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鶴瓶の家族に乾杯 とは?

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鶴瓶の家族に乾杯(つるべのかぞくにかんぱい)は、NHKで放送されているバラエティ番組。オープニングタイトルなどにおいて「ぶっつけ本番の旅番組」と紹介されており、笑福亭鶴瓶冠番組の1つでもある。通称及び略称は「家族に乾杯」。字幕放送ステレオ放送を実施している。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


鶴瓶の家族に乾杯はてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  NHK総合テレビの旅・トーク番組。 出演は笑福亭鶴瓶、ゲストタレント、小野文惠アナウンサー。 毎週月曜、午後8:00から放送。(2006年4月より。以前は土曜日にスペシャル番組として放送されていた) 笑福亭鶴瓶とゲストタレントが日本各地を旅し、旅先の家族との交流を収録、スタジオでトークする。

出典: 『はてなダイアリー』


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さだまさし / 




ウィキペディア(Wikipedia)記事


鶴瓶の家族に乾杯
ジャンル 紀行・バラエティ
放送時間 月曜日20:00~20:43(43分)
放送期間 1995年8月~現在
放送国 日本
制作局 NHK総合テレビ
出演者 笑福亭鶴瓶
ゲスト1名
小野文惠
音声 ステレオ放送
字幕 あり
オープニング 『Birthday』(さだまさし
エンディング 『Birthday』(さだまさし
外部リンク 公式サイト

特記事項 :
番組初期は「さだ&鶴瓶のぶっつけ本番ふたり旅」、1996年9月の放送のみ「鶴瓶のにっぽん家族に乾杯」のタイトルで放送された。

鶴瓶の家族に乾杯(つるべのかぞくにかんぱい)は、NHKで放送されているバラエティ番組。オープニングタイトルなどにおいて「ぶっつけ本番の旅番組」と紹介されており、笑福亭鶴瓶冠番組の1つでもある。通称及び略称は「家族に乾杯」。字幕放送ステレオ放送を実施している。

第25回「放送文化基金賞」を受賞した。

目次

番組の歴史

さだまさしとの関係

もともとはシンガーソングライターさだまさしにNHK側から「さだと、さだがコンサートで行く地域の人たちとふれあう姿をテレビにしたら面白いのでは」という発想のもと番組化され、さだの友人である落語家タレント笑福亭鶴瓶との二人旅という形で始まった。これに先立ち朝日放送松本修プロデューサーが、さだを起用したまったく同じ企画を考えていたが、放送枠がなくて実現できなかったと著書で明かしている。

1995年8月特番の「さだ&鶴瓶のぶっつけ本番ふたり旅」として、当初はさだがメイン、鶴瓶はさだの旅のパートナーとして番組にかかわっていた。第1回は、さだが村の歌を頼まれて作ったが村自体には行ったことがないという岐阜県谷汲村を訪ねるというものだった。その後、「さだ&鶴瓶」では3回(谷汲村、三重県美杉村熊本県湯前町)放送した。さだが作った谷汲村の歌『風の谷から』の歌詞が「終着駅を降りたら」で始まることからもわかるように、「さだ&鶴瓶」の行き先は、いずれも鉄道の終着駅があるという条件で選ばれていた(第1回の名鉄谷汲線は現在は廃止されている)。

さらに現在のタイトルになり、鶴瓶と他のタレントとで2回、特番での放送をした。現タイトルでの最初の放送は、鶴瓶と内海好江大島智子の3人旅であり、舞台は岡山県牛窓町だった(この回のみタイトルは「鶴瓶のにっぽん家族に乾杯」)。視聴者からの反応もよく、レギュラー化が検討された。さだがコンサート等でスケジュールの都合がつかず、鶴瓶も毎週放送の場合、ロケなどスケジュール上、過酷で難色を示したため、NHK側が妥協する形で、1997年4月に土曜特集枠で月1回のみの放送形態で始まった。

