120mm
迫撃砲M120で砲撃する米兵(「イラクの自由」作戦)
迫撃砲(はくげきほう/英:infantry mortar)は、簡易な構造からなる砲口装填式[1]の火砲で、高い射角をとることから砲弾は大きく湾曲した曲射弾道[2]を描く。
少人数で運用でき操作も比較的簡便なため、砲兵ではなく歩兵直属の火力支援部隊に配備されることが一般的で、最前線の戦闘部隊にとっては数少ない間接照準による直協支援火器の一つである。81mmクラスの中口径迫撃砲は分解して数名の兵員によって運搬でき、120mmクラスの重迫撃砲は小型の汎用戦闘車両で牽引可能である。
射程を犠牲にして砲口初速[3]を低く抑えているため各部の強度を低減でき、また、射撃時の反動は地面に吸収させる方式を採るため駐退機や復座機といった反動制御機構を省略または簡素化できる。このため、同口径[4]の榴弾砲と比べ軽量・コンパクトである。
命中精度が低く弾薬を消費し易いといった短所もあるが、優れた操用性・高い速射能力・安価な製造コスト・大きな火力など、多数の長所を有している。そのため、かつて西側諸国の師団砲兵の標準的な装備の一つであった105mm榴弾砲が、近年では120mmクラスの迫撃砲に代替されつつあり、このことも本砲の有用性を示している。
本稿では、最も一般的な81mm及び120mmクラスの(自走式でない)迫撃砲を主軸に、その他の迫撃砲や沿革等についても敷衍する。
火砲を射程と弾道特性によって大別した模式図
(1)
対戦車砲(及び
戦車砲)は
徹甲弾等によって目標の
装甲を貫徹することが主目的で、射角は水平に近く砲弾は低伸弾道をとる。また、(2)
対空砲は「より高く」、(5)
カノン砲は「より遠く」へ砲弾を到達させることが求められる。
(1)(2)(5)は射角が異なるだけで、いずれも砲弾を高初速で発射する"gun"、つまり広義のカノン砲に含まれ長砲身である。したがって、対戦車戦闘が可能な対空砲やカノン砲も存在し、特に現代の
艦砲は遠距離砲戦をはじめ至近での水平射撃から対空戦闘まで幅広くカバーする。
これらと比べ、(3)
迫撃砲の砲弾は大きく湾曲した曲射弾道を描き、砲口初速を低く抑えているため射程は短い。空気抵抗と安定翼の使用によって着弾時の角度は垂直に近くなる。
(4)
野砲はカノン砲に比べ短砲身・低初速で射程も短い。ただし両者の定義は曖昧
[5]で、昨今では(4)(5)ともに"howitzer"と名付けられる例が多く、日本でも「榴弾砲」に統合されカノン砲という呼称は消えつつある。
なお、対戦車砲や対空砲は現在ほとんどの軍隊で
ミサイルに代替されている。
構造
砲本体
他の火砲と比べて短い筒状の「砲身(barrel)」、二脚によって砲身を支える「支持架(bipod)」、砲尾に接合された「底盤(base plate)」の、主に3つのコンポーネントで構成される。
81mmクラスの中口径迫撃砲は各コンポーネントに分解して数名の兵員で運搬でき、また、120mmクラスの重迫撃砲では支持架(砲架)の構造がやや複雑になり被牽引用のトレーラー[6]が加わることも多いが、基本構造は同一である。
迫撃砲の主な口径は、60mm・81mm・82mm[7]・107mm・120mmだが、81mmクラスの軽量化が進んだため60mm迫撃砲は減少傾向にある。また、107mm迫撃砲も120mm口径のものに更新されつつある。
現代でも実戦配備されている最大口径のものはロシアの240mm重迫撃砲2B8で、自走迫撃砲2S4"Tyulpan"にも同砲が搭載されている。また、フィンランドやイスラエルには160mm重迫撃砲が存在する。
なお、欧州通常戦力条約(CFE)では口径100mm以上の火砲の保有総数を制限しているため、ポーランドは98mmという例を見ない口径の迫撃砲M-98を開発した。
牽引される120mm
迫撃砲MO120RT
総重量は582kgであり長距離の移動には車両による牽引が必要だが、それでも多くの105mm榴弾砲の重量が1.2t以上であることと比べればかなり軽量である。
- 砲身
- 砲身長は一般に他の火砲と比べ短く概ね20口径未満[8]であり、例えばL16A2なら砲身長は1.28mで概ね15.8口径、MO120RTの砲身長は2.08mで概ね17.3口径である。
- 一部の迫撃砲の中には、冷却力を増すため砲身外周に放熱フィンを刻んでいるものもある。
- 砲身内部は施条(ライフリング)されていない滑腔砲であることが多い。そもそも迫撃砲は低い砲口初速と曲射弾道であることから、ライフリングによって砲弾を旋転させることで得られる弾道安定の効果が低い。飛翔中の砲弾の弾道を安定させるのは、砲弾に取り付けられた安定翼によるが、この方式は横風の影響を受け易いため命中精度が低下する。
- ただし、アメリカ製の107mm迫撃砲M2や後継のM30、近年の代表的な重迫撃砲MO120RTの砲身はライフリングされており弾体旋転安定方式をとるため、迫撃砲が全て滑腔砲というわけではない。
- 支持架
