう特別な訓練を受けた軍用の馬のことである。戦馬。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 関連商品
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戦場における馬の使用のうち、記録に残された最古のものは紀元前19世紀、チャリオットとしてのものである。 騎馬として用いられた最初の例は、ユーラシア遊牧民、特にパルティア人馬弓兵によるものだったと考えられている。
鞍の発明はかなり早くになされていたが、軍馬史上最も重要な発明はおそらく鐙であろう。鐙は7世紀ころ登場し、モンゴル人などの遊牧民族に対して決定的な軍事的優位性を与えた。8世紀、北アフリカ及びイベリア半島を征服したムスリムの戦士たちや、その巧みな馬術でアメリカ陸軍を苦しめたコマンチ族やシャイアン族といったグレートプレーンズのインディアンは軽騎兵がもつ能力の高さを実証した好例である。
中世において、重い鎧をまとった騎士を戦地に乗せていく強さとスタミナを備えた大型の馬は、人々から高い賞賛を受けた。デストリア種などとして知られるこれらの馬は、サイズだけでなく脚の速さや調教のしやすさも重要なポイントであった。軍馬に対しては維持・訓練・装備などに多大な費用と手間がかかり、気軽に保有するというわけにはいかなかった。ベルジアン、ペルシュロン、シャイアといった現代の輓用馬は、昔騎士を乗せていた大型馬の子孫である。
中世後期から近世初期にかけて、マスケット銃といった軽火器が発達を遂げた。これにともない、敏捷な軍馬に乗った騎兵は戦闘・伝令の両面において活躍した。
16世紀、コンキスタドールたちにとって馬は特に有用だった。スペイン人がアステカやインカ帝国を征服した際、馬と銃は絶大な力を発揮した。南アメリカ大陸においては約1万年前に馬が絶滅していたため、アメリカ先住民族たちはヨーロッパ人達にすぐには対応できなかったのである。
第一次世界大戦では各国が騎兵を用いていたが、機関銃の発達による塹壕戦の展開により軍馬は最前線での価値を失い、主に輜重兵(輸送兵)や砲兵が扱う輸送手段として使われるようになっていく。背景には、馬に鎧を着せてもライフル弾を防ぐことはできず、背の高い馬は的になりやすく被弾すると容易に戦力的価値を喪失するという理由があった。
明治時代の近代化に伴い大日本帝国では軍馬を飼育生産管理するための法制度が整備される。
軍隊での軽騎兵の使用は20世紀まで続いたものの、内燃機関を搭載した戦車の発達にともない、次第にその地位を追われていった[1]。第二次世界大戦においても、馬は用いられたが、このうち最も有名なものは、クロヤンティの戦いで戦力で劣っていたポーランド軍がナチス・ドイツの戦車から国を守るため、苦し紛れに用いたとドイツ側が捏造した写真である。また、大戦では緒戦から終戦まで、前線から後方の全てにおいて自動車化機械化が出来たアメリカを除き、ドイツやソ連や日本といった主要国では軍需物資や重砲の輸送のみならず、偵察用途[2]などに馬を用いた。地形踏破能力では当時の自動車・オートバイの比では無かった騎馬は、山岳地域などでは機甲部隊の耳目として大いに活躍した。 日本軍では1945年、陸軍騎兵第4旅団が中国戦線における老河口作戦に参加し、老河口飛行場占領に成功。これは世界戦史上最後の騎兵の活躍といわれている。
騎兵はもはや過去のものになったと思われがちだが、第三世界の国々の中には未だに小規模な騎兵を用いている国がある。ただし、騎兵を用いる対象は非武装の難民などが中心で、ダルフール紛争におけるジャンジャウィード民兵などがその例である。また、先進国においても儀仗目的でのみ小規模な騎兵部隊を保有している例もある。
軍馬を単に鎧をまとった馬と思っている者も多いが、その認識は誤りといえる。軍馬として活躍する馬には、血液の匂いを嫌がらず、人を踏みつけることをいとわないことが求められる。軍馬の調教の一般的な内容として、手綱を用いずとも反応し、周囲の戦闘音に耐え、騎兵が用いる鎧と武器に慣れさせることを目的とする。軍馬の中には、敵兵を蹴ったり、噛み付いたりするよう訓練されたものもあった。
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