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会話や音楽などの音声信号を、電波を使って不特定多数のために放送するしくみ。いくつかの方式があるが、最も歴史の長いのは振幅変調による中波放送で、基本的な方式は100年間も変わらず、現在でもラジオの主流である。この方式および受信機は一般に「AM放送」「AMラジオ」と呼ばれる。また周波数変調による超短波ラジオ放送も広く聴取され「FM放送」「FMラジオ」と呼ばれる。本項目でも特筆しない限りこの呼び方を用いる。
テレビと異なり、送信システムは比較的簡単な構造で、仮に地震などで放送局が破壊されても、肩に担げる程度の大きさの小型送信機からの放送も可能で、極端に言えばマイクロフォンと送信機さえあれば放送可能である。これを活かし、災害発生時には臨時ラジオ局が開設されることがある。一部のラジオ局ではこの特長を利用し、自分以外の局員が全員操作できない状態になっても、一人いれば、全てを遠隔操作して放送が続けられるようになっているという。
また、特にAMラジオは受信機の構造も簡単なため、乾電池で動作する小型の物が安価で購入可能で、安いものでは100円程度からある。電波が到達する範囲・時間内であれば、いつでもどこでも放送を聞くことができる。この特性を生かして、災害時の情報伝達手段として重要視されるようになっている。
電波に音響情報を乗せて送るためには、高周波の電波を低周波の音響信号で変調(modulation)する必要がある。変調方式の違いにより幾つかのラジオ放送方式が存在する。
また、放送に用いられる電波の周波数の違いにより分類することもできる。日本では、中波放送、短波放送、超短波放送の3種類の放送が行なわれている。
なお、極超短波以上を用いるラジオ放送は、世界のどこの国でも行われていない(電波の性質上不適当であるためと見られる)。
振幅変調(AM)による国内ラジオ放送である。 放送バンドの周波数は153 kHz~279 kHz。 40kHzと60kHzの2つの周波数を使う電波時計の標準電波も、この放送バンド周波数からは外れるが、長波放送の一種である。
日本やアメリカではラジオ放送用としては利用されておらず、ロシアやヨーロッパのような高緯度地域で放送に利用される。これは送信機が簡単に製作出来る事、低出力で広大な地域に伝播させられるため。
日本では、長波ラジオ放送を受信できるラジオ受信機が少ない。そもそも長波放送が行なわれていないので一部の受信愛好家以外には需要もない。 日本では、ロシア極東地域のラジオ放送が比較的良好に受信できる。
振幅変調(AM)による国内ラジオ放送である。近距離向けの国際放送に利用される場合もある。日本で「AM放送」「AMラジオ」という場合は、中波放送を指して呼ぶことが国民の間では一般的で、AMによる短波放送は含まれないことが多い。
周波数としては南北アメリカ以外の地域では531kHz~1602kHzの9kHz間隔ですべて9の倍数となっている。例えば、1134kHz〔東京・文化放送〕→1143kHz(京都・KBS京都)というように9kHz空いている。以前は10kHz間隔で、1978年11月23日国際協定時刻午前0時から現在の9kHz間隔となった。なお日本の場合、国際協定時の前日20時から24時に相当する午前5時から9時までは名目上は「試験電波」扱いで、本放送と同じ内容で番組を行った。現在でも、国際電気通信連合の規定する第2地域の南北アメリカ大陸は10kHz間隔のままである。
伝送周波数帯域幅が狭く、変調方式の特性としてノイズ等に耐性が弱い。特に送信所から遠い放送局、一部の家電品の近くや雷発生時に起きやすい。これは同じくAMを使用する長波・短波放送も同様である。また、FM放送に比べて低音質である。そのため、スポーツ実況中継・ニュース・交通情報などの情報を提供するような生番組やトーク番組が主に放送されている。位相変調を用いたステレオ放送も行われている。
