鈴木梅太郎 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋鈴木 梅太郎(すずき うめたろう、1874年4月7日 - 1943年9月20日)は、日本の農芸化学者。勲等は勲一等。東京帝国大学名誉教授、理化学研究所設立者。文化勲章受章者。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 関連商品
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静岡県榛原郡堀野新田村[1]にて、農業・鈴木庄蔵の次男として生まれる。
帝国大学農科大学(現東京大学農学部)農芸化学科を卒業する。東京帝国大学教授を務めるとともに理化学研究所の設立者として名を連ねる。東京帝国大学を退官後は東京農業大学農芸化学科教授に就任している。
1910年、米の糠から抗脚気因子として世界初のビタミンであるアベリ酸(のちにオリザニンと改名、ビタミンB1)を発見した。しかし、このときの論文がドイツ語に翻訳される際、「これは新しい栄養素である」という一行が訳出されなかったためオリザニンは世界的な注目を受けることがなく、第一発見者としては日本国内で知られるのみとなってしまった。
アベリ酸報告の当時は、東京帝国大学医学部を中心とする多くの医学者の間で脚気感染症説が信じられていた。某医学者(青山胤通あるいは森林太郎(森鴎外)のことともいわれる)は「農学者が何を言うか、糠が効くのなら小便でも効くだろう」と非難したという。しかし実際にこれによる脚気の治癒例が相次ぎ、脚気感染症説論者もオリザニンの効果を信じざるを得なくなった。ただし、森林太郎は死ぬまで自説の誤りを認めなかったと伝えられている。
1922年には合成清酒を発明している。これは1924年に「理研酒『利久』」の名称で市販され、後の「三倍増醸清酒」開発の基礎ともなった。なお、『利久』は戦後、理研の合成清酒製造部門を継承した協和発酵(現・協和発酵キリン)を経て、現在はアサヒビール(協和発酵がアサヒビールに酒類事業を譲渡)に引き継がれている。
出身地である静岡県では彼の業績を顕彰し、「鈴木梅太郎博士顕彰会」が毎年県下の中学・高校生の優れた理科研究論文に対して「鈴木梅太郎賞」を贈っている。静岡県立大学谷田キャンパスには鈴木の胸像や顕彰碑が建立されている。
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