長岡市 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋長岡市 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
吉川 美貴 /
最安値(新品): ¥ 1,680
最安値(中古): ¥ 800
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
長岡市(ながおかし)は、新潟県の中部(中越地方)に位置する市である。新潟県下第2位の人口を擁する、国から特例市に指定されている。
目次 |
長岡地方中核都市圏を形成する、中越地方および長岡都市圏の中心都市である。都市圏人口としては栃木県の小山地方中核都市圏に次いで全国39位に位置する。
旧長岡市は、江戸時代には長岡藩の城下町として栄えた。戊辰戦争と第二次世界大戦(長岡空襲)の二度にわたって市街は壊滅的被害を受けるが、不撓不屈の精神により復興を遂げ、現在に至る。それに因み、市の紋章は不死鳥をイメージして、「長」の文字を図案化したものになっている。参考
花火王国として有名であり、市の中心を流れる信濃川では、毎年8月1~3日に長岡まつり(長岡大花火大会2、3日)が開かれ、正三尺玉花火も上がる。また2005年の長岡まつりでは、市民などからの協賛金を募って、新潟県中越地震からの復興祈願花火「フェニックス」を打ち上げ、喝采を浴びた。この「フェニックス」は、同年10月23日の中越地震からの「復興の集い」や年末年始のカウントダウンイベントでも打ち上げられ、長岡を象徴する花火になった。この花火は、翌年以降の長岡まつりでも継続して打ち上げれている。
この地域は元内閣総理大臣 田中角榮の地盤であり、現在でも一部で影響が残っている。
上越新幹線で東京から約80分、関越自動車道で東京から約3時間の位置にあり、特に経済面において関東地方との結びつきも強い。
元来の都市としての長岡は内陸の都市であるが、2005年と2006年の二回に渡る大規模合併以降、行政区画としての長岡市は日本海に面する自治体となっている。
南北に信濃川が縦断し、中心部では川の両岸に市街地が発展している。
人口30万人級の都市としては、世界的に見ても珍しい程の豪雪地帯であり、過去に記録的な豪雪を何度も経験している。市街には雁木(がんぎ)が整備されているほか、市では「無雪都市」を宣言し、長岡駅前大手通り(旧国道8号等)には、雁木を改造した大規模なアーケードが設置されている。又、道路には消雪パイプが設置され、国道・県道・市道や公共施設の敷地内に至るまで広い範囲で散水消雪を行う。寺泊地域や和島地域は、海岸部または海岸に近いため比較的積雪が少ない。
地理的に、大部分が盆地で占められており、冬は寒く、夏は暑い傾向がある。信濃川流域には遮蔽物が少なく、夏ごろは突風が吹くため、洗濯物などは非常に早く乾く一方、強風により洗濯物が空を飛んでいる光景も目にする。
※北から東回りに
※この他、佐渡市とは海を隔てて接しており、航路により結ばれている。
| 長岡市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 長岡市の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
|
■紫色は長岡市
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||
| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
2007年4月1日に特例市に移行。更に今後、周辺市町村との合併によって中核市への移行をも視野に入れている。又、新潟市は同日に政令指定都市に移行しており、その際に新潟市は県からの独立性が高くなった。それも踏まえて、県の中部に位置する長岡市へ県庁を移転させようという構想がある[1][2]。ただ、長岡市民も含めて一般の関心は低く、道州制施行に伴いこの構想は凍結される可能性が高いのが現状である。
| 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 |
|---|---|---|
| 牧野忠篤 | 1906年8月29日 | 1908年5月22日 |
| 河島良温 | 1908年6月23日 | 1919年7月10日 |
| 豊島愿 | 1919年8月7日 | 1926年11月16日 |
| 岩田衛 | 1927年1月28日 | 1929年10月26日 |
| 木村清三郎 | 1929年12月26日 | 1937年12月25日 |
| 松田耕平 | 1938年3月17日 | 1944年7月31日 |
| 鶴田義隆 | 1944年10月12日 | 1945年8月1日 |
| 田村文吉 | 1945年9月29日 | 1947年3月31日 |
| 松田弘俊 | 1947年4月9日 | 1951年4月4日 |
| 1951年4月28日 | 1955年1月3日 | |
| 内山由蔵 | 1955年1月25日 | 1959年1月21日 |
| 1959年1月22日 | 1962年12月2日 | |
| 上村清五郎 | 1962年12月21日 | 1966年11月25日 |
| 小林孝平 | 1966年11月26日 | 1970年11月25日 |
| 1970年11月26日 | 1974年11月25日 | |
| 1974年11月26日 | 1978年11月25日 | |
| 1978年11月26日 | 1982年11月25日 | |
| 1982年11月26日 | 1984年5月31日 | |
| 日浦晴三郎 | 1984年6月11日 | 1988年6月9日 |
| 1988年6月10日 | 1992年6月9日 | |
| 1992年6月10日 | 1996年6月9日 | |
| 1996年6月10日 | 1999年10月20日 | |
| 森民夫 | 1999年11月22日 | 2003年11月20日 |
| 2003年11月21日 | 2007年11月20日 | |
| 2007年11月21日 | 現職 |
明治維新以前の長岡の歴史については、越後長岡藩を参照。
長岡市に編入合併した旧市町村の歴史については、各旧市町村のページを参照。