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鎌倉総合車両センター とは?

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鎌倉車両センター(かまくらしゃりょうセンター)は、神奈川県鎌倉市山崎と藤沢市小塚に跨る東日本旅客鉄道(JR東日本)の車両基地である。同社横浜支社の管轄。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


鎌倉総合車両センターはてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  →横クラ

出典: 『はてなダイアリー』


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ウィキペディア(Wikipedia)記事


鎌倉車両センター(かまくらしゃりょうセンター)は、神奈川県鎌倉市山崎と藤沢市小塚に跨る東日本旅客鉄道(JR東日本)の車両基地である。同社横浜支社の管轄。

元は大船電車区として発足したが、車両基地および検修部門が大船工場と組織統合され、「鎌倉総合車両所」→「鎌倉総合車両センター」となっていた。統合後は、神奈川県道304号腰越大船線および柏尾川を挟み、車両基地側を「長島地区」、車両工場を「深沢地区」と呼んで区別していた。その後工場機能が廃止され、長島地区が鎌倉車両センターとなった。

目次

配置車両の車体に記される略号

横クラ」:横浜支社を意味する「横」と、鎌倉を意味する「クラ」から構成される。

  • 大船電車区時代
    日本国有鉄道(国鉄)東京鉄道管理局「東フナ」→国鉄東京南鉄道管理局「南フナ」→JR東日本東京地域本社「東フナ」→JR東日本横浜支社「横フナ
  • 鎌倉総合車両所~センター時代
    JR東日本横浜支社「横クラ

概要

主な業務は仕業検査交番検査である。大船駅から直接入出区することが可能で、入出区線を大船駅から東海道本線に沿い、柏尾川を渡った先にある。深沢地区とは敷地が離れているため車両の直接の行き来はできず、大船駅構内で2回スイッチバックする必要があった。

歴史

  • 1957年昭和32年)9月 - 大船電車区着工。
  • 1960年(昭和35年)3月29日 - 田町電車区から横須賀線車両を移管して使用開始。
  • 2000年平成12年)7月1日 - 大船電車区のうち運転士部門を大船車掌区と統合して発足した大船運輸区に移管、検修部門は大船工場と統合され鎌倉総合車両所(長島地区)となる。
  • 2004年(平成16年)6月1日 - 鎌倉総合車両センターに改称される。
  • 2006年(平成18年)4月1日 - 深沢地区の廃止により、鎌倉車両センターに改称される。

配置車両

クモヤ143形。長島地区の入換作業のほか、大船駅との間で職員の輸送も行う。

以下は2008年(平成20年)4月現在の配置車両である。

過去に配置された車両

配置車両以外について

深沢地区(旧大船工場)について

大船工場への引込み線跡。業務終了に伴い引込み線は閉鎖された。踏切部分の線路は撤去されたが、その他は業務終了時のままとなっている
深沢地区(県道腰越藤沢線側より撮影)

鎌倉市梶原に所在していた。主な業務は重要部検査全般検査。最寄り駅は湘南モノレール江の島線湘南深沢駅。大船駅からの入出場線は一旦横須賀線に沿って久里浜方面に向かい、途中でスイッチバックする形になっているため、直接入出場することはできない。かつて海軍工場(横須賀海軍工廠深沢分工場)があり、太平洋戦争終結後にGHQの許諾を受けてその敷地を受け継ぐと共に、建設中の線路を受け継いで建設した。

国鉄時代には、電車のみならず客車の修繕や改造も手掛けていた。

2000年(平成12年)に大船電車区の検修部門と統合され、鎌倉総合車両センター(深沢地区)となっていたが、統合以前と業務が大きく異なっていた訳ではなく、首都圏の電車の検査修繕等を行っていた。統合後でも慣例的に「大船工場」と呼ばれることがあった。

209系から続く「新系列車両」の増加による保守体系の見直しで検査業務が縮小され、2006年2月9日をもって東京総合車両センター大宮総合車両センターに業務が引き継がれる形で検査業務を終了し、同年3月31日付けで閉鎖された。

敷地内には鎌倉市の有形文化財に指定された泣塔が存在する。また近隣には湘南モノレールの車両基地がある。

整備済み車両の車体に記される略号

「KK」旧大船工場は「OF」

歴史

  • 1945年(昭和20年)12月1日 - 大井工機部大船分工場として発足
  • 1950年(昭和25年)4月1日 - 大船工機部として分離
  • 1952年(昭和27年)8月5日 - 大船工場と改称
  • 2000年(平成12年)7月 - 大船電車区(検修部門)と統合され、鎌倉総合車両所(深沢地区)となる
  • 2004年(平成16年)6月1日 - 鎌倉総合車両センターに改称される
  • 2006年(平成18年)2月9日 - 検査業務を終了
  • 2006年(平成18年)3月31日 - 正式に廃止となり、閉鎖される

入換動車

入換動車・クモハ102-1201

車籍のない入換動車として、末期には下記の車両が使用されていたが、工場部門の業務終了に伴い用途廃止となった。

  • クモヤ145形
    • 2両(クモヤ145-2、111)
  • 103系電車
    • 別々に運用されていた2両(クモハ103-11+クモハ102-1201)を組み合わせ、パンタグラフ移設・前照灯を増設・塗色変更のうえで使用されていた。

製造された車両

民営化後、社内技術力の維持向上等を目的として、107系がJR東日本の各工場で新造されることになり、大船工場でも一部を担当したことに始まる。209系の製造経験は、その後、新津車両製作所で生かされることになった。

  • 107系電車
    • 12両が製造された。
  • 205系電車
    • 9両が製造された。うち6両(制御車2両を含む)は、相模線向け500番台
  • 209系電車
    • 14両(901系として登場した2両を含む、中間車のみ)が製造された。
  • E217系電車
    • 11両(中間車のみ)が製造された。

検査担当車両

2006年2月、検査業務終了時の担当車両

保存車両

ナハネフ22 1 2004年9月18日撮影
  • 20系客車
    • ナハネフ22 1 が保管されていた。深沢地区の廃止と同時期に大宮総合車両センターに移送、その後整備を受け、2007年より鉄道博物館で展示されている。
  • クモハ11形電車
    • クモハ11248 が保管されていた。深沢地区廃止後の処置は不明。

また、南武支線用の101系電車廃車後も解体を保留され所内に保管されていたが、深沢地区の廃止に伴い解体された。

参考文献

  • 鉄道ピクトリアル』2000年9月号 No.690 特集:JRの車両工場
  • 福原俊一(編著)『通勤型電車』(電気車研究会、1997年)

関連項目


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