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24時間テレビ 「愛は地球を救う」 とは?

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24時間テレビ 「愛は地球を救う」』(24じかんテレビ あいはちきゅうをすくう)は、日本テレビ系列(NNS)の放送局にて、毎年8月下旬の土曜日から日曜日にかけて生放送で実施されている募金チャリティー活動を目的とする日本テレビ番組。通称「24時間テレビ」「24HTV」英語表記は「24HOUR TELEVISION "LOVE SAVES THE EARTH"」)。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


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ウィキペディア(Wikipedia)記事


24時間テレビ 「愛は地球を救う」
24HOUR TELEVISION

メイン会場の日本武道館
ジャンル チャリティー番組
放送時間 8月第4(第3/第5)土曜日18:30 - 日曜日20:54(2008年現在)(1584(26時間24)分)
放送期間 1978年8月26日 - 放送中(31回)
放送国 日本
制作局 日本テレビ放送網
製作総指揮 渡辺弘
演出 三觜雅人(総合演出)
監修 五味一男
プロデューサー (総合プロデューサー)
藤井淳森貫陽三 / 梅原幹
出演者 徳光和夫ほか
音声 ステレオ放送
スペシャルドラマ放送時:解説放送
字幕 スペシャルドラマ放送時や、ニュース放送時などで実施
データ放送 あり
エンディング 谷村新司加山雄三サライ
(番組テーマ曲)
外部リンク 公式サイト

特記事項 :
スタッフは2008年現在。

24時間テレビチャリティーリポート
ジャンル チャリティー番組
放送時間 毎週日曜5:25 - 5:30(日本テレビ)
放送局によって異なる(5分)
放送期間 1978年9月9日 - (1400回以上)
放送国 日本
制作局 日本テレビ放送網
出演者 (ナレーター)
字幕 文字多重放送
外部リンク 公式サイト

24時間テレビ 「愛は地球を救う」』(24じかんテレビ あいはちきゅうをすくう)は、日本テレビ系列(NNS)の放送局にて、毎年8月下旬の土曜日から日曜日にかけて生放送で実施されている募金チャリティー活動を目的とする日本テレビ番組。通称「24時間テレビ」「24HTV」英語表記は「24HOUR TELEVISION "LOVE SAVES THE EARTH"」)。

正式番組タイトルは、24時間テレビ○○ 「愛は地球を救う」となる(○○には放送回数が入る)[1]

目次

放送概要

1978年、「愛は地球を救う」をキャッチフレーズとする各地のチャリティーキャンペーン活動を行う番組として誕生した。年末などを除き、通常の放送を休止し特番を終夜放送することは当時としては画期的な企画で、福祉をテーマにしたため実現可能であった。

視聴者から寄せられた善意の浄財を国内外の福祉活動に役立てることを目的とした番組であり、「本当の主役はあなたです」を謳い文句にしている。この文句は2000年代初頭までエンディングでクレジットされていたが、走り終えて疲労困憊のマラソンランナーが映っている所にクレジットされたこともあり、ランナーに対する侮辱と取られかねないため、現在は各回のテーマに則したメッセージがクレジットされている。

番組内容は、年間テーマに対する出演者の願いを語るコーナー・障害者によるチャレンジ・難病や戦災に立ち向かう人々の願いを伝えるコーナーが中心となっている。1992年のリニューアル以降、開始当初の目的や趣旨は薄れ、人気タレントを多数起用しバラエティ要素を強めるなど、誰でも理解できるような内容、視聴率を重視した内容になっている。番組中では出演者が応援ソングを歌う場面があり、使用される楽曲は毎年30曲前後にも上る。

毎年8月下旬の土曜日夜から翌日曜日夜まで生放送されている(夏休み最終週の土・日曜日に放送される年が多くなっている)。「24時間」テレビというタイトルだが、最近は土曜日18:30 - 日曜日20:53頃(編成上は20:54まで)と「約26時間半」の放送であり、24時間よりも2時間半ほど長い。但し、一部地域ではフジテレビ系列やテレビ朝日系列とのクロスネットの都合などで一部時間帯に別番組が放送されるため、短縮放送扱いとなっている(詳細は24時間テレビのクロスネット各局と各局別の編成を参照)。

