便利なキーワード検索サイト ことなびトップページへ
デル株式会社







ことなびTOP  サイトマップ  ことなびとは?



便利!NINJA TOOLS
→FC2検索 用語 Wikipedia YouTube

長渕剛 とは?

 ページ内リンク   ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事  ↓Yahoo!知恵袋

長渕 剛(ながぶち つよし、1956年昭和31)9月7日 - )は日本シンガーソングライター俳優本名同じ。「長 剛」は、誤記。鹿児島県鹿児島市出身(出生は日置市伊集院町)。Office REN(オフィス・レン)所属。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


長渕剛はてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :   :アーティスト :ミュージシャン :俳優 1956年9月7日生まれ。鹿児島県鹿児島市出身。Office REN所属。A型。 九州産業大学中退。妻は女優の志穂美悦子。元妻は石野真子。 常にメッセージ色の強い楽曲を歌い続ける稀有なシンガーソングライター。 1978年、「巡恋歌」でデビュー。その後「順子」「乾杯」「とんぼ*1」などが大ヒットする。 オールナイトニッポンのパーソナリティを務めたこともある。 2004年8月21日、桜島オールナイトライブを成功させた。 また、哀川翔、清原和博、上田晋也、ワッキーな ...

出典: 『はてなダイアリー』


ノースウエスト航空 のマイルは、国内航空会社のマイレージと違って無期限!! 格安パックツアーでも
100%マイルが付くのでお得!! 国内往復分15000マイルを貯めて沖縄や北海道へ!!


関連商品

音楽  BEST~風~別ウィンドウで表示

長渕剛 /  最安値(新品): ¥ 2,080  最安値(中古): ¥ 1,500 
おすすめ度5.0(全レビューの平均)「家族」という曲が好きだ。卑しくて清らかで臆病で強がりで、そんな日本の少年が繊細な感性でそこにある灰色の風景をじっと歌い上げる。アコースティックギターのイントロはまるで聴き手を拒むように陰鬱な空気を蔓延させている。日本人として日本という国を1つの家族だと考える。それは決して笑い事ではないのだ。  (ヤス さんのレビュー)

本  前略、人間様。―長渕剛詩画集 (新潮文庫)別ウィンドウで表示

長渕 剛 /  最安値(中古): ¥ 912 
おすすめ度5.0(全レビューの平均)素晴らしかった。その一言に尽きる。今にも動き出しそうな絵。そして魂のこもった言葉。感激せずにはいられなかった。一筆一筆押し寄せる芸術の風を感じ、一言一句刻まれた魂の言葉をかみ締め、長渕剛に感謝。  (不動明王 さんのレビュー)

本  長渕剛VS.桑田佳祐別ウィンドウで表示

矢吹 光 /  最安値(中古): ¥ 2,500 
おすすめ度5.0(全レビューの平均)

音楽  BEST~空~別ウィンドウで表示

長渕剛 /  最安値(新品): ¥ 2,199  最安値(中古): ¥ 2,080 

DVD  桜島 [DVD]別ウィンドウで表示

最安値(新品): ¥ 12,284  最安値(中古): ¥ 8,798 




ウィキペディア(Wikipedia)記事


長渕 剛
基本情報
出生名 長渕 剛
出生日・地 1956年9月7日(52歳)
血液型 A型
学歴 九州産業大学芸術学部写真学科中退
出身地 日本鹿児島県鹿児島市
ジャンル フォークソング
ニューミュージック
職業 シンガーソングライター
俳優
活動期間 1977年(昭和52年)~
レーベル フォーライフ・ミュージックエンタテインメント
事務所 Office REN(オフィス・レン)
共同作業者 笛吹利明瀬尾一三
影響 吉田拓郎加川良友部正人遠藤賢司
公式サイト 長渕剛 OFFICIAL WEB SITE <LIVE ON>
  

