
本書は年代順に論文が並べられているので、1巻から読んでいくと、フロイトが考え
てきた軌跡をたどっていけるようになっています。けど、全23巻も読むのは大変です
けどね。もっというと、読むだけでも大変な量を、ずっと書き続けてきたフロイトはも
っとすごいですね。
ただ、訳者・編集委員はほとんど哲学畑の人たちで、臨床的な観点からというよりも
、思想的な観点からの訳されているのかなと心配です。その点で、フロイトの事例研究
(ドラ、狼男、ねずみ男、ハンス少年、シュレーバー)などはどうなっているのかなと
思います。
あと、ざっと論文名に目を通しましたけど、以前の単語レベルで以前の訳と違うので
、こちらに慣れるのが大変そうです。例えば、著作集では「ある幻想の未来へ」となっ
ているのが、この全集では「ある錯覚の未来」となっています。新しいほうがフロイト
のニュアンスに忠実であろうとしているのかもしれないから、こっちに慣れていったほ
うが良いのかなと思いますが、はじめは戸惑うかもしれません。
しかし、フロイトの時代の精神分析から得られた知識や理論というのは今では否定さ
れたり、修正されたりしているものがほとんどです。それなのに、なぜまた、ここでフ
ロイトの論文や著作を読むことにどういう意味があるのか?と思います。フロイトの著
作を読むことは単に知識を入れるとか、技法を真似するとかというのではありません。
フロイトの著作を通して、フロイトと触れ、問答し、今の自分の考えを整理したりして
いくことができます。いわばフロイトという鏡を通して、自分自身や自分の臨床を振り
返るのです。
フロイトもどこかで「私が得た理論や知識をそのまま崇拝するのではなく、精神分析と
いうやり方を通して、自分の理論や知識を発見していきなさい。」というような事柄を
述べています。
(ピュアリー さんのレビュー)

1990年のチャイコフスキー・コンクールで優勝し、以後意欲的な録音活動を継続しているボリス・ベレゾフスキー(Boris Berezovsky)の注目の録音。今回はヒンデミット。
収録曲はルードゥス・トナリスと組曲「1922」。Ludus tonalisとはラテン語で「音の遊び(音のゲーム)」を意味する。ヒンデミットは後期ロマン派の音楽における執拗な「意味づけ」に対抗し、純粋に音楽理論と向き合うことで作曲活動を行った。「新即物主義」と形容されることもある。これらの楽曲を聴くとその意図はわかる気がする。組曲「1922」はその名の通り
1922年(作曲者27歳)の時の作品で、感情や思想を伴わない、純粋な「美しい響き」のみをひたすら突き詰めたような作品。「ピアノを打楽器のように扱え」という作曲者の指示がある。ベレゾフスキーの力強い和音は存分にこの曲の達成したものを表現していると感じられる。一つの典型的ヒンデミットの姿がある。
ルードゥス・トナリスは1943年の作品。これはバッハの平均律に始まる作品群に属していて、12の全音階の音をそれぞれ基音とするフーガと、それをつなぐ間奏曲(フーガの前奏部と後奏部を含む)からなる大規模な作品。フーガを得意としたヒンデミットが様々な対位法に取り組んだ学究的な思惑が明白な作品。ベレゾフスキーはこの代数的な作品を鮮明に弾いてその全貌を明らかにしている。
(ニゴチュウ さんのレビュー)