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鯛(たい、タイ)とは、広義にはスズキ目スズキ亜目タイ科の総称、狭義にはタイ科のマダイ Pagrus major を指す。タイ科にはほかに、クロダイ、キダイ、チダイ、ヒレコダイ、タイワンダイ、アカレンコなどが含まれる。
さらに広義には、タイ科以外の魚でも、扁平・大型・赤っぽい体色・白身などの特徴を持つ魚には「-ダイ」と和名がついていることが多く、この場合、タイ科とは分類上遠い魚もいる。アマダイ、キントキダイ、イシダイなどはタイ科と同じスズキ亜目だが、エボシダイなどはスズキ目の別亜目、キンメダイ、アコウダイ、マトウダイなどは目のレベルでちがう魚である。このように和名にタイと名のついた魚は200種以上もいる。
極端な場合には淡水魚で養殖が盛んなティラピアを、その学名ティラピア・ニロチカから「チカ鯛」などと命名したり、「イズミダイ」と称して販売されていたこともあった。こうしたものは「あやかりタイ」などと揶揄される。
料理
刺身、昆布締め、塩焼き、煮付け、蒸し焼き、干物、混ぜご飯など様々に調理される。食通の間では、唇の肉や頬肉、カマ(胸びれのつけ根)などが特にもてはやされる。なお、胸びれのつけ根にある骨の中央部(肩甲骨と烏口骨)はタイそのものに似た形をしていて、「鯛の鯛」「鯛中鯛(たいちゅうのたい)」等と呼ばれ、縁起物として収集の対象となることもある。
日本では非常に馴染みの深い魚で、赤い色がめでたいとして、お祝いの席でよく出る。そのため七福神の一人恵比須は釣竿で鯛を釣り上げた姿をしている。神道では重要な地位を占めており、冠婚葬祭等の祭礼に欠かせない。古跡から鯛の骨が出土することもあり、日本では古来より重要な食用魚だったと思われる。
さらに江戸時代になると、魚は専ら海のものが食され、将軍家でも鯛が喜ばれたため「大位」と当て字をされもてはやされた(当時、海から遠い京都では鯉が宮中で食され「高位」など呼ばれていた)。
タイをよく用いる料理
文化
- 県の魚
- 愛媛県の県の魚は鯛である。
- ことわざ
- 「海老で鯛を釣る」「鯛の尾より鰯の頭」「腐っても鯛」などのことわざがある。また、「鯛やヒラメの舞い踊り」など、鯛は魚類の代表格として扱われていることがわかる。
- 言葉
- タイ焼き、タイツリソウなど、鯛にまつわる言葉は多い。
- 鯛の鯛
- 「鯛の鯛」は肩甲骨(写真左側)と烏口骨(同右側)の二つがつながってできている。この骨は胸鰭を支えたり、動かしたりするのに使われ、種類ごとに形が異なるので、近縁の魚を分類するときにも利用される。この風変りな形をした骨、古くは江戸時代の書物の中に「鯛中鯛」として紹介されている。特に昔から珍重されたマダイの物が、形も美しい。鯛と同じ形をしていて、肌身離さず持ち歩くと金運が豊かになる、という言い伝えがある。
- 安房の鯛の浦
- 1222年、今の千葉県安房郡で日蓮が生誕した時、鯛が深海から海岸まであがってきて群れ泳いだという言い伝えがあり、その地を鯛の浦と呼んでいる。今でもその地区では、鯛を禁漁にして投げ餌をし、大切にしている。
- 徳川家康の死因
- 1616年、徳川家康が死去した原因は鯛の天ぷらにあたったためという説もある。なお、この場合のてんぷらは現在で言う「薩摩揚げ」に近いものと言われている。
- 落語の「鯛」
- 料理屋の生簀に捕まった鯛の物語。主人公の鯛が生簀の中で20年も無事だった鯛「ぎんぎろ」から生簀の中でなんとか長生きする方法を学ぶ。
- 唐津くんちの曳山
- 佐賀県唐津市で行われる唐津くんちの五番曳山 (1845年製作) は鯛をモチーフとしており、現存する 14 台の中でも唐津くんちを代表する曳山となっている。
主な「鯛」
スズキ亜目
スズキ亜目以外のスズキ目
スズキ目以外

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