1997年11月の放送で出演者が「これが12回目」と言っている場面がある。また、2004年8月の再会スペシャルではこれまでに68回放送されたと言っていた。つまり、番組側は「さだ&鶴瓶」も「家族に乾杯」としてカウントしていることがわかる。

土曜特集での第1回は特番時代メインのさだと鶴瓶の二人旅だった(その後も土曜特集時代初年度は合計3回はさだと鶴瓶の二人旅)。しかし、さだのスケジュールの都合で出演自体が困難になったり、さらにはさだが出演を固辞したため、鶴瓶とゲストとの旅という今の形に落ち着くこととなる(2000年、2003年、2005年にさだがゲスト出演している)。さだが歌う番組の主題歌『Birthday』はその名残といえる(この曲は、鶴瓶の要請にもかかわらず、さだがなかなか完成させず、月1回化後数回たってから発表された)。

ちなみに、もう一つの名残として、さだは2006年の新春から不定期に深夜に放送している『さだまさし生放送シリーズ』(通称)という番組のメインパーソナリティーを務めている。構成作家兼アシスタントはこの番組と同じ井上知幸が担当し、2007年の正月に放送した番組では、番組内のコントのVTRで小野文恵アナウンサーが出演した。同年3月の放送では小野アナが何の意味もなく深夜の代々木公園から生中継し(周囲が真っ暗で何も見えない)、その後、「呼ばれなかったので来た」と、スタジオ見学に来た。同年4月の放送では、家族に乾杯に出演している鶴瓶を見てさだだと思っていたというハガキが紹介されていた。同年8月にはさだが「Birthday」を歌い、出演していない小野アナに言及した。同年10月には番組に電話をかけてきた鶴瓶がさだに「(家族に乾杯は)あんたの番組やないか」と言ったことから、現在でも家族に乾杯はさだが出演するのが本来の姿と考えられていることがわかる(このとき鶴瓶は、湯前町の回のビデオを久しぶりに見てめちゃめちゃおもしろかったと言っていた)。2008年元日の放送では、小野アナが再びコントのVTRに出演しただけでなく、オープニングで、『第58回NHK紅白歌合戦』の白組司会を終えた鶴瓶が出演した。鶴瓶は紅白の司会に決まると真っ先にさだに「Birthday」を歌うように頼んだという(この時点ではさだが出場するかどうか決まっていない)。紅白では「Birthday」に合わせて画面には「家族に乾杯」(「さだ&鶴瓶」時代と思われる)でのさだと鶴瓶の映像が放送された。

2005年7月15日鹿児島県喜入町の回では、鶴瓶がさだそっくりな一般人を見つけて、以後の旅にずっと連れて歩いた。

時間拡大と毎週レギュラー化

当初は45分番組だったが(「家族に乾杯」のタイトルでの第1回は50分、第2回と1997年の年末スペシャルは60分)、1998年4月から75分番組になる。しかし1999年3月に45分番組に戻り、2000年4月からまた75分番組になるという変遷をたどる(この間は、土曜特集枠の前半30分が『頭のゲーム脳ビタくん』で後半45分が『家族に乾杯』だった)。スタジオ収録は、鶴瓶と相手のタレントだけで進行していたが、1998年4月に75分枠になったときに元フジテレビアナウンサーの酒井ゆきえがスタジオ司会となる。しかし酒井は1回のみで降板し、5月は伊東敏恵アナウンサーが担当した(当時、この回の舞台であった岡山放送局に所属していた)。

1998年6月20日放送分から小野文恵アナウンサーが起用されてからは現在に至るまでずっと固定されている(ただし、1998年12月12日放送分の一回だけは当時甲府放送局の2年目だった島津有理子アナウンサーが代役をした。この回に限って鶴瓶は「NHKの歴代の美人アナウンサーが司会をしております」と言った)。なお小野アナウンサーはそれ以前にもナレーターとして登場している(1997年前半まで山本志保アナウンサーと交互に担当)。小野アナウンサーの初登場での「アナウンス室の秘密兵器と呼ばれています。最後まで秘密のままで終わる」などといったやりとりは、週刊誌にも取り上げられた。