長渕 剛(ながぶち つよし、1956年昭和31)9月7日 - )は日本シンガーソングライター俳優本名同じ。「長 剛」は、誤記。鹿児島県鹿児島市出身(出生は日置市伊集院町)。Office REN(オフィス・レン)所属。

目次

経歴

1977年、シングル『雨の嵐山』で歌手としてデビュー。(※一般的には再デビューの1978年『巡恋歌』を本格デビューとしている。)『順子』や『乾杯』、『とんぼ』、『しゃぼん玉』、『しあわせになろうよ』などのヒット曲を持ち、また、俳優としては、『親子ゲーム』や『とんぼ』、『オルゴール』などのドラマや映画出演で知られる。 ソロアーティストとしてアルバム初登場一位獲得数12作品という記録をもっている。またソロアーティストでは井上陽水槇原敬之とともにシングル売り上げ1000万枚を突破している。

鹿児島市立中郡小学校鹿児島市立甲南中学校鹿児島県立鹿児島南高等学校情報処理科を経て、九州産業大学芸術学部写真学科中退。 1981年8月、石野真子と結婚。結婚式はハワイの教会で、仲人は吉田拓郎と浅田美代子夫妻(当時)だった。1983年5月、長渕のDV(家庭内暴力)が決定的理由で離婚。1987年、元女優の志穂美悦子と再婚。 長女である長渕文音が、2008年10月公開の映画「三本木農業高校、馬術部」(監督:佐々部清)の主役として女優デビューを果たし、今後が注目されている。

