野球 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋野球(やきゅう)は、1チーム9人(または10人)の選手が交互に攻撃と守備を、一般的な試合では九回繰り返し、得点を競うスポーツである。球技と称されるものの一種。英語ではベースボール (baseball)。主に競技の発祥国であるアメリカ合衆国の他にキューバやドミニカ共和国などのカリブ海周辺の諸国、日本や韓国、台湾などといった東アジア地域の国や地域を中心に行われているスポーツである。しかし、上記の国や地域以外では比較的に馴染みの薄いスポーツでもある。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 野球 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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野球は、2つのチームが攻撃と守備を交互に繰り返して勝敗を競う競技である。大会やリーグによって、予め定めた以上の一方的展開になった場合や気象条件等により途中で試合を打ち切るコールドゲームの規定、攻撃時に投手と呼ばれるポジションの選手の代わりに攻撃専門の選手を使う指名打者制度の有無、審判員の人数等細かな違いがあるが、これは大会やリーグごとに、それぞれの環境で最良と考えられる制度を採用しているためである。
試合は個人プレイや連係プレイなどがはっきりしており観戦しやすい。バスケットボールやラグビーのような時間制ではないため、試合の展開により試合時間に大きな幅があるが、テンポよく進行すれば概ね1試合2時間~3時間程度である(※日本のプロ野球では12回で決着がつかなければ引き分けにする)。守備時にボールを投げ続ける投手と捕手を除けば試合中の肉体的な負担や疲労は少ない。一方でこの一試合の負担や疲労の少なさは試合数を数多くこなせることにもつながり、世界的にはメジャーリーグベースボール (MLB) と日本プロ野球 (NPB) の2つのプロリーグでは年間150試合前後の公式戦を行うことで大きなビジネスとなっている。
世界では北米のアメリカ合衆国・カナダ、中南米のメキシコ・キューバ・ドミニカ共和国・ニカラグア・パナマ・プエルトリコ・コロンビア・ベネズエラ、そして日本や台湾・韓国などの東アジアで盛んである。日本では非常に人気の高いスポーツの1つであり、野球用語である「ヒット」「アウト」「トップバッター」「セーフ」「続投」「ピンチヒッター」等の言葉は野球以外でも様々な局面に転じて使われるほどである。
現在野球で用いられているボールは硬式球・準硬式球・軟式球の3種類があり、使用するボールにより、それぞれ硬式野球・準硬式野球・軟式野球と呼ばれる。日本では、プロ野球や都市対抗野球(社会人)、大学野球、甲子園の高校野球では硬式が使われており、一般的に組織名や大会名などで単に野球と称する場合は硬式野球を示す場合が通例である。一般のレクリエーションとしての野球や、小学校や中学校などで行われる野球は、軟式野球が主である。準硬式野球は、あくまで運営組織の分類上も多くの場合は軟式野球の一種として扱われているが、用具や試合会場は硬式と共用の物が用いられる。
野球が変化して生まれたものとして、フィンランドを中心に行われているペサパッロ(フィンランド野球)やソフトボールがある。特にソフトボールは女性や子供、高齢者にも楽しめるような競技として広まった。
詳細は野球の起源を参照
野球の起源は明らかになっていないが、英国の球技である「タウンボール」が英国系移民によって米国に持ち込まれ、そのタウンボールが変化し、野球として形成されたと考える研究者が多い。1907年、米国で組織されたベースボール起源調査委員会は、「1839年に米国の軍人アブナー・ダブルデイが野球を考案し、ニューヨーク州クーパーズタウンで最初の試合を催行した」とする説を唱えたが、この説は矛盾点が多く見つかり、現在では有力なものとはいえなくなっている。
日本へは、1871年(明治4年)に来日した米国人ホーレス・ウィルソンが当時の東京開成学校予科(その後旧制第一高等学校、現在の東京大学)で教え、その後全国的に広まった。従って、日本国内の野球の創世記の歴史は、そのまま大学野球の創世記の歴史と重なっている(詳細については当該記事を参照のこと)。なお、ホーレス・ウィルソンは2003年(平成15年)、その功績から野球殿堂入り(新世紀表彰)している。
