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鹿児島テレビ放送 とは?

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鹿児島テレビ放送株式会社(かごしまテレビ)は、鹿児島県放送対象地域としたフジテレビ系列テレビ局。略称はKTS(以下、放送局名は略称表記とする)。マスコットキャラクターに『ぽよ』を採用している。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


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ウィキペディア(Wikipedia)記事


鹿児島テレビ放送のデータ
英名 Kagoshima Television
Station Co.,Ltd.
放送対象地域 鹿児島県
ニュース系列 FNN
番組供給系列 FNS
略称 KTS
愛称 KTS
呼出符号 JOKH-(D)TV
呼出名称 かごしまテレビ(デジタルテレビジョン)
開局日 1969年4月1日
本社 890-8666 鹿児島県
鹿児島市紫原6丁目15-8
演奏所 本社と同じ
アナログ親局 鹿児島 38ch
ガイドチャンネル 38ch
リモコンキーID 8
デジタル親局 鹿児島 42ch
主なアナログ中継局
主なデジタル中継局
  • 阿久根(紫尾山)21ch(垂直偏波)
    鹿屋 47ch
    蒲生 47ch
    枕崎(蔵多山) 37ch
    大口 41ch
    串木野 21ch
    南種子 18ch
    名瀬 18ch
    中之島 38ch
    頴娃 35ch
公式サイト 公式サイト

特記事項:
鹿児島放送が開局するまではANN
鹿児島讀賣テレビが開局するまではNNN系列にも属していた。

2006年12月1日に地上デジタル放送を開始。
  

鹿児島テレビ放送株式会社(かごしまテレビ)は、鹿児島県放送対象地域としたフジテレビ系列テレビ局。略称はKTS(以下、放送局名は略称表記とする)。マスコットキャラクターに『ぽよ』を採用している。

目次

概要

1969年4月1日、鹿児島の民放テレビとして2番目に開局。1982年に鹿児島放送 (KKB) が開局するまではANNと、1994年に鹿児島読売テレビ (KYT) が開局する前まではNNNとのクロスネット局だった。南日本新聞との資本関係は南日本放送 (MBC) よりもこちらの方が高い。

2009年の開局40周年に先駆けて、2008年からキャッチフレーズとして「応援チャンネル」を使用している。主な自社制作番組枠として平日18時台(日本標準時、以下同様)のニュース番組(現在は『KTSスーパーニュース』)や金曜14時台の情報番組(『情報WIDE つぼチャンネル』)、1990年に開始した土曜日18時30分からの情報番組(『ナマ・イキVOICE』)などがある。

関連企業として鹿児島市を対象とするコミュニティ放送局『鹿児島シティエフエム』(フレンズFM)があり、同局ではKTSアナウンサーの出演する番組やKTSニュースが放送されている。提携により本社テレビ塔からは自社の放送そのもの(アナログ38ch・デジタル42ch)だけではなく、KYTの放送(アナログ30ch・デジタル29ch)と フレンズFM (76.2MHz) も発信しており、基幹送信所以外の中継局もKYT(中継局によってはMBC、KKB、NHKも)と共同使用しているところが多い。

隣接の宮崎県にはフジテレビ系列の単独ネット局がない(テレビ宮崎FNNFNSを中心に、NNN、ANNの3者クロスネット局)ため、宮崎県南西部の一部地域では、末吉中継局(主に都城市)や吉松中継局(主にえびの市)、鹿屋中継局(主に串間市三股町)を受信して、リアルタイムでフジテレビ系列の放送を楽しむ人も少なくない。

データ

鹿児島テレビ放送

沿革

1958年3月、鹿児島県議会議長の大坪静夫は鹿児島県内の民放テレビ局の複数化を検討した。翌1959年に福岡県内に3局目のテレビ局(九州朝日放送)が開局することで鹿児島県全体の気運も盛り上がっていき、1961年には「鹿児島県開発促進協議会」が設置され、最重要施策として「鹿児島県第2の民間テレビ局の設置」が挙げられた。1963年3月には『鹿児島放送株式会社』(仮称)として申請書を提出した。同年内にチャンネルプランが修正されたことにより、現実的に開局が可能な情勢となった[1]