現在、番組はハイビジョン制作ステレオ放送で、地上デジタル放送では番組連動データ放送も行われている。但し、一部企画VTRや系列局によっては4:3SDとなっている(その際両サイドにはオレンジの帯が付けられていたが、2007年からは青の帯に変更した)。また、2008年は8月31日に限り17時台から20時台にかけてリアルタイム字幕放送を実施した。

メイン会場は日本武道館。その他、銀座日産本社ギャラリーや、日本テレビ系列局独自の主催募金会場ではチャリティーオークションなどのイベントが行われている。ほとんどは日本テレビからの内容が放送されるが、時折系列各局独自の内容も放送され、これを“ローカル差し替え”と呼んでいる。これは主に告知枠1、2分程度の場合が多いが、30分 - 1時間と長時間になることもある。前者についてはジャンクション後に独自内容(各県の募金メイン会場からの中継の場合が多い)に差し替わり、終了後武道館に戻りメインパーソナリティにより「皆様のご協力よろしくお願いします」という挨拶が行なわれる。後者については日曜朝8:30前後・昼12時前後・夕方17時前後の3回行なわれ、この3チャンスを日本テレビが“ローカル差し替え推奨枠”としている。読売テレビ・中京テレビなど一部系列局についてはこれ以外の時間帯でも長時間独自内容が放送されるが、反対にこれらの時間帯の差し替えを実施せず日本テレビからの内容を放送することもある。また差し替えた時間帯に本来放送されていた企画やコーナーが見られない事への意見・苦情に配慮して、差し替えローカル局のみで後日、そのコーナーのみ深夜帯で放送をした事例もある。さらに、エンディングの『サライ』のネットリレー(各局概ね8秒ずつ)で少しでも長く自局を露出させるため、ローカルのみの放送に於いて他県の局の部分も余分に自局映像に差し替えるという手法も一部ローカル局で行われている。

募金活動

全国の民間放送局の主催で募金を集める企画のため、「24時間テレビチャリティー委員会」を組織。この委員会は全国31の民間放送局から寄せられた募金の管理および適切な配分・行使を行っている。

委員会や参加局は、社会福祉法第73条および同施行規則14条・15条[2]に基づき、厚生労働大臣の許可を得て募金活動・慈善活動・資金配分などを行っている。このような法的な規制や公正な募金活動の実施のため、募金スタッフの責任者は、法令に基づいた「寄附金募集従事証」を所持している。

沖縄県では、フジテレビ系列の沖縄テレビが放送しているため、FNS協定に反するという理由で一時期募金を行っていなかった。現在は一部をFNSチャリティーに上納するという条件付で募金を行っている。だがそのことで、現在は他局のイベントでも募金活動が行われている(#コラボレーション参照)。

オリジナルTシャツ(チャリTシャツ)

番組オリジナルのTシャツ(通称:チャリTシャツ)は、基本的に黄色をベースにしている。これは、映画『幸福の黄色いハンカチ』からとったものである。黄色は2004年以前は山吹色だったが、2005年以降はレモン色に変っている。2005年以降は黄色以外の色のTシャツも製作されており、2005年は白、黒、赤、青、2006年は緑、2007年は赤、2008年は水色とピンクが製作された。番組開始からしばらくの間は青い地球をイメージした番組ロゴマークをデザインしたものを使っていたが、近年は芸能人のデザインによるものが多い。

