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主軸機「iMac」2007年モデル(現行機も外観はほぼ同一)
Macintosh(マッキントッシュ)はアップルが開発および販売を行っているパーソナルコンピュータ。
通称・略称は、Mac(マック)。
概説
Macintoshは、デザイン・音楽 (DTM・DAW) ・映像(ノンリニア編集・VFX)など、表現の分野でのコンピュータとしてよく利用されているほか、組版 (DTP) の分野でも主流である。
アメリカ合衆国では昔から教育分野で強く、初等教育から高等教育機関まで幅広く利用されている。特にOSがUNIXベースの Mac OS X に移行して以来、UNIX系ソフトウェアが容易に移植できるうえに、Xcodeなどの強力な開発環境が無料で提供され、気軽に使える完成度の高いインターフェースを併せ持つところなどから、理学・工学研究の分野での採用例が増えつつある。OSとしてのコア部分Darwinは完全に公開されていることもあって、UNIXユーザに好まれることも多い。なお、OS Xのバージョン10.5からは正式にUNIXの認定を得ており、販売ベースでは世界最大のUNIXマシンとも言える。
CPUには発売以来長らくモトローラ製のMC68000系が採用されていたが、1994年にはIBM・モトローラとともにPowerPCを共同開発してMC68000系から切り替え、性能を飛躍的に向上させた。CPUは2006年からインテル製のもの(Core 2など)に切り替えられてPC/AT互換機(Microsoft Windows搭載機)とほぼ同様のハードウェアを持つようになった。また、インテル搭載機とバージョン10.5以降は、バージョン9以前のソフトウェアの実行環境(Classic環境)が廃止され、バージョン9以前のソフトウェアが動作しなくなった。(なお、PowerPC搭載機OS X用ソフトウェアの場合、インテル搭載機では、OS内部の「Rosetta」と呼ばれるPowerPCのエミュレーション機能で、ある程度の互換性を確保している)。
一方、インテル搭載機では切り替えソフト「Boot Camp」を使い、Windowsを別途購入してインストールすれば、OS XとWindowsを切り替えて利用することができるようになり、Windows機としての機能も持つようになった[1]。
かつては、「高機能・先進的・都会的であるが高価」なパソコンというイメージ[2]が強かったが、現行のインテル搭載機は、他社の同等ハードウェア構成のWindows搭載機に比較しても、同等かそれ以上の価格競争力を持ち、同じアップル製品のiPodやiPhoneとの統合イメージもあって、シェアを拡大する傾向にある。
沿革
1979年、開発チームのジェフ・ラスキン (Jef Raskin) が、当時の会長であるマイク・マークラに自分が好きな林檎の品種名から着想して綴りを変えた名称の「Macintosh」という製品のアイデアを話したことに始まる。本来の林檎の品種ではMcIntoshの綴りだが、主に同名のオーディオ製品と区別するために「Mc」の間に「a」を入れたことによって現在もそのまま用いられている[要出典]。ジェフ・ラスキンがはじめた「Macintosh」プロジェクトにおける設計案は、現在知られる「Macintosh」とは、基本的なコンセプトが大きく異なっており、(ラスキンがアップル退社後に開発したキヤノン・キャットに似た)テキストベースのインターフェースを持つマシンとして構想されていた。
1980年以降、創業者スティーブ・ジョブズらがPARC を訪問した際に、PARCで動作していたアラン・ケイらが構築した暫定Dynabook環境にインスピレーションを得て、ジョブズが陣頭指揮を執るLisaのプロジェクトに大きな影響を与えることになる。Lisaプロジェクトから外されたジョブズがMacintoshプロジェクトをのっとったことにより、Smalltalkの流れを汲み、 Lisa へと続くソフトウェアデザイン思想に、舵の方向が大きく切られることになった。その思想をもとに1984年1月24日に初代Macintoshが発売された。発売当時の価格は2,495ドルであった。
