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鬼束ちひろ とは?

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鬼束 ちひろ(おにつか ちひろ、1980年10月30日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。本名同じ。宮崎県南那珂郡南郷町出身[1][2]宮崎県立日南高等学校卒。身長152cm[3]血液型O型。所属レコードレーベルはUNIVERSAL SIGMAA&M RECORDS、所属事務所はNAPOLEON RECORDS・烏龍舎(共同マネジメント)。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


鬼束ちひろはてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  アーティスト、ミュージシャン、歌手。 1980年10月30日生まれ、宮崎県南那珂郡南郷町出身。 時に優しく、時に情熱的に熱唱するその姿はシャーマンを彷彿させる。 2000年2月、東芝EMIより「シャイン」でデビュー。2枚目のシングル「月光」のヒットで脚光を浴びる。 2004年4月、所属事務所をメロディスターからソニーミュージックアーティスツに移籍。 2004年7月、所属レコード会社をユニバーサルミュージック傘下のA&M RECORDSに移籍。 2005年1月、ソニーミュージックアーティスツとの契約終了 ...

出典: 『はてなダイアリー』


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おすすめ度5.0(全レビューの平均)残念なからライブには参加できませんでしたが、DVDでもその凄みは充分に伝わってきました。何というか・・・こういうスタンスで音楽に向き合っている歌い手ってどれくらいいるんでしょうね。心を鷲づかみにされるあっと言う間の90分。知らず知らずにうちに涙が溢れてきました。 ファンで無い方にもぜひ触れていただきたい1枚。必見、必聴と何回言っても言い足りないと思えます。文句なしの星5つ。  (ito4188 さんのレビュー)

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おすすめ度5.0(全レビューの平均)期待して視聴しましたが、私が見てきた多くの音楽DVDの中では音も映像もよくない方です。ここに音も映像も素晴らしいという書き込みが複数あったのが、理解できません。 音声が別にPCMステレオのみでもいいのですが、まぁ、音質は明らかに平均以下です。 (私は日本のポピュラー音楽以外の音楽DVDも多く鑑賞しますので、比較対象ユニバースが他の人と異なるのかもしれませんが) 撮影(カメラワーク、台数)は頑張ってるんじゃないかと思いました。 パフォーマンスは、序盤、硬いというか、はやる自分をもてあまし、コントロールできていなくて、見ていて、ややつらい部分もありますが、後半、表情もほぐれ、随分よくなります。 しかし、全体的に、不自然さというか無理な感じが漂っています。若いし、経験も長くはないので、まぁ、多くは期待できないのですが。 特筆すべきは、あのたおやかな声でしょう。あえて私が言うまでもないですが。 あの声は素晴らしいです。一級品です。 やや脱線しますが、個人的にはあのヘア・メイクおよび衣装はどうかなぁと思いましたが、まぁ、5年以上前のものなので、流行りもあるし、若さもあるし、仕方ないのでしょう。 鬼束ちひろのファンでない方には特にお勧めしません。 若い邦楽ファンには受けるのかもしれませんが、広いジャンルを聞く経験豊富なリスナーを満足させることが出来るレベルかというと、正直厳しいでしょう。 復活後の活躍を期待します。  (frfsuerfh さんのレビュー)

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ウィキペディア(Wikipedia)記事


鬼束ちひろ
基本情報
別名 ちーちゃん、鬼
出生日・地 1980年10月30日(28歳)
血液型 O型
学歴 宮崎県立日南高等学校
出身地 日本の旗 宮崎県南那珂郡南郷町
ジャンル J-POP
ロック
職業 シンガーソングライター
活動期間 2000年 - 2004年2007年 -
レーベル 東芝EMIVirgin TOKYO2000年 - 2004年
UNIVERSAL SIGMAA&M RECORDS2004年 - )
事務所 MELODY STAR RECORDS2000年 - 2004年
Sony Music Artists2004年 - 2005年
NAPOLEON RECORDS・烏龍舎2007年 - )
共同作業者 羽毛田丈史2000年 - 2004年
小林武史2007年
坂本昌之2008年
影響 ジュエルカーペンターズ銀色夏生
公式サイト http://www.onitsuka-chihiro.jp/
  