放送局(送信所)から到達する距離が長いため、1つの都道府県内で放送を行う県域放送、複数の都道府県にまたがって放送される広域放送がある。ただし、原則は県域放送でも隣県の局が受信できる例も多く、さらには広域放送の地域なみに受信できたり、広域放送の地域より多く受信できたりする県も、青森県、静岡県、香川県、徳島県、山口県、佐賀県など多数ある。
日本におけるコールサインは、NHKの東京および拠点局ではJO*K(第一放送)かJO*B(第二放送)である。民間放送の親局はJO*R(主に先発局)かJO*F(主に後発局)である。このほかに民放の中継局にもJO*EかJO*W、JO*Oなどのコールサインがついていることがある。コールサインが付けられている中継局では、親局とは別に独自の番組を放送したり、CMを独自のものに切り替えることもある。
昼間は下部の電離層(D層)に吸収されるが、夜間のみ電離層(E層)が電波を反射するので、海外を含めて遠方のラジオ局が聞けるようになる反面、放送局同士の混信が激しくなる欠点がある。実際に、日本でも地域によっては夜間は韓国や中国の放送局の混信のため聞きづらくなる国内局もある。また日本でヨーロッパやアフリカの放送局が受信されたり、逆にヨーロッパで日本の放送局が受信されることもある。
本来「放送」ではない特別業務の局だが、AMラジオで受信できる特殊なものとして、高速道路等で路側のワイヤーからAM電波を漏洩させて付近の道路状況等を案内するハイウェイラジオ・路側放送などのサービスにも使われている。その多くは1620kHzを使用する。
これも「放送」ではないが、中波放送帯のすぐ上の1670kHz付近では、各地の港湾管理者・灯台などが海上などの気象情報(船舶気象通報)や海上交通情報を放送している。放送バンドから外れる周波数のため、昔の旧式のコイルとバリコンによるラジオでは放送バンドの誤差範囲に入り聴取可能だったが、現在の民生機においてこの周波数を受信できるラジオ受信機はソニーやicomの一部機種のみに限られる。
ラジオ放送としては、広域国内放送、国際放送用に使われる。日本では広域国内放送はラジオNIKKEI、国際放送はNHKワールド・ラジオ日本がある。
ラジオ放送用には変調方式は、振幅変調(AM)が使われる。SSBが使われるのは、一般聴取者向けの「放送」ではなく中継局への通信回線としての利用である。なお、過去には短波放送は全面的にSSBに移行するという案も出された事があるが、実現はしなかった。SSB対応受信機でないと復調できない。
最近、短波放送においても、ヨーロッパを中心として、「DRM」と呼ばれるデジタル放送を行う動きがある。日本では、今のところ短波放送をデジタル化する動きはない。
短波放送用の周波数は、2MHz~26MHz。この間に、次のような放送バンドがある。ただし、実際には混信を避ける目的からか、これらの放送バンドの上端や下端を超えた周波数を使用している局もある。
季節や時間帯によって電離層(主にF層)の働きが異なり、結果として放送が聞こえる場所が変わってしまう。冬場・夜間は低い周波数が良好に届き、逆に夏場・昼間は高い周波数が良好になる。太陽活動が活発になるとさらにこの傾向が強まる。このため、季節や時間帯によって、目的とする場所で放送が聞こえるように、放送に使う周波数を変える必要がある。
NHKは、海外に住む日本人向けに放送(NHKワールド・ラジオ日本)を行っており、世界中で聞こえるように、他の国の放送局で中継してもらったり、逆に他の国の放送を中継したりしている。また、ラジオNIKKEIの場合は、日本全国で聞こえるようにするため、複数の周波数を複数の場所を用いて放送するなどしている。
いわゆる「BCLブーム」の終焉で、短波ラジオの機種数は少なくなっているので、通信用受信機を導入している愛好家も多い。送信回路があるもの、つまりトランシーバーは、無線局免許がない場合、電波を発射できないように改造していなければ不法開設として罪に問われることがある。
周波数に超短波(日本では76-90MHz、諸外国では60MHz帯または87.5-108MHzのVHF)を使い、周波数変調(FM)を用いて放送されている。超短波放送とも呼ばれる。