- 支持架は二脚と支柱で構成され砲身中央部付近と接合し、底盤と合わせて砲身を三点支持する態様をとることが多い。一部の迫撃砲には支持架が一本だけで底盤がつながっているものもある。照準器や砲の俯仰(上下)を操作するステアリング等が取り付けられる。
- 底盤
- 射撃時の反動は底盤を介して地面に吸収させる方式をとるため、底盤は強く地面に固定されることが必要。また、射撃方位は砲尾と底盤の接合部付近を中心に砲を旋回させることで決定する。
- 例えばMO120RTでは底盤裏側(接地面)が花弁状になっており、地面に強く食い込ませることで全周射界を達成している。
代表的な中口径迫撃砲の一つである81mm
迫撃砲L16A2は、アルミ合金の鋳造部品を多用するため特に軽量で、各部はそれぞれ12kg前後(照準器は1.25kg)と全体でも僅か35.3kgしかない。(写真は米軍仕様のM252)
81mm
迫撃砲弾の例。
上からM374A2
榴弾(HighExplosive)、M375A2
発煙弾(WhitePhosphorus)、M301A3
照明弾(Illumination)
優れた反動吸収方式
冒頭で述べたように、砲口初速を低く抑えた上で、射撃時の反動を地面に吸収させるという点が、他の火砲と異なる最も重要な特徴であり、大きな仰角をとって射撃するのはこのためである。
通常の火砲は、抵抗をかけながら砲身を後座(スライド)させることで発射時の反動を緩衝させる「駐退機」、後座させた砲身を元の位置へ戻す「復座機」[9]、砲の俯仰を円滑にするため砲身のバランスをとる「平衡機」、装薬の燃焼ガスが薬室から漏出するのを防ぐ「閉鎖機」、及びこれらの機構と砲身を含めた大きな重量を支持するだけの堅牢な「揺架」「砲架」等が必要である。
迫撃砲は、前述の反動吸収方式によってこれらの機構の大半を省略または簡素化できるため、同口径の榴弾砲と比べ極めて軽量かつコンパクトに収まる。また、低い初速は砲身の肉厚を薄くすることができ、それだけ各部の強度を抑えることが可能で軽量・小型化に寄与する。
なお、車載型迫撃砲では車両のサスペンションに与える衝撃と疲労を軽減するため簡易的な駐退復座機をもつ場合がある。大口径もしくは長砲身の迫撃砲でも同様。また、後装式の場合は当然に閉鎖機が設けられる。
砲弾
弾頭部(図では右側三角形の部分)は信管で、保管・輸送時は弾体と分けられており発射前に装着される。弾体部は弾種に応じて炸薬等が充填されている。くびれた部分は発射薬筒で名前どおり発射薬(装薬)が詰められている。矢羽状のものは安定翼で、飛翔中の弾道を安定させ着弾角度がより垂直に近くなるよう落下中の姿勢を補正する。
以上のように、迫撃砲の砲弾は弾体と発射薬が一体化(カートリッジ方式)されており、榴弾砲で見られるような砲弾と薬嚢(装薬を包んだ袋)が別になった分離装填方式をとらない。
ただし、射程の延伸を図るため、前述のくびれ部分にリング状の増加発射薬を1~複数個取り付ける例(モジュール方式)が一般的である。また、ライフリングされた砲の場合は安定翼が不要であるため、その部分に増加発射薬を取り付けることもある。ロケット・アシスト弾(RAP[10])の場合は弾体部の炸薬を減じて推進剤に換える。
迫撃砲に用いられる主な砲弾は榴弾・発煙弾・照明弾であり、兵員や非装甲車輌などのソフト・ターゲットを目標とする。しかし、近年登場したパッシブ赤外線誘導による対戦車迫撃砲弾"STRIX"(HEAT弾を使用)は移動中の戦車の上部装甲を貫徹でき、MO120RTの対装甲破片榴弾(PRAB)は軽装甲車輌に対し十分な破壊力をもつ。また、開発中のセミアクティブ・レーザー誘導迫撃砲弾"XM395"は命中精度を飛躍的に向上させ、そのCEP(半数必中界)は僅か1mである。
なお、特殊な例だが、ロシアの240mm自走迫撃砲2S4"チュリパン"には掩体破壊用の徹甲弾や対コンクリート破砕弾、BC兵器である化学砲弾、および核砲弾まで用意されている。それぞれの弾種に関する詳細は当該記事を参照。
能力特性
5cm
迫撃砲IGrW36
第二次大戦中のドイツ軍が使用した軽
迫撃砲。命中精度は良かったが、50mm口径では威力不足な上に構造が複雑で重く、大戦中盤以降は第一線を退いた。
81mm
迫撃砲LLR
フランス陸軍の現有迫撃砲。TDA社の軽
迫撃砲ファミリーの一つで、LLRは空挺部隊バージョンである。
120mm
迫撃砲PM-38
後継のPM-43と併せ、第二次大戦中の最優秀迫撃砲と評されるソ連製の傑作重迫撃砲。ドイツ軍は本砲の性能に驚嘆し、ほとんどフルコピーである12cm
迫撃砲GrW42を開発した。
160mm
迫撃砲M66
画像は自走
迫撃砲マクマトに搭載されたもの。このクラスになると、ほぼ駐退復座機が付加される。
外観等の特徴については「構造」の節に記したため、ここでは性能上の特性について記す。なお、一つの項目が長所と短所の両方を包含する場合があることに留意。
- 操用性
- 構造がシンプルで操作も簡便であることから高度な砲兵教育を要さず、一般の歩兵が比較的短期間の訓練で扱える。:また、同口径の野砲と比して極めて軽量のため可搬性に優れ、迅速な展開と陣地転換が行え機動的に運用できる。運用に要する兵員数も少ない。