鬼束 ちひろ(おにつか ちひろ、1980年10月30日 - )は、日本の女性シンガーソングライター。本名同じ。宮崎県南那珂郡南郷町出身[1][2]宮崎県立日南高等学校卒。身長152cm[3]血液型O型。所属レコードレーベルはUNIVERSAL SIGMAA&M RECORDS、所属事務所はNAPOLEON RECORDS・烏龍舎(共同マネジメント)。

目次

概要

来歴・人物

家族構成は、父・母・弟・妹の5人家族であり、自身は長女である[4]

幼少から、両親の影響で(特に母親の影響が強い)洋楽に触れる。小学2年生の時に友達に誘われてエレクトーンを習い始め、中学3年生の時まで習い続ける。小学生の頃より部活で陸上を始める。中学時代は陸上部のキャプテンを務め、短距離400mリレー走選手として九州大会にも出場歴がある[1]

音楽に興味を持ったのは中学時代に母親にカーペンターズベストアルバムを聴くよう勧められてから。以降は外国人女性シンガーソングライターの楽曲を中心に洋楽を主に聴いていた。好きなアーティストとして公言しているのは、ジュエルアラニス・モリセットシェリル・クロウアマンダ・マーシャルメリッサ・エスリッジジョニ・ミッチェルポーラ・コールキャロル・キングインキュバスレネ・マーリンステレオフォニックスグー・グー・ドールズボン・ジョヴィサイモン&ガーファンクルトーリ・エイモスWink岡村靖幸THE BACK HORNなど。

高校2年生の時にジュエルのアルバム『心のかけら』によってその音楽と存在に衝撃を受ける[4][5][6](後に自身はライブやテレビでジュエルの楽曲「Foolish Games」「You Were Meant For Me」をカバーしている)。その瞬間から、シンガーソングライターを志す。17歳のときに、文化祭でエイズに関する劇をやった事に感化され、初めての楽曲「call」を作る[1][7][6]。以降デビュー決定後までは全て英語詞で楽曲を作る。当時作った「call」や「edge」などの曲は日本語詞で、「NOT YOUR GOD」は英語詞のままで、それぞれデビュー後にCDに収録される。

高校3年生に進級してすぐ、オーディション雑誌『De-view』(オリコン・エンタテインメント刊)を読み、当時のマネジメント会社のMELODY STAR RECORDSが主催の「Virgin ARTIST AUDITION」のオーディションを受ける。そこで「call」を披露、才能を評価され、グランプリを受賞[1]。学校の閉塞感や同調を強制させるシステムにもともと嫌悪感を抱いていた事や、歌手志望のために大学受験をする気がなかった事等から、高校3年生の頃は学校へはほとんど行かなかったという[1][6][8]。卒業後の1999年3月に上京し、作曲活動に入る。デビューするまでの期間に多くの作品が生み出される。「We can go」、「シャイン」、「月光」、「シャドウ」などはその当時に作られた。以降の主だった活動は略歴に記載。

ライブの際にしばしばマリア像をステージの隅に置く。これは自分の中の守護神のようなものを表しているとし、自分の歌っている姿を見守っていて欲しいからであると語っている[1]。シングル「everyhome」以降の作品のブックレットにおいても「thanks for God.」と書いている。