番組に対する批判

チャリティー番組でありながら、出演者に(額がどんなに少なかろうとも)ギャラが支払われている事について批判される事がある[3]。一説にはパーソナリティにはテレビドラマ1クール分に相当する金額が支払われ、ゲストとして会場に駆けつけるタレントにも出演料が出ていると言われている。この件について日本テレビはBPOを通して「基本的にはボランティアで、拘束時間が長い人など一部の人のみ謝礼として通常の数割程度の額を渡すが拒否されることもある」としている[3]。これに関連して、フジテレビのバラエティ番組『ラスタとんねるず'94』の人形劇コントにおいて、電光掲示板に表示された募金額が減額される様子を映像で流し、「24時間テレビでは、募金から出演者のギャラを捻出している」かのような趣旨のパロディを放送したところ、フジテレビに対して「募金は全て寄付をし、ギャラは番組制作費から支払っている」と猛抗議をしたと伝えられている。 また、事前CMで流れる企業からの協賛金は寄付ではなく放送局の広告収入となっているとされ、こうした番組のあり方から「偽善番組」との批判を受ける事もある。これを理由に例えばビートたけしは出演を拒否しているとされる。

またカンボジアでは、同番組の募金で作られた井戸の一部がWHO基準で280倍のヒ素が検出され、それを飲んだ住民がヒ素中毒に陥いり死者まで出ている事がNHKの報道で明らかになり、援助や支援のあり方に疑問の声が挙がっている。

ギャラリー

参加・募金窓口局

現在の番組参加局は日本テレビ系30局と沖縄テレビフジテレビ系)の計31局で、各局の共同主催で実施している。

歴史

深夜のワイドショー番組『11PM』のスタッフだった都築忠彦が、アメリカラスベガスで毎年開催しているジェリー・ルイス司会のチャリティーテレソン(レイバーデイ・テレソン)を見て日本でもやれると考え企画、当時製作局長だった井原高忠を口説き落として実現した[4]。「11PM」の「世界の福祉特集」から誕生したものでもある。

  • 1978年 - 「日本テレビ開局25周年記念特別番組」としてスタート。当初は土曜日19時にスタートし、日曜日19:30までの24時間半に渡って放送された。一部の年度はプロ野球巨人戦中継のため変則になった年もある。
  • 1992年 - 以下のリニューアルを行った。
    • これまで各コーナー毎に放送時間をはっきりと区切っていたが、24時間テレビ全体を一つの番組として作られるようになった。
    • これまで一部のコーナーが対象となったステレオ放送がニュースパートを除く全コーナーに拡大。
    • チャリティーマラソンがスタート。
    • テーマソングとして『サライ』が誕生。
      • これ以降は歌を中心とした内容で放送されている。
    • 番組終了時刻を20:00に変更(日曜日のナイター編成時は19:30まで、その後日曜夜7時枠のネット枠の終了時間が19:56〈1996年10月 - 1998年9月〉から19:58〈1998年10月 - 現在〉に変更されている)。
  • 2001年 - 番組開始時刻がニュース終了後の18:30に固定される。
  • 2002年 - 番組終了時刻を20:54に変更し、アテネオリンピックが開催された2004年を除き土曜18:30 - 日曜20:54(2004年は土曜19:30 - 日曜21:24の予定だったが最終的に土曜19:45 - 日曜21:34になった)の約26時間半になった。
  • 2004年 - 2月29日にスタジオ本社機能が汐留に移転したことに伴い、テロップがリニューアル。
  • 2006年 - ハイビジョン制作開始。曲テロップがリニューアル。
  • 2007年 - 新テーマソング『勇気のカタチ 〜私を変えてくれたあなたへ〜』が誕生(このテーマソングは2007年度のみ使用され、2008年度は使用されなかった)。
  • 2008年 - 「日本テレビ開局55周年記念番組」として放送された。この年は北京オリンピックが開催された関係で例年より1週間遅く、8月30~31日(第3回とともに、今までで最も遅い放送日)で開催された。