2005年4月からは毎週金曜日20時にアナログ・デジタル総合で45分のレギュラー番組となり、2週間で1ゲスト(前編・後編)という形態で放送されたが、裏番組に『幸せって何だっけ 〜カズカズの宝話〜』『ミュージックステーション』があったため視聴率はよくなかった。もともと金曜日は地域番組の時間帯だったため、番組が返上されることもあった。特に北海道では、札幌放送局製作の地域番組を放送したりしているため、東京と同じ時間に放送された場合もあれば土曜朝の時間しか放送していない場合もあった。その他の一部地域も不定期番組枠となり別番組が放送される場合があるため、翌日土曜日10時台または翌日以降に時差放送枠が設定されていた。

2006年4月3日放送分からはこれまで『生きもの地球紀行』や『地球・ふしぎ大自然』などのファミリー向け教養番組を放送していた枠の月曜日20時からの放送となった(北海道地方も後日放送ではなく当日放送になった)。

ここから視聴率も徐々に上がって15%前後を確保し、裏番組の『パナソニック ドラマシアター』、『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』、『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』、『世界まる見え!テレビ特捜部』と熾烈な視聴率争いをしており、『テレビ大阪制作月曜夜8時枠』の視聴率を低迷させていて、日によっては同時間帯1位を獲得することがある。NHKが2006年に公開した「ジャンル別番組制作費」によると、制作費は1本約1250万円かかるとのことである。

2007年12月10日17日の旅の目的地が宮城県になったことにより、47都道府県すべてを回ったことになる。放送が十数年にわたるにもかかわらず栃木と宮城に行っていなかったことに気づき、2007年最後の2回の旅であわてて両県に行った。

放送時間

再放送

地上波での再放送は原則として行われない。1998年度には水曜日の17時台に過去の作品が再放送されていたが、首都圏はローカル情報番組のため、関西地区はローカル番組の再放送枠のため放送されなかった。

2006年度から番組表上はBS2で火曜日16:30-17:13に再放送されることになっているが、2006年4月から11月までの8カ月間には、4月に1回と8月に2回のわずか計3回しか放送されなかった。ところが同年12月から数カ月は一転してすべての回が放送されるようになった(国会中継大相撲中継将棋名人戦囲碁本因坊戦の日を除く。また地域番組を長時間放送するスペシャルのために放送がなかったこともある)。

BS2で放送される場合、地上波より1週遅れ。2007年2月22日の「スタジオパークからこんにちは」に生瀬勝久が出演したとき、生瀬が出演する「家族に乾杯」の放送日としてBS2も明記されていた(ただし1週遅れであることは一切示されておらず、実際はその回が休止になるということも確認していなかった)。BS2での放送の最後に、総合テレビでの次回予告が、すでに放送日を過ぎていてもそのまま放送される(2008年7月29日からようやく、おことわりのテロップが入るようになった)。番組ホームページにも2007年からBS2での放送日時が明記されるようになったが、再び放送休止が増えてきたため、「BS2で不定期に再放送」という表現に変わった。2007年9月から11月まで一度も放送されず、2008年度は6月、7月、10月、11月に1回ずつしか放送されていない。放送される予定になっていても国会中継で急遽中止されることがたびたびある。

海外でも、NHKワールド・プレミアム火曜日22:45-23:28(日本標準時)、テレビジャパンでは水曜日21:00-21:43(アメリカ東部時間)に放送されている。

番組内容

「家族をテーマにして」鶴瓶がゲストと共にいずれかの地を旅人として訪れ、そこで撮影したビデオ映像を東京のスタジオに戻って放送するという構成である。スタジオの鶴瓶たちが画面だけでは伝えられなかった細かいエピソードを折り込む。司会小野文恵アナウンサーナレーション久米明

土曜特集の枠では毎月1回でゲストがやって来たが、2005年4月からの定時番組編成からは放送時間が短くなった分、1つの旅を2週間に分けたシリーズで(つまり2回に分けて)紹介している。