- 口径60mmや81mmクラスのものは分解して数名の兵員で運搬できるため、中隊レベルなど最前線の歩兵部隊が運用できる数少ない火力支援兵器の一つであり、米軍をはじめ現代の軍隊でも多用されている。
- 速射能力
- 照準を調整した後は、砲弾を砲身へ落とし込むだけで装填から射撃に至る仕組みがシンプルな上、駐退や復座の工程が不要または少なく一定時間内により多くの射撃ができる。
- 多くの迫撃砲は持続射撃において毎分10発前後の発射が可能で、緊急時の急速射撃では(短時間だが)更に多くの射撃ができる。
- 短時間に限られるが、緊急時の急速射撃においては例えばL16で毎分30発、MO120RTで毎分20発もの高い速射能力をもつ。
- 破壊力
- 砲口初速を低く抑えていることから射撃時の衝撃が小さく、砲身だけでなく砲弾外殻の肉厚も薄くできるため、それだけ炸薬量を増加できる。砲弾の爆発エネルギーは炸薬量に依存するため、同口径の他の火砲と比して1発あたりの破壊力が大きい。(榴弾の場合。徹甲弾のような運動エネルギーを利用する砲弾は除く。なお、榴弾は爆炎や爆風ではなく弾殻の破片によって軟目標の殺傷を目的とするため、炸薬と弾殻の厚さはバランスが重要。単純に炸薬量が多ければ良いわけではない。)
- 高い速射性能と相まって単位時間あたりの炸薬投射量は極めて大きく、低い命中精度を補完している。
- 例えば、120mm迫撃砲MO120RTで使用する榴弾PR14は砲弾重量が18.5kgで炸薬はそのうち約4.5kg、一方、米軍の155mm榴弾砲M198で使用する榴弾M107は砲弾重量が約44kgで炸薬はそのうち7kg前後である。MO120RTの発射速度は毎分12発、M198の発射速度は毎分2発であり(いずれも持続射撃時)、単位時間あたりの炸薬投射量を比較するとMO120RTはM198の4倍近い大きな火力を有する。[11]
- 費用対効果
- 簡易な構造であり、他の火砲と比べ各部の強度をそれほど必要としないため、低コスト・短期間で製造できる。また、初速が低いために砲身命数(寿命)が長く、砲身の交換に要する運用コストも抑えられる。
- 砲弾重量に対する発射薬(装薬)の量が少なく炸薬量が多いこと、砲自体が軽く他の火砲に比べ砲弾と砲の重量比がかなり小さいこと等、コスト・パフォーマンスが非常に良い。
- ただし、後述する命中精度の低さゆえに面制圧のため砲弾をばら撒く必要があり、弾薬消費量が多くなる。
- 曲射弾道
- 砲弾が大きく湾曲した曲射弾道を描き、より垂直に近い角度で着弾することから、塹壕や遮蔽物によって防御された目標に対して直上から攻撃できる。防御は一般に正面を優先することが多いため、上方への攻撃は効果が高い。(砲弾の落下角度が垂直に近いほど、弾殻の破片が効果的に飛散する)
- 砲自体を塹壕などの中に設置して射撃することが可能で、また、高い防壁や稜線の後背に位置する目標も攻撃できる。曲射弾道にはデメリットもあるが、これらの点は優れた特性でもある。
- 射程距離
- 砲口初速が低く曲射弾道をとることから、必然的に射程は短い。前各項は、ほとんどが射程を犠牲にして得られる利点である。
- しかし、軍砲兵や師団砲兵などの長距離火力支援部隊は、誤射の恐れがあるため友軍に近接した目標を砲撃できない。大隊や中隊に配備された迫撃砲は、このように砲兵がカバーできない範囲の直協支援任務も担うため、短い射程が一概に短所とは言えない。
- 近年ではロケット・アシスト弾(RAP)の登場によって射程の延伸が可能となっている。
- 命中精度
- 曲射弾道をとる上に安定翼を使う砲弾は横風の影響を受け易いため、同じ射距離であれば他の火砲と比べ命中率が低い。ただし、命中率は射距離に反比例して向上するため、遥か後方から射撃する榴弾砲と比べ、近傍の目標を砲撃することの多い迫撃砲の命中精度は相対的に良いと言える。
- 迫撃砲の主要な役割の一つが制圧射撃であり、例え直撃できなくとも目標を退避させ、戦闘行動が抑制される状態にあれば制圧目的を達したことになる。そもそも迫撃砲は対戦車砲のようなピンポイントの精密射撃ではなく面制圧を目的とした砲であり、当然、移動目標に対する攻撃は不向きである。
- 米国Alliant Techsystems社が開発中のセミアクティブ・レーザー誘導迫撃砲弾XM395[12]のCEP(半数必中界)は僅か1mと非常に精密な射撃が可能であり、既に迫撃砲の欠点である命中率の問題も克服されつつある。ただし砲弾のコストは増大する。
- 弾着速度
- 低い初速と大きく湾曲した曲射弾道をとるため飛翔時間が長くなり、対砲迫レーダーに射撃位置を捕捉され易い。同様に、発射音や砲弾の飛翔音が聞こえてから弾着までの時間が比較的長く、目標に退避態勢をとられる可能性が増加する(発射音を認識できるか否かは、射程や地形、天候等にもよる)。
- ただし、爆発時の衝撃が地面に吸収されにくくなるため、爆発効果の及ぶ範囲は広くなる。口径60mmクラスの迫撃砲ですら、開闢地などの理想的な場所であれば殺傷半径は20mに達する。[13]
- 貫徹力