エピソード

  • 第1回のフィナーレで、総合司会の大橋巨泉はカメラに向かって「確かに人々の好意でこれだけの金額が集まりました。しかしテレビの前の政治家の皆さん、自民党の皆さん、これは本来あなた達がやらなければいけなかったのですよ!」と政治家の福祉政策を批判した。
  • 1991年は日本武道館が改修工事中だったため、移転間もない東京都庁をメイン会場とし、また日本テレビが独占放映した世界陸上選手権東京大会の中継のため、1か月前の7月に前倒しして開催した。
  • 1992年1993年のサブタイトルは「愛は地球を救う」ではなく、「愛の歌声は地球を救う」だった。1994年以降は元に戻っている。
  • 2001年の第24回放送では、徳光和夫が同年6月に急性心筋梗塞の手術を受けたため、深夜から翌昼までの時間帯は立教大学の後輩であるみのもんたが司会を務めた。
  • 2004年仙台市内のチャリティー会場に来ていた臨月の妊婦が中継中に陣痛を起こし、病院に搬送される事件があった。その後、女性は無事に出産。女性は出産から1年経った2005年にも来場し、女性が「この子がこの会場で陣痛が起きた時の子なんです」というと、この件を覚えていたミヤギテレビのチャリティーパーソナリティの内山信二(同局制作の『月刊 元気一番"生"テレビ』でレポーターを務めている縁で、現在まで継続して起用中)は「24時間テレビ君と名付けたんですか?」とボケて見せた。その後も内山と女性の家庭との間に交流があるという。
  • 2005年、平均視聴率(ビデオリサーチ調べ)が関東地区で19.0%、関西地区で16.6%を記録。2007年現在、これが関東地区・関西地区共に番組最高視聴率である。
  • これまでに開局記念日(8月28日)か開局記念日明け(8月29日・30日・31日)で放送した例は、1980年1988年1992年2005年2008年の5回ある。

