
F=Dが33歳、デビュー盤となる「冬の旅」以来の本格録音といえるが、まずもって当時のDGの録音エンジニアの功績を讃えねばならない。「冬の旅」では、厳しく言えば歴史的価値以上に芸術的意義を見つけられるか、との問いには窮するところがあった。録音年代を鑑みれば無理のないところであるが、しかしこのブラームス、とくに「4つの厳粛なる歌」では、70・80年代の幾多の録音をしのぐプレゼンスの良さ、くっきりとした音像、F=Dの声の艶を十二分に伝えうる音の芳しさ、どれをとっても一流の出来映えだ。恐らくはシュタルケルのコダーイ:無伴奏チェロソナタ並にオン・マイクの状態で録音したのだろうが、それがかえって抜き差しならぬ距離感と緊迫感とを醸しだし、聴き手に一種の対決を迫る。<p>そしてそれ以上に見事なのは、むろんF=Dの歌唱である。30代で、このブラームス晩年の境地を的確に表現するのは、いかにF=Dであっても無理だ。しかしながら、ディクションの正確さ、劇的表現などは、いまだにどの歌手もまったく及んでいないレベルをすでに開拓している。それは歌ではなく、実存的独白と言うべきであろう。あまりに劇的に傾くあまり、本来のブラームスの意図からは離れてしまったことは否めないが、しかしそれはマイナスにはならない。ブラームスの意図自体がこの作品のすべてか、と言えば必ずしもイエスとは答えられないのはすべての芸術作品同様だからである。<p>若き日のF=Dのすべての魅力を味わうなら、あらゆる意味で必携の1枚である。輸入盤で50年代のF=Dの勇姿を見事にあしらったジャケCDを入手できたとしたら、それは間違いなく、あなたの生涯の宝となろう。
(梅澤真司 さんのレビュー)