1チャンネルの搬送波周波数間隔が100kHzあり、伝送できる周波数帯域が広く、S/N比が高く雑音に強いことやAM放送に比べて高音質のため主に音楽番組等が放送されている。 音声信号の最高周波数は 15kHz である(郵政省令「超短波放送に関する送信の標準方式」より)。
多重技術を利用して、音声多重放送(ステレオ放送)、文字多重放送(愛称・見えるラジオなど)が行なわれている。音声多重放送はすべてのFM局で常時実施されている。NHKの場合はラジオ深夜便の時間帯以外で放送されるニュース、緊急報道および高校野球中継はモノラル放送で、ほかは常時ステレオ放送(時報を含む)を行っている。
文字多重放送は、カーナビに渋滞情報などを提供する手段のひとつ(VICS)としても利用が図られ、光ビーコンや携帯電話による情報通信サービスなどとともに、全国のNHK-FMを通じてもデータ提供が実施されている。2007年時点で購入可能な新品の単体受信機は存在しておらず、一般に普及せず、一部のタクシーに装備されたにとどまる。そのため、NHK-FMが東京、大阪、名古屋など8都県のみ実施した、VICSデータ以外のニュースなどと、大阪のFM802、京都のα-stationなどで文字多重放送が終了した。現在はJFN系のFM局と東京のJ-WAVE、そして一部の独立局やコミュニティFMで実施されている。
コールサインは民放の場合、JO*U-FM(先発局)やJO*V-FM(後発局)、JO*W-FM(外国語放送)など。
使用周波数の特性上、放送局(送信所)から到達する距離が短いため、1つの都道府県内(県域放送)、あるいはさらに細かな中継所単位で放送が行なわれている。この特性を利用して、最近では地域に密着した情報を提供することを目的とするコミュニティFM局と呼ばれる、1つの市町村・特別区・政令指定都市の区を放送対象地域とし、空中線電力(出力)を20W以下で放送を行う形態もある。この変形として、地震などの大きな災害が発生した場合に、地域に密着した情報を提供するための臨時災害放送局も、FMラジオで開設される。
FM放送などのVHF帯電波を反射するスポラディックE層(通称「Eスポ」)と呼ばれる特殊な電離層が、春から夏頃にかけての日中に突然出現し、普段聞くことの出来ない遠隔地や外国のFM放送が受信することができる場合がある。
沖縄県のNHK・民放各局や富山県の北日本放送新川中継局において、中華人民共和国・中華民国(台湾)・大韓民国(韓国)・朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)からのAM(中波)放送の混信が夜間に特に激しいため、AM放送の中継局用にFM放送が使用されている。韓国側も、混信対策などを理由にAM放送の多くはFMでサイマル放送されている。これは「標準FM」と呼ばれる。
関東広域圏(一部地域を除く)とCS衛星放送では、大学通信教育を行う放送大学学園が大学教育放送を行っている。かつては東海大学が、保有していた実験局「FM東海」で通信制高等学校「東海大学付属望星高等学校」の授業番組を放送し、同局がFM東京(現・TOKYO FM)に移行してからも、平日の18時半~21時に放送していたが、ステレオ音声とは別に専用受信機を用いて独立音声を多重する放送を経て、現在はCSのPCM音声チャンネルに移行している。放送大学と異なり、市販CS受信機では受信不可能で特殊チューナが必要。
2003年11月のauを皮切りに、携帯電話各社からFMラジオが聴ける携帯電話が発売されている。PHSではアステルからAT-15(東芝製)が発売されたことがある。
PSPやニンテンドーDSといったゲーム機でもゲーム機本体のバッテリーをエネルギーとして使用するFMラジオ受信装置が開発され、発売されている(ニンテンドーDS版は任天堂のライセンス商品ではない)。また、iPodにおいても近年チューナーが発売されており、携帯機器でのFM放送受信の手段は格段に進歩している。
現在の76~90 MHzの周波数帯が設定される以前の1953年には新潟県長岡市をサービスエリアとする長岡教育放送が設立されたが、これは免許上は「業務局」。65.51MHzで1977年まで放送を続けた。
