
僕が斉藤和義を聴く理由。それは単純に斉藤和義が好きだから。
好きなミュージシャンは数あれど、ここまで好きな理由がシンプルな人はいない。ほんと、単純に、ギブソンかき鳴らす姿や、歌っている姿、耳に密着するような声が好きなんです。
もともと、斉藤和義の歌には、「難しさ」が一切存在しない。いや、奥をつつけば難しい意味づけとか、やっかいな屈折がたくさん出てくるんだろうけど、そもそも歌なんてそんなことして聴くもんじゃない。何のために、言葉をメロディに乗っけているんだ。
斉藤は、『歌うたいのバラッド』で、「歌うことは難しいことじゃない」って歌ってるとおり、そのことをよくわかっている人だ。しかも「感覚」で。「脳」でわかっているミュージシャンはたくさんいるけれど、そういう人たちの歌は、どこかシンプルさが不自然だったりする。
だからこそ、斉藤はギターという楽器を音楽人生の伴侶として選んでいる。これ以上、自分の「歌」が、年を経ることで降り積もる「意味」に埋もれないように。
斉藤和義は、この短期間でずいぶんベスト盤を出してきた。「白盤」「黒盤」「紅盤」のような「コンセプトもの」も出たしね。
この出し方には賛否両論あって当然だけど、僕は一切悲観はしてません。逆に楽しみでしたよ。「今までの斉藤和義の楽曲群に、『虹』が入ったらどんなふうに聴こえるのかな?」とか。しかも、なかなか良い具合だったし。まあ、だからこそ欲を言えば、年代関係なしの曲順で作ってほしかったんだけど。
15年という歳月を経て、それほど歌い方に変化がないのは、斉藤が「難しさ」にほとんど汚されずに音楽シーンを生き抜いてきた何よりの証拠。
「聴くこと」だって、「難しいことじゃない」んですよ。
(K/A さんのレビュー)