地元の人々と触れ合いながら旅していく番組で、初めに鶴瓶とゲストは一緒に行動を共にするのだが、後に2人(2組)はそれぞれ別々に行動する。制作側はどこの町に行くかだけを決め、現地では両人に自由に動いてもらう。このため収録チームも両人に一組ずつ付く。該当の自治体の役場にのみ事前に連絡してあるが、住民には一切漏らさないようにクギを刺している。スタッフは、情報が漏れないようにするために、局内の黒板にもどこに出張するか書かないようにしているという。

鶴瓶は「全部台本がある」とか「全部仕込みですからね」という冗談を言って、それが番組内でまったく訂正されなかったことがある。これは、ヤラセが一切ないという自信の表れであろう。しかし2006年11月6日13日に出演の鳥越俊太郎は同年11月1日の「スタジオパークからこんにちは」で、「NHKだからひょっとしたら全部仕込んでるんじゃないかと思って疑ってたんですよ」と言った。出演前にそう考えているゲストはよくいるが、普通は収録が終わるとそうではなかったと納得する。しかし鳥越は「でも、ちょっとまだ残ってる。ひょっとしたらあれは偶然じゃないんじゃないかとかね」と言い、否定する司会者に「有働さん、ウソついてない? 目、泳いでない?」と追及していた。

「さだ&鶴瓶」時代の1、2回目は、途中で出会った人を一堂に集めて最後にさだが歌を披露するというものだったが、3回目で都合により、現地でさだと鶴瓶が一度も出会えず、結果的にこれが現在のフォーマットにつながったと考えられる(なお、「家族に乾杯」時代も2003年5月3日のさだの出演回で、全員を集めてコンサートという企画が行われたことがあり、『関白宣言』を聞いた小野アナはスタジオで泣いた。また、1998年7月18日の放送では、竹富島中の人を集めて山本譲二がコンサートをするという企画があった)。

一方、NHKの番組ではあまり例のない、民放のバラエティ番組なみに過剰なテロップ演出を乱発しているのも事実である。

75分時代の前期には、メインのVTRの他に、現地の人にアンケートのように取材したVTRを流すコーナーがはさまれていた。またゲストが今回の旅と関係ない思い出を語ったり、視聴者からの手紙を紹介するコーナーもあった。視聴者からは川柳も募集しており、後述のように小野アナ自身が下ネタ系の川柳を毎回のように発表していた。

小野アナのコスプレ

この番組では訪ねる自治体を紹介するVTRを後日収録するが、土曜特集時代の後期から2006年前半あたりまで、小野アナ自身が収録に参加することが多かった。そのとき、NHKの女性アナウンサーとは思えないコスプレを見せる(2001年3月9日の「スタジオパークからこんにちは」の「アナウンサーにQ」では、小野アナを語るキーワードとして「コスプレ」と書かれていた。これは家族に乾杯だけでなく「ためしてガッテン」でも、カエル相撲コントで着る肉じゅばんなどさまざまなぬいぐるみを着せられて、体重により足にかかる負担の実験をするといったコスプレをしていたからである)。以下に例を示す。


特に注目されるのは、2000年11月25日京都府亀岡市の回である。同市の湯の花温泉を紹介するのに、湯船の横で浴衣を着た小野アナの後ろ姿が映り、それを脱ぐ(画面には、服を着ていない肩から上の小野アナが映っている)。次のカットでは、小野アナの足下が映り、そこに脱いだ浴衣が落ちる。そして湯船に入る足が映るというものである。このときバックには、この日のゲストである加藤茶が「ちょっとだけよ」というギャグをやるときにかかる曲『タブー』が流れる。つまり、NHK女性アナウンサーが裸になったということを視聴者に想像させているのである(VTRでは次のカットは温泉につかっているおじいさんになり、VTR後、小野アナは「期待しました?」と言った。これに対して鶴瓶は「あのおじいさんの方がよかったわ!」と返す)。ちなみに小野アナは「ためしてガッテン」でも、乳癌マンモグラフィー検診を受けるために部屋に入るところで、「ここからは撮影禁止」というナレーションの後、扉を開けて顔を出して「だめですよー」と言い、わざわざ胸を出すことを想像させた。普通、NHK女性アナウンサーという立場でこのようなことをし続ければ視聴者からの抗議が殺到すると思われるが、これが許されてしまうというNHK史上、他にいないであろうキャラクターが小野アナの人気を支えている。

