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秦 郁彦 /
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高等専門学校は、主に中学校卒業程度を入学資格とし、高等学校と短期大学を併せた修業年限に相当する5年(商船学科のみ5年6カ月)間の課程のもと、主に工学・技術系の専門教育を施すことによって、実践的技術者[3]を養成することを目的にした教育機関である。根拠法令は、学校教育法第10章「高等専門学校」、文部科学省「高等専門学校設置基準」等である。
学年制を基本に、一般科目と専門科目をくさび形に配置し、1年次より徐々に専門教育が増えていく教育課程に特徴があり、旧文部省・旧国立高等専門学校協会は、都合7年間を要する高校段階から大学工学部レベルの教育を、重複なく5年間で完成する一貫教育を行うと標榜してきた[4]。後期中等教育機関である高校の生徒と同年代の学生(1-3年次)が在籍しているものの、(前期課程・後期課程等と)内部で分かたれることなく、この学齢の学生も含めて、高等教育を受けているものと法的には見なされている。卒業生は準学士の称号が授与される。
「完成教育」を標榜する教育機関であることから、5年制の課程を終えた卒業生の過半は就職を選択してきた。求人倍率は、常に高校・大学を大きく上回っている。一方、学生の進学欲求に応えるため、主に高専卒業生を受け入れ対象にする2年制の専攻科が各校に設置されている。専攻科の修了生は、大学評価・学位授与機構の審査に合格することにより、学士の学位を取得できる。高専内部では、便宜的に、5年制の課程を本科もしくは準学士課程、専攻科を学士課程と称している。本科卒業後は大学編入学、専攻科修了後は大学院進学の道もある。
高専における標準的な総授業時間数は、高校と短大を併せた時間数を大幅に上回り、かつ大学工学部において履修する専門科目の総時間数を若干上回っている。その一方で、一般教育・教養教育にかかわる科目の授業時間数は、高校と短大を併せた時間数を若干下回る[5]。高専の教育課程は、他の教育機関と比して、専門科目に厚く、一般科目に薄いのが特徴である。
高専全64校のうち、55校は独立行政法人国立高等専門学校機構の設置する国立学校である。公立・私立を含め、ひとつの都道府県には、1校ないし複数の高専が設置されている。未設置あるいは既設校の4年制大学への転換により、高専が設置されていないのは埼玉県、神奈川県、山梨県、滋賀県、佐賀県のみとなる。また、文部科学省は2007年10月、同一県に複数の国立高専が設置されている地域を対象に、統合を実施する意向を明らかにしている[6]。
学校教育法上の1条校として制度が誕生したのは1961年と、すでに50年近い歴史がある。「5年一貫の技術教育を行う実践的技術者養成機関として発展し、その教育成果は産業界等から高い評価」を得る一方で、「高等教育機関の中では小規模な学校種となっており、社会的認識の面で様々な問題が指摘されている」との評価もある[7]。高専創設後、学校教育法上の新たな教育制度として中等教育学校や専門学校が誕生しているが、それらがより一般に認知されているのとは対照的である。
校名を英語表記する場合、単科大学や短期大学に相当する「College」を使用するのが一般的である。国立の工業高専は、全校ともCollege of Technologyと呼称している[8]。
2007年5月1日現在、高等専門学校は64校(実質62校。学生募集を行っているのは61校)あり、設置者別の内訳は、国立55校、公立6校(実質4校。学生募集を行っているのは3校)、私立3校である[9]。学科制をとり、すべての国立高専は1学科1学級(クラス)となる(一部には、低学年次において、学科をまたいだ混合クラスを編成している学校もある)。公立・私立高専には、複数の学級で構成する学科もある。文科省の高等専門学校設置基準では、学級定員40人を標準とし、現状、国公立では40人、私立では45人の定員となっている。