ジェフ・ラスキンは、それ以前にアップルでApple IおよびApple IIのマニュアル作成を行っていた際、技術用語や命令口調の排除、カラー写真及び画像の多用、背綴じでなくリングを使った綴じ方を採用し[3]ユーザが操作をしながら参照し易いようにする、などの配慮を怠らなかった。これらは当時のコンピュータ業界では新しい試みで、NASAの宇宙開発プロジェクトからヒントを得たとされている。彼は、これらマニュアルデザインの方向性、プロジェクト自体の立ちあげ及び名称の発案という点においては、発売後の「Macintosh」時代に足跡を残したといえる。
そのほか、後述するMacの先駆的な設計、カウンターカルチャーを背景に持つ創業者のカリスマ的な伝説、競合会社との差異を強調した自由な雰囲気をかもしだす広告戦略などは、現在にいたるユーザ層を形成した。
現状
Macintoshのメーカーであるアップルは、別OSを採用した他の無数のパーソナルコンピュータメーカー全てと対比するとシェアの少なさが目立つが、ハードウェアとしてのMacは一時期の互換機路線(パイオニア、akia、UMAXなどが互換機を製造した)を除けば、ほとんど単一メーカの製品であり、それが他の無数に存在する(PC/AT互換機)メーカ全ての対抗馬として意識され続けてきた。
2001年以降、Mac OS XがUNIXベースのものであること(Mac OS X v10.5からは正式なUNIXとなった[4])により、UNIXユーザの注目を集めている。さらに、アップルは、Final Cutの買収と発売[5][6]以降、映像関係のアプリケーションをリリースして映像業界の市場を開拓した。一方、印刷・出版・デザイン・音楽関係などの古くからのユーザは Mac OS 9 以前のバージョンのOSを使用し続けていることが多かったが、現在ではそれらの業種でもMac OS Xが主流になっている。ただしDTP用途に用いる業種では、出版不況で収益が悪化した企業が多く、既に新規設備投資や新環境に対応できる人材確保を行うことが難しい状況になっており、移行が難航している場合がある。[7]
アップルは圧倒的シェアを誇るWindowsユーザ向けにもiPodとiTunesを提供し、アップル独自の使い勝手に親しんでもらうことによってMacintoshへの移行を促すという戦略をとっており、近年のシェア向上に一役買っている。
Macの購入が検討される場合、Windows(特にMicrosoft Office)との互換性[8]が意識されることがしばしばある。アップルとの業務提携を結んだマイクロソフトはMac向けのMicrosoft Officeを提供し続け、Windowsとのデータ互換性も極めて高くなっているものの、Mac版Microsoft OfficeはWindows版Officeとアプリケーションのバージョンが異なり、レイアウトなどにおいて完全には一致しない場合がある(Windows環境同士ですらアプリケーションのバージョンが違うと完全に一致しない場合がある)。
WindowsマシンとMacintoshを併用するユーザも少なくないことから、2006年にはアップルから「Boot Camp」のβ版が無償配布され、今日ではIntel Mac上でWindows XP及び、Windows Vistaでの起動もできるようにもなっている(ただし、Intel Mac上でのWindowsの使用についてアップルによるサポートは一切ない)。Mac OS X v10.5には正式版のBoot Camp 2.0が搭載されている。
iPodの普及とインテル製CPUへの切り替えによって、Windowsを使っていたユーザにもMacintoshへの親しみと安心感を与えることに成功し、特に米国でシェアを拡大、日本でも一部に波及している。シェア拡大の他の理由として、同等ハードウェア構成のWindows搭載機に比べた場合の、コストパフォーマンスの高さも指摘されている。[9][10]
互換性に対する二面性戦略
アップルは、Mac以前の製品Apple IIや本格的なDTP時代の到来をもたらしたMacintosh IIシリーズでは、簡単に開けられるボディに高い拡張性をそなえ、ボードの交換サービスで旧機種との互換性を保ちつつ長寿命を実現した製品を発表してきた。その一方で、簡潔なデザインに到達するために、「過去との互換性は画期的な製品進歩の抵抗である」(創業者であるジョブズの発言)として大胆に切り捨てるのも、よく知られた同社の伝統である。かつての低価格機種であるPerformaやLC、Classic等のシリーズでは拡張スロット(バス)が1基ないしは2基採用されて来たが、iMacやiBookではFireWireやUSBによる外部拡張のみとする設計思想が明確になった。