- 砲弾の運動エネルギーで目標を貫徹する砲ではないため、迫撃砲で使用する弾種には通常「徹甲弾」や「徹甲榴弾」は用意されない。このため、厚い防御を施された掩体や装甲車両など、ハード・ターゲットの撃破には不向きである。
- スウェーデンSaab Bofors Dynamics社[14]は、パッシブ赤外線誘導による対戦車迫撃砲弾STRIXを開発。スウェーデン陸軍において1994年から実戦配備されており、移動中の装甲車両をも撃破できる。なお、STRIXは赤外線画像誘導装置と姿勢制御装置が組み込まれたHEAT(成形炸薬弾)である。また、MO120RTには対装甲破片榴弾(PRAB)が用意されており、「硬目標は不得手」というかつての定義は変わりつつある。
運用
迫撃砲の運用法は第二次大戦期にほぼ確立され、現代においても基本は変わっていない。以下では分類や編成、戦術上の役割など、運用に関する項目について記す。
分類
厳密な定義はなく軽・中・重という区分は曖昧だが、口径や重量よりも運用主体で分類される。
- 軽迫撃砲
- 口径は37~51mm程度。分解せずに兵員1名で運搬でき、2~3名で運用され歩兵小隊ごとに1~3門を装備する。ベトナム戦争あたりからグレネード・ランチャーに置き換えられ、現代ではほとんど使用されていない。
- 旧日本軍が使用した八九式重擲弾筒も軽迫撃砲と運用法が似ている。
- 中迫撃砲
- 口径60~82mm程度。中口径迫撃砲とも。分解して兵員数名で運搬でき、迫撃砲班5~6名で1門を運用することが多い。
- 迫撃砲3~4門に重機関銃等を加えて火力支援小隊を編成し、歩兵中隊隷下の各小隊を支援する。
- 重迫撃砲
- 口径は概ね100mm以上。設営は人力で可能だが、長距離の移動や弾薬の運搬は車輌で行われる。被牽引用のトレーラーが砲架に組み込まれた砲も多い。
- 師団の重迫撃砲大隊または連隊の重迫撃砲中隊に配備され、各級隷下の歩兵部隊を支援する。
- なお、120mmを超える大口径迫撃砲の場合、歩兵ではなく砲兵が運用することもある。
編成
米軍ライフル中隊の編成(1941)
歩兵野戦教範「INFANTRY FIELD MANUAL(2 JUN 1941)」より。
- 米軍の編成例(第二次世界大戦時)
- 第二次大戦時の米軍では、定数3,068名の1個歩兵連隊に60mm迫撃砲M2が27門と81mm迫撃砲M1が18門配備されていた。
- ライフル中隊は3個ライフル小隊と1個火器小隊で編成され、火器小隊は2個機関銃分隊と3個迫撃砲分隊(M2を各1門装備)からなるため、3個ライフル小隊を3門の60mm迫撃砲が支援した。
- 一方、歩兵大隊は3個ライフル中隊と1個重火器中隊で編成され、重火器中隊の迫撃砲小隊はM1を6門装備していた。1個連隊は3個歩兵大隊で構成されていたので計18門となる。
戦術上の役割
作戦行動中に迫撃砲が果たす戦術上の役割は、以下の3つに大別される。[15]
- 近接支援射撃
- 敵部隊を壊滅、無力化、または制圧して前線の歩兵部隊を火力支援すること。迫撃砲は素早く展開・陣地転換でき、携行可能で前線の戦闘部隊と密接に連携することができるため、近接支援射撃には理想的な火器であり、迫撃砲の最も主要な任務である。
- 「壊滅」とは、戦術単位の部隊が30%以上の人員損耗を受け、戦闘力を大幅に喪失して補充等を受けねば戦力にならない状態を指す。
- 「無力化」とは、戦術単位の部隊が10%以上の人員損耗を受け、数時間は交戦できない状態を指す。
- 「制圧」とは、敵兵の攻撃を中断させ、掩蔽へ追い立てて応射の精度と威力を削ぐことである。
- (これらの損害率は、あくまで大隊以上の戦術単位の人員損耗についてであり、分隊・小隊・中隊といった戦闘単位の損害率ではない。歩兵分隊に3名の死傷者が発生しても「壊滅」とは言わない。大隊以上の部隊には、最前線の主力部隊の他に火力支援・戦闘支援・兵站支援等の支援部隊が付随している。つまり、全体で30%の損害が発生しているということは、最前線の部隊は壊滅状態にあると言える。)
- 重砲と異なり、迫撃砲が敵部隊を「壊滅」できるのは掩体から露出した兵員に対して弾幕射撃を加えたときのみで、塹壕内の敵兵に対しては「無力化」が最大の目的となる。
- なお、近接支援射撃には攻撃準備射撃や煙幕射撃、標示射撃も含む。
- 「攻撃準備射撃」とは、友軍の攻勢前に敵の抵抗陣地と戦線正面に弾幕射撃を加えること。主に砲兵の任務だが、全火力を投ずることが多いため前線近くに配置される迫撃砲も支援する。
- 「煙幕射撃」とは、敵陣前方に発煙弾を発射して目標を視認できなくしたり、戦況を正確に把握できなくすること。友軍の突撃時および撤退時の両方で使用される。
- 「標示射撃」とは、砲兵や航空機の攻撃に先んじて、距離測定や目標標示用のマーカーとして砲弾を発射すること。カラーリングされた煙幕弾を使用することもある。
- 対射撃
- 直接または間接照準射撃を行っている敵の火器や観測所、指揮統制施設を破壊する砲撃である。特に、敵の火砲・迫撃砲に対する射撃を「対砲迫射撃」という。
- 通常、砲兵の攻撃準備が整うまでは迫撃砲による対射撃を行うが、これが標示射撃を兼ねることも多い。
- 阻止射撃
