高木ブー とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋高木 ブー(たかぎ ブー、1933年3月8日 - )は、日本のミュージシャン、タレントであり、「ザ・ドリフターズ」、「こぶ茶バンド」のメンバーである。本名、高木 友之助(たかぎ とものすけ)。ドリフ映画での呼び名は「デブ」。東京府東京市豊島区巣鴨(現:東京都豊島区巣鴨)出身。京北学園を経て、中央大学経済学部卒業。20代の頃から70代の現在まで芸名通りの肥満体型をしている。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 高木ブー 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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| たかぎ ぶー 高木 ブー |
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| 本名 | 高木 友之助 |
|---|---|
| 別名 | デブ、ブーたん |
| 生年月日 | 1933年3月8日(75歳) |
| 出生地 | 東京府東京市豊島区 |
| 血液型 | o |
| ジャンル | ミュージシャン、タレント |
| 主な作品 | |
| 8時だョ!全員集合、ドリフ大爆笑 | |
高木 ブー(たかぎ ブー、1933年3月8日 - )は、日本のミュージシャン、タレントであり、「ザ・ドリフターズ」、「こぶ茶バンド」のメンバーである。本名、高木 友之助(たかぎ とものすけ)。ドリフ映画での呼び名は「デブ」。東京府東京市豊島区巣鴨(現:東京都豊島区巣鴨)出身。京北学園を経て、中央大学経済学部卒業。20代の頃から70代の現在まで芸名通りの肥満体型をしている。
目次 |
最近になってウクレレ奏者としての面がクローズアップされてきたが、中央大学に在籍していた頃からハワイアン・ミュージックに造詣を持ち、ユニットを結成し都内の学生の間で名前が知れ渡っていた程の腕前だった。東京ガスの採用内定を蹴って芸能界入り。「シャドウズ」「パップコーン」のバンドマン(当時の芸名は高木智之)を経て、1964年ザ・ドリフターズの一員として参加。いかりや長介の著書によると、外見がコミックバンド向きなので新生ドリフにスカウトしたと述べている。
「高木ブー」という名前は、「クレージー・キャッツ」のリーダー「ハナ肇」が、「お前は太っているからブーでいいや」という一言で、本名の「高木」に「ブー」を組み合わせて付けられた。しかしいかりや説によれば、「ブーたん」と言うあだ名から、ハナ肇より「たんを取れ」と言われブーになったとのこと。
1984年9月14日、『8時だョ!全員集合』のリハーサル中に両足のアキレス腱を断裂し、約4ヵ月の間活動を離脱している。この間『全員集合』のオープニングクレジットでは括弧書きになっていた。
フジテレビのバラエティ番組『ドリフ大爆笑』シリーズのカミナリ3兄弟シリーズでの「雷様(角付きアフロヘアーを被った緑色の全身タイツ姿)」が特に有名で、NHK教育テレビの番組でウクレレを教えたときも雷様の格好だった。
1991年『水戸黄門第20部』にゲスト出演している。前年の1990年には仲本工事が左甚五郎役でゲスト出演している。
ウクレレ奏者としての活動も盛んで、CDアルバム『LET IT BOO』をはじめ、2002年にはモーニング娘。とのコラボレーションでハワイアン風のCD、2004年10月に『美女とYABOO!』をリリース発表している。(詳細は、高木ブー#CD参照。)
2002年、明治乳業・VAAMのCMに出演し、マラソン選手の高橋尚子と共演した。
2003年6月から7月放送のNHK総合テレビ『連続ドラマ 女神の恋』で農場経営者の役を演じた。
※デビューから暫くの間公式発表していた年齢は6歳ほどサバを読んでおり、最近の文献やテレビ番組でも年齢に矛盾が見られる場合がある。
愛校心が強いことでも知られるが、卒業した中央大学には本名と同姓同名の「高木友之助」という総長(学長)がいた(高木友之助総長は、双葉山在籍時の立浪部屋親方・四代目立浪弥右衛門の長男)。
『全員集合』の冒頭コントで、激しい体技が必要になる場面ではいつの間にか消えてしまうことが多く、それ以外でも体型を生かして笑いを取る場面以外で笑いの中心に居ることは少なかった。その結果、何もしない、何もできない無能の代名詞として扱われる事も多く、筋肉少女帯から自らの無能ぶりを高木に喩えたシングル『元祖高木ブー伝説』がリリースされて話題となった。この時事務所側はクレームをつけたものの、高木本人が「若い奴がバカやってるんだから許してあげようよ」と鷹揚な対応を見せた事でリリースが可能となり、更には筋肉少女帯のライブを訪れてセッションを行うなど自ら交流を行った。当時、筋肉少女帯のリーダーであった大槻ケンヂは、後に徹子の部屋へと出演した際、"この曲はとても誤解されている。表面的な部分を面白がるだけで終わらない人は、自分が考えていたよりもずっと少なかった”と話し、同時に実際に接した際の高木の人柄を、"芸能界に居るのが勿体無いような素晴らしい人”と絶賛した。上記の通り無能なイメージがあったが、ドリフのリーダーのいかりやは自分の方から高木をクビにしようと思った事は一度も無かったと著書の中で語っている。