テレビ放送にVHF1chを使用している地域では86~90MHzの周波数を使用できないが(86.3MHzのFMぐんまなど一部例外あり)、デジタル(地デジ)完全移行後は使用できるようになる。また、関西地方では1chを使用していないため、親局が88MHz以上のFM局もある。
免許が不要な微弱電波による送信機が多く流通しており、ミニFM局が各地にある。
東海道・山陽新幹線では、16両編成の列車でFM放送によるミュージックサービスを行なっている。番組は車両がJR東海とJR西日本のどちらの所有かで全く異なる。76.0MHzがクラシック音楽、76.6MHzが邦楽・洋楽のポップミュージックを流す「オーディオスペシャル」(東海)「ヒットソング」(西日本)、77.5MHzが「アーティストコレクション」(東海、ポップ音楽)「ザ・レールサウンド」(西日本、ポップ音楽や落語・講談・漫才などの演芸)、78.8MHzが「テキストいらずの英会話」(東海)「やすらぎのベストセレクション」(西日本、ヒーリングミュージックなど)、79.6MHzがNHKラジオ第1放送である。車内に入らずとも列車の近くに行けば聴く事は可能。
詳細は受信機も併せて参照されたし。
回路方式により、以下の種類に分類できる。
チューニング(tuning - 同調、選局)方式による分類は以下の通りである。
厳密な線引きは必ずしもないが、形態によりおおよそ以下に分類できる。
無線での音声放送(ラジオ)を世界で初めて実現したのは元エジソンの会社の技師だったカナダ生まれの電気技術者レジナルド・フェッセンデン(Reginald Aubrey Fessenden 1866年~1932年)で、1900年に歪みはひどいものの最初の通信テストに成功した。彼は引き続き、ヘテロダイン検波方式や、電動式の高周波発振器を開発してラジオの改良に取り組んだ。
1906年12月24日には、アメリカ・マサチューセッツ州の自己の無線局から、自らのクリスマスの挨拶をラジオ放送した。フェッセンデンはこの日、レコードでヘンデル作曲の「クセルクセスのラルゴ」を、そして自身のバイオリンと歌で“O Holy Night”をそれぞれ流し、聖書を朗読した。この放送はあらかじめ無線電信によって予告されたもので「世界初のラジオ放送」だっただけでなく「最初のクリスマス特別番組」でもある。フェッセンデンは「史上初のラジオアナウンサー&プロデューサー」と言えるだろう。
フェッセンデン以後、実験・試験的なラジオ放送が世界各地で行われるようになるが、正式な公共放送(かつ商業放送)の最初ははるかに下って、1920年11月2日にアメリカ・ペンシルヴァニア州ピッツバーグで放送開始されたKDKA局と言われる。これはAM方式によるものだった。最初のニュースは大統領選挙の情報で、ハーディングの当選を伝えた。
極長距離を伝送できる短波ラジオ放送を最初に行ったのはオランダの国営放送で、1927年11月から海外植民地向けに試験放送を開始、翌1928年には当時オランダ領だったインドネシア・ジャワ島での受信に成功する。この実績に追随してドイツ、ソ連、フランス、イタリア、イギリス等が1929年~1932年にかけて植民地向け放送や海外宣伝放送を短波で開始している。
周波数変調方式(FM方式)は、フェッセンデンによって1902年に考案されているが、実用化されたのは1933年になってからで、アメリカのエドウィン・H・アームストロング(Edwin.H.Armstrong 1890年~1954年)の手による。アームストロングは1920年にスーパーヘテロダイン検波方式も実用化している。FM方式による公共放送はアメリカで1938年から試験的に開始された。
2000年代に入って、先進国で地上デジタルラジオ放送が開始され、またアメリカのSERIUS XM Radioのような衛星デジタルラジオサービスも開始されている。
日本初のラジオ放送は、1925年(大正14年)3月22日午前9時30分、社団法人東京放送局(JOAK:現在のNHK東京放送局:略称AK)が東京・芝浦の東京高等工芸学校(千葉大学工学部の前身)内に設けた仮送信所から発した京田武男アナウンサーによる第一声