コスプレではないが、1999年2月20日山口県田万川町の回では、小野アナが山口放送局時代の失敗談を延々と話し(高校野球中継で「ピッチャー振りかぶって上手投げ」とか「打った! センターバック! キャッチャーフライです」と言うなど)、鶴瓶が「誰や! 小野文恵を東京に呼んだの」と言った。また、75分時代には小野アナが「温泉の あぶくじゃないよ おならだよ」といった下ネタ系の川柳を毎回発表していた。

出演ゲストと旅の目的地

放送日 後編 ゲスト 訪問地 備考

1995年

8月16日   さだまさし 岐阜県谷汲村(現 揖斐川町 最初の3回は「さだ&鶴瓶のぶっつけ本番ふたり旅」
11月23日   さだまさし 三重県美杉村(現 津市

1996年

2月22日   さだまさし 熊本県湯前町
9月16日   内海好江
大島智子
岡山県牛窓町(現 瀬戸内市 この回のみ「鶴瓶のにっぽん家族に乾杯」
11月30日に再放送

1997年

ここから鶴瓶の家族に乾杯
3月1日   前川清 鹿児島県西之表市種子島 月1回のレギュラー化前だが土曜特集枠
4月26日   さだまさし 広島県上下町(現 府中市
5月31日   近藤真彦 沖縄県平良市(現 宮古島市
6月21日   河島英五 山形県大江町
7月26日   前川清 北海道ふるさと銀河線沿線(現在は廃線
8月30日   さだまさし 長野県木曽福島町(現 木曽町
9月27日   近藤真彦 静岡県相良町(現 牧之原市
11月22日   西郷輝彦 福岡県北九州市八幡西区
12月27日   三宅裕司 徳島県池田町(現 三好市 年末スペシャル。12月29日に再放送

1998年

2月7日   宮本和知 千葉県勝浦市 2006年8月の放送で、このときの放送日を「1月」と誤る
3月21日   さだまさし 奈良県明日香村 たまたま、元NHKアナウンサーの家を訪ねる
4月18日   坂上二郎 富山県黒部市 75分に拡大され、この回からスタジオ司会が登場(酒井ゆきえ)
5月23日   九重親方 岡山県勝山町(現 真庭市 スタジオ司会は伊東アナ
6月20日   宇崎竜童 東京都福生市 この回から小野アナがレギュラーになる
7月18日   山本譲二 沖縄県竹富町 視聴者から川柳の募集が始まり、小野アナが次第に下ネタの例題を発表するようになる
9月26日   つんく 愛媛県伊予三島市(現 四国中央市
11月21日   加藤茶 青森県脇野沢村(現 むつ市
12月12日   掛布雅之 京都府峰山町(現 京丹後市 小野アナがレギュラー入り後唯一の休み(代理は島津アナ)

1999年

2月20日   山下真司 山口県田万川町(現 萩市
3月20日   五木ひろし 埼玉県小川町 45分番組に戻る
4月17日   間寛平 北海道倶知安町
5月15日   高嶋政宏 徳島県日和佐町(現 美波町
6月19日   松岡修造 鳥取県福部村(現 鳥取市
7月17日   坂本冬美 福島県会津坂下町
9月18日   加藤茶 長崎県島原市
11月6日   千代大海 北海道福島町
11月27日   八代亜紀 長野県穂高町(現 安曇野市

