ENEOS とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋新日本石油株式会社(しんにほんせきゆ、英文社名 Nippon Oil Corporation)は、石油製品や石油化学製品の販売を行う、日本の石油元売最大手の企業である。略称は「新日石」や「NOC」など。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 関連商品
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| 種類 | 株式会社 | |||||||||||||
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| 市場情報 |
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| 略称 | 新日石、NOC、ENEOS | |||||||||||||
| 本社所在地 | 〒105-8412 東京都港区西新橋一丁目3番12号 (新日本石油ビル) |
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| 電話番号 | 03-3502-1111 | |||||||||||||
| 設立 | 1888年(明治21年)5月10日 (有限責任日本石油会社) |
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| 業種 | 石油・石炭製品 | |||||||||||||
| 事業内容 | 石油製品および石油化学製品の販売 | |||||||||||||
| 代表者 | 西尾 進路(代表取締役社長) | |||||||||||||
| 資本金 | 1,394億37百万円 | |||||||||||||
| 売上高 | 連結:7兆5,239億90百万円 単独:6兆7,063億82百万円 (2008年3月期) |
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| 総資産 | 連結:4兆5,941億97百万円 単独:3兆2,336億15百万円 (2008年3月31日現在) |
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| 従業員数 | 連結:12,697名 単独:2,350名 (2008年3月31日現在) |
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| 決算期 | 3月31日 | |||||||||||||
| 主要株主 | 日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 4.46% 日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 4.41% みずほコーポレート銀行 3.23% (2008年3月31日現在) |
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| 主要子会社 | 新日本石油精製 100% 新日本石油開発 100% NIPPOコーポレーション 57.2% |
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| 関係する人物 | 渡文明(前社長・現会長) | |||||||||||||
| 外部リンク | www.eneos.co.jp | |||||||||||||
新日本石油株式会社(しんにほんせきゆ、英文社名 Nippon Oil Corporation)は、石油製品や石油化学製品の販売を行う、日本の石油元売最大手の企業である。略称は「新日石」や「NOC」など。
グループで合計8か所の製油所を保有し、系列のサービスステーション(ガソリンスタンド)は国内におよそ9,630か所(2008年9月末現在)ある[1]。1888年(明治21年)に創業し、2002年(平成14年)に現社名になった。
2001年(平成13年)に制定されたサービスステーションのブランド名「ENEOS」(エネオス)は、「ENERGY」(エネルギー)と、ギリシア語で「新しい」意を表す「NEOS」を組み合わせた造語である。
目次 |
新潟県にあった尼瀬油田の石油開発ブームを受けて創立された有限責任日本石油会社が前身。1999年(平成11年)に日本石油と三菱石油が合併し日石三菱株式会社(にっせきみつびし、略称・NMOC)が発足、2002年(平成14年)に同社は新日本石油に社名を変更した。
石油元売の一つであるコスモ石油とは業務提携関係にあり、原油調達・石油精製・物流・潤滑油の各部門で1999年より提携している[2]。2004年(平成16年)には、互いに相手方の対象特許を使用して燃料油の製造・販売することを可能とするクロスライセンス契約を締結した[3]。これらのほか、2002年(平成14年)には出光興産と精製部門で提携[2]、2006年(平成18年)にはジャパンエナジーと開発・精製・物流・燃料電池・技術開発の分野における業務提携を結んだ[4]。日本国外の企業では大韓民国のSKと提携関係にあり、中華人民共和国の中国石油天然気集団公司と協力関係にある。
メインバンクはみずほコーポレート銀行、三井住友銀行[5]、三菱東京UFJ銀行だが、三菱グループの一員である(合併が日石主導でも、引き続き三菱石油が属していた三菱グループの人脈を活用する方が都合がよいためとしている[要出典])。
グループの事業セグメントは、「石油精製・販売」、「石油・ガス開発」、「建設」、「その他事業」の4種類に分類される。中核事業は石油精製・販売であり、グループ売上高の約90%を占める(2008年3月期現在)。
グループのトップである新日本石油が担うセグメントは、中核事業の石油精製・販売部門である。主な製品は、燃料油(ガソリン・軽油・灯油・ジェット燃料・重油など)やアスファルト、液化石油ガス、潤滑油といった石油製品や、ベンゼン・トルエン・キシレン・ナフサなどの石油化学製品である。これらの製品の精製・製造は、子会社で製造拠点を保有する新日本石油精製などに委託している。
石油・石油化学以外のエネルギー事業では、液化天然ガスや石炭の輸入販売や燃料電池の開発を進めるほか、製油所・製造所併設の発電所や油槽所に設置した風力発電設備などを使用した電力卸供給事業 (IPP) や電力小売事業 (PPS) を展開している。
括弧内は1日当りの原油処理能力。
新日本石油株式会社は、2002年(平成14年)に日石三菱株式会社が社名を変更して発足した。その日石三菱は、1999年(平成11年)に日本石油株式会社と三菱石油株式会社が合併して発足した会社である。
日本石油は、1888年(明治21年)に内藤久寛・山口権三郎らが尼瀬油田の石油開発ブームを受けて設立された。本社および製油所(製油場)は油田近くの新潟県三島郡尼瀬村(現・三島郡出雲崎町尼瀬)に置かれていた。設立時は有限責任日本石油会社を名乗ったが、1894年(明治27年)に日本石油株式会社となった。1899年(明治32年)には柏崎に2番目の近代的製油所を建設、以降新潟県や秋田県、北海道に製油所を建設していった。社章は、「日本」の文字をコウモリで模った「コウモリ印」を使用していた。
1921年(大正10年)、日本の二大石油会社であった日本石油と宝田石油が合併した。宝田石油は1893年(明治26年)、新潟県長岡町で東山油田をもとに創業した。合併時、宝田石油は新潟県や秋田県、そして台湾にも製油所を有していた。1941年(昭和16年)には、日本石油は国内2位の小倉石油と合併した。
太平洋戦争後、日本石油はアメリカのカルテックス(現シェブロン)と業務提携、1951年(昭和26年)に折半出資で両社の石油精製事業を担当する日本石油精製(現在の新日本石油精製)を設立し、カルテックスグループの一員となった。以降、1996年(平成8年)に提携を解消するまで、日本石油は外資系と言われた。
一方の三菱石油は、1931年(昭和6年)に三菱合資会社・三菱鉱業・三菱商事の三菱グループ3社と、アメリカのアソシエーテッド・オイル(ゲッティ・オイル→現シェブロン)の折半出資により設立。石油業界初の外資提携であった。
インターナショナル石油
宝田石油
小倉石油
愛国石油
※新日本石油精製移管および移管後の閉鎖を除く。なお、上海・高雄・末武の3製油所は操業に至らなかった。
新日本石油グループを参照
旧・日本石油のコマーシャルソングとして、冬季のストーブ用灯油のCMでの『日石灯油だもんネ』(作詞:五木寛之、作曲:越部信義)がある。この曲は、三菱石油との合併後も歌詞の一部を変更して(日石灯油→日石三菱灯油→ENEOS灯油)引き続き使用されている。
日本石油時代
三菱石油時代
日石三菱時代
新日本石油改称後
テレビ
ラジオ