人物

  • 警察官の父親・邦治(くにはる)と母親・マス子の長男として、1956年9月7日、当時の鹿児島県日置郡伊集院町(現・日置市)にて生を受けた。上に姉がいる2人姉弟。兄がいたが乳児期に病死している。
  • 子供のころのあだ名は「レオン」。
  • 愛犬はホワイト・スイス・シェパードの「レオ」。
  • 現在でこそ肉体改造で筋肉質の体になっているが、出生後まもなく、インフルエンザで生死の境をさまよっていたと言う話がある。幼い頃の長渕は体が非常に弱く、よく喘息発作を起こし、病院通いが欠かせなかった。
  • 音楽が長渕の楽しみであった。吉田拓郎(長渕と同郷)や加川良友部正人遠藤賢司等のフォークソングを好んで聴いていた。「自分もいつかはミュージシャンになりたい」と言う願望もあったのか、中学3年の正月に3000円のガット・ギターを購入し、鉄弦を張り思いのままに好みの楽曲をコピーしていったのである。
  • シンガーソングライターとしての道を歩むきっかけとなったのは、高校時代に生で観覧した、拓郎のコンサートであった。これを境に拓郎、更には加川や友部と言った、当時売れっ子だったフォークシンガーの歌に傾倒していく事になる。大学進学後は洋楽も聴くが、基本的には1960~70年代の、日本のフォークシンガーからの影響を強く受けている様である。
  • 1980年代半ば頃にはロック色が強くなり、サウンドにも現れたが、1980年代後半からは原点であるアコースティックに戻っている。
  • デビュー当時は、今とは違いかなり透き通った発声で歌っていたが、自分自身の作りたい楽曲のイメージとの乖離に悩まされ、1980年代の半ばから発声方法を変える様になった。ボブ・ディランの歌声への憧憬から、焼酎やルゴールの原液で何度もうがいをし、歌手の命でもある喉を焼き切った。しかし、それでも簡単には声質は変わらなかった。長いライブ活動を続けていくうちに、透き通った声は消えうせ、しわがれた声へと変わる。そうして長年のキャリアで培われた独特の歌唱法や楽曲のスタイルは、10代から中高年層までの幅広い年齢層で数多くのファンを生み出した。また、そうした荒療治や歌唱法により、喉にポリープが出来ていることをインタビューで告白している。しかし、ポリープを除去すると声質が変わると医師に宣告され、声質を変えたくない長渕は、悩んだ末そのポリープを除去せぬまま今の声質を保っていると語っている。
  • 歌を披露する際には必ずガムを噛みながら歌っていた時期もあった。
  • 幼い頃からジープ を好み、その後HUMMER H2を購入する。その時、取材で『H1は鉄が走っている感じ、あれは軍用車、H2はオシャレに乗れていい』といったんH2を手に入れるが、桜島のコンサートを期に“選ばれし者が乗る車”“四輪駆動の王”と米国セレブからも好評のあるH1 HUMMERハマーを購入、現在所有。
  • 俳優としても、『家族ゲーム』や『とんぼ』『しゃぼん玉』等のドラマ、『オルゴール』や『男はつらいよ・幸福の青い鳥』『英二』等の映画に出演している。
  • デビュー当初は痩身で長髪のフォークシンガーというイメージで、「遅れてきたフォーク青年」と呼ばれたりもした(長渕のデビュー当時はすでにフォークブームが過ぎた後であった)。透明な声と繊細なラブソング、達者なフィンガーピッキングによるアコースティックギターで人気を博し、現在の彼とはかなりイメージが異なっていた。1980年代半ばからは髪を切り、同時期に出演していたドラマでの気さくな兄ちゃん振りから、徐々にやんちゃなイメージになっていった。
  • 1988年に主演したTVドラマ『とんぼ』でのヤクザ役が大当たりした。この頃から歌声はいっそう枯れていき、歌詞もハードなメッセージを前面に打ち出したものになっていき、ドラマのイメージも相まって、バイオレンスなイメージが定着していった。また女性スキャンダルやスタッフへの暴行がたびたび報道されるようになり、1990年代前半にはその人気が絶頂になった反面、ダーティーなイメージもついて回った。1995年1月24日大麻取締法違反で逮捕されてからは、かつてほどのダーティーイメージは薄らいでいった。
  • 2004年8月21日に、鹿児島県の桜島特設ステージで、全国から約7万5千人の観衆を集めてのオールナイトコンサートを敢行し、大成功を収めた。このコンサート会場で売られていたオフィシャルミネラルウォーターは地元企業の商品であった。2006年3月19日には、コンサート会場跡地に記念碑が建てられる。記念碑名は「叫びの肖像」
  • 2005年12月公開の東映映画『男たちの大和/YAMATO』の主題歌を担当。『CLOSE YOUR EYES』が先行リリースされ、話題になった。