「アーアー、聞こえますか。(間)JOAK、JOAK、こちらは東京放送局であります。こんにち只今より放送を開始致します」
だった。当時使われていたラジオは「探り式鉱石受信機」がほとんどで、第一声の「アーアーアー」は、この間に聴取者が鉱石の針先を一番感度の良い部分に調節できるようにするための配慮と言われている。
波長は375m(周波数800kHz)、空中線電力(出力)約220Wだった。当時の受信機の性能に比して出力が弱かったため、東京市内でないとよく聴こえなかった。
元々は3月1日に放送を開始する予定だったが、購入する予定だった日本で1台だったウェスタン・エレクトリック(WE)社製の放送用送信機が、前年12月に同じく設立準備中の社団法人大阪放送局(JOBK:現在のNHK大阪放送局:略称BK)に買い取られてしまった。
そこで東京放送局は、東京市電気局電気研究所が放送実施のために購入したゼネラル・エレクトリック社製の無線電信電話機を借り放送用に改造して使用することにしたが、2月26日の逓信省の検査で「放送設備が未完成のため3月1日の放送開始は時期尚早」と判断された。
既に3月1日から放送を開始すると発表しており、また、大阪放送局よりも先に日本初のラジオ放送を行いたいということで、「試験送信」の名義で逓信省の許可を受け、何とか3月1日から放送を開始することができた。
3週間の試験放送の後、逓信省の検査に合格し、3月22日に仮放送(仮施設からの正式な放送という意味)を開始し、7月12日に東京府東京市芝区(現在の東京都港区)の愛宕山からの本放送が開始された。これには改めて購入した出力1kWのWE社製送信機を使用した。
大阪放送局はその年の6月1日から仮放送を出力500Wで開始した。
さらに、社団法人名古屋放送局(JOCK:現在のNHK名古屋放送局:略称CK)も同年7月15日に、出力1kWのマルコーニ社製送信機を使用して放送を開始した。
社団法人東京・大阪・名古屋放送局は翌年の1926年に「社団法人日本放送協会」として統合された。これは実質的には政府機関的な性格をもっていた。「全国鉱石化」を目標に日本各地に放送局を開設したほか、当時日本領だった南樺太(豊原放送局)や南洋群島(パラオ放送局)にも置局した。さらに、朝鮮には朝鮮放送協会、台湾には台湾放送協会が設立され、日本放送協会の番組を多く中継した。
受信機としては、真空管を使ったものが登場し、鉱石式のイヤホンから、スピーカーで放送が聞けるようになる。
やがてラジオ受信機の普及が進み、娯楽の主役となったが、1941年に太平洋戦争(大東亜戦争)の開戦とその後の戦局の進行と共に大本営発表を行なうための機関と化しプロパガンダ的な番組が増えた。戦中には空襲警報などの情報を知るために、ラジオ受信機の電源を入れたままにしておいたらしい。
1945年8月15日に終戦ノ詔勅(いわゆる玉音放送)が放送され、戦後は海外領土を失う。「社団法人日本放送協会」は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の管理・監督下に置かれ言論統制が行われた。アメリカ軍とイギリス連邦軍を中心とした、いわゆる進駐軍向け放送局が主要都市に置かれた。アメリカ軍向けは後にFEN、現在のAFNの前身である。一部の局については日本放送協会から施設や役務の提供が行われた。
1950年に「社団法人日本放送協会」が公共企業体としての「特殊法人日本放送協会」に改組され、翌1951年には9月1日朝に中部日本放送、同日昼に毎日放送と、民間放送も開始された。1953年にはテレビ放送も開始されたが、白米10kg680円、銭湯の入浴料15円程度だった時代にテレビ受像機の価格は20~30万円程度と高価で一般には買えず、ラジオが一家の主役であり続けた。
ラジオ受信機にしても当時は物品税が高価で、メーカー製完成品を購入するよりは秋葉原などから真空管などの部品を買い集めて自作したほうが安かったために、受信機を製作する人が多かった。彼らは「ラジオ少年」とも呼ばれ、高度成長期の日本のエレクトロニクス産業の発展の基礎を作る要因の一つともなった。