各年度の放送概要

視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区のもの。

放送日時 メインテーマ 総合司会 メインパーソナリティ 募金総額 平均
視聴率
1 1978年8月26日27日 寝たきり老人にお風呂を!
身障者にリフト付きバスと車椅子を!
萩本欽一大竹しのぶ竹下景子大橋巨泉 ピンクレディー 1,190,118,399円 15.6%
2 1979年8月25日・26日 萩本欽一、黒柳徹子国弘正雄 徳光和夫、ピンクレディー 727,657,482円 11.5%
3 1980年8月30日31日 カンボジア・ベトナム・ラオスの難民のために! 萩本欽一、徳光和夫 石野真子 982,293,333円 10.8%
4 1981年8月22日23日 アジア・アフリカの障害者のために!国際障害者年記念 徳光和夫、見城美枝子B&B 萩本欽一、宮崎美子 885,191,232円 11.3%
5 1982年8月21日・22日 ストップ!ニッポン姥捨て時代! 徳光和夫 萩本欽一、星野知子岩崎宏美 605,736,459円 8.2%
6 1983年8月20日・21日 君の地球のボランティア!アフリカ飢餓緊急援助!
世界コミュニケーション記念
萩本欽一、斉藤慶子斎藤ゆう子 1,036,578,144円 10.5%
7 1984年8月18日19日 この地球の未来は子どもたちのもの! 徳光和夫、沢田亜矢子 萩本欽一 805,085,881円 8.0%
8 1985年8月24日・25日 アフリカ飢餓救援 徳光和夫、アグネス・チャン 小泉今日子 1,013,429,697円 10.7%
9 1986年8月23日・24日 寝たきり老人にお風呂を!
身障者にリフト付きバスと車椅子を!
そしてアジア・アフリカの飢えた子どもたちのために!
沢口靖子 749,355,128円 8.9%
10 1987年8月22日・23日 SAVE THE CHILDREN 菊池桃子 885,465,365円 7.7%
11 1988年8月27日・28日 君は地球のボランティア お年寄りに在宅福祉を、障害者に社会参加を! 徳光和夫、アグネス・チャン、
久和ひとみ小牧ユカ
後藤久美子 787,437,001円 7.8%
12 1989年8月26日・27日 アジア・アフリカの子どもたちに海外援助を! 徳光和夫、アグネス・チャン、
和田アキ子渡辺徹
南野陽子宮沢りえ 662,211,879円 11.6%
13 1990年8月25日・26日 地球を救え!10年計画 徳光和夫、アグネス・チャン、
山田邦子、渡辺徹
806,551,220円 8.5%
14 1991年7月27日28日 雲仙・普賢岳災害救援!寝たきりのお年寄りにお風呂カーを!障害者に社会参加を!
アジア・アフリカに海外援助を!
徳光和夫、福留功男、渡辺徹、森口博子 宮沢りえ西田ひかる畠田理恵 883,192,270円 6.6%
15 1992年8月29日・30日 愛の歌声は地球を救う 徳光和夫、楠田枝里子 ダウンタウン観月ありさ 957,702,743円 17.2%
16 1993年8月21日・22日 出会い 松村邦洋松本明子
赤井英和裕木奈江
853,389,423円 15.9%
17 1994年8月20日・21日 チャレンジ! 中山秀征酒井法子牧瀬里穂 788,460,358円 14.7%
18 1995年8月26日・27日 もう一度、チャレンジ 徳光和夫、永井美奈子 SMAP久本雅美鈴木杏樹 1,056,798,341円 16.9%
19 1996年8月24日・25日 ONE LOVE
〜つなげよう! ひとつの愛〜
間寛平江角マキコ瀬戸朝香 909,012,004円 14.1%
20 1997年8月23日・24日 勇気を出して KinKi Kids加藤紀子 960,303,779円 15.5%
21 1998年8月22日・23日 いま、始めよう 徳光和夫、笛吹雅子 TOKIO広末涼子 908,938,502円 12.0%
22 1999年8月21日・22日 伝えたい…夢のちから! SPEED爆笑問題 877,487,670円 13.9%
23 2000年8月19日・20日 がんばる…君のために! V6 768,442,030円 14.7%
24 2001年8月18日・19日 家族って何? 徳光和夫、みのもんた松本志のぶ モーニング娘。 846,047,659円 15.7%
25 2002年8月17日・18日 家族で笑ってますか…? 徳光和夫、松本志のぶ 765,705,996円 15.4%
26 2003年8月23日・24日 あなたを一番愛する人… TOKIO 776,638,125円 15.6%
27 2004年8月21日・22日 あなたの夢はみんなの夢 719,045,124円 11.7%
28 2005年8月27日・28日 生きる 徳光和夫、西尾由佳理 草彅剛香取慎吾(SMAP) 1,000,346,999円 19.0%
29 2006年8月26日・27日
〜今、私たちにできること〜
KAT-TUN 940,682,462円 17.7%
30 2007年8月18日・19日 人生が変わる瞬間(とき) タッキー&翼 1,015,442,574円 18.6%
31 2008年8月30日・31日 誓い
〜一番大切な約束〜
1,083,666,922円 18.6%

主なコーナー

チャリティーマラソン

1992年の番組リニューアルより実施されている。走行距離は走者の体力などを考慮して決定されているが、基本的には約100キロメートルを走ることが多い。マラソンは距離的にも気候的にも極めて酷な条件下で行われており、伴走者や休憩所の設営などサポート体制には万全を期している。

初めて実施された1992年は出発地やルートを公開したため人が殺到し、交通の妨げになるとして途中棄権の形をとった。その後出発地やルートを原則非公開化したが、中継地点の間隔と中継時間から計算した表定速度が一部区間で異常(常人が走れるスピードでなくなる)なことから、ショートカット疑惑(規定コースを走らず最短距離を走行したり、自動車などの乗り物に乗って先回りをする事)が度々騒がれるようになった。2002年には西村知美が残り20kmを世界記録保持者並みのスピードで走破したため、その翌年からマラソン走者を手分けして追跡し、リアルタイムで監視する者たち(2ちゃんねらー)が現れた。この様な疑惑を払拭するためか、2006年以降は同局のインターネットテレビ第2日本テレビ」で独自映像を1時間に1回程度の頻度で配信している。また、アール・エフ・ラジオ日本でも2005年からマラソンの中継リポートを随時放送している。