詳細は野球の概要を参照
1チームは選手9人(指名打者制を採る場合は10人)と監督、コーチなどで編成される。試合にはそれ以外にも控え選手がおり、プロ野球では16人、高校野球では9人まで控えとして途中からの試合出場ができる。
野球を行うにあたっては、様々な用具が必要であるが、選手が野球を行う上で必要となる用具のうち、代表的なものについて述べる。詳しくは各項目を参照のこと。
詳細はボール (野球)を参照
野球で用いられているボールには硬式球・準硬式球・軟式球の3種類がある。
詳細はバット (野球)を参照
バットは滑らかな円い棒であり、打者が投球を打ち返すための用具である。材質により木製バットとその他の素材のバットに分けられる。公認野球規則では最大直径7cm以下かつ全長106.7cm以下とされているが、少年用や女性用を除くと実際の多くは全長82~87cm程度である。
グラブやミットは、投球、打球、送球を受けるための革で作られた用具である。形状によってミットは捕手用のキャッチャーミット・一塁手用のファーストミットの2種類があり、グラブには投手用・二塁手用・三塁手用・遊撃手用・外野手用・ある程度まんべんなく使えるオールラウンド向け等、数種類に分類することができる。そのそれぞれについて、右投げ用(左手に着用)・左投げ用(右手に着用)がある。両投げ用は、基本的には存在しない。また、グラブはどの形状でもすべてのポジションで使用できるが、ミットに関しては捕手と一塁手の使用に限定されている。また、投手が着用するグラブについては、グラブ全体が一色であり、かつ白色・灰色以外であること、グラブにグラブの色と異なるものをつけてはならないことの制限がある。
詳細はスパイクシューズを参照
野球用の靴でスパイク部分は金属または樹脂を使用している。少年野球では危険な為、樹脂製スパイクを使用している場合が多い。スパイク部分が取り外し可能なものもある。 また、ピッチャーが利き足のシューズの先端に、保護革をつけることがある。 これは投球時、ピッチャーが利き足でマウンドを蹴りシューズがすり減る事を防ぐため。 通常の野手がこの保護革をつけることも多い。
詳細はロージンバッグを参照
滑り止めの白い粉が入った袋。主にピッチャーが用い、マウンドに置いてある。次打者の為にネクストバッタサークルにも置いてある。
同じチームの選手・監督・コーチなど競技に参加する者は、同色・同形・同意匠のユニフォームと帽子を着用する。原則として全員(少なくとも選手)の背中には背番号をつける。またアンダーシャツ、ストッキング、ベルトは同色での着用が必要。またスパイクもユニフォームの一部に相当するため、チームで同色にそろえる必要がある。ただし、プロ野球においてはプレイングマネージャーやベースコーチに立つ場合を除き監督がユニフォームを着ない場合がある。ボールが胸部に当たると心臓に負担が掛かり倒れてしまう(死亡・重傷事故の例もある)ことがあるので、胸部の部分にパッドを付けることを推奨する。
詳細は野球場を参照
野球に使われるグラウンドは野球場もしくは球場、選手がプレーする場所はダイヤモンドと呼ばれる。ダイヤモンドの部分における距離は公認野球規則で決められているが、それ以外の距離については球場によって異なる。
特に硬式仕様かつプロ野球の試合で使用される野球場においては、本塁より左右両翼及びセンターのフェンスまでの距離について、古い球場では両翼90メートル、中堅120メートル弱の球場が多いが、1980年代以後に建設された球場では両翼100メートル、中堅122メートルを基準としている。(野球場・規格の項参照)
※投手と捕手を内野手の一員とみなす場合もある。
詳細は審判員 (野球)を参照
野球における審判員は、試合の進行や、投手の投球、本塁における判定を主に担当する球審(英:umpire-in-chief ; plate umpire)と、各塁における判定を行う塁審(英:base umpires)、必要に応じて外野に外審(英:outfield unpires)を配置する。
一般には球審1名と各塁の塁審3名の4人で審判団を作ることが多いが、重要な試合では外審2名を加えて6人で審判団を作ることもある。また、試合によっては塁審の人数が2名・1名になることもあるし、球審だけ(塁審なし)で審判を行うこともある。