ところが、1967年までに7社が免許を申請。調整を重ねた結果、1968年10月3日に7社の代表が発起人となり免許申請書の一部訂正願書を提出(免許申請書自体は同年3月20日に提出)し、同年11月11日に「郵政536号」により予備免許が交付された。この時点で「フジテレビ・日本テレビテレビ朝日3系列のクロスネット」、「夕方のニュースはテレビ朝日(当時はNETテレビ)」と決定された[2]。1969年2月には試験電波を発射し3月にはサービス放送を、4月1日に本放送を開始した。

開局当初は錦江湾一帯のみの放送であったため、「錦江湾テレビ」と揶揄されていた[3]中継局の整備が急務とされたKTSは同年12月には初の中継局(串木野中継局)を設置し、1971年までに本土の主要中継局を整備した。離島方面へは1974年の南種子中継局から整備を進め、1977年1月には奄美地方の基幹中継局となる名瀬中継局が開局。与論島までにも1979年度中に整備された。

年表

  • 1967年10月13日 - 社名を「鹿児島テレビ放送」と決定。
  • 1967年11月1日 - テレビ放送の予備免許交付。
  • 1968年3月12日 - 鹿児島テレビ放送株式会社設立。
  • 1969年1月31日 - 試験電波発射。
  • 1969年3月1日 - サービス放送を開始。
  • 1969年3月29日 - 現社屋の竣工・開局式(登記上の社屋移転は前日)。
  • 1969年4月1日 - 8時30分[4]日本標準時、以下同様)に本放送開始(開局)。同時にカラー放送開始。
第1声は8時57分。8時58分から天気予報を放送し9時から『小川宏ショー』を放送した。
送信所は先発局と同様に城山に設置の予定であったが、用地の取得が不可能となったため現在地の紫原となった。この変更に伴い演奏所(スタジオ)も現在地に変更されている。
  • 1969年12月6日 - 串木野中継局(KTS初の中継局)が開局。
  • 1970年3月7日 - 阿久根中継局が開局。
  • 1970年3月28日 - 枕崎中継局蒲生中継局が開局。
  • 1970年4月16日 - 鹿屋中継局が開局。
  • 1971年4月7日 - 志布志中継局が開局[5]
  • 1971年4月10日 - 大隅中継局末吉中継局が開局。
  • 1972年9月21日 - 自社番組がカラー化。
  • 1973年10月 - 全日放送開始[6]
  • 1974年6月20日 - 南種子中継局が開局[7]
  • 1975年3月31日 - 腸捻転解消により、大阪発の番組が毎日放送 (MBS)制作から朝日放送 (ABC) 制作に変更。これにより、MBS制作番組が姿を消した。ただし、テレビ朝日系に変更されたABC制作番組の一部は鹿児島放送開局までの間、KTSとMBCで並行して放送された番組もあった。
  • 1977年1月28日 - 奄美大島での放送開始(放送技術の向上と奄美群島振興開発事業の非公共事業として国が整備を支援したことにより名瀬中継局完成)。
  • 1979年4月1日 - 現在のロゴマークを制定。
  • 1982年10月1日 - テレビ朝日系列の鹿児島放送の開局に伴い、フジテレビと日本テレビのクロスネット局になる。この際、それまで放送していたテレビ朝日系の番組枠の多くが日本テレビ系(一部はフジテレビ系)に切り替わったほか、南日本放送で放送していた日本テレビ系の番組の大部分が移行した。
  • 1994年4月1日 - 日本テレビ系列の鹿児島讀賣テレビの開局に伴い、フジテレビの単独ネット局になる。
  • 1997年10月1日 - 関連企業となるコミュニティFM鹿児島シティエフエムが開局。
  • 2006年3月6日 - 主調整室(マスター)を地上デジタル放送に対応したものへ更新。
  • 2006年11月5日 - 地上デジタル放送のサービス放送を開始。
  • 2006年12月1日 - 地上デジタル放送とワンセグの本放送を開始。
  • 2007年10月1日 - 地上デジタル放送の鹿屋・阿久根・枕崎・蒲生中継局が開局。
  • 2008年4月14日 - 地上デジタル放送の南種子中継局が開局(離島部初)。
  • 2008年8月1日 - 地上デジタル放送の名瀬中継局(奄美大島)が開局。