好きなものは、小説アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『星の王子さま[4]漫画古谷実の『行け!稲中卓球部』や岡田あーみんの『こいつら100%伝説』、井上雄彦の『SLAM DUNK』など[9]映画は『アメリカン・ビューティー』や『ギルバート・グレイプ』、『バトル・ロワイアル』、『溺れる魚』など[6]。また、『もんしぇん[10]、『ぐるりのこと。[11]では作品に対する賞賛のコメントを寄せている。服飾はMILK FED(ソフィア・コッポラによるデザインのブランド)の洋服[6]ヴィヴィアン・ウエストウッドのブーツ[12]など。食べ物はマクドナルドコーラキャベツ太郎梅干チョコレート。コーラは常時ステージドリンクとしているほどで、梅干に関しては「白いご飯と梅干さえあれば大丈夫」とまで発言するほどの大好物[13]キャラクターグッズも好きで、中でもディズニー映画『ピーター・パン』に登場するティンカー・ベルグッズがお気に入り。自身で「おたま」(オタマジャクシがモチーフ)の縫いぐるみ[7]や十字架などのビーズアクセサリー[14]を作成する事もある。お笑い好きでもあり、好きな芸人はシャカ田上よしえルート33など[5]。特にシャカはお気に入りで、出演した番組中でも「色々浮気をするけれど結局シャカに帰ってくる」と話しており、どちらかと言えば大熊啓誉(ボケ担当)の方が好きであるという[5][15]。好きな詩人には銀色夏生を挙げており、中学時代からのファンであり「モロに影響を受けた詞も書いていた」と後の対談でも語っている[2]。好きな四字熟語に「疾風怒濤」を[1]、単語に「虎」を挙げ、モットーに「(良い意味でも悪い意味でも)やられたらやり返す」を挙げている[16]

プライベートでは、お笑いコンビのシャカを誕生日パーティーに招待するなど社交的な面がある[15](但し環境が変わってから今でも交流が続けられているのかは不明である)。本人曰く休みの日は「家でゴロゴロしたり一人で買い物したり」するという[17]。昼夜逆転の生活を送っており[6][18]、楽曲制作は専ら夜中(2〜3時頃)に行っているという。アルバイト経験がなく、「箱入り娘だから、親が許してくれない」と言う旨を明かしている。一度やってみたいアルバイトにアンナミラーズのウェイトレスを挙げている。理由は「セクシーな制服で男性客を悩殺したい」とのこと[19]

自身を「人見知りしない性格」だと語っている[14]。また所謂「熱しやすく冷めやすいタイプ」である(例えば茶そばを3日間連続で食べ続けて飽きるなどのエピソードを語っている[18])。

サインは、以前はドクロのイラストマークの下に「CHIHIRO」という文字をもってサインとしていた。ドクロマークは普通のドクロの他、『ME AND MY DEVIL』リリースの際にはドクロに角が2本としっぽが生えた「デビルドクロ」、『Beautiful Fighter』リリースの際にはドクロに毛が1本生えた「波平ドクロ」が存在していた。現在は筆記体で「Chihiro」(Cの部分が鬼をイメージしたイラストマークとなっている)と書かれたものをサインとしている。

音楽性

楽曲制作の手法として大まかに、曲を先に制作してからそこへ詞を付ける作曲先行(所謂曲先)と、詞を先に書いてから曲を乗せる作詞先行(所謂詞先)の2通りがあるが、鬼束の場合は必ず詞先で曲作りを行う。これは鬼束が楽曲において歌詞を最重要視しているためであり、もし歌詞と曲がマッチしていない時でも、「詞の世界を壊したくない」「直感を大事にしたい」との理由で歌詞を変更する事は一切無く、曲のほうを無理矢理詞に合わせたり、曲のフレーズに詰め込む等の手法を用いる[5]。曲作りは大抵夜中自宅の部屋の中で行い、思いついた歌詞を書き上げ(本人は「(歌詞が)降りてくる」と表現・説明することもあるが、神がかり的に受け取られることを嫌ってその表現を避けることもあった)、それに曲をつけるという方式が主である。常にその場で曲を作り上げるというが、例外として「everyhome」は曲を作り上げるまでに3日間を要したという[20][21]。歌詞の書き方は「everyhome」の制作を皮切りに変化が生じている。活動休止前の制作スタイルとしては感情をぶちまけるように曲を制作するというのが主であったが、最近では「自分が他の歌手だったらこういう書き方をする」というように自分を客観的に見て曲を書いたり、映画の映像から見た印象をモチーフとして曲を制作する(「everyhome」は『フォレスト・ガンプ』、「Sweet Rosemary」は『ギルバート・グレイプ』、「bad trip」は『スパン』等)ようにもなってきており、また「長く歌っていける歌を作っていきたい」という心境の変化からも、直截的・普遍的な歌詞が書きたいと考えているようである[12][22][23]。作品のリリースにおいて本人は「毎回これが遺作の気持ちで制作している」と語っている[24]