「ベースボール」を、初めて「野球」と日本語に訳したのは、第一高等中学校(1894年、第一高等学校に改称。第二次大戦後の学制改革の際に東京大学に併合され、新制東京大学教養学部になる)の野球部員であった中馬庚(ちゅうまん かなえ)である。1894年(明治27年)、彼らが卒業するにあたって部史を刊行することになり、中馬の書いた文章中に「野球」が登場するのである。逸話として、同僚で名投手の青井鉞男が「千本素振り」をやっている所に中馬がベースボールの翻訳を「Ball in the field-野球」とすることを言いに来たと言われている。
明治期の俳人で、1889年(明治22年)に喀血してやめるまで捕手として好んで野球をプレイした正岡子規が翻訳したという俗説があるが、これは間違いである。なぜなら、1896年新聞「日本」で連載した子規の随筆『松羅玉液』のなかで、「ベースボールいまだかつて訳語あらず」と書いているからである。この俗説は子規が自らの幼名である「升(のぼる)」にちなんで「野球(のぼーる)」という雅号を用いていたことが誤解されたものと考えられている。しかし子規は野球用語を数多く翻訳しており、2002年にはその功績によって野球殿堂入りを果たした。
子規は「野球(のぼーる)」という雅号を中馬が「ベースボール」を「野球」と翻訳する4年前の1890年(明治23年)に使い始めている。つまり、「ベースボール」を「野球」と最初に翻訳したのは中馬であるが、「野球」という表記を最初に使用したのは子規である。
なお、記録上で日本ではじめて国際試合を行ったのが、青井鉞男が投手時代のこの旧制一高ベースボール部で、1896年(明治29年)5月23日、横浜外人居留地運動場で横浜外人クラブと対戦し、一高ベースボール部は29対4で大勝した。
また、記録上で日本ではじめて米国人チームと試合を行った(日米野球)のもこの旧制一高ベースボール部で、同年6月5日、雪辱戦として横浜外人クラブから試合を申し込まれ、横浜外人居留地運動場で当時の米国東洋艦隊の選りすぐりによるオール米国人チームと対戦し、一高ベースボール部は再び32対9で連勝した。
日本における野球は、実際に参加するスポーツというよりは、観戦スポーツとして楽しむ人が多い傾向にある。レジャー白書2005によると、2004年時点の「野球・ソフトボール用品」に対する出費は、990億円である。これは「球技スポーツ用品」に対する出費6640億円の15%を占め、ゴルフ用品に次ぐが、全スポーツ用品に対する出費2兆470億円に対してはわずか4.8%を占めるに過ぎない。
一方、「クラブ・同好会」の形で楽しむスポーツとしては一定の地位を占めている。内閣府による「体力・スポーツに関する世論調査」(2004年2月調査)では、クラブ・同好会に加入している男性のうち、22.7%が野球クラブ・同好会に加入しており、これは2位のゴルフ、5位テニスよりも多い。ただし、女性は5位までに含まれていなかった。
スポーツ施設の統計を見ると、以上のような一見矛盾した統計が理解できる。野球は全年齢層にまんべんなく支持されているのではなく、社会人、それも職場活動の一環として実践されている。
文部科学省の「我が国の体育・スポーツ施設」(平成16年3月)によると、「職場スポーツ施設」(8286カ所)においては全8286施設のうち13%(第2位)を「野球場・ソフトボール場」が占める。これは内閣府の統計と合致する。しかしながら施設の数では最も多い「学校教育・スポーツ施設」(14万9063カ所)では1.5%(第7位)を占めるに過ぎない。民間スポーツ施設(1万6814カ所)では、10位以内に野球・ソフトボール場が登場しない。学校教育や職業とは無関係なスポーツ活動では、野球は主要な地位を占めていない。
戦前から1950年代の前半まではプロ野球よりも東京六大学野球に代表される学生野球の人気が高かった。しかし、1950年代の後半になると読売ジャイアンツの長嶋茂雄や王貞治らプロ野球選手が国民的人気を得るようになるとプロ野球が六大学野球に代わるようになり、1990年代の前半までは主にプロ野球が野球人気を担っていた。しかし、1990年代の後半になると日本球界の看板選手達のメジャーリーグ流出が始まり、それに伴って、主にNHKの衛星放送などで盛んに日本人選手の出場予定試合を中心にレギュラーシーズンからポストシーズンまでのメジャーリーグの試合中継が放送され始めた。また、現在では野球ファンの中には日本で流れる試合中継だけでは物足りず、アメリカに渡米して現地のスタジアムで試合観戦をする人々まで現れるまでになっている。