- まだ攻撃や防御の態勢が整っていない敵を攻撃して損害を与えること。敵の基地や補給ルート、集結地点、兵站本部などを狙う。
- 阻止射撃には、攻撃準備破砕射撃や交通遮断射撃を含む。
- 「攻撃準備破砕射撃」とは、敵の攻勢が開始される直前に、第一線付近に集結した敵部隊を砲撃すること。
- 「交通遮断射撃」とは、敵の予備兵力の増援や配置転換による移動を妨げ、弾薬・糧食等が最前線へ補給されるのを阻止するために道路や連絡網に損害を与えること。
射撃の仕組み
以下に、射撃準備から弾着までの簡単な流れを示す。(迫撃砲の射撃)
- 射撃準備
- 指揮官が設置場所を決定すると各分隊ごとに分隊長が個別の設置場所と基準線の方向を示す。
- 迫撃砲が設置される場所は小型のものほど前線に近くなり、中隊隷下の火器小隊は味方の歩兵小隊のすぐ後背に布陣する。このため後方の砲兵部隊に比べ迅速な展開を要する。
- 迫撃砲も他の火砲と同じく水平な場所に設置する必要があるため、円匙(シャベル)等で平坦にする。
- 設置場所に底盤を強く固定して砲本体を組み立てる。
- 目標に向けた基準線を設定する。
- 初期には通常の測量と同じように測量棒を立てていたが、敵陣に近い位置に布陣することの多い迫撃砲にとっては危険度が高い。
- 第二次世界大戦の頃にはコリメーターが照準器に組み込まれるようになり、測量棒は不要となった。
- 近年ではレーザー測量とGPSの組み合わせ等による電子システムにより、これらの作業は大幅に簡略化されている。
- 簡易な設営作業では完全に水平にすることはできないため、水平器によって照準を調整する。
- 装填~弾着
- 砲弾を砲口に添え、射撃指示によって砲身内へ落とし込む。(装填)
- ライフリングされた砲の場合、砲身の溝と砲弾側の弾帯を噛み合わせて装填する必要がある。
- 大口径の迫撃砲の場合、人力で砲口から装填するのは困難なため後装式が主流。
- 砲弾は砲身内を滑り落ち、砲尾の底に設けられた撃針によって砲弾側の雷管が作動する。
- 雷管に起爆されて発射薬が点火し、その爆発エネルギーによる砲身内の圧力で砲弾が発射される。
- 発射された砲弾は、大きく湾曲した曲射弾道を描きながら飛翔する。
- 砲弾は垂直に近い角度で着弾し、信管が作動して炸薬を起爆させる。
- 射撃時の仰角によっては、垂直に近い角度では着弾しない。
- 信管の設定や種類によって、爆発高度は異なる。
兵站
大量に投棄された砲弾の空薬莢
第一次大戦では、それまでの戦争とは比較にならないほど膨大な弾薬が消費された。
迫撃砲は汎用性が高く戦闘の様々な局面で火力支援に使用される上、速射性に優れるため短時間に多数の砲弾を消費しがちである。したがって、大量の弾薬を供給するため輜重段列(補給部隊)の随伴が不可欠となる。
特に工業生産力が低く兵站が脆弱だった日本にとってこの問題は深刻であり、旧陸軍は十一年式曲射歩兵砲や九七式曲射歩兵砲といった迫撃砲の全面的配備を躊躇し、第一線部隊には精密射撃が可能な従来型の歩兵砲の配備を優先したという経緯がある。
例えば十一年式曲射歩兵砲の場合、砲本体の重量は63kgだが弾薬定数112発の重量は運搬用具等を含めて364kgもあり、砲自体は兵員数名で携行できても弾薬の運搬には人員8名と馬匹2頭を要した。一会戦にどの程度の弾薬を準備するかは作戦によって異なるが、多いときでは1t以上もの弾薬を輸送せねばならず、十分な車輌を保有し得なかった輜重部隊の負担は相当なものであった。(全力射撃を行えば、定数112発全弾を打ち尽くすのに10分も要しない)
このように、兵站への負担や弾薬コストが膨らみがちであるという迫撃砲のデメリットは看過できない。しかし、これは敵方も条件は同じであり、「能力特性」に記した長所がこれらの短所を上回るため、迫撃砲は現代でもますます多用される傾向にある。
多量の物資と車輌を揚陸する連合軍の輸送船舶
(ノルマンディー/1944)
なお、意外なことに第二次大戦の全期間を通じ上記の兵站を支えていたのは馬やロバ等の動物である。機械化部隊による電撃戦の印象が強いドイツ軍ですら輜重部隊の大半は軍馬に依存しており、この状態は終戦まで変わらなかった。第二次大戦中、軍隊から動物を駆逐して完全に車両へ転換できたのは当時世界のGDPの半分を占めていた米国のみであり、総力戦が如何に工業生産力に左右されるかが分かる。
近代戦は信じ難いほどの兵站支援を必要とし、D-DAYの後にヨーロッパ中を移動する米軍は異様な規模の管理部門を引き連れていた。終戦時、アメリカ軍の総勢は1,100万名だったが、戦闘部隊である90個師団に属していた者は200万名。そのうち敵と直接交戦する歩兵の数は更に少なく僅か70万名(全体の6.4%)である。全兵士の80%以上は前線の遥か後方で兵站任務に従事しており、砲火にさらされることもなく激しい戦闘とは無縁であった。[16]
歴史
語源と用語
南北戦争時の203mm臼砲
(1865年/バージニア州リッチモンド)
- 語源
- 乳鉢や擂鉢(すりばち)など臼状のものを意味する仏語の"mortier"から。臼砲(きゅうほう)を指すのはそのためで、英語では"mortar"。
