黒竜江省 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋黒竜江省(こくりゅうこう-しょう、ヘイロンチャンシェン、拼音: Hēilóngjiāng Shěng)は中華人民共和国の行政区分の一つで、省都はハルビン市(哈爾浜、ハルピン)。吉林省の北、内モンゴル自治区の東に位置する。北部は黒竜江をはさんでロシアと国境を接している。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 関連商品
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| 黒龍江省 黑龙江省 |
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| 略称: 黑 (拼音: Hēi) | |
| 省会 | ハルビン市 |
| 最大都市 | ハルビン市 |
| 省委書記 | 吉炳軒(前中国共産党中央宣伝部常務副部長) |
| 省長 | 栗戦書(前黒龍江省副省長、元西安市委書記) |
| 面積 | 460,000 km² (6位) |
| 人口 (2004年) - 人口密度 |
38,170,000 (16位) 83/km² (26位) |
| 域内総生産 (2005年) - 一人あたり |
5510.00億元 (14位) 14458.15元 (10位) |
| 人間開発指数 (2005年) | 0.786 (中) (8位) |
| 民族 | 漢民族 - 95% 満州族 - 3% 朝鮮族 - 1% モンゴル族 - 0.4% 回族 - 0.3% |
| 地級行政区 | 13 |
| 県級行政区 | 128 |
| 郷級行政区 | 1284 |
| ISO 3166-2 | CN-23 |
| 公式サイト http://www.hlj.gov.cn/ |
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黒竜江省(こくりゅうこう-しょう、ヘイロンチャンシェン、拼音: Hēilóngjiāng Shěng)は中華人民共和国の行政区分の一つで、省都はハルビン市(哈爾浜、ハルピン)。吉林省の北、内モンゴル自治区の東に位置する。北部は黒竜江をはさんでロシアと国境を接している。
目次 |
北はアムール川(黒竜江)を隔ててロシア連邦極東連邦管区のハバロフスク地方、アムール州、ユダヤ自治州と接し、東はウスリー川を隔ててロシア極東連邦管区の沿海地方と接する。南は中国の吉林省、西は内モンゴル自治区のホロンバイル市と接す。
人口の90%超が漢族でその他に満州族、モンゴル族、朝鮮族などが住む。
中国の重要な食糧生産基地のひとつでもあり、非常に良質な黒豆(黒大豆)、大納言、小豆が栽培されている。
先秦時期には、粛慎(勿吉)、穢狛(濊貊)、東胡の三大民族系統の先住民がおり、粛慎は漢代には挹娄、魏晋には勿吉、隋唐には靺鞨、金代には女真と称し、清代になって満洲の名が起こった。
黒竜江地区に最初に樹立された地方政権は穢狛系の扶余国で、後に高句麗が分かれた。唐には渤海が起こり、また北方には室韋都督府、黒水靺鞨都督府が置かれた。
契丹は渤海を滅ぼした後、東丹国を樹立した。金王朝は会寧府(今のハルビン阿城区白城)に建都し、後に燕京(北京付近)に遷都した。元代には開元路、水達達路が置かれて遼陽行省に属した。明代には奴児干都指揮使司が置かれて女真族を間接支配し、清初には寧古塔昂邦章京が置かれ、後に吉林に移り、吉林将軍と改称した。さらに黒竜江将軍が増設され、黒竜江流域の広大な地区を管轄した。
1680年代に清朝はロシア帝国とネルチンスク条約を結び、ロシアとの国境を画定したが、1858年のアイグン条約と1860年の中露北京条約により黒竜江以北、ウスリー川以東の領土を失った。20世紀初めまでに漢族が大量に移住し、1907年に黒竜江省が新設されるとチチハルに省会(省都)が置かれた。新中国成立後、省会は1954年にハルビンに移った。新中国では大慶油田が開発され、全国最大の生産を誇ったが、近年生産量は急激に低下した。
12地級市と1地区が設けられている。
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