尚、高校野球においては時に荒木大輔や斎藤佑樹(ハンカチ王子)などの社会的関心を浴びるまでの高校球児が出現する事もある。この様に国民的な関心としては依然としてあるが、1990年代に入ってからはJリーグの開幕や複数の総合格闘技団体の出現など、様々な選択肢の増加によって以前の様に磐石な地位では無くなった。
また、テレビ観戦において、以前は国民のスポーツとしてお茶の間に君臨していたが、関東地区を中心に野球中継の視聴率は低迷しており(2007年関東地区ペナント公式戦、年間平均視聴率9.8%)、関東地区の視聴率低迷がナイター全国中継枠数の削減へと繋がり、全国的に影響を及ぼしている。野球番組の歴代視聴率一覧も参照。
日本の野球は長い時間をかけて独自の発展を遂げたため、日本で一般的に使用されている野球用語の中には、和製英語や英語の誤用が多い。完全な造語の他に、日本語からの直訳、英文の無理な省略などにより、文法的に誤りがあるものや、違う意味になってしまったものもある。
近年は正しい英語の普及を目指しているせいか、「ナイター」を「ナイトゲーム」 (night game) 、「ストッパー」を「クローザー」 (closer) と言い換えるように、和製英語を排除する傾向が多少見られる。ただし「フォアボール」などのように相変わらず定着しているものも存在する。
また、日本語の野球用語がアメリカなどで使用されるようになったケースも若干存在する。
以下は、アメリカのOfficial Baseball Rulesに記述があり、日本においても使用されているが、現在アメリカでは別の表現が一般的になっているもの。
詳細は野球競技 (夏季オリンピック)を参照
オリンピックでは1904年セントルイス大会からデモンストレーション・スポーツとして8回競技が行われ、その後1984年ロサンゼルス大会と1988年ソウル大会では公開種目として開催された。1992年バルセロナ大会から正式種目に昇格した。1996年アトランタ大会まではアマチュア選手の参加しか認められていなかったが、2000年シドニー大会からプロ野球選手の参加が可能となった。野球を国技と位置づけるアメリカ合衆国やキューバの活躍が目覚しい。ただし、大リーグ所属選手は参加していない。
大リーガーが出場しない理由として、開催時期が基本的にレギュラーシーズンリーグ(予選リーグ相当)の終盤で、プレーオフの出場チーム決定時期(各リーグ・各地区の1位チーム+2位の最高勝率チーム=ワイルドカードの4チームずつが出場)で試合の質を落としてはいけないことなど、興業的な面の問題も絡んでいる。その代わりとしてマイナーリーグや独立リーグ所属選手が全米代表として出場している。
オリンピックでの野球は8カ国の総当たり戦から始まる。延長戦の上限は無し。上位4カ国が決勝トーナメントに進出して予選1位と予選3位、予選2位と予選4位がそれぞれ対戦。勝者が決勝へ。敗者は3位決定戦に進む。尚、予選で敗退した4カ国はその順位が最終順位となる。
規模が大きくなり開催地の負担が増えたためスリム化を進める事となった夏季五輪の中で、野球は世界的な普及度の低さ、ドーピング対策の不備、大会後の施設利用の目途の立たない野球場の不要論などから2005年7月のIOC総会の投票で2012年ロンドン大会から女子ソフトボールと共にプログラムから外される事が決まった。2006年2月のIOC総会でソフトボールと共にロンドン大会での正式種目復帰を求め再投票を実施するよう緊急動議が出されたが、「再投票を実施するか否か」という投票で過半数を獲得できず、この時点でロンドン大会での削除が最終決定した。2016年大会以降の扱いについては2009年にソフトボールとともに再び正式種目として採用するか否かIOC総会で審議される予定となっている。
詳細はワールド・ベースボール・クラシックを参照
ワールド・ベースボール・クラシックは、アメリカMLB機構の主催する野球の国際大会のこと。2006年3月に第1回大会が開催され、日本が優勝している。第2回大会は2009年、第3回以降は4年おきに開催される予定である。