  • スポーツ界との交流も深く、そのジャンルも、極真空手緑健児やプロボクサーの戸高秀樹プロ野球福岡ソフトバンクホークスゼネラルマネージャーを務める王貞治オリックス・バファローズ清原和博F1レーサーの佐藤琢磨ラグビー大八木淳史K-1山本"KID"徳郁、元Jリーガー呂比須ワグナー横綱朝青龍等幅広い。
  • 芸能界でも非常に熱心なファンが多い。以下にファンであることを公言している有名な人物を挙げる。
渡哲也島倉千代子岩沢厚治ゆず)、押尾コータローMAKIDAIEXILE)、清木場俊介アンダーグラフ橋谷康一Jackson vibe)、向井秀徳井ノ原快彦V6)、藤原竜也間寛平松本人志ダウンタウン)、松本隆博(松本人志の兄)、上田晋也くりぃむしちゅー)、勝俣州和上沼恵美子ほんこん130R)、ココリコ博多華丸博多華丸・大吉)、ワッキーペナルティ)、庄司智春品川庄司)、田村淳ロンドンブーツ1号2号)、柴田英嗣アンタッチャブル)、フットボールアワー児嶋一哉アンジャッシュ)、吉田敬ブラックマヨネーズ)、さがね正裕丁半コロコロ)、山口智充山田雅人柳沢慎吾長瀬智也TOKIO)、恵俊彰ホンジャマカ)など。
このほか番組や映画での共演が縁で、芳村真理白川由美倍賞千恵子とも親交があるとされる。芳村は、「夜のヒットスタジオ」司会当時、彼の音楽的才能につき「彼(長渕)は天才だ」と絶賛し、長渕が甚く感激したというエピソードがある。白川に関しては「家族ゲーム」以降の親交があり、長渕は彼女を時折自身のコンサートに招待している。
  • 芸能ジャーナリストの井上公造とは、大学時代の同じバイト仲間であり(井上は西南学院大学卒業)長渕が東京へ上京する時に井上が幹事で送別会を行っており、現在も交友がある。
  • 絵画や詩にも才能を発揮し自身の詩画展を開き何度も成功を収めている。また、その収益金の一部を阪神・淡路大震災で家を失った子供達等の為に寄付した。鹿児島県関連の九州新幹線開業キャンペーンの風は南からの書体をデザインしている。その書体は、現在かごしま県民交流センターに展示している。
  • に弱い事は意外に知られておらず、この事を語っている楽曲もいくつか存在する。また以前はかなりの喫煙者であったが、現在は禁煙している。
  • 使用ギターはレコーディングではギブソン製(J-45、J-200等)、ライブではタカミネ製のエレアコを主に使用する。エレクトリックギターは楽曲によってはライブでたまに使用する。
  • 使用ハーモニカ(ブルースハープ)はTOMBOの「メジャーボーイ」。現在一般的なハーモニカホルダーの形(テンホールズハーモニカ専用で、ハーモニカをセットする部分が狭くなっている)は彼が考案したものとのこと。「特許をとっておけば良かった」と雑誌のインタビューで語った。
  • 「週刊ザテレビジョン」では、イメージが合わないことを理由に、レモンの使用を拒否したことでも有名。
  • 2003年に放送されたラジオ番組「今夜もバリサン」で長渕は今は亡き「尾崎豊」についてとつとつと語った。「彼(尾崎)は最後レコード会社からも見捨てられ、本当に孤独だったんだ。彼みたいな才能ある人間を業界は孤独にさせたらだめだ!」とも語っていた。
  • 2007年4月27日関西テレビ放送制作、フジテレビジョン系列(FNS)で放送の『さんまのまんま』で、明石家さんまと対談。過去にさんまとは「明石家さんまのオールナイトニッポン」で対談を行ったことがあり、放送でもその点について触れていた。「ラーメンは吸うのか噛むのか」などで言い合う珍妙なトークを行い、最後は2人で『とんぼ』をデュエット。ハーモニカ(TOMBO・メジャーボーイ)をさんまにプレゼント。ただしギター弾き語りは行われず、『とんぼ』は国吉良一(因みにさんまの『真っ赤なウソ』の編曲者でもある)のキーボード演奏に拠る物であった。
  • 1992年に行われた東京ドームでのセンターステージライブに関して、本人は「あまり覚えていない」と語った。65,000人の熱気のど真ん中で、あまりにインパクトがあったとの事。また「東京ドームという場所は、本来ライブをやるべき場所じゃない(音響面で最悪、自分の声が数秒後跳ね返ってくる)。ドームでライブをやる必要性がある時はやるけど」と語っている。
  • 「アコースティックギターは弾くものじゃなく、叩くもの」という持論を持っている。故に、ピックで弾きながら、手の平の腹部分で、ギターのブリッジ付近を叩きつつ演奏する曲も多く見られる。これはニール・ヤングの影響と見られる。
  • 1999年頃、自宅の近所にマンションが建設された際、自宅前にある道の車の往来が急に増え、さらに自分の子供がトラックに轢かれかけ「子供飛び出し注意」の巨大な看板(電飾、キャスター付)を自宅前に設置する。