作詞を始めたのは小学4年生の時の夏休みの自由課題がきっかけ。現在の作詞スタイルを確立させたのは中学2年生の時、アラニス・モリセットの世界観に影響されてからで[14]、その時の詞は上京する際にすべて焼却処分したという[6]

歌う時は左手を上下運動させたり身体でバランスを取る。気持ちがいい・解放感がある・バランスがとりやすいという理由から、裸足で歌うことが多い[16][25][26][27]。裸足でのステージが印象深い故に、裸足の歌姫と形容されている。裸足で歌い始めるようになったのはシングル「Cage」発売頃で、2000年11月16日Air-G主催で札幌市時計台にて行われた『AIR-G' 時計台アコースティックライブ vol.15〜鬼束ちひろ』の時点では既に裸足で歌い始めている。歌うときは腕時計チョーカーなど身体を締め付けるものは絶対に着けない[25]。これは束縛感を嫌うためであり、厚着もしない。本人曰く末端冷え性であるが、足はおろか一切の防寒対策はしない[25]。本人にとってライブはファンとのコミュニケーションの場としており、ステージングや自身の歌唱において完璧さを求める。これは「ライブが失敗したら死のうと思っている」という本人談からも伺える[1]

アルバムのタイトルについては、新しいアルバムの制作に取り掛かる際に初めて決めるというわけではなく、1つ前のアルバムを作っている時に次回作のタイトルとして決めているという。

楽曲については、元プロデューサーの羽毛田丈史が重視する、ピアノを基盤としたアンプラグドアコースティックな生音での楽曲が主体で、ストリングスが用いられる楽曲も多い。鬼束の圧倒的な個性が出発点で、それゆえに、ピアノと鬼束のボーカルだけのパフォーマンスが究極の帰着点であると羽毛田は捉えていたようである。鬼束自身もアコースティックやカントリーな楽曲を好み、作曲もキーボードにて行っていることから、このスタイルを理想と考えていると思われるが、ギターサウンドやカントリーロックといったような、様々な編曲が試みられてはいる。羽毛田から音楽プロデューサーが変わった後も、ピアノを基盤とした楽曲制作は踏襲されている。

いずれのプロデュースにせよ、鬼束自身は、デモ音源を音楽プロデューサーに渡した後は一切楽曲の制作工程(アレンジやアルバム収録曲の選定や曲順決め等)には関与しない方針を貫いている。これは本人曰く「(性格的に)器用貧乏の真逆」ということで、シンガーとしての自分とソングライターとしての自分を(無意識的に)分けていると語っている。[28]

楽曲と世の中の動き

シングル「infection/LITTLE BEAT RIFLE」を発売してからわずか4日後にアメリカ同時多発テロ事件が発生し、「infection」の歌詞がそれを予見したと取れるような内容であったため、プロモーションが自粛されたというのはよく知られた事例である。その他にも、シングル「流星群」の制作中はしし座流星群が見られる時期であったり、「A Horse and A Queen」をライブで発表する前には、自身が尊敬するジュエルが全治4ヶ月の落馬事故を起こしたりと、楽曲と世相とがリンクしてしまった出来事が複数ある。

どの出来事も楽曲を制作した後のことであり、全て偶然ではあるが、ファンの間で鬼束ちひろの深層的な部分を表す事柄として話される逸話である。しかし本人は、「楽曲と世相とがリンクすることは以前からあったのでショックでもないし驚かなかった」と語っている[2]

所属レコード会社・事務所の変遷と活動休止

前所属レコード会社と事務所を離れた理由について本人は当初はコメントを出さなかったが、2007年にアルバム『LAS VEGAS』をリリースするにあたり複数の雑誌のインタビューでその心境を語っている。

移籍の発端となったのは2003年声帯結節を発症してからの活動の流れに違和感を覚えたことで、このことについて「「いい日旅立ち・西へ」のあたりから周囲と波長が合わなくなってきた」「楽曲自体には問題はなかったが、周囲を信用できなくなってきて無理が生じた」[23]と語っており、「前の事務所ともめ事があってそれで力をなくした」[29]との発言から事務所との作品発売に対する確執があったことも示唆している。一部メディアでは、決別が決定打となったのは『シングルBOX』の発売が関係していると言われていた[30]が、これについては後に本人曰く「契約上の問題」「単に関与しなかっただけ」としている[2]