- 臼砲と同様に大きく湾曲した曲射弾道をとるため迫撃砲も同じカテゴリに属す砲として扱われ、多くの言語では臼砲と迫撃砲を区別しない。このため、"mortar"は後に曲射弾道兵器全般を指すようになる。
- なお、建築材料のモルタルもスペル・発音ともに同じで、「練って混ぜる」ことからラテン語の"mortarium"(乳鉢)に由来し語源は同じである。
- 用語
- 日本語の「迫撃砲」という用語は、日露戦争において現地部隊で急造された即製の擲弾発射機を「敵に迫って撃つ」という意で迫撃砲と命名したのが嚆矢である。後に、この迫撃砲という名称が公文書で使用されたことから、英語で"mortar"と一括りにされる曲射砲が日本では臼砲と迫撃砲に分けられた。
- 更に大正期に入って迫撃砲は砲兵科の管轄であるとされたことから、歩兵科が運用する迫撃砲は「曲射歩兵砲」と称することとなり、分類上の複雑化を招いている。
- また、諸外国においても歴史的な経緯等が理由で語法に相違が見られる。
- 例えば、ドイツでは迫撃砲のことを"granatwerfer"(擲弾投射機)と称しており、それ以前の小型曲射砲(後述)も"minenwerfer"(爆薬投射機)としている。また、イギリスにおいてもリーベンス・プロジェクターや対戦車兵器PIATのように、構造が簡易で射程が短いものは「砲」というよりも投射機(英:projector/独:werfer)として扱っている。
- なお、旧日本陸軍の八九式重擲弾筒は構造・用法から軽迫撃砲に分類してもよい兵器だが、"grenade discharger"(擲弾発射機)として紹介されることが多い。
古代~中世後期
古代に用いられたオナガー(onager)、あるいは中世に登場したマンゴネル(mangonel)やトレビュシェット(trebuchet)といった投石機は、火薬こそ使用しないものの曲射弾道兵器という点で共通しており、臼砲や迫撃砲の系譜に連なっている。また、バリスタ(ballista)やスコーピオ(scorpio)等の弩弓の中には大きな仰角をとって曲射できるものもあり、防壁などの遮蔽物越しに攻撃できた。
火薬の燃焼エネルギーを利用した砲身内の圧力(装薬の化学変化によって生じるガスの膨張圧)で砲弾を加速する、いわゆる「火砲」は12世紀初頭のイスラム世界でようやく誕生するが、初期のマスケット(銃)が長いあいだ長弓に及ばなかったのと同様、火砲の進化にも長い年月を要し、トレビュシェットは火砲の登場後も300年近く使用され続けた。
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トレビュシェット
分解・梱包して搬送され戦地で組み立てられた。大型のものは150kgの石弾を300メートル投射できる。
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中世末期
聖ヨハネ騎士団の射石砲
自重は3.3tもあり、260kgの砲弾を射出できる。ロードス島の攻防戦で城壁の内側から防御用に用いられた。
砲身中央部の突起が15世紀半ばに発明された「砲耳」で、これを支点にして容易に砲の俯仰をとることが可能になった。
草創期の火砲の種類は幾つかあるが、その中から発展を遂げて主流をなしたものの一つが射石砲(bombard)である。英仏百年戦争(1339-1453)の頃には火砲が普遍的に使用されるようになり、トレビュシェットはほぼ完全に駆逐された。火砲が、操用性や生産性そして何よりも威力の点で従来の投石機を凌駕するに至ったためである。(射「石」砲と和訳されるが鉄弾も発射する)
投石機と同様、射石砲の最大の目的は城壁や塔の破壊つまり攻城戦にあった。したがって、より大きく重い砲弾を投射すべく大口径の砲が求められたが、冶金工学や鋳造技術の限界で砲身に用いられる鉄の強度が弱く、初期の射石砲は著しく肉厚で砲身は短い。
中世末期、射石砲は「モンス・メグ」や「ウルバンの巨砲」に代表されるように大口径化が進み砲身も長くなっていくが、一部のものは初期の射石砲の形態を踏襲し、臼砲(曲射砲)として砲の一分野を形成しつつ第二次大戦期まで500年以上にわたって使用され続けた。
これは、巨大化した砲に大きな仰角をとらせることが至難で、防壁などの遮蔽物越しに曲射する目的であれば射角の変更が容易な臼砲のほうが扱い易かったためである。大型の砲が俯仰を自在に変更するためには、平衡機の発明を待たねばならない。
近世
近世に入ると、鉄製の火砲に替わって青銅砲が主流となる。火薬が改良されて爆発力が向上し、当時の粗鉄では砲腔破裂が頻発したため、粘りがあり生産性に優れる青銅のほうが材質として優れていたためである。
このため、砲身の肉厚を薄くしても強度を保てるようになり、より軽量の野砲(howitzer)が登場した。軍の移動に随伴できる機動的な砲の出現により、野戦の様相は一変する。当然、野砲は攻城戦にも使用できるため、重量過大で移動に多大な労力を要する大型の射石砲は急速に姿を消していった。