密閉されたボディをもち、拡張ボードを挿すためのスロットが一切設けられなかった初代Macintoshを再現するかのように、iMacにおけるPCIスロット・SCSIポート・シリアルポート・フロッピーディスクドライブの廃止や、iBookにおけるPCカードスロットの省略、MacBook Airにおけるメモリスロットや有線LANの排除などが行われた。
iMacが発売された1998年当時、同業他社はフロッピードライブを依然として標準採用していたが(Windows自体がシステムの再インストールを行う際に、フロッピーデバイスを必須としていたことなどが理由の一つ)、フロッピー誕生時と異なり、画像・映像など大容量のデータを扱うことが多くなったコンピュータユーザに、遅くて低容量なフロッピーの不便を押しつけない決断は、ひとつのデザイン的な思考であった。とはいえ、この当時、ドキュメント分野においてはフロッピーは依然として重要なメディアであり、またQuarkXPress 3.3等古いソフトのインストールのためのキー・ディスクが必需品であるなどの理由で、外付けドライブを購入したユーザも少なくなかった。
Mac ProやMacBook Proなどの拡張性の高い機種でハードの拡張を行うことによって、随時OS等の進歩についていくことが容易になる一方、ハードウェアの高性能化に追随するには内部拡張を行うより買い替えてしまったほうが割安な場合もあることから、Mac購入時には、拡張性を期待するか否かという視点をもって製品ラインを選択する必要がある。
一時期、ハードウェアの製造ライセンスを他社(日本国内企業ではパイオニア、akiaなど)に与えて互換機が登場したこともあったが、ジョブズ復帰後の方針転換により、現在では認められていない。その理由としては互換機の存在が市場拡大につながらず、Macと互換機によるシェアの共食いになってしまったことなどが考えられる。互換機路線はジョブズ追放中にとられたものであり、「ハードとOSが一体になった、斬新で魅力的な製品開発」を唱え続けてきた彼が、これを廃したことは当然といえよう。厳格な後方互換性には固執せずに、積極的に新機能を搭載したOS及びアプリケーションソフトウェアに、シンプルで個性的な外観デザインをもったハードウェアを統合し、強力なブランド性を持つ製品を世に送り出すことが、現在のジョブズとアップルの基本姿勢といえる。そのため、サードパーティーや一部のユーザがその都度に切り捨てられているという批判も存在する。
名称
特定の機種を指す狭義の「Macintosh」という名称を持つ機種は初期のもの(いわゆるオリジナルの「128k」や「512k」と呼ばれるもの)にしかないが、機種ごとに、「Quadra」「Centris」「Performa」「Power Macintosh」「iMac」「eMac」「iBook」 など、アップルより発売された Mac OS/Mac OS X を搭載したシリーズ、機種(下記)をすべて含めて「Macintosh」あるいは「Mac」と称する。
当初、「Power Macintosh」(または「Power Mac」)の「Power」は、PowerPCを搭載しているという意味であった[要出典]。 しかし、1997年時点で全ての機種にPowerPCが使われていることや、ノート型の「Macintosh」の名称には、PowerPCが搭載される以前のモデルから「PowerBook」が用いられていた。
「Power Macintosh」以前のデスクトップ機種である「Quadra」や「LC」「Classic」「Centris」の場合、上位機種の「Quadra」は搭載CPUのMC68040にちなんだ「4」を意味するラテン語のQuadからの造語、「LC」は低価格でカラー表記が可能な「ローコストカラー」の略で「LC」を意味すると言われている。「Classic」はMacintoshのローエンド機種として最も基本的な機能をそなえた機種であることから、「Centris」はQuadraとLCの中間のミドルレンジにあたる機種であり、「中間」を意味する「センター (Center) 」をもじったものであると思われる[要出典]。