また、「育つ雑草」を発売後休養し、Sony Music Artistsを中途で契約終了した件については「自分のペースでの創作と、アーティスト活動、世の中のペースが一致しない」[31]としており、「何か問題やトラブルがあった訳ではない」「もっともっと休む時間が必要だった」と語っている[2]

この契約終了後は活動を休止していたが、活動休止直後に大量服薬による自殺未遂を経験したことを後に明らかにしている[22]。その後も2005年のストーカー被害事件(後述・2005年の箇所参照)もあり精神的に不安定な状態が続き、本人曰く「休んでいる時はただ(精神的に)落ちているだけだった」「リスナーとしての自分は残っていたけど表現者としての自分がまったくなかった」[23]と語っている。2005年に玉井夕海と出会い、翌2006年の映画『もんしぇん』に関わるまで一切表舞台に姿を現すことはなかったが、その間にも友人である歌手のMEGのブログに名前が挙がったり週刊誌の記事に関係者のコメントが掲載されるなど、間接的ではあるが近況が報じられることはあった。

関連のある人物

自身が友人であると公言している人物として中島美嘉元ちとせ篠原ともえ氣志團[18]藤原紀香[7]が挙げられる。中島については、アルバム『Sugar High』リリースを記念して開設された期間限定ウェブサイト『oni.tv』等においても本人から度々話題に挙げるほど親交があった。逆に鬼束を友人と公言している人物として玉井夕海[32]MEG[33][34]などが挙げられる。

鬼束に影響を受けたと公言している歌手として久嶋美さち牧伊織関山藍果等が挙げられる。久嶋は特に影響を受けた楽曲に「infection」を挙げている[35]。歌手以外にも漫画家徳弘正也もファンであることを公言しており、鬼束が音楽活動を休止中には活動の再開を望むコメントを出している[36]。タレントの相沢真紀は、「月光」の歌まねをテレビ番組で披露したことをきっかけにものまねタレントに転向している[37]

鬼束ちひろがモチーフとなった作品および登場人物

2002年から2006年まで『まんがタイムきらら』(芳文社刊)において発表された藤島じゅん作の4コマ漫画てんしの末裔』では、主人公の友人として鬼束の名前をパロディ化したとされる「鬼塚ちひろ」(おにづかちひろ)というキャラクターが登場する。

また2006年に発表された映画『もんしぇん』は、鬼束ちひろの存在と楽曲がモチーフとなって制作され、劇中にも鬼束をモチーフにしたとされる「ちい」という人物が登場する。