野砲は射程の向上を狙って次第に長砲身化していきカノン砲(field gun)が出現するが、臼砲の外観はほとんど変化していない。ただし、砲身の材質が改善されて軽く小型になり、兵員4名で運搬できる可搬式臼砲も登場している。また、石や鋳鉄の実体弾に替わり、榴弾の前身ともいえる炸裂弾が開発された。
なお、城砦の防御力と比して火砲の攻撃力が圧倒的になると、高い防壁と尖塔による中世風の城砦は容易に粉砕されるようになり、城郭の様式はヴォーバン式に代表される星型稜堡式要塞へと変貌していく。
近世末期の可搬式臼砲
産業革命後も、臼砲は引き続き使用された。(写真の砲は口径195mm)
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近世の星型稜堡式要塞
(ヴォーバンの第一様式から第三様式への変遷を示した模式図)
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日露戦争(1904~1905)
第三軍の
二十八糎砲
近代に入り、このような大型の砲も高い射角をとることが可能となった。これとは逆に、
迫撃砲は同じ曲射兵器だが軽量小型化を追求したものである。
日露戦争は第一次大戦の前哨戦とも言え、機関銃と塹壕・堡塁を組み合わせた本格的な野戦防御陣地が構築された大規模な近代戦争であり、外国からも多数の観戦武官が日露両軍に随伴した。
旅順における日本第三軍の死闘はつとに有名だが、最前線では爆薬を投擲しあう肉弾戦が展開され両軍ともに甚大な損害を出しており、これを憂慮した工兵部の今沢義雄中佐が、より遠方へ爆薬を投射するために打ち上げ花火の仕組みを応用して即製の擲弾発射機を考案する。
このとき各部隊で急造された擲弾発射機は、「敵に迫って撃つ」という意で迫撃砲と命名され、明治38年に規格がまとめられて口径44mm・砲身長200mm・全長329mmと後の擲弾筒に近いものとなった。[17]他にも、口径7cm・12cm・18cmの三種類の迫撃砲が製造されていたことが記録に残っている。[18]
なお、制式装備ではないため、迫撃砲という名称は公文書などで使われていたが兵器としての正式な番号は与えられてない。
第一次大戦(1914~1918)
塹壕で待機するロシア軍の兵士(東部戦線/1917年)
第一次大戦の映像資料
航空機の次のカットが榴弾砲による砲撃の模様である。
塹壕戦では、このように大きな仰角をとった曲射が有効であった。
人類初の世界大戦となった本戦役は日露戦争以上の塹壕戦が特徴であり、西部戦線においてスイスから北海に至る長大な前線に張り巡らされた塹壕の総延長は40,000kmに達した。これは、日露戦争でもその威力を発揮した「機関銃」の登場により、砲兵による攻撃準備射撃と歩兵の突撃という従来の戦術では敵陣地突破が困難になったためである。その防御火力は絶大で、「1挺の機関銃が1個大隊の突撃を阻止する」と言われたほどであった。
このため、戦線は長期にわたって膠着状態に陥り、両軍ともに敵の塹壕内へ効果的に砲弾を着弾させる方法を模索する。従来の火砲では着弾角度が浅く、深く掘られた塹壕の中にまで砲撃の効果を及ぼすことが難しかったためである。
その結果、協商国側では「ストークス・モーター」、同盟国側では「ミーネンヴェルファー」という二つの曲射砲が誕生した。ミーネンヴェルファーは直訳すると「mine launcher=爆薬投射機」で、大きな仰角をとることが可能な小型で精密な曲射砲である。一方、ストークス・モーターは、ほぼ現代の迫撃砲と同じ構造の簡易曲射砲であった。いずれも、曲射することで砲弾の落下角度が垂直に近くなり、相手側の塹壕へ放り込むことが可能になった。なお、塹壕戦で使用されたことから"trench mortar"(trench=塹壕)と表記して、臼砲と区別する場合がある。
ミーネンヴェルファーもストークス・モーターも塹壕戦での運用が元になった砲であるが、簡易な構造で生産が容易であり、軽量で扱い易く最前線の歩兵が直接携行できることから、以後はストークス型の迫撃砲が主流となる。精密で重く(駐退機や復座機も用意されていた)歩兵が容易に扱えないミーネンヴェルファーは、第一次大戦以後は廃れていった。
以上のように、現代の迫撃砲の直接の始祖はイギリスが開発したストークス型迫撃砲であるが、迫撃砲の標準化に貢献したのはフランスのエドガー・ウィリアム・ブラントで、彼の開発した60mm・80mm・120mmの迫撃砲が各国でライセンス生産され、事実上の標準規格となった。彼は、日本においては「ストークブラン社」として知られている企業の創業者である。
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西部戦線のストークス・モーター
構造・外観ともに現代の迫撃砲とほとんど変わらない。
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戦間期~第二次大戦期(~1945)
オマハ・ビーチ/1944年6月6日
第二次大戦中、ドイツ軍は敵陣から僅か550~800mの距離に
迫撃砲を配備して連合軍に砲撃を浴びせたが、ノルマンディー上陸作戦においてこの戦術によって死傷した連合軍兵士は作戦全体の死傷者の70%にも達した。