また「iMac」「iBook」「iTunes」「iPod」などの「小文字iの次に大文字からはじまる単語」の組み合わせは、特に初心者にとっての明快さや低コストを重視して、多くの人に親しまれるハードやソフトに使われる名前として定着している。
インテルCPUへの移行に伴い、PowerBookの後継機として「MacBook Pro」、iBookの後継機として「MacBook」、先行して「Mac mini」が登場。後にPower Mac G5の後継として「Mac Pro」が登場し、サーバモデルの「Xserve」もインテルCPUに移行したことから、(iMacを除く機種では)下位モデルにはMacの名をそのまま用いた名称を名付け、その上位に当たるモデルに「Pro」の名を与えている。
長らく上位機種として存在していたPower Macintoshシリーズだが、実際の名称では青白のPower Macintosh G3シリーズまでを「Power Macintosh 〜」と称し、グラファイト化がなされたPower Mac G4シリーズ以降は全Power Mac G4」または「Power Mac G5」と名付けられた。今までは愛称(もしくは略称)だった「Power Mac」が正式な名称として用いられるようになった。
先駆的な外観設計
Macは外観設計思想の側面からも先駆的である。1980年にMacintosh開発に加わったジョアンナ・ホフマン (Joanna HOFFMAN) は、各々の言語に依存した部分を設計の基本から分離するという国際化マルチリンガルの思想を導入した。それを具現化したのはブルース・ホーンと言う人物で、リソースという概念を提唱した。最初はROMに基本的なユーザインターフェースのルーチンを埋め込むなどの工夫がされていたが、ハードウェアデザインにも同様な思想が導入され、コネクタの識別用には、文字でなくアイコンを用いるようにした。
また従来のノート型の機種では、キーボードが手前にあるものが当たり前だった時代、最初のPowerBookである100シリーズ(PowerBook 100、140、170)では、トラックボールを設置する為にキーボードの位置を奥に移動することにより、パームレスト(手前に手のひらが休める部分)を設けていた。当時、各社が様々な入力デバイスを考案する中、トラックボールは、キーボードからそれ程手を離す事無くポインターを操作することができ、特別な操作を必要としないことから大いに歓迎され、他社も同様のデバイスを採用していった。
しかしトラックボールはマウス同様、機械的な動作を読み取ってデータに置き換えていたことから、塵や埃によって動作が妨げられるマイナス要因も持ち合わせていた。その上に、年々薄さや重さがノートパソコンのキーポイントとされてきたことも重なり、機械的な構造で厚みがあるトラックボールは徐々に敬遠されがちになって行く。
PowerBook 520(1994年5月発売)。ポインティングデバイスとしてトラックパッドが採用された
そしてアップルは新たな入力デバイスとして、PowerBook 500シリーズからトラックパッドへ移行することとなる。そのトラックパッドは4×5cm四方程のパッド(板)状のもので、そのパッドの上を指でなぞることによって、その動きをそのままポインターの動きとして変換するようなデバイスであり、信頼性の高さと薄型化に有利な特性から、その後他社も追随した。
Power Macintosh 9500/8500等になって初めてMacに搭載されたPCIスロットをはじめ、IDE、AGPなど、PC/AT互換機で既に実装され、いわば「枯れている」ハードウェア機構がMacintoshに導入された。これらの機構はハードウェアでも独自路線を進もうとしたAppleが路線を変更し、開発コスト(当然、購入価格にも影響する)の上昇やパーツ導入の困難化を避けるために導入した妥当な判断といえる。ハードウェアにトラブルが起きがちと云われるようになったのもSCSI→IDE (ATA)、NuBus→PCI/AGPといった基本パーツの変更を行った頃とほぼ重なっており、アップルは次々に「機能拡張ファイル」を更新/追加することで対応していった。
iMac・iBook以降はハードウェアの独自仕様はほぼなくなり、汎用規格のみを採用するようになった。Intel Macに移行した現在では、主要部品もほとんど汎用品を採用している。
ワンボタンマウス