2007年度の本科の入学定員は、1万0935人(国立9680人、公立760人、私立495人)、学科系別の入学定員は、機械系2205人、電子電気系3135人、情報系1770人、化学系1240人、土木建築系1480人、商船系200人、その他[10]905人であった[11]。
国公立全高専の在学生は2007年5月1日現在、本科(5年制の課程)、専攻科(本科を経て入学する2年制の課程)及び聴講生・研究生等をあわせて5万9386人(男子5万0016人、女子9370人)、本科のみでは5万6218人(男子4万7227人、女子8991人)であった。また、2007年3月の本科卒業者数は1万0207人(男子8462人、女子1745人)、うち大学編入等(専攻科を含む)の進学者は4253人、就職者は5546人、専修学校・海外の学校等の入学者は159人などとなった[12]。
日本は、太平洋戦争に敗戦した後、アメリカ教育使節団の勧告により、学校体系を6・3・3・4制に一本化する単線型の教育制度を導入するなどの学制改革を行った。これにより、旧制専門学校と、旧制高等学校を経て入学する旧制大学に分化し階層化がなされていた複線型教育制度が廃止された。
だが、1950年代に入ると、吉田茂首相の私的諮問機関・政令改正諮問委員会が高校段階の課程を含む5年制ないし6年制の「専修大学」(学校法人専修大学の設置する大学を指すものではない)制度の創設を答申。旧・中央教育審議会は、これに追随する答申をまとめた。日経連や経団連などの財界・産業界も、敗戦後の急激な工業化に即応するため、戦前型の旧制工業専門学校に見合う中級技術者養成を目的にした教育機関の新設を要求する「科学技術教育振興に関する意見」(日経連、1957年12月)、「専科大学制度創設に対する要望意見」(日経連、1960年12月)などの文書を次々と発し、制度の具現化を求めた。
政府は、これらの動きに対応して、専科大学法案を1958年の第28回国会に上程。だが、日本短期大学協会は、暫定的な制度とされるも大学の一類型と見なされていた短期大学制度が専科大学に「格下げ」になるのではないかと反発。野党も戦前の複線型の教育制度を復活させるものだとして反対したことから、第30回国会、第31回国会と三度法案を上程するも審議未了廃案となった。
そのため、政府は、専科大学法案に変えて高専法案を策定。専科大学法案では「深く専門の学芸を教授研究」を目的としていたものを、高専法案では「大学」の呼称を外したうえで「研究」目的を除外。さらに、工業分野に限定するなどの手直しを行い、大学・短期大学とは異なる教育制度であることを明確にしたうえで、第38回国会に上程。その結果、与党の賛成多数により、1961年、高専法は成立することとなった。
高専法の成立を受け、全国各地の自治体は高等専門学校の誘致合戦を展開、設置初年度の1962年には、国立12校(1期校と呼称)が開校した。以後毎年10校前後が開校し、数年のうちにほぼ現在の学校数となった。全体で1500人ほどの募集だった国立高専1期校は、平均17倍の志願倍率となり、これに刺激を受けた他の都道府県もいっそう強力に高専誘致を推し進めた結果、短期間のうちにほぼ全国に設置されるに至ったものである。また、国立高専1期校の開校と同時に、公立は東京都立の2校(工業高専、航空高専)、私立は金沢高専、熊野高専(現・近畿大学高専)など5校が開校した。
さらに、1967年には国立商船高等学校5校が、71年には国立電波高等学校3校が高専に昇格。74年には複合学科を特色にする徳山高専、八代高専が開校して、国立高専の新設は一応の区切りを迎えた。その後、2002年に沖縄高専が誕生し、04年から学生の受け入れを開始している。