しかし、1959年の皇太子明仁親王(今上天皇)成婚をきっかけにテレビ受像機が普及し始め、ラジオは斜陽化の時代を迎える。
この頃、部品のトランジスタの普及が進み、これを使ったトランジスタラジオの商品化や、さらにモータリゼーションが始まって、ラジオは一家に一台から一人に一台というパーソナル化の方向へ向かう。ラジオ放送は家族をターゲットにした編成から、個人をターゲットにした編成へと転換していく。情報トーク番組や音楽番組が増えた他、ターゲットを絞った深夜放送も盛んになった。
一方では、1970年頃からFMラジオ放送もまずはエフエム東京・エフエム大阪・エフエム愛知・エフエム福岡の4局で開始され、音楽を中心とした編成で放送されるようになる。
FMラジオ放送では、放送される楽曲を録音する「エアチェック」が流行り、オープンリールテープやカセットテープで録音された。また、エアチェックを目的として放送される楽曲が載ったFM情報誌、FM FanやFM レコパルが創刊された。しかし、民放局を中心に「楽曲そのものを楽しむ」から「トークの合間に楽曲が流れる」など番組スタイルの変化などから、エアチェックという言葉自体が廃れていく。
1970年代後半(昭和50年代)に、中東戦争やオイルショックをきっかけとして海外の国際放送を受信するBCLブームが起こった。この時期には、日本向け日本語放送の充実を図る放送局も多く、時事ニュースに留まらずその国の文化などの理解を深めるうえで一定の役割を果たした。また、受信報告書を送ると受け取れるベリカードの収集も盛んに行われた。さらに、送信方向が日本向けではないなど、一般的には受信困難な放送を工夫を重ねて受信しようとするマニアも増えた。これに応じ、受信周波数帯域の広いラジオ受信機、いわゆるBCLラジオが各社より発売され、戦後2回目の黄金期だった。しかし、日本からの海外旅行の一般化や通信の自由化を遠因とする国際放送の縮小などで、BCLブームも終わりを遂げ、2006年現在、BCLラジオもソニー以外は撤退した(そもそも一般のラジオ受信機自体、ソニーとパナソニックに整理されている)。
また1978年11月23日には国際電気通信連合(ITU)の取り決めによりAMラジオの周波数一斉変更(10kHz間隔→9kHz間隔。通称9キロヘルツセパレーション)が行われた。
1982年のFM愛媛をはじめに全国に民放FM放送局が相次いで開局する。1988年には東京で2番目となるエフエムジャパン(現・J-WAVE)が開局、大都市圏では複数の民放FM局が開設されるようになり、対象セグメントの多様化が進んだ。
1992年にはコミュニティ放送が制度化され、都道府県単位よりもかなり狭い地域を対象としたラジオ放送が行われるようになった。1992年にはAMステレオ放送が開始した。1995年にはFM文字多重放送もスタートする。
1995年の阪神・淡路大震災では、災害時における情報伝達メディアとしてのラジオの重要性がクローズアップされる結果となった。以降、各局とも災害への対応を重点に置くようになり、また大都市圏には外国語FM局も開局する。
インターネットラジオの登場、さらに衛星や地上デジタルラジオも加わり、従来のアナログラジオ放送とともに、ラジオの多様化が進んでいる。
民放ラジオ放送が開始された頃の1950~60年代、NHKのラジオ第1、第2放送や民放各社などが、2つまたはそれ以上の放送波を使った立体放送を行った。NHKの例でいえば第1放送が左側の音声、第2放送は右側の音声をそれぞれ放送して、2つのラジオを並べて置くとステレオ音声が楽しめるという試みだった。また、ラジオとテレビを併用した立体放送も実施された。
この方法では問題点が多く、「モノラル放送との互換性がとれず、受信機を二台用意しないと、片方のチャンネルしか聞くことができない」「左右用の受信機に位相特性、周波数特性、レベル等の特性差があると正しいステレオイメージが得られない」「周波数帯域を必要以上に占有する」「NHK等を除くと二局が協力しないと実現できない」などである。現在のFMステレオ放送や中波ステレオ放送ではこれらの問題点は解決されている。
(沿革)