ワンボタンマウスは、Macintosh独特のインターフェースとして知られている。これには、Macintosh発売以前のコンピュータの一般的方法であったコマンドによる操作 (CUI) では、単純な作業(例えば、ファイルの移動やコピーなど)さえできなかった人々であっても、「迷う余地がないほど単純なこと(ワンボタンマウスを使った操作)さえできれば、複雑なこともできるようになる」というアップルの主張が含まれている。元々、"The Computer for the Rest of Us"「(CUIベースではコンピュータを使えない)残された人達のためのコンピュータ(であるMac)」を掲げて来たアップルにとって、マウスがワンボタンであるということは非常に重要な意味があった。
PC/AT互換機とWindows陣営は長らく2ボタンマウスを採用して来たことから、Mac OS 8以降ではWindowsの右ボタンに相当するコンテクストメニューを採用するようになる。このコンテクストメニューはキーボードの「Control」(コントロール)キーを押しながらマウスボタンを同時に押すことによって対応するが、Mac OS X以降はアプリケーションによってはボタンを少し長めに押すことでも対応可能となり、文字通り「ワンボタン」で対応できる。
ワンボタンマウスの採用により、複数ボタンマウスでの多機能を前提とした複雑な操作体系とそれによる混乱を避けられる。このワンボタンマウスはMac用ソフトの操作性に一貫性を持たせている。
とはいえ、効率的な操作を行うために、他のOSで慣れ親しんだコンテクストメニューは必要なものであると感じるユーザが多いとの読みもあってか、アップルは2005年には多ボタン機能を持つ、Mighty Mouseを発表した。Mighty Mouseは、ハードウェアによるスイッチ機構と共に、マウス全体のある部分(通常クリックは左側、コンテクストメニューは右側と言った具合に)を押すことで多機能を実現している。 トラックパッドと似た機構をマウスの上蓋に実装し、任意の箇所の動作状況を検知することで「ボタンをクリックした」状況と同じ感覚をソフトウェアにて提供する。Mighty Mouseはソフト的にボタン位置と割り当てる操作体型をユーザ自身が切り替えることが可能なため、すべての検知ポイントで同一の「左クリック動作」を設定すれば、ワンボタンマウスと同じ操作ができる。現在のデスクトップMac(Mac miniを除く)には、Mighty Mouseが標準で付属する。
キーボード
Macのキーボードは使用頻度の高いキーをタイピングしやすい位置に配置し、シンプルですっきりした外観になっている。Windowsで利用されているキーボードと比較するとDeleteキーが一つ(バックスペースを兼ねる)、PrintScreenなどの機能キーが存在しないなどの違いがあり、MacのキーボードをWindowsで利用すると困惑するがその逆は問題ない。
また世代によってMacを起動する電源キーが備わっているものや、F12に当たる位置にCD取り出しキーが配置されたものなどがあり、必ずしも全てのMacのキー配列が同一というわけではない。
ノート型のMacでもBTOで英語 (US) キーへのパーツ変更が可能なので、英語キーを使用しているユーザも少なくはない。
コマンドキーについて
アップルが1993年まで販売していたパーソナルコンピュータ"Apple II"のキーボードには、アップルマークが表示された"アップルキー"という修飾キーがあった。
また、Macのキーボードには"コマンドキー"という修飾キーがある。このコマンドキーは「command」のような文字表示ではなく、アップルマークと四葉のクローバー似のコマンドマークが並んでいる珍しい表示になっている(初代の"Apple Macintosh Keyboard"はアップルマークが無くコマンドマークのみ)。
なぜ、2つのマークを並べる表示になったのかというと、Mac用の二代目キーボードである"Apple Desktop Bus Keyboard"が、Apple IIシリーズの一機種であるApple II GS用のキーボード"Apple II GS Keyboard"と全く同一製品だったことに由来する[要出典]。
つまり「Apple II GS使用時にはアップルキー」、「Mac使用時にはコマンドキー」として使える(一目で判別できる)ための工夫であった。
よくMacユーザーでコマンドキーのことをアップルキーという者がいるが、アップルキーとは、あくまでApple IIの修飾キーの名称であり、Macの修飾キーを指す名称ではない。