特技は居眠りであり、どんな状況でも眠れる体質となっている。ドリフターズが駆けだしの時期に日本テレビの番組『歌え一億』のスポンサーとの会議中に大いびきをかきながら居眠りをしてしまい、番組が打ち切りになったことがある。後にピックウィック症候群(肥満による重度の睡眠時無呼吸症候群)が原因である事がわかった。
加藤の証言によれば、自分が最年長だからいかりや没後の現ドリフリーダーであると勝手に宣言していると言う。しかし、世間は年齢こそ(いかりやから数えて)4番目であるものの最古参の加藤が新リーダーと見ている。
いかりやによれば大学生の頃(本人の著書によると高校生の頃)ボクシングをやっていた。日本テレビ系『ダウンタウンDX』で「殴られて鼻血でも出したら、カッコ悪いじゃない。だからやめた」と証言。(「万一指をケガしたらウクレレがひけなくなるから」とコメントしたこともある。)また同番組では「いかりやから貰った弁当の海老フライをいかりやに取られ逆上した」「『俺の給料を上げろ!』といかりやの元に単身抗議しに行った」と、のんびりとしたイメージとは裏腹のエピソードを語っている。
趣味はクレー射撃。メンバー全員がクレー射撃の資格を持っているが(加藤茶は交通事故を起こした際に銃を所持していたため、銃の所持免許を剥奪されたという説がある)、高木のみ趣味として継続している。これは、フジテレビ『トリビアの泉』でも紹介されている。高木いわく「最初に始めたのは長さん(いかりや)で、周りのメンバーも巻き込んでやらせたくせに、メンバーが上達して自分より上手くなると先にやめてしまった」とのことである。
高木ブーは射撃好きの芸能文化人で結成している『芸能文化人ガンクラブ』の第二代目理事長を、三橋達也から引き継いで務めている。高齢で表舞台に出ることが殆んどなくなった会長の森繁久彌に代わって会長職も代行しており、会の発展に全力投球している。
また、イラストもうまい一面があり、加藤の店がオープンしたとき、雷様等のイラストを展示していた。彼の画風は水墨画系のイラストで、筆と墨で丁寧に表情を表現していた。
焼肉が大好物で、生であっても網の上に並べたそばからすぐ食べる。じっくり焼いて食べるのが好きだったいかりやはその事に激怒したことも。又、レバ刺しが特に好きだが近年医者から止められている。なお、嫌いな食べ物はうどん。
東京都港区麻布十番で、バー"Boo's Bar HALONA"を営んでいた(2006年7月をもって閉店)。同店内で定期的にミニコンサートを行ったほか、ウクレレ教室も開きニューハロナのギタリスト・青木健と共にウクレレを指導した。
新宿区西早稲田には、散歩する高木にあやかった通称「ブー横丁(通り)」が存在する。早稲田通りの一本裏の道で、昔から高田馬場駅から早稲田大学西早稲田キャンパスへの通学路として使われてきた。
他のドリフメンバーと共にホノルルマラソンに出場したことがある。列の後ろの方からスタートしたが、何とスタート地点に達するまでに、わずか2kmでリタイヤしてしまった。
中日ドラゴンズの大ファンで、落合博満が中日に現役在籍時に、特番で落合家に仲本工事と訪問した時、実に嬉しそうな顔をしていた。なぜ中日ドラゴンズの熱烈なファンかは、高木は名古屋とも縁はなく、長らくの謎であったが、自身の著書・第5の男で、高木が所属していたボクシングジムが中日系列のジムだったためと思われる。
ドリフでは結婚歴のない志村けんを除けば、唯一離婚していない。38年間連れ添った喜代子夫人の死去後は独身を貫いている。過去に「クイズ・ドレミファドン!」「踊る!さんま御殿!!」に娘と一緒に出演したことがある。
※居眠り、ピップエレキバン以外はすべてドリフ大爆笑のもの
特徴として、高木ブーのコントギャグは一発ネタ傾向が多い。これには、いかりや長介が「1ページのいかりや、半ページの志村、3行の仲本、1行の加藤、感嘆詞のブー」と言ってたほど、セリフ覚えが悪い事から。唯一饒舌気味の雷様・3人ジィさんも、ほとんどがアドリブのノリで、実質高木のギャグは一発ネタ気味である。
シングル
アルバム
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| ハナ肇とクレージーキャッツ(1955年 - 1993年) |
|---|
| ハナ肇(リーダー)・植木等・谷啓・犬塚弘・安田伸・石橋エータロー(1971年脱退)・桜井センリ(1960年加入) |
| ザ・ドリフターズ(1964年 - 活動中) |
| いかりや長介(リーダー)・高木ブー・仲本工事・加藤茶・志村けん(1974年加入)・荒井注(1974年脱退) |
| ザ・ピーナッツ(1959年 - 1975年) |
| 伊藤エミ(姉・ハーモニー)・伊藤ユミ(妹・メロディー) |
| キャンディーズ(1973年 - 1978年) |
| 伊藤蘭・田中好子・藤村美樹 |
| ザ・タイガース(1968年 - 1971年) |
| 沢田研二・岸部修三・森本太郎・瞳みのる・加橋かつみ(1969年脱退)・岸部シロー(1969年加入) |
| アグネス・チャン(1972年 - 1976年) |
| ザ・ワイルドワンズ(1966年 - 1971年) |
| 加瀬邦彦・鳥塚しげき・島英二・植田芳暁・渡辺茂樹(1968年加入) |
| 天地真理(1971年 - 1978年) |
| スパーク3人娘(1962年 - 1965年) |
| 園まり・伊東ゆかり・中尾ミエ |
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