なお、商船、電波以外のほとんどの国立高専は新設校であったが、長岡高専、宇部高専、久留米高専の各校は、高専制度の創設に先行して設けられた国立工業短期大学が前身である。同時期に創設された他の工業短大は、その後大学化した。高知高専は暫定的に私立校として設置され、開校翌年、国立に移管された。このほか、都立2高専[13]や神戸市立六甲高専(現・神戸市立高専)、聖橋高専(現・埼玉工業大学)は工業高校から昇格し、大阪高専(現・摂南大学)は大阪工業大学に併設された各種学校が前身になるなど、公立・私立にも既存の学校を改組したところがある。なお、各校の設置・廃止の年度については、下記の一覧を参照のこと。
国立高専1期校は1967年3月に初の卒業生を送り出し[14]、高度経済成長とも相まって、「全員が殆ど大企業に就職が内定」し、その後も、高専の設置数の拡大や景気の動向にもさほど左右されることなく、大企業を中心にほぼ10数倍の求人倍率を維持し、就職希望者の就職率もほぼ100%の実績を残した[15]。
その一方で、旧・国立高等専門学校協会(国専協)を中心にして、高専卒業生の進学意欲に応えるため、専攻科の設置、大学院への進学ルートの新設、あるいは大学への編入学枠を拡大しようとする動きが浮上。専攻科の設置はいったん断念し、高専卒を受け入れる工業技術大学(院)・科学技術大学院構想を策定して方向転換したものの、実現には至らなかった。その後、国専協による旧文部省などへの働きかけにより、主に3年編入を受け入れ、修士課程に連なる4年間の課程を前提にした技術科学大学の創設が決まり、76年に長岡技術科学大学、豊橋技術科学大学のふたつの大学が開学した。ただし、一部の国立大学では、すでに第1期生が卒業するのと同時に、3年ないしは2年編入の受け入れを開始していた[16]。
1991年には、法改正により、高専卒に対して準学士の称号を与えることになり、設置できる学科は工業、商船分野以外にも拡大。これにより、福島高専、富山商船高専、宇部高専の各校には文系学科が誕生。芸術・デザイン分野の学科を設置する札幌市立高専も新設された。さらに、専攻科の設置が認められ、修了生は学位授与機構の審査を経て学士号を取得できることになった。2008年度現在、専攻科は国立1校(沖縄高専。09年度に設置予定)、閉校予定の都立2校(統合校の産業技術高専には設置済み)、私立1校を除き全校に設置され、ストレートに大学院に進学することも可能になった。
| 年度 | 設置(国立) | 設置(公立) | 設置(私立) | 廃止 |
|---|---|---|---|---|
| 1962 | 函館 旭川 福島(平) 群馬 長岡 沼津 鈴鹿 明石 宇部 高松 新居浜 佐世保(以上1期校と呼称) | 都立航空 都立工業 | 聖橋 金沢 大阪 近畿大学(熊野) 高知 | 高知 |
| 1963 | 八戸 宮城 鶴岡 長野 岐阜 豊田 津山 阿南 高知 有明 大分 鹿児島(以上2期校と呼称) | 大阪府立 神戸市立(神戸市立六甲) | サレジオ(育英) 幾徳 | |
| 1964 | 苫小牧 一関 秋田 茨城 富山 奈良 和歌山 米子 松江 呉 久留米 都城(以上3期校と呼称) | |||
| 1965 | 釧路 小山 東京 石川 福井 舞鶴 北九州(以上4期校と呼称) | 桐蔭学園 | ||
| 1967 | 木更津 富山商船 鳥羽商船 広島商船 大島商船 弓削商船 | |||
| 1971 | 仙台電波 詫間電波 熊本電波 | |||
| 1974 | 徳山 八代 | |||
| 1977 | 幾徳 | |||
| 1978 | 聖橋 大阪 | |||
| 1991 | 札幌市立 | 桐蔭学園 | ||
| 2002 | 沖縄(開校は04年度) | |||
| 2006 | 都立産業技術 | |||
| 2008 | 札幌市立(予定) | |||
| 2009
(予定) |
仙台 富山 香川 熊本(いずれも仮称、学生受け入れは10年度) | 宮城 仙台電波 富山 富山商船 高松 詫間電波
八代 熊本電波 都立工業 都立航空 |