2000年

1月15日   長嶋一茂 群馬県六合村
2月19日   伊東四朗 大阪府大阪市大正区
3月18日   さだまさし 愛知県鳳来町(現 新城市
4月15日   天童よしみ 群馬県大胡町(現 前橋市 再び75分番組に
7月8日   舞の海 長崎県厳原町(現 対馬市
7月29日   グッチ裕三 青森県小泊村(現 中泊町
10月7日   武田鉄矢 佐賀県肥前町(現 唐津市
10月21日   大林素子 山梨県山梨市
11月25日   加藤茶 京都府亀岡市 小野アナ入浴シーンが週刊誌などでも話題に

2001年

3月31日   片岡鶴太郎 愛媛県保内町(現 八幡浜市
6月9日   間寛平 宮崎県南郷町
7月21日   天童よしみ 秋田県象潟町(現 にかほ市
9月8日   山田邦子 千葉県富津市
9月29日   渡辺徹 大分県杵築市 たまたま、現地に住む南こうせつに会う
11月24日   えなりかずき 高知県中土佐町

2002年

1月12日   桃井かおり 沖縄県玉城村(現 南城市
3月23日   竹中直人 三重県上野市(現 伊賀市
5月4日   村井国夫 島根県美保関町(現 松江市
6月22日   畑山隆則 富山県魚津市
7月27日   キャイ~ン 鹿児島県桜島町(現 鹿児島市
8月31日   中澤裕子 北海道小樽市
10月12日   西城秀樹 岩手県東和町(現 花巻市
12月7日   浅井慎平 東京都檜原村

2003年

1月25日   小倉久寛 熊本県三角町(現 宇城市
2月22日   大竹しのぶ 茨城県山方町(現 常陸大宮市
5月3日   さだまさし 山形県高畠町
5月31日   藤村俊二 和歌山県すさみ町
6月28日   阿川佐和子 愛媛県大島吉海町宮窪町)(現 今治市
7月26日   布施明 北海道厚岸町
9月27日   槙原寛己 宮崎県綾町
10月25日   橋田壽賀子 長野県川上村
11月22日   国仲涼子 秋田県男鹿市

2004年

1月31日   中村勘九郎 沖縄県与那城町(現 うるま市
2月28日   錣山親方 福島県相馬市
4月24日   大林素子 広島県安芸津町(現 東広島市
5月15日   片岡鶴太郎 熊本県小国町
6月26日   研ナオコ 鹿児島県笠利町(現 奄美市
8月11日   えなりかずき
間寛平
宮本和知
千葉県勝浦市
高知県中土佐町
宮崎県南郷町
夏休みスペシャル再会編[1]水曜日に放送)
9月25日   中村獅童 兵庫県出石町(現 豊岡市
11月27日   伊達公子 山形県遊佐町 新潟県中越地震のため10月23日から変更
12月25日   柴田理恵 山口県長門市

2005年

1月8日   佐藤B作 大分県津久見市
2月12日   舞の海 鳥取県琴浦町
4月1日 8日 岩崎恭子 滋賀県甲賀市信楽町 ここからレギュラー放送
北海道地方は同日
4月15日 22日 糸井重里 徳島県上勝町
5月6日 13日 ベッキー 兵庫県明石市 北海道地方は同日
5月20日 27日 前川清 広島県大崎上島町
6月3日 17日 磯野貴理子 青森県岩木町(現 弘前市
7月1日 8日 KABA.ちゃん 宮崎県高千穂町
7月15日 22日 堀ちえみ 鹿児島県鹿児島市の旧喜入町地区
7月29日 8月5日 宇梶剛士 茨城県茨城町
8月26日 9月2日 志村けん 秋田県湯沢市雄勝地区
9月9日 16日 いしだあゆみ 新潟県山北町(現 村上市
9月23日 30日 宮本亜門 和歌山県田辺市本宮町
10月7日 14日 前川清 長崎県五島市
10月21日 28日 清水ミチコ 岩手県雫石町 たまたま訪ねたのが岩手めんこいテレビの社員の家で取材できない
11月4日 11日 青木功 北海道白糠町 北海道地方は同日
11月18日 25日 麻木久仁子