
音楽的にも、ソロイストとしても変貌を重ね、とんでもない高い峰に登りつめたマイルスだが、楽器を鳴らすという意味においてもこの時点でおそらくピークにたどり着いたのではないだろうか。ディジー・ガレスピーの速さとハイノート、ファッツ・ナバロの豊かな音色とバランスのとれたフレーズ、クリフォード・ブラウンの火を噴くようなテンションとメロディアスなアドリブ。50年代のマイルスはこの3人に、演奏者としての資質の多くが劣っていたといえよう。ただひとつ勝ったのは、音楽を創造する力と新しさにおけるあくなき欲望であった。しかし60年代に入ってからのフリーブローイングには、テクニックにおいても、アドリブのすさまじさにおいても、時代の水準を超えたソロイストぶりがうかがえ、前出の3人の天才に引けを取らないトランペッターとなったのである。このアルバムは、マイ・ファニー・バレンタインと同じ日のコンサートでの非バラード編である。すなわち、ハイテンションでバリバリ吹きまくるインプロバイザー、マイルスの最高の姿が録音されているのだ。ソー・ホワット、ウォーキン、フォアなどは50年代とまったく異なったアプローチでハードなマイルスの魅力を引き立てている。ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウイリアムスという若手のリズム・セクションの秀逸さが光る。
(菅章 さんのレビュー)

60年代前半のフリー・ブローイング時代は、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウイリアムスというすばらしいリズム・セクションに恵まれ、思いっきりライブでトランペッターとしての実力を発揮できた。おそらく楽器奏者としてのマイルスにとって、この時代が絶頂期だといえるのではないだろうか。そんな中でマイ・ファニー・ヴァレンタイン、ステラ・バイ・スターライト、アイ・ソート・アバウト・ユーといったスタンダード・スロー・バラードがまとめられたこのアルバムは50年代の静的リリシズムとは一味違ったセンチメンタリズムの総決算のような演奏である。65年を最後にスタンダードから離別したマイルスにとってこの演奏は甘く、切なく、美しいジャズへの最後の別れを惜しむかのごとく入れ込んでいる。個人的にはステラ・バイ・スターライトが最も愛着の持てるトラックだ。ジョージ・コールマンのソロやハンコックのドライブ感あふれるピアノもすばらしいが、やはりマイルスの後半のテーマ解釈は美のレッドゾーンの極致の領域に踏み込んだ事を自覚して、自らそこから身を引いたのではないかと思わせるほど美しい。過剰なセンチメンタリズムが危険であることを知っていたマイルスは、この後ウエイン・ショーターとともにあらたなハード・ボイルドな神秘的モード・ジャズへと突き進むのだ。
(菅章 さんのレビュー)