経歴・年表

  • 1999年
  • 2000年
  • 2001年
    • 2月16日 テレビ朝日系『ミュージックステーション』出演の際、ハムスターをベランダで凍死させてしまったというエピソードを語ったところ、ネット上を中心にトークの内容と言動に非難が殺到。放送翌週の2月23日に当時の所属事務所であるMELODY STAR RECORDSよりトークに関する声明文が発表される事態にまで発展する。
    • 3月7日 初のアルバム『インソムニア』発売。約150万枚のセールスとなるミリオンセラーを記録する。同日、ニッポン放送鬼束ちひろのオールナイトニッポンR』で初の単独パーソナリティーを務める。
    • 4月10日 初のライブツアー『CHIHIRO ONITSUKA LIVE TOUR 2001』をBIG CATの公演で開始。後にWOWOWでライブの模様が放送される他、一部はDVD『CRADLE ON MY NOISE L*I*V*E 〜LIVE INSOMNIA VIDEO EDITION〜』にも収録される。
    • 9月11日 アメリカ同時多発テロ事件が発生。4日前の9月7日に5枚目のシングル「infection/LITTLE BEAT RIFLE」が発売されたばかりであったが、「infection」の歌詞の内容に事件を予見していたかのようなフレーズがあるということから、事件から2日後の9月13日に東芝EMIより楽曲のプロモーションを自粛するという声明文が発表される。プロモーション活動は約1ヶ月半自粛され、プロモーションビデオも放送されず、代わりに両A面となっていた「LITTLE BEAT RIFLE」で同作品のプロモーション活動を行うこととなる。
    • 9月21日 NHKトップランナー』に出演。番組内で初めてジュエルの楽曲「Foolish Game」をピアノ弾き語りでカバー。
    • 12月 台湾の歌手である劉虹嬅のアルバム『好好愛我』収録曲の「月光」を書き下ろしで提供する(自身の代表曲である「月光」とは無関係)。他アーティストへの楽曲提供は初。日本のファンからは「台湾月光」として話題となる。
    • 12月31日 4枚目のシングルとして発表した「眩暈」で、日本レコード大賞作詩賞を受賞する。
  • 2002年
  • 2003年
  • 2004年
  • 2005年
    • 1月31日 Sony Music Artistsとのマネジメント契約をわずか9ヶ月で終了。事実上の活動休止となる。
    • 7月26日 本人が住むマンションに花束を持ち30分近くインターホンを鳴らし続ける男が現れ、警視庁渋谷署に住居侵入罪ストーカー規制法違反)容疑で逮捕されるという事件が発生する。
  • 2006年
    • 9月10日 映画『もんしぇん』の公開中、上映館(上野・国立博物館内映画館『一角座』)において、玉井夕海のユニット・Psalmとともにゲストライブに出演し、2004年の『SWEET LOVE SHOWER 2004』以来久々に公の場に姿を現す。映画について「音楽も映像も美しい。そんな美意識の高い映画は滅多にないと思います」というコメントを寄せる。
    • 9月26日週刊女性自身』に関係者によるコメントが掲載される。
  • 2007年
    • 2月20日ROCKIN'ON JAPAN』2007年3月号(ロッキング・オン社)誌上において、「鬼束ちひろ、シーンに帰ってくる」という見出しの記事が掲載される。翌日の2月21日にはスポーツ報知紙上でも復帰の内容が報道される。
    • 3月17日 小林武史主催のap bankのイベント『AP BANG! 東京環境会議 vol.1』にてライブを行う。ピアノとチェロの構成で「月光」と「MAGICAL WORLD」「everyhome」を歌唱する。3月18日付の日刊スポーツ紙上でその旨が報道された他、ファンに対し「待っていてくれたファンの方にはありがとう。これからもいい曲を作って歌い続けていきます」とのコメントが掲載される。
    • 4月1日 個人事務所であるNAPOLEON RECORDSを設立。
    • 5月12日 新オフィシャルサイト開設。
    • 5月16日 『Welcome to everyhome -鬼束ちひろ プレゼンテーション試聴会-』なるものが行われ、関係者を招待し「everyhome」を披露する。
    • 5月30日 復帰作となる12枚目のシングル「everyhome」を発売。
    • 6月1日 テレビ朝日系『ミュージックステーション』に出演し、およそ4年振りにテレビ番組に登場する。フジテレビ系『僕らの音楽』でも特集が組まれ、小林武史との対談とスタジオライブが放送される。
    • 10月31日 3枚目のオリジナルアルバム『Sugar High』から実に4年10ヶ月振りの発表となる、4枚目のオリジナルアルバム『LAS VEGAS』を発売。
    • 11月5日 ニッポン放送鬼束ちひろのオールナイトニッポン』が放送される。オールナイトニッポン枠でパーソナリティを務めるのは2002年3月の『鬼束ちひろのオールナイトニッポンR』以来。
  • 2008年
    • 4月26日 単独公演としては2003年の『UNPLUGGED SHOW '03』以来4年8ヶ月振りに、渋谷Bunkamuraオーチャードホールにて、1夜限りのプレミアムコンサート『CHIHIRO ONITSUKA CONCERT NINE DIRTS AND SNOW WHITE FLICKERS』を行い、新曲「SUNNY ROSE」や「蛍」等を披露する。
    • 8月6日 坂本昌之プロデュースの下、映画『ラストゲーム 最後の早慶戦』の主題歌に起用された14枚目のシングル「」と、ライブDVD『NINE DIRTS AND SNOW WHITE FLICKERS』を同時発売。
    • 9月26日 2002年の『CHIHIRO ONITSUKA 'LIVE VIBE' 2002』以来約6年振りの全国ツアーとして予定されていた『CHIHIRO ONITSUKA CONCERT TOUR 2008 "VEGAS CODE"』の全5公演が、極度の疲労による体調不良のため中止になったことが所属事務所より発表される。これにより年内の活動を休止する。