高専の平均志願倍率は、4年制大学進学率の上昇と少子化の影響は避けられず、創設直後の高倍率から70年代以降漸減を続け、21世紀に入ってからは2倍前後(05年度で1.9%)に落ち着く様になった。また、中学卒業者に占める高専志願者の割合は、バブル期に1%近くまで落ち込んだものの、近年は創設期と同程度の1.7%(05年度、公私立高専を含む)程度までシェアを回復している。しかし、北海道東部など後背地の人口や産業の集積が薄い地方の高専においては、定員割れによる2次募集を実施する学科が発生する状況も生じている。
また、公立高専の一部は統合再編と共に本科の定員を削減(東京都立)または大学に転換(札幌市立)し、私立高専も7校(高知高専は含めない)が開校したが、大学への転換により、現在は3校に減少している。国立高専に関しては、02年に沖縄高専が誕生しているが、'06年には、宮城高専と仙台電波高専、富山高専と富山商船高専が合併方向で協議を開始するなど、国立高専の再編も始まろうとしている。'07.10には、前記の4校に加え、高松高専と詫間電波高専、八代高専と熊本電波高専も、'09.4月から統合されることが文部科学省から発表された[17]。
本科の募集総定員は、ピークであった99年度の11,070名に対し、06年度では10,935名と、漸減傾向となっている。
国立高等専門学校機構の資料によれば、05年春の工学系新規採用技術者約7万名に占める高専出身者の割合は、約12%(専攻科卒業者約700名と過年度の大学編入学者約3,000名も含む)と推計されており、高等教育機関全体から見れば依然としてマイナーな学校種に留まっているものの、工学系専門教育の分野においては、引き続き一定の地位を占めている。(以上、統計データの出典は[18]。)
高等学校(主に工業や理数に関する学科)や中等教育学校を卒業または卒業見込みの者を対象に、3年次または4年次への編入学制度も設けられている。編入学定員は各高専の自主性に委ねられているが、各学科とも若干名という場合が多い。編入学試験は各高専の独自作成問題による。
高等専門学校の修業年限(卒業までに教育を受ける期間)は5年(ただし、商船に関する学科については、5年6月)とされ[20]、 その学齢は高等学校の3年間と短期大学の2年間に相当する。卒業すると準学士と称することができる。
高等専門学校では、普通教育とともに、学科ごとに専門教育が行われる。
高専の教育内容は傾斜配分されており、数学や学科関連の理系科目と専門科目は、大学工学部相当のレベルまで教授される。講義だけではなく、実験・実習やゼミ輪講・卒業研究など、実践的な教育が重視されている所に特徴があり、高専生は週次のレポート提出に追われることになる。多くの場合、これらの科目の単位を落とすと進級や卒業をすることが出来ない。
卒業認定単位は167単位(ただし商船学科は147単位)であり、専門科目がその大半を占める。各授業科目の単位として、30単位時間(1単位時間は標準50分)の履修をもって1単位とする従来の計算方法の他、大学に準じた45時間の学修(授業時間は15-45時間)を1単位とする計算方法が60単位を上限として導入されており、実験系科目の充実や新たな科目の開設等、各高専の創意工夫に基づくカリキュラム編成が可能となっている。高学年では英語に加え第2外国語を学ぶ(ドイツ語である場合が多い)。一般教養科目には皺寄せが来ており、国語や社会、芸術などの文系一般教科には、あまり力が入れられていない[21]。
就職活動や卒業研究を行うため、5年次のカリキュラムには若干の余裕があり、その分、4年次以下の学年の週次の授業時間数は、一般の高校や大学よりも多い。 特に、専門科目が本格化する3・4学年はハードであると言われている[22]。
また、商船高専の商船学科では、各年次の航海実習に加え、5学年の秋頃より、日本丸や海王丸等の練習船による約1年間の遠洋航海実習が必修になっている。
故に、専門分野にさほど興味が無かったり目的意識を持たずに何となく入学して来た人の中には、高専の教育に適合できず、学業について行けなくなる者もいる。また、大学受験が無く校則も緩いため(学生としての自己管理が求められているという事ではあるが)、身を持ち崩す者も居る。