略歴

  • 1973年
    • 大学祭の前座で初めての舞台を経験。
  • 1974年
    • 友人と2人でフォークソングのグループ(T&Tグループ タケシとツヨシ)を結成し、ステージ活動を本格化させる。
  • 1975年
    • 福岡県九州産業大学へと進学。
    • 場末のバーで、毎回、泥酔した客や頑固な客から「演歌やらんかい演歌!!」と怒鳴られ蹴られるもオリジナル曲を通した。この時はまさに地獄の環境でビール瓶や物がステージに飛んできた(ビートルズのハンブルグ時代と似ていた)。根性はここで鍛えられたと本人は述べている。そして、ライブハウス(照和)での活動が本格化する。
  • 1976年
  • 1977年
    • 2月25日、前年のポプコン入賞を機に、ビクター・レコードより、シングル『雨の嵐山』でデビューするもヒットせず。何故か名前の読み方を「ながぶち・ごう」に変更されていた。編曲は船山基紀によるものである。
  • 1978年
  • 1979年
    • 3月5日、初のオリジナルアルバム『風は南から』をリリース。
    • 7月26日、愛知県篠島での吉田拓郎のコンサートに特別出演。「帰れコール」(長渕自身は「帰れって言うんだったらお前らが帰れ」と言っていた)を浴びながらも(拓郎はそんなに言われて無かったよ、と言っていた。また、実際に「帰れコール」をしたのは一部の観客だけだったとも言われている)堂々と歌い、最終的には大きな喝采を浴びた。
  • 1980年
    • 6月5日、元々アルバム『逆流』の収録曲であった『順子』が、ファンからの熱い要望によりシングルカット。同年8月にはオリコンのチャート1位に。この曲の大ヒットにより、一躍トップシンガーの仲間入りを果たす。
    • 10月、『ナウ・ジェネレーション/長渕剛のアピール26』(TBSラジオ)、『長渕剛のひたすら60分』(ニッポン放送)のラジオパーソナリティを務める。またこの他、当時山梨鐐平などが結成していたグループ「Do!」とのジョイントバンド「チョコレッツ」を結成し、翌1981年まで活動していた。
  • 1981年
  • 1982年
    • 『青春は手品師』(アルバム『時代は僕らに雨を降らしてる』に収録)が、ドラマ『王貞治物語』(TBS系列)の主題歌になる。珍しい阿久悠の作詞によるもの。ドラマには長渕本人もちらっと出演している(貞治の父親役)。
  • 1983年
    • 女性は家を守るという長渕の意見と石野の意見が合わず、挙句の果てに暴力をふるい石野真子と離婚(嫁姑問題だという説もある)。
    • 8月26日、初の主演テレビドラマ『家族ゲーム』(TBS系列)が放映開始、俳優としても本格的に活動を始める。同番組の主題歌であるシングル『GOOD-BYE青春』がミリオンセラーとなる。
    • ドラマ『青が散る』(TBS系列)の挿入歌『人間(ひと)の駱駝(らくだ)』(歌:大塚ガリバー)の作曲を手掛ける(編曲:瀬尾一三)。因みに作詞は、秋元康宮本輝の両氏。但し、現在ではこの楽曲の収録が為されたLPは入手が相当困難である。
  • 1984年
  • 1985年
    • 4月5日、主演したテレビドラマ『家族ゲームスペシャル』(TBS系列)放映。
    • 8月26日、『HUNGRY』ツアーをスタートさせるも、翌年1月の日本武道館での公演を最後に、過労によりダウン。一時は重度の状態に陥り、予定されていた残りのコンサートがすべて公演中止となる。
  • 1986年
    • 6月7日、主演したテレビドラマ『親子ゲーム』(TBS系列)が放映開始。
    • 10月22日、ギター弾き語りアルバム『STAY DREAM』リリース。このツアーで、センターステージ上に於て長渕剛がギター1本で歌うスタイルが大好評を博した。
    • 12月20日、出演した映画『男はつらいよ・幸福の青い鳥』が劇場公開。共演した志穂美悦子と再婚する切っ掛けに繋がった。