作品

詳細は各作品の項を参照のこと。

シングル

  発売日 タイトル
1st 2000年2月9日 シャイン
2nd 2000年8月9日 月光
3rd 2000年11月8日 Cage
4th 2001年2月9日 眩暈/edge
5th 2001年9月7日 infection/LITTLE BEAT RIFLE
6th 2002年2月6日 流星群
7th 2003年5月21日 Sign
8th 2003年8月20日 Beautiful Fighter
9th 2003年10月29日 いい日旅立ち・西へ
10th 2003年11月27日 私とワルツを
ボックスパッケージ 2004年3月17日 シングルBOX
11th 2004年10月27日 育つ雑草
12th 2007年5月30日 everyhome
13th 2007年9月19日 僕等 バラ色の日々
14th 2008年8月6日

オリジナルアルバム

  発売日 タイトル
1st 2001年3月7日 インソムニア
2nd 2002年3月6日 This Armor
3rd 2002年12月11日 Sugar High
4th 2007年10月31日 LAS VEGAS

ベストアルバム

  発売日 タイトル
1st 2004年12月1日 the ultimate collection
2nd 2005年9月7日 SINGLES 2000-2003

映像作品

再発売廉価盤の記載は割愛する。

  発売日 タイトル 規格 備考
PV 2000年8月9日 月光+1 SINGLE CLIPS LIMITED EDITION VHS 「月光」「シャイン (unplugged)」収録
新星堂店舗本数限定販売
PV 2001年4月11日 ME AND MY DEVIL DVD・VHS 初回プレス盤『インソムニア』連動購入キャンペーン応募券付
DVD初回プレス盤トールサイズパッケージ仕様
ライブ 2001年11月7日 CRADLE ON MY NOISE L*I*V*E* 〜LIVE INSOMNIA VIDEO EDITION〜 DVD・VHS 初回プレス盤ポストカード2種封入
DVD初回プレス盤トールサイズパッケージ仕様
VHS初回プレス盤カラーカセット仕様
PV 2002年12月11日 PRINCESS BELIEVER DVD・VHS VHS初回限定生産
ライブ 2003年5月21日 ULTIMATE CRASH '02 LIVE AT BUDOKAN DVD 初回プレス盤ポストカード2種封入
PV 2004年12月1日 the complete clips DVD
ライブ 2008年8月6日 NINE DIRTS AND SNOW WHITE FLICKERS DVD 初回プレス盤『蛍』連動購入キャンペーン応募券付

関連作品

  • テレビ朝日系ドラマ「トリック」オリジナル・サウンドトラック(2000年9月6日
    • 「月光 〜TV86〜」収録
  • 〜Scene〜 テレビ朝日系ドラマ「氷点2001」オリジナル・サウンド・トラック(羽毛田丈史)(2001年9月7日
    • 「traces」(作詞 Cj/作曲 羽毛田丈史/編曲 羽毛田丈史)ボーカル参加
  • オルゴールで聴く 鬼束ちひろ 作品集(2001年12月5日
  • THE JAPAN GOLD DISC AWARD 2002(2002年5月29日
    • 「月光 (album version)」収録
  • 九月の空 -KUGATSU NO SOLA-(PE'Z)(2002年9月11日
    • 「Amny」(作詞 鬼束ちひろ/作曲 PE'Z/編曲 PE'Z)作詞・ポエトリーリーディング参加
  • Queen's Fellow yuming 30th anniversary cover album(2002年12月11日
    • 「守ってあげたい」(作詞 松任谷由実/作曲 松任谷由実)カバー参加
  • Sweet -for emotional memories-(2003年3月5日
    • 「月光」収録