ASEAN とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋東南アジア諸国連合(とうなんアジアしょこくれんごう、Association of South-East Asian Nations)は、東南アジア10ヶ国の経済・社会・政治・安全保障・文化での地域協力組織。本部はインドネシアのジャカルタにある。略称はASEAN(アセアン)。人口は約5億8千万人(2005年)と大きく、近年の目覚しい経済成長に拠り、EU、NAFTA、中国、インドと比肩する存在になりつつある。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 ASEAN 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
山野 浩二 /
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1967年8月、タイ王国のバンコクで反共産主義の立場をとる東南アジア諸国によって結成された。原加盟国はタイ、インドネシア、シンガポール、フィリピン、マレーシアの5ヶ国。設立の宣言は、各国の外相による共同宣言で、東南アジア諸国連合設立宣言、バンコク宣言などと呼ばれる。
ASEANの前身組織として東南アジア連合(ASA)が挙げられる。これは1961年にタイ、フィリピン、マラヤ連邦(現マレーシア)の3国によって結成されたもので、ASEAN の設立によって発展的に解消される形となったとされる。また、マレーシア、フィリピン、インドネシアの包括的な連合構想(マフィリンド構想)も加わっている。
ASEAN加盟国は1970年代を通して変化がなく、1980年代も、当時イギリスから独立したてのブルネイが加わったのみに留まった。(ブルネイまでの加盟国を先発加盟国、それ以降の加盟国を後発加盟国ということもある。)これは冷戦、ベトナム戦争など、地域の政情に関連しているとされる。だが、1990年代後半に入って同地域の北方に位置する4ヶ国が加盟した。この10ヶ国からなるこのASEANを特にASEAN-10と呼ぶことがある。
なお、最後の加盟国であるカンボジアは内政事情から加盟が遅れたもので、当初はミャンマーとラオスと共に加盟する予定であった。
現在の加盟国は以下の通りで、ASEAN10とも呼ばれる。
他に、オブザーバー・ステータスを持つ国として
パプアニューギニアがある。
また東ティモールは、オブザーバー・ステータスの獲得、長期的には加盟国入りをも目標としているとされる。だが、インドネシアとの友好関係を重視する加盟諸国はこの動きを必ずしも歓迎していない(独立はインドネシアとの闘争紛争を経た)。特にミャンマーは、自国の民主化運動家であるアウンサンスーチーが東ティモールを支持していることもあり、反対を表明している。
| 順位 | 国名 | 人口 |
|---|---|---|
| 1 | インドネシア | 2億3,845万人 |
| 2 | フィリピン | 8,785万人 |
| 3 | ベトナム | 8,423万人 |
| 4 | タイ | 6,486万人 |
| 5 | ミャンマー | (2002年)5,430万人 |
| 6 | マレーシア | 2,613万人 |
| 7 | カンボジア | 1,380万人 |
| 8 | ラオス | 560万人 |
| 9 | シンガポール | 435万人 |
| 10 | ブルネイ | 35万人 |
他の経済圏との比較(2005年)
| 加盟国数 | 地域・国名 | 人口 | GDP値 | 一人当りGDP値 |
|---|---|---|---|---|
| 10 | ASEAN | 5.50億人 | 8,619億USドル | 1,079USドル |
| 3 | 北米自由貿易協定(NAFTA) | 4.3億人 | 14兆USドル | 32,558USドル |
| 27 | 欧州連合(EU) | 4.56億人 | 13兆USドル | 28,509USドル |
| 6 | メルコスール | 2.5億人 | 1兆USドル | 4,000USドル |
| × | 中華人民共和国 | 13.08億人 | 2.3兆USドル | 1,702USドル |
| × | インド | 11.3億人 | 8,002億USドル | 678USドル |
ASEANの主な活動は設立当初は外相会議であった。バンコク宣言では外相会議を毎年開催することを定めている(定期閣僚会議)。第一回の外相会議はASEANの設立を宣言したバンコクにおける会合である。設立当初の目的は経済・社会分野での地域協力で、最高決定機関は年次外相会議であった。
1972年、1973年から欧州共同体(現欧州連合)やオーストラリアとの域外対話を開始した。現在はこれに日本、ニュージーランド、カナダ、アメリカ合衆国、大韓民国、中華人民共和国、ロシア、インドを加えた10が域外対話国・機構と呼ばれる。年次外相会議の直後に招かれた拡大外相会議を開いている。
1975年以降は、外相会議とは別に、経済担当閣僚会議が年に1,2回開かれる。
1976年2月にバリ島でASEAN首脳がはじめて一堂に会しASEAN協和宣言が発表され、政治協力がASEANの地域協力の正式な一分野になった。ASEANサミットとも称されるこの会合は、当初は不定期開催であり、1992年のシンガポールにおける会合の時点で未だ第4回目を数えるに止まった。だが、この第4回首脳会議において、3年毎の公式首脳会議とそれ以外の年の非公式首脳会議が開催されることが決定され(シンガポール宣言)、1995年以降毎年開催されている。更に、公式・非公式の区別は2002年に入って廃止されることになった。
東南アジア友好協力条約を締結した。この条約への加入国は2008年2月で24ヵ国に上り、ユーラシア全体に拡がっている。
2006年首脳会議の合い言葉は、「一つのビジョン、一つのアイデンティティー、一つの共同体」である。
日本とASEANは1970年代半ばより首脳、外相レベル会談を行ってきている。
1981年には日本とASEAN諸国の間で「東南アジア諸国連合貿易投資観光促進センター設立協定」を結び、日本アセアンセンターが設立された。これは貿易の振興、日本からASEAN諸国への投資と観光客の増大を目標としたものである。他にASEAN文化基金、日・ASEAN総合交流基金、日・ASEAN学術交流基金、などの各種基金が存在している。
1997年からASEAN+3として東アジアの長期安定・発展を担う上で重要な存在となっている。
2003年は日本ASEAN交流年とされた。記念切手の発行や人的交流、文化紹介の催しなど交流年を記念したイベントの開催や事業の実施が日本、ASEAN諸国各国で見られた。12月11日、12日には日本が各国首脳を招いて日・ASEAN特別首脳会議を開催した。
EUとASEANは、1972年に初めて対話を行い(当時EUはEEC:欧州経済連合体)、ASEANにとっての初めての対話国となった。以降、外相・閣僚レベルの会談を行い、1980年には協力協定を結んだ。
1997年の合同協力委員会は、同年7月にASEANに加盟したミャンマーの取り扱いで意見の相違が生じ、1999年5月まで延期された。この会合では、政治および安全保障、経済、開発、環境、エネルギーの分野での協力関係をつくる「作業計画」が採択された。
2007年11月21日には公式関係30周年を記念して、初の首脳会議がシンガポールで行われた。
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