  • 1987年
  • 1988年
    • 2月5日、8年越しのシングル『乾杯』をリリース、ミリオンセラーとなる。
    • 6月19日、コンサート会場として、初めて東京ドーム(BIG-EGG)に進出。
    • 映画『男はつらいよ』での共演を切っ掛けに知り合っていた、一歳年上の女優の志穂美悦子と再婚(以後現在、2男1女をもうける)。女性は家事を守るという長渕の意見を受け入れたのか志穂美は芸能界を引退している。
    • 10月7日、主演したテレビドラマ『とんぼ』(TBS系列)放映開始。
    • 10月26日、同ドラマのタイトル曲となる『とんぼ』をリリース、ミリオンセラーを記録する。
    • 12月3日、出演したテレビドラマ『うさぎの休日』(NHK)放映。
  • 1989年
    • 3月11日、主演した映画『オルゴール』が劇場公開開始。
    • 3月25日、アルバム『昭和』リリース。ミリオンセラーとなる。
    • 12月23日、主演した映画『ウォータームーン』が劇場公開開始。
  • 1990年
    • 12月31日、初のNHK紅白歌合戦出場を果たし、ドイツベルリンで生演奏を披露するが、『いつかの少年』『親知らず』『乾杯』の3曲を約15分演奏、そして放送中の発言が問題となり、NHKへの出入りは禁止と報道された(実際には翌年の『音楽達人倶楽部』に出演している)。
  • 1991年
    • 10月10日、主演したテレビドラマ『しゃぼん玉』(フジテレビ系列)が放映開始。この時、女優の清水美砂との不倫関係が騒がれる。
    • 10月25日、シングル『しゃぼん玉』リリース。ミリオンセラーとなる。
    • 12月14日、本格海外レコーディングアルバム『JAPAN』リリース。
  • 1992年
    • 『西新宿の親父の唄』(アルバム『JEEP』収録)が、『北の国から-'92巣立ち』の挿入歌となる。
  • 1993年
    • 9月22日、シングル『RUN』リリース。ミリオンセラーとなる。
    • 10月15日、主演したテレビドラマ『RUN』(TBS系列)が放映開始。
    • 11月1日、アルバム『Captain of the Ship』がリリースされるが、この頃楽曲の歌詞盗作疑惑が持ち上がる。詩人・相田みつをに関連したもの。
  • 1994年
  • 1995年
    • 1月24日、大麻取締法違反で逮捕されるが、2月3日に処分保留のまま釈放。3月16日に起訴猶予処分となる。
    • 12月26日、自身3度目となる【東京ドーム】にてライブを行う。
  • 1996年
    • 1月1日、再起後の最初のアルバム『家族』リリース。東芝EMI所属として、最後になるオリジナルアルバムである。
  • 1997年
  • 1998年
    • 鹿児島県の演歌歌手、日高正人シングル『想い人』発売。日高の歌に感動した長渕が83年に書き下ろしていた曲で、日高の病気が原因で半分お蔵入りとなっていた曲。
  • 1999年
    • 5月1日、主演した映画『英二』が劇場公開開始。
  • 2000年
  • 2001年
    • 6月27日、8年ぶりのロサンジェルスレコーディングアルバム『』リリース。金髪&肉体改造で新たな長渕スタイルが出来上がる。
  • 2002年
    • 5月9日、アフガン抗争に向けて発した反戦歌『静かなるアフガン』リリース。しかし事実上の放送禁止。NHKを始めとするテレビ局や各種メディアには採り上げられることが少なく、予想よりも話題にならず。それでも「指きりげんまん」以来のベスト20位入り。
    • 6月26日、自身の選曲によるベストアルバム『BEST~風~』、『BEST~空~』各2枚組リリース。
  • 2003年