原級留置(留年)や進路変更(退学)により、ストレートに5年間で卒業する者は、およそ3/4と言われている。
高等専門学校は、学校長以下に学生を教授するための教授・准教授・助教の教員を置かなければならず、講師・技術職員を置く事が出来る。また、多くの高専で、他大学の教員や企業出身の技術者が非常勤講師として講義を担当している。高専の教員が、他大学で非常勤講師として講義を行っている場合もある。
専門学科の教員は、自ら教育研究活動を行うと共に、卒研生や専攻科学生に対し研究指導を行う必要があり、各高専の教員募集要項によれば、博士の学位の取得や、それに相当する研究業績を求められることが多く、多数の教員が修士や博士の学位を取得している。
また、高専の教員には教員免許は必須とされないが、一般教養科(特に人文社会系)の教員については、教員免許状を持ち、若年次の学生に対する指導ノウハウも有する、高等学校からの転属者も多い。
低学年次の文系一般教科では、高等学校用の教科書が使用されている。
高学年次の一般教養科目(4・5年次)及び専門教科(3年次以降)では、大学レベルの専門書やテキストが使用される。教員独自作成の資料も併用しながら、講義が行われるのが普通である。
また、数学・物理・化学などの理系一般教養科目においては、高等学校+大学一般教養に相当する内容を概ね3年次までに教授する必要性から、高専用の教科書が発行され、使用されている。 同様に、低学年時の専門教科でも、高専用の教科書が使用されている。
高等専門学校では、公的資格の取得も奨励されており、資格によっては単位認定している学科もある[23]。
また、資格の所管官庁から認定を受けている学科では、所定科目の単位を取得することにより、資格を取得することが出来る(試験の科目免除や実務年数要件の緩和も含む)[24]。
取得できる(または奨励されている)資格:危険物取扱者、情報処理技術者、無線従事者、電気主任技術者、電気工事士 等
多くの高等専門学校は、学校内に学生寮を設置している。以前は全寮制を敷く学校もあったが、そういったところでも1990年代以降は、自宅からの通学を広範に認める学校も多い。また、都市部の高専の中には学生寮を持たない高専もある。
就職率の高さが特長である。各高専によって若干異なるが基本的に理工系大学生と同じように学校が学生と話し合って受験企業を一社に絞って受けさせる「一人一社制」によって就職活動を行う場合が多いが、文科系大学生と同じように企業が高専卒採用枠を設けてインターネットなどで採用情報を公開し、全国の高専生を対象とした選考をすることもある。また大学卒と同一の採用枠、試験枠となる場合や、企業によっては現役生として考えると同じ年齢である短大・専門学校卒業対象となることもある。国家公務員の場合はII種採用となる。
また、高専を卒業すると技術科学大学を始めとする大学の3年次に編入学することができ、高等専門学校に設けられた専攻科への進学とあわせて進学の幅も増えている。
高等専門学校の専攻科(2年制)を修了または修了見込みの者が、大学評価・学位授与機構に課題論文を提出し審査に合格すると、学士の学位を取得することができ、大学院修士課程への入学資格を得ることが出来る。
なお、これは卒業ではないが、高専の第3学年までに規定の単位を取得または取得見込みの者には高校卒相当の資格が生じ、大学や専門学校を受験することが出来る。文系や芸術系へ進路変更する場合など、第3学年を修了した後に高等専門学校を退学して大学に入学する人もいる。但し、高専のカリキュラム上、大学受験は全く考慮されないため、第3学年次受験は高校生よりも不利である。
大学進学率が急増する中で、技術者供給源としての高専の価値は相対的に低下している。ただし、そのことで、就職試験を受ける機会が減っているということはない。
工業高専卒業者は、基礎学力から大学工学部レベルの工業技術を学び、若年次から実践的な専門教育を受けているため、産業界からは即戦力として高い評価をうけている。また、大学工学部卒業者よりも2歳若い。このことは、採用する側・される側の双方にとって、大きな利点と言える。