放送時間内にゴールできなかった場合は、番組の放送時間の延長、もしくは放送終了後に特別番組を放送する事で対処している。1996年はタスキリレーのゴールが遅れていたため放送終了が若干遅れ(20:00の予定が20:30頃となった)、2005年、2007年は『行列のできる法律相談所』を内容変更の上、日本武道館から生放送された。逆に、特に故障なく予定より速いペースで走っている場合は休憩時間を延長したり、走れる状態でも歩くなどして、放送終了30分前以降にゴールできる様に時間調整されている。

このマラソンでは、応援歌としてZARDの『負けないで』が毎年日曜日の20時台後半に全員合唱される。坂井泉水が亡くなった2007年の放送では、彼女の追悼コーナーも設けられ、同曲が3回も歌われると言う異例の演出となった。

エピソード

  • 1995年は、同年1月17日に発生した阪神・淡路大震災兵庫県宝塚市の自宅を失った間寛平が、被災地の復興を願うため、神戸市から東京都千代田区日本武道館までの約600kmを7日間かけて走破した。寛平曰く「被災者のみんなに勇気を与えたかった」とのこと。寛平は放送日前日までは昼間は体力を奪われるため、夜間に走っていた。
  • 2006年、8月27日の午後4時20分頃に走者のアンガールズにエールを送る目的で軽く触れた沿道の老人女性に、日本テレビのスタッフが大声で「触るなコラ!」と恫喝する様に注意している映像が全国中継された。これに関して同局は「『触らないで』と注意したが、とっさの出来事でもあり、配慮に欠けたところもあった。当該スタッフに注意をしました」と一部事実を認めて謝罪した。また、深夜コーナーに出演していたタレントたちがアンガールズを「姿慎めよ」などと馬鹿にする発言をしているところが放送された(本来CMに入るところを誤ってそのままスタジオ映像を流してしまったため起きた)。ともに動画共有サイトや週刊誌などで取り上げられ批判された。

歴代走者

年度 走者 当時の年齢 走行距離
1992年 間寛平 43歳 200km(※1)
1993年 44歳 200km
1994年 ダチョウ倶楽部 肥後克広31歳
上島竜兵33歳
寺門ジモン31歳
100km
1995年 間寛平 46歳 600km(※2)
1996年 赤井英和 36歳 100km(※3)
1997年 山口達也 (TOKIO) 25歳 100km
1998年 森田剛 (V6) 19歳(※4-1)
1999年 にしきのあきら(現・錦野旦) 50歳 110km
2000年 トミーズ雅 40歳 150km
2001年 研ナオコ 48歳 85km
2002年 西村知美 31歳 100km
2003年 山田花子 28歳 110km
2004年 杉田かおる 39歳 100km
2005年 丸山和也 59歳
2006年 アンガールズ 田中卓志30歳
山根良顕30歳
2007年 萩本欽一 66歳(※4-2) 70km
2008年 エド・はるみ 44歳 113km(※5)
(※1)先述のトラブルにより153kmでリタイア。
(※2)神戸から東京まで1週間かけて走破。この年は阪神・淡路大震災があった為。
(※3)マラソンで唯一のタスキリレーであった。北ルートと南ルートが合流して最後に赤井が走った。
(※4-1&※4-2)2008年現在で24時間チャリティーマラソンランナーの最年少と最年長記録
(※5)女性走者で最長距離。

アニメ

初回から1990年の第13回(1987年1988年は除く)にかけて、日曜朝10時頃から正午にかけて約2時間のスペシャルテレビアニメが放送された。多くの作品が手塚治虫原作である。

ドラマ

1980年の第3回より開始され(但し1992年 - 1996年1999年2000年は除く)、原則として土曜夜9時過ぎから11時過ぎに約2時間放送されている。回