青島文化教材社 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋青島文化教材社(あおしまぶんかきょうざいしゃ)とは、静岡模型教材協同組合に所属する日本の模型製造会社。 商標はアオシマ。 静岡県静岡市葵区に本社を置く株式会社で、プラモデルの大手企業。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 青島文化教材社 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場
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| 略称 | アオシマ |
| 本社所在地 | 〒420-0922 静岡市葵区唐瀬1-11-17 |
| 電話番号 | 054-263-2400(代表) |
| 設立 | 1961年(昭和36年)11月 有限会社として。 創業は1935年(昭和10年)「青島模型飛行機」として。 |
| 業種 | 製造業 |
| 事業内容 | プラスチックモデル、トイホビー等の製造・販売及び 教材、教具等の企画販売 |
| 代表者 | 代表取締役 青嶋 典生 |
| 資本金 | 16,600,000円 |
| 外部リンク | 青島文化教材社 |
| 特記事項:1989年(平成元年)6月16日 株式会社に組織変更 | |
青島文化教材社(あおしまぶんかきょうざいしゃ)とは、静岡模型教材協同組合に所属する日本の模型製造会社。 商標はアオシマ。 静岡県静岡市葵区に本社を置く株式会社で、プラモデルの大手企業。
目次 |
実質的な創業者は青島次郎。1923年(大正12年)から飛行家として活躍した彼は1926年(大正15年・昭和元年)に飛行家を廃業した後も飛行機への愛着を捨てきれず、1932年(昭和7年)から動力付き模型飛行機を発売し、1935年(昭和10年)「青島模型飛行機」を創業する。
1940年(昭和15年)から当時の日本軍と文部省の主導で模型飛行機は教材として正式な教育課程に組み込まれ、一気に需要が拡大する。国策によって維持された産業ではあったが終戦前後にはすでに商売どころではなくなり、終戦後もGHQへの配慮から模型飛行機ですらおおっぴらな商売を避けたために1949年(昭和24年)まで会社は休眠状態となる。
1950年(昭和25年)から「青島文化教材社」として再出発、模型飛行機のほかプラモデルを発売開始する。最初のプラモデルは1961年発売の『スピードボート・ブルーバード』。黄色い流線型の航空機風高速ボードで、SF風味のオリジナル商品であった。また1962年には海外SFドラマ『スーパーカー』の商品化も行なっている(ただし無版権)。その後人気作品の登場メカによく似たSFメカのプラモを次々と発売、スケールモデルと並ぶ人気シリーズとなった。
1969年(昭和44年)にアポロ11号を含む「アポロシリーズ」を展開、版権料の必要ないキットだったこと、人類初の月着陸ということで客層を選ばなかったことなどから大ヒットを記録、第4回モデル大賞のフロンティア賞を受賞している。1971年からはウォーターラインシリーズを発売、息の長いロングセラー商品となる。
一方で『オバケのQ太郎』、『赤胴鈴之助』などのアニメキャラクターも手がけている。これらは単発で終わったが1974年(昭和49年)、『マッハバロン』で初めて「合体」シリーズを発表すると一躍大ヒット商品となり、当時の関西模型小売商組合連合会から1975年度の、もっとも売れた商品に贈られる賞「プロフィット賞」を受賞している。合体は同社の十八番となりその後「合体マシンシリーズ」というブランドでアニメ・特撮キャラクターモデルをリリースすることになる。
1976年(昭和51年)からは『トラック野郎』の隆盛に合わせてデコトラシリーズ、スーパーカーブームに合わせてスーパーカーシリーズをリリース。スーパーカーはブームが去ると次第に廃れたが、デコトラシリーズはロングセラーとなった。
1980年(昭和55年)から始まったガンプラブームだったが、実はメインスポンサーのクローバーはガンダム放映中にプラモ化をアオシマに打診していた。「合体」の商標を保有していたためであった。しかし、打ち切りが決まっているという話から、次回作のトライダーG7より模型化を行なうという話でまとまり、ガンダムの模型化はバンダイが引き受けることになったという。実際にトライダーG7は「合体」シリーズで、ダイオージャは「合体」ではないキットでリリースされている。
1984年(昭和59年)にはまだ黎明期だったガレージキットの分野にも進出、『みゆき』や『キャッツ♥アイ』のキャラクターフィギュアをレジンキャストキットでリリースしている。その後専門レーベルである「アルゴノーツ」を1991年(平成3年)に立ち上げ『ターミネーター』『ロボコップ』などのソフトビニールフィギュアやレジンキットを手がけた。
1989年(昭和64年・平成元年)に株式会社となる。模型業界はガンプラブームの後遺症による冬の時代を迎えておりTVアニメのキット化は行なわれていなかった。1997年(平成9年)の『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』、1999年(平成11年)の『勇者王ガオガイガー』からアニメモデルが徐々に復活、他のデコトラ、現用車両のスケールモデルと合わせて主力商品となっている。
2002年(平成14年)には、同年2月20日に会社解散したイマイ社から発売されていたプラ帆船、キャラクターモデル、エアコッキングガン、BBアクションガンの金型を購入し、自社製品として販売し始めた。なお、一部製品は金型の改良が行われている。
アオシマは、タミヤやハセガワ等の他のスケールモデルメーカーと比べると、ブランドイメージは高級とはいえない。無版権で人気作品によく似たキットをリリースしてきたことや初期WLシリーズの大幅な考証間違いに加え、「合体」シリーズの存在がある。
「合体」シリーズではアニメ・特撮作品では考えられない分割やデザインの商品を生み出した。そのキット形態は「首から上が戦車や飛行機に乗っているだけ」などのシュールなデザインから、ナマクビと揶揄されることもしばしばである。
アオシマは一貫してユーザーを楽しませる、子供たちにプラモデルで遊んでもらうことを主眼におき商品開発を行なってきた。忠実に作品世界を再現しようとする模型の世界では、こうしたメーカーサイドが提案する「遊び」は道を外れている、ということもできる。
しかし、余った部品を組み合わせて自分だけのメカを作る「合体」シリーズの有形ブロック遊びは、タカラトミーのミクロマンやゾイドシリーズ、バンダイのムゲンバインなどにも共通する、ユーザーに好まれる遊びであることは事実である。アオシマのキャッチフレーズであった「創造のプラモデル」はプラモデルを通した遊びを追求した結果生まれた理念でもあった。
ホンダCBX400F・CB400TホークⅡ・CB400NホークⅢ、ヤマハXJ400、スズキGSX400F・GSX400FSインパルス・GS400E・GSX400E・GSX400Eカタナ、カワサキZ400FX・Z400GP・GPZ400F・GPZ400FⅡ・750RS(ZⅡ)に集合マフラーやロケットカウルや三段シートで改造されたいわゆる暴走族車両をモデル化したシリーズ。 派生モデルとして”旧単車曾”や”ときめきサーティーズ”というシリーズがある。 今後は自動車&オートバイメーカーよりイメージが下がる!とクレームが入った為生産される事は無い。
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