平成17年度(2005年度)の本科卒業者に占める就職者の割合は53.0%であり、有効求人倍率は、本科:16.3倍、専攻科:20.8倍となっている[25]。
就職先は、上場クラスの企業である場合も多いが、地方の高専では地場志向も見られる。
また、有名大学卒業者の確保が難しい中小企業やベンチャー企業からも、高専卒業者に対する引き合いは強い。
配属先は、メーカーであれば、製造技術や生産技術、試作や評価検証、量産設計など、特に実践的な技術者を必要とする職場が多い。商社に就職して技術営業やFAEとして働く人も居り、進路の多様性は大学工学部等と変わるところは無い。
なお最近、上場クラスのメーカーでは、もの造りに関する機能を分社化している場合も多く、その様な企業に就職する場合は、その分社(子会社)側の採用となる場合が多い様である。
卒業後、進学する者が増えており、学校によっては本科の卒業生に占める就職者が20%を割り込む例も見られる。この現状については、高専の設置目的と照らし合わせて、揶揄される場合もある。 しかし、メーカーや研究機関の開発設計職や研究職を目指す場合は、大学院修了が要件とされている場合も多く、高専生でその様な職に就きたいと考える者が、大学に編入学し、大学院を目指すのは必然であるとも言える。
進学を希望する高専生は、その大多数が高専専攻科か、大学の3学年への編入学を選択する。(但し、専攻分野が異なったり教養学部が独立している場合など、大学のカリキュラム編成によっては2年次編入学になる場合がある [26])。 さらに、学部や高専専攻科を卒業後、大学院修士課程(または博士前期課程)へ進学する学生も多い。
平成17年度(2005年度)の本科卒業者に占める進学者の割合は42.9%であり、進学者のうち大学へ編入学した者は65.2%、専攻科に進んだ者は34.8%となっている[27]。
ほぼすべての国公立大学で定員を設けて高専からの編入学を実施しており、高専卒業生の受け入れを主目的の一つとして創設された国立大学である豊橋技術科学大学や長岡技術科学大学をはじめ、その他の国公立大学工学部に編入学する場合が多い。また、少子化などによる学生不足から、理工系に限らず編入学定員を設ける私立大学も多くなっている。 最近では工学部に限らず理学部に編入学するケースや、短大卒者に多く見られる、文系学部への編入学というケースが高専卒者の場合でもある。また、医学部への編入学は学士編入学に限られていたが、東海大学医学部においては2005年度から一般編入学(2年次)に転換され、高専からの医学部編入学に道が開かれることになった。また薬学部も北海道医療大学(2008年度)などで編入学を実施するなど、工業系の高等専門学校生にも門戸が開かれるケースが見られるようになってきた。[28]
工学系の学部で高専に同様の専攻が有る場合は、高専卒業見込者を対象に推薦編入学制度を持つ大学も多く(最大のケースで編入学定員の50%)、一説に、通常の高校→大学(一般受験)コースよりも高専→編入学コースの方が国公立大学に入りやすいと言われる所以にもなっている。
推薦編入学の場合は、成績が上位であって(概ね1クラス上位の10-20%)学校長推薦を受けられる事が必要条件で、調査書及び志望論文の選考と面接試験(口頭試問)によって合否判定される。(不合格の場合は筆記による編入学試験も受験可能である。) 学校長推薦を受けるためには、特に3・4学年次の成績が重要である。なお、長岡技術科学大学と豊橋技術科学大学は、面接を行わず書類のみで推薦編入学の合否判定を行う[要出典]。
また、筆記による編入学試験では、選考日程さえ重ならなければ、同年度中に複数の国公立大学を受験することが可能である。