    • 4月、ニッポン放送『オールナイトニッポンフライデー・長渕剛今夜もバリサン』放送開始。9月までパーソナリティを務める。
    • 5月1日、シングル『しあわせになろうよ』リリース。
    • 空手道団体の極真会館から分派した、新極真会の発足に際し、同会の会歌『新極真会の歌』(編曲は瀬尾一三と共同)を特別に製作する。因みに同年10月5日東京体育館で開催された、「第8回全世界空手道選手権大会」の入場者にのみ、同歌のCDが配布されており、店頭販売はされていない。
    • 12月31日、13年ぶりにNHK紅白歌合戦に出場する。森進一に楽曲提供した『狼たちの遠吠え』では、歌う森のバックで長渕がコーラス&ギターセッションで参加し、話題になった。
  • 2004年
    • 4月28日、初のトリビュート・アルバム『Hey ANIKI!』がリリース。
    • 8月21日、鹿児島県の桜島特設ステージで、約7万5千人の観衆を集めてのオールナイトコンサートを敢行させ、大成功を収める。
    • 11月14日、ファンクラブ特別イベント「Thank You LIVE 2004」をスタート。
    • 12月1日、シングル『金色のライオン』リリース。京セラ携帯電話のテーマソングとなる。CM曲に長渕の曲が採用されたのは1988年の明治チョコバーBODY(『STAY DREAM』)、1990年頃のキリンラガービール(『乾杯』)等がある。
  • 2005年
    • 8月24日、東映『男たちの大和/YAMATO』の主題歌として書き下ろした『CLOSE YOUR EYES』リリース。自身の主演映画作品以外での主題歌使用はこれが初めて(テレビドラマでは以前に「逆流」「友よ」「指きりげんまん」等あり)。また、カップリングの『YAMATO』と合わせて、両A面シングルとなっている。両A面シングルは『順子/涙のセレナーデ』以来2度目である。
  • 2006年
    • 2月8日、東芝EMIより東芝所属時代のオリジナルアルバムが「24bitリマスタリングアルバムシリーズ」として再発売。
    • 2月21日、立正中学校・高等学校100周年記念ライブ。東京都品川区の立正中学校・高等学校の創立100周年記念式典で長渕が熱唱。バンドメンバーも勢揃いして、約2時間におよぶステージで全14曲を演奏。初めはあっけにとられてじっと見つめるだけだった生徒も、遠慮がちに座ったまま見ていた生徒達も、そして先生も、いつのまにかライブに引きこまれ、会場全体が熱気と感性で溢れかえった。会場には『俺達の兄貴、長渕剛』という巨大な旗も掲げられた。このライブ終了後、長渕は『若い純粋な反応がとても新鮮だった。彼等の真っ直ぐなエネルギーに負けないように俺も頑張らないとね』と笑顔を見せた。
    • 3月8日、東芝EMIより東芝所属時代のベスト&ライブアルバムが「24bitリマスタリングアルバムシリーズ」として再発売。
    • 3月19日、「桜島オールナイトコンサート」を記念したモニュメントが建立され、除幕式に参加。
    • 4月23日、作品にも度々登場し、長渕音楽の原点とも言える父・邦治(くにはる)さんが他界。享年77。
    • 6月29日、鹿児島中央駅アミュ広場でゲリラライブ。来場は約7000人程。ライブ状況はエフエム鹿児島MUSIC POWER STATION feel the μzic DA!!』で生放送された。
    • 7月1日、霧島市で新極真空手新保道場開きにてライブ。
    • 7月2日、南日本放送ラジオの第二スタジオでスタジオライブ、観客は抽選で選ばれた約50人。司会はMBCタレントスマイリー園田、ゲストミュージシャンはMC般若で公開生放送された。
    • 7月14日、『長渕剛3daysドキュメント』放映-南日本放送TV『Mixx
    • 7月22日、7月2日公開放送で未放送のアンコール部分を南日本放送ラジオで特集して放送。