ネット比率

ここでは『鹿児島テレビ10年史』に記載されているネット比率を掲載する。

  • 開局時 - プライムタイム(19時から23時)で日本テレビ36.8%、フジテレビ31.6%、テレビ朝日31.6%[8]
  • 1972年4月時点 - 夜間帯のネット比率がフジテレビ33.3%、テレビ朝日31.6%、日本テレビ22.8%、KTS12.3%[9]
  • 1977年4月時点 - プライムタイムでフジテレビ31%、日本テレビ29%、テレビ朝日28%、KTS12%[10]
  • 1979年時点 - フジテレビ42.6%、日本テレビ27.8%、テレビ朝日18.2%[11]

資本構成

鹿児島テレビ放送本社テレビ塔

主な番組

自社番組

他系列番組

テレビ東京

木曜深夜アニメ

KTSが独自に置いている深夜のアニメ枠。地元書店(ひょうたん書店)がスポンサーとなった事で実現した。

過去の番組

いずれも木曜26:10 - 26:40枠内

KTSではなく他局で放送されているフジテレビ系の番組

過去の主な番組

過去に放送された他系列番組

KKB開局まで放送されていたテレビ朝日系の番組
秘密戦隊ゴレンジャー - 太陽戦隊サンバルカン

他多数

KYT開局まで放送されていた日本テレビ系の番組
コント55号の裏番組をぶっとばせ!→(中略)→天才・たけしの元気が出るテレビ!!
俺たちの勲章→(中略)→クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!
太陽にほえろ!(1981年4月~終了、MBCからのネット移行)→ジャングルシリーズ→もっとあぶない刑事刑事貴族シリーズ→はだかの刑事もうひとつのJリーグザ・ワイドショー

他多数

KYT開局までMBCで放送されていたフジテレビ系列の番組
過去に放送されていたテレビ東京系の番組
姫ちゃんのリボン赤ずきんチャチャナースエンジェルりりかSOSこどものおもちゃ

番組出演者

アナウンサー

男性

女性

レポーター(KTSタレント)

先発のMBC同様、KTSも専属タレントを抱えている。

  • タマリ
  • 桐原まどか
  • 武田みどり
  • 松尾香織
  • 春山たかよ
  • みえかおり

かつて在籍したアナウンサー

男性
女性

補足

  • 現在の名物アナは、2007年春まで『めざましテレビ』でおなじみだった、小軽部こと坪内一樹。フジテレビの軽部真一アナにキャラがそっくりなことから、軽部アナの夏休み中にピンチヒッターとして、蝶ネクタイ着用で出演することもあった(KTS向けの同番組のCMのも出演、詳しくは坪内一樹の項を参照)。
  • NNNとのクロスネット時代に名物アナだった崎島誠は、『ズームイン!!朝!』の鹿児島キャスター担当当時、年中常に半袖着用(出張で冬の北海道からの中継があったときも)で出演していたため、視聴者から『崎島さんに何か着せてください』の要望があり、その後長袖も着用するようになったとか。
  • 1975年、大阪毎日放送朝日放送のネットチェンジに伴い、南日本放送との間で番組の幾つかを交換。
  • ANNを脱退した1982年10月~1994年3月の間(フジテレビと日本テレビのクロスネット時代)は、日本テレビ系列の番組が優先的に結ばれていた。通常フジテレビ系の水曜19:30~のアニメ(「うる星やつら」、「めぞん一刻」)は30分前倒しして放送していた。(当時の編成はKTNテレビ長崎も同じ内容であった。)
    • 1988年ごろのゴールデン・プライムタイムの編成は、火・木がフジテレビ、水・金が日本テレビ、土・日・月は前半が日本テレビ、後半がフジテレビと、ほぼ日本テレビとフジテレビが半々に振り分けられており(ただし、月曜19:00はフジテレビ遅れネット、火曜22:00は日本テレビ土曜ドラマの遅れネット)、土・日を除くとKTNとほとんど同じであった。なお全日では日本テレビの方が若干フジテレビを上回っていた。
  • 上述のように、トリプルクロス時代はネットを結んでいた3系列をほぼ均等になるように編成していた。その関係でゴールデン・プライムタイムが単一のネットとなっていた日は一日も無かったばかりか、3系列をすべて受けていた日もあったほどで(例えばKKB開局を1年後に控えた1981年10月改編時の水曜日は、19:00~19:30がフジテレビ(うる星やつらを30分早く放送)、19:30~21:00が日本テレビ(同時ネット)、21:00~23:00がテレビ朝日(同時ネット)という具合だった)、いかに当時のKTSが編成に苦慮していたかがうかがえる。
  • 鹿児島読売テレビ開局の際、「読売新聞所有のKTS株と関西テレビ所有の福岡放送株とが交換される」という噂が流れたため、系列関係にない局の株の所有について波紋を広げた。
  • 1996年のFNSの日で開かれた第1回全国フリースロー選手権大会で全国&完全優勝。2005年のFNSの日で開かれたサラリーマンドッジボールでは、鹿児島テレビの社員がボールを顔面に受けてしまうアクシデントが発生した。
  • 時刻出しを忘れることが多く、平日と日曜日の朝7時に放送されている番組の次番組では時刻が出ないことがある。また、ニュース速報後も時刻を出し忘れることが多々ある(土曜日のにじいろジーンの放送中は時刻が全く出ない)。また、平日の放送終了直前の「ぽよ☆DANCING」「今日のお天気」にはほぼ毎回時刻が出るが、終了後の天気フィラーには出ている日と出ていない日があり不安定。
  • 鹿児島県出身のタレントはしのえみが10歳(小学校4年生)の頃、KTSののど自慢番組に出場したことがある(曲目は松田聖子の『Rock'n Rouge』。その後、はしのが出演したバラエティー番組で数回ほど映像が使用されている)。
  • 映画「LIMIT OF LOVE 海猿」に舞台となる大規模海難の地元放送局として作中に登場しており、また、実際のロケへの協力、またFNSとして制作社としても名を連ねている。
  • 2007年10月1日より、めざましテレビが5:25スタートとなった。
  • 開局40周年記念特別番組『南洲翁異聞〜おいどんは、丸腰・平和使節で韓国へ行く〜』は2008年2月18日深夜(19日未明)に関東地区フジテレビ)でも放送された。