[19]
出現した当初からストークス型迫撃砲の完成度は高く、第二次大戦期に更に洗練され現代に至るまで基本構造に大きな変化はない。主要な参戦国の地上部隊は必ず迫撃砲を装備していた。
ただし、日本の旧陸軍においては、面制圧兵器という特性から弾薬消費量が多くなることを嫌い、歩兵ではなく砲兵所管の独立部隊に少数が配備されるに留まっていた。しかし、支那戦線において中国軍が使用するドイツ製迫撃砲の威力に驚嘆し、曲射歩兵砲という名称で歩兵部隊にも配備することになったという経緯がある。[20]また、旧海軍は九七式曲射歩兵砲を簡略化した三式迫撃砲を海防艦の艦橋前に設置し、潜水艦に対する威嚇攻撃に用いたほか、陸軍も機動艇などの揚陸艦の艦首に迫撃砲を装備して揚陸時の支援射撃に用いた。なお、旧陸軍においては砲兵所管のものを「迫撃砲」、歩兵所管のものを「曲射歩兵砲」と称するが、いずれも同じ迫撃砲である。
第二次大戦では歩兵の機械化が進み、自走式の迫撃砲も登場した。軽量の迫撃砲は車載化も容易で、トラックの車台に既製の迫撃砲を搭載しただけのものから、既存の装甲車両を改造して固定武装化したものまで様々である。
また、ドイツの「カール自走臼砲(口径540mmまたは600mm)」、米国の「リトル・デーヴィッド(口径914mm)といった超巨大曲射砲も製造された。
冷戦期~将来(1945~)
240mm自走
迫撃砲Tyulpan
現代でも実戦配備されている最大口径の
迫撃砲である。
120mm自走
迫撃砲Nona-S
戦車のような外観だが、平射可能な自走
迫撃砲である。
前述のとおり一般的な迫撃砲の基本構造は第二次大戦時からほとんど変化していないが、アルミニウム合金の多用など素材の改良によって軽量化が進んでいる。軽量で操作が簡便な上に火力も高い迫撃砲(特に口径60mm / 81mm / 82mmのもの)は、正規軍以外にもベトコンやムジャヒディンといったゲリラや反政府武装組織が使用することも多く、他の小型武器と併せ地域紛争を激化ないし泥沼化させることが懸念されている。
砲弾の進化では、例えばロケット・アシスト弾(RAP)の採用で射程は更に延伸しており25,000mもの射程をもつ迫撃砲も存在する。120mm迫撃砲MO120RTのRAP弾は射程約13,000mであり、105mmクラスの榴弾砲の射程が15,000m程度(通常弾)であることを考えると遜色ないレベルである。また、赤外線やレーザーによる対戦車誘導弾の開発など命中精度を著しく向上させた砲弾も登場しており、砲撃プラットフォームとして今後ますます多用される可能性が高い。これらの先進的な砲弾は高価だが、弾薬消費量は激減する。
自走迫撃砲にも様々なものが登場しているが、大半は車体容積の大きな装甲兵員輸送車等に既存の迫撃砲の砲身を設置するターンテーブル[21]と砲弾ラックを搭載したもので、砲身を取り外して車外で運用することを想定し、支持架や底盤を別途用意していることも多い。
なお、ロシアの2S4"Tyulpan"は自動装填機構を有した専用の車体を使う後装式の自走迫撃砲である。また、120mm自走迫撃砲2S9"Nona-S"のように砲塔を備え、戦車砲のように直接照準による平射も可能な自走迫撃砲も登場した。もちろん自動装填装置を有し高い速射能力をもつ。自走式ではない迫撃砲にも後装式のものがあり、82mm自動迫撃砲2B9"Vasilek"は榴弾砲のような外観をもつ。
非常に珍しいがイスラエル国防軍の戦車は対歩兵用として砲塔外部に60mm迫撃砲を装備したものが多く、特に国産戦車メルカバのMk.2以降は後装式の迫撃砲を砲塔に内蔵して車内からの操作が可能となっている。
96式120mm自走迫撃砲
陸上自衛隊が保有する自走迫撃砲。搭載砲はMO120RTである。
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M1129モーター・キャリア
ストライカー歩兵戦闘車に120mm迫撃砲M121を搭載する。
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AMOS
車両の名称ではなく射撃システムの名称であるため、車両だけでなく小型戦闘艇にも搭載できる。
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その他
スピガット・モーター
58mm
迫撃砲2型
第一次大戦でフランスが使用した。
イスラエルのダヴィドカ
珍しく戦後も使用されたスピガット・モーターである。
"spigot mortar"、直訳すると「差込型曲射砲」となるこの兵器は、第一次世界大戦時にミーネンヴェルファーやストークス型迫撃砲と共に多用された曲射砲の一形態で、ロケット・ランチャーに近い運用がなされた。しかし、ロケット弾のように飛翔中に推進されるものは少ない。
構造は一般的な迫撃砲よりも更に簡素で、基底部(台座)に棒状または中空のロッドが接合され、砲弾をロッドに差し込むことで装填される。支持架はないことも多い。ロッド(砲身)の直径より