高等専門学校のうち、工業高等専門学校(工業高専)の数が最も多く、工業高等専門学校には、機械、電気・電子、制御情報、物質(化学系)、材料、環境都市、建築、デザイン等の学科がある。工業高等専門学校(工業高専)は、工専と略されることもあるが、旧制の工専(工業専門学校)と混同される可能性があり、一般的には高専と略す。そのほか、商船高等専門学校(商船高専)、電波工業高等専門学校(電波高専)、航空工業高等専門学校(航空高専)などがある。
商船高等専門学校、電波工業高等専門学校は国立の商船高等学校(3年制)や電波高等学校(3年制)を5年制の高等専門学校に改組したもので、大半の工業高等専門学校とは出自が異なる。以前は工業と商船(海員養成)の分野しか認められていなかったが、平成3年、高等専門学校設置基準の改正で工業と商船に限った専門分野の縛りがなくなり、北海道に芸術系の高等専門学校が創設された(札幌市立高等専門学校、但し、2006年4月に札幌市立大学へ組織変更されるため、廃校になることが決まっている。)。しかし旧制七年制高等学校のような、教養教育系の高等専門学校は、いまだに設置された事例がない。
国立大学の独立行政法人化に伴い、国立の高等専門学校の設置者も同様に、すべての国立の高等専門学校の設置に関しては、国の直接設置から「独立行政法人国立高等専門学校機構」に変更された。これにより、国が直接設置する学校ではなくなったが、国立高等専門学校機構もまた国が設けたものであるため、学校教育法の第2条により国立高等専門学校機構が設置する学校も国立学校とされている。
独立行政法人化したことにより、文部科学大臣が定めた中期目標を達成するための中期計画(5年)、年度計画(1年)の、機構による作成・実行が義務付けられた。達成度によっては国からの予算(運営費交付金)が減らされることもあり得るため、55の各国立高等専門学校は、日々、中期計画に沿うように、学生サービスの向上、事務の効率化など努力している。また、地域の企業と連携して技術研究や商品開発などを行い、収益を上げる事で予算減を穴埋めしようとする学校もある。
主な中期計画は次のとおりである。
また、公立高専においても独立行政法人化が図られつつあり、東京都立産業技術高専は、2008年4月から公立大学法人首都大学東京に運営が移管され、専門職大学院である東京都立産業技術大学院大学も含め、9年間一貫のもの造り教育を視野に入れた一体運営が行われる。
高校や大学に準じるクラブ活動を行なっていて、国公立の場合は全て全国高等専門学校体育協会に所属しており、各競技の専門部により年1回に全運動部の競技種目を対象に全国高等専門学校体育大会(高専大会)としてが実施されている。
但し競技種目や学校によっては任意で、高専大会にも参加する一方で、高校の連盟である高体連や高野連、大学の連盟である学連や社会人連盟などに参加している場合もある。なお高校生向けの大会には高校相当年齢の者しか参加できない。
吹奏楽の場合、コンクールでは大学の部に入る。これは、高専の4・5年生は短期大学の学齢に相当するためである。
NHKの「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト」(ロボコン)の優勝目指して日夜励んでいるといわれる。これに参加するために入学する者も多く、その性質から電気・電子・機械系の独擅場である。名目上として、全学的に取り組んでいる場合が多い。高専在学中にロボコン参加した者が、卒業後に進学等をして学位取得後に再度教員として高専へ戻り、ロボコンを指導している場合もあり、近年はより高度な戦いとなっている。
毎年、高等専門学校連合会の主催で「全国高等専門学校プログラミングコンテスト」が毎年行われる。ロボコンほどメジャーではないが、学校によっては全学的に取り組んでいるところもある。主に電気系の学生が多いが、近年は他学科でも情報化が進んでいることもあり他学科からの参加も少なからずある。
詳細は全国高等専門学校プログラミングコンテストを参照のこと。
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| 前段階の学校 | 現学校 | 次段階の学校 |