オープニング・クロージング

KTSのEPGでは局名告知のことを「オープニング」「クロージング」と表現している。オープニングは30秒、クロージングは45秒。毎年元日には専用のアナウンスで放送を開始する。

アナログ放送

オープニングは鹿児島県内の祭事の映像を、クロージングでは花を映している。前の花を差し替えたものもある。オープニングの現在のナレーションは坂口果津奈アナ。

デジタル放送

2006年11月5日のサービス放送開始時より使用されている。BGMとして荒井由実の楽曲『やさしさに包まれたなら』のピアノ版が流される。オープニングはクロージングの短縮版となる。文字表示は「Kagoshima Television Station JOKH-DTV 鹿児島テレビ デジタルテレビジョン」→「周波数 UHF42ch」→「送信出力 1kW」→「JOKH-DTV 鹿児島テレビ放送 デジタルテレビジョン」の順に表記される。

セイカ劇場

セイカ食品は「セイカ劇場」として30秒のコマーシャルをKTSにおいて日曜日に1回放送している。放送枠は2003年の開始時にはこちら葛飾区亀有公園前派出所、2005年から2006年9月まではワンピース、2006年10月から現在はサザエさんで、いずれもカウキャッチャーとなっている(サザエさんは日清食品の前枠)。

コマーシャルの内容はセイカ食品の商品(白くまボンタンアメ兵六餅)にまつわる出来事や故事をアニメーションと語りで伝えるもの。最後に次番組の案内を行う(特別番組などでは「このあともKTS」となる)。

その他の鹿児島県の県域放送局

脚注

  1. ^ 『鹿児島テレビ10年史』2,3頁。
  2. ^ 『鹿児島テレビ10年史』4,5頁。
  3. ^ 『鹿児島テレビ10年史』223頁。
  4. ^ 『鹿児島テレビ10年史』23頁。
  5. ^ 『鹿児島テレビ10年史』27頁。「大隅」「末吉」も同様。
  6. ^ 『鹿児島テレビ10年史』54頁。
  7. ^ 『鹿児島テレビ10年史』28頁、216頁。
  8. ^ 『鹿児島テレビ10年史』48頁。
  9. ^ 『鹿児島テレビ10年史』52頁。
  10. ^ 『鹿児島テレビ10年史』56頁。
  11. ^鹿児島テレビ放送10年史』に寄せられたフジテレビ社長あいさつより(259頁)。

参考文献

  • 『鹿児島テレビ10年史』 鹿児島テレビ放送、1980年5月。

外部リンク