    • 8月30日、山本寛斎がプロデュースする『日本元気プロジェクト KANSAI SUPER SHOW「太陽の船」』のイベントテーマソング『太陽の船』を手がけることが発表され、同曲が公開された。
    • 10月9日、10月16日放送の『くりぃむナントカ』「第2回長渕ファン王決定戦」に出演。六本木のカラオケBOXにて、観客3人(上田晋也ワッキー大八木淳史)の前で2時間半12曲のライブを行う。あまりの迫力にくりぃむしちゅーの2人やワッキーはもちろん、もともとファンという程ではなかった大木優紀アナウンサーも感動して涙を流し、改めてその圧倒的な存在感を見せつけることとなった。バラエティ番組に出るのは『おしゃれカンケイ』以来のことだが、この出演は第1回「長渕ファン王決定戦」のスペシャルを再放送を観て心を動かされた本人からの「最後に(俺が)出たら面白いだろう」という要望によるもの。有田の似てないモノマネに爆笑するなど収録を楽しんでいた。この圧倒的なライブパフォーマンスは視聴者に強烈な印象を与え、翌週のオリコンランキングに、長渕のベストアルバムなど数作品が再浮上した。
  • 2007年
    • 5月4日、幕張メッセで行われた「どきどきフリーマーケット」のステージにゲスト出演し、「Come on Stand up!」をはじめ、自身の曲のライブを行った。その模様はBAY-FMを通じて公開されていたが、オンエア後もライブは継続され、フリーマーケット終了30分前まで続いた(これは、観覧していたファンの度重なるアンコールに答えた本人の力が大きい)。
    • 5月16日、4年ぶりのオリジナルアルバム「Come on Stand up!」リリース。全12曲新曲(桜島DVDに収録されていたものの未CD化だった「夕焼けの歌」を含む)、先行シングルなしという昨今の音楽業界の常識からすれば型破りなアルバムにも関わらず、オリコン初登場4位。
    • 6月6日~7月11日、自身初となる女性限定ライブ「Lady's Night2007-Acoustic-」ツアー。
    • 9月7日~12月9日まで自身2年ぶりとなるツアー「2007 ARENA TOUR 〜Come on Stand up!〜」ツアーが行われた。
    • 10月12日より放送開始の、TBS系列テレビドラマ「歌姫」の主題歌に、長渕による作詞作曲『青春 SEISYuN』が起用されることになった。歌を歌うのはTOKIOで、TOKIOにとっては中島みゆき甲斐よしひろに続く大物アーティストによる楽曲提供となった。
  • 2008年
    • 5月14日、21日、過去に発表された楽曲の中からラブソングを中心にリマスタリング、セルフカバー、リミックスを施して選曲したベストアルバム「LOVE」、「SONGS」を発売予定。

ライブツアー

長渕剛のライブコンサートはCDアルバム以上に彼の魅力とされる。様々な話題を呼び、アレンジ、MC、選曲等でファンが惹きつけられる一因となっている。

「勇次」の曲中でクラッカーを鳴らすのが長渕ライブの風物詩でもある。ただし、基本的には火薬物でもあるクラッカーはライブ会場に持ち込み禁止の場合が多く、見つかると会場スタッフに没収される。

作品

シングル

以下、シングルやアルバムに関する詳細は、それぞれのタイトル名をクリックした上で参照されたい。

太字表記がA面となっている。現在では、初期の楽曲に関しては、単独でのEPやCDの発売はされておらず、全曲を聴くにはシングルコレクションの利用が必須である。

ビクター・レコード
東芝EMI
フォーライフ・レコード(フォーライフ・ミュージックエンタテインメント)

アルバム

オリジナル・アルバム

東芝EMI
フォーライフレコード(フォーライフ・ミュージックエンターテインメント)

その他のアルバム

(ベスト盤、ライブ盤、シングルコレクション、トリビュート等)

東芝EMI