この2つのマークを並べる表示は、近年のMacシリーズのキーボードにも継続されていた。しかし2007年8月に販売開始された"Apple Keyboard"で、ついにアップルマークの表示が廃止され、コマンドマークと「command」の併記に変更された。
アップルマークを廃止した本来の理由は「Apple IIシリーズの販売終了(1993年)からかなりの年数が経ったため」である[要出典](コマンドキーに「command」の文字表示がないため「コマンドキーがどれか分からない」という問題が以前から指摘されていたにもかかわらず、アップルが頑としてアップルマークを表示し続けてきたのも元Apple IIユーザーへの配慮である)。
しかし2007年現在でApple II販売終了から既に14年も経っている上に、Intel CPU搭載のMac (Intel Mac) において、ソフトウェア"Boot Camp"を用いて、Mac本体でWindows XPやWindows Vistaが利用可能になると「Windows上でWindowsキーに該当するコマンドキーがどれか分からない」という問題が発生。元Apple IIユーザーのためだけにアップルマークを表示し続けるには限界に達した。そのためアップルは2007年8月販売の新型キーボードのアップルマークを急遽廃止し、代わりに「command」の文字をコマンドマークと併記したといわれている[要出典]。
拡張子とマルチユーザ
Macにおいて、ユーザは原則的に拡張子を意識せずとも良い状況が作られて来た。それは新旧のMac OSで一貫して言えることであり、ファイルを開く時は拡張子に頼らず、そのファイルを編集したアプリケーションが起動する仕組みになっている。それは、ファイル自身に、そのファイルを編集したソフトがクリエーター属性として自動的に記録されるためである。
この機能を継承しつつも、Mac OS Xへの移行に伴い拡張子の扱いも見直され、拡張子の表示と非表示は切り換えることができるようになった。アプリケーションの中には拡張子を判断するもの(例:Java)があるため、この機能はMacと他OSとの互換性を考慮した結果とも言える。
拡張子の他に、他のOSが採用している一般的な流儀としてMac OS X(Mac OS 9では疑似)より採用された、ログインユーザごとに分けられたホームディレクトリにみられるマルチユーザ機能がある。Mac OS X v10.3 Pantherからはファーストユーザスイッチという機能が搭載され、より簡単にユーザを切り替えることができるようになった。単独でMacを使っているユーザにも、別のユーザディレクトリを持つことで、本来の環境への影響を最小限にして X Window System などを試してみることもできるという恩恵がある。
CPUの変遷と計算速度
680x0時代
発売当初の機種は、モトローラの68000系CISC型CPU(アップルやモトローラはMPUと呼称)を搭載していた。
Apple IやApple IIは、当時の流行であったインテルのx86チップの前身となる8086チップを採用しておらず、その後のLisaでも採用することはなかった。Appleシリーズの設計者であるスティーブ・ウォズニアックがモステクノロジーの6502チップを使用していた流れから、当時ワークステーションで広く使われており、処理能力が高いMC68000が採用されたのは自然だったと言える。また、x86では1Mバイト以上のメモリ空間を扱う際にトリッキーなプログラミングが必要とされ、大容量メモリの活用に制約が多かった。一方、68000はアドレスバスが24ビットであったことから2の24乗バイト=16Mバイトのメモリ空間を(RAM・I/Oポートなどを区分して)メモリアドレスによって使い分ける必要がない素直な設計であり、大容量メモリを容易に利用できた。命令セットも学習が比較的容易で使いやすく、開発者に好まれた。
また68000チップは、1985年にアップルが発売した初のレーザープリンタである、初代「LaserWriter」でも採用された。これはアドビシステムズが開発したPostScript言語を解析する機能の為であった。
PowerPC時代
1991年に、アップルとIBM、モトローラが提携を発表し、3社によるRISCチップのPowerPCが開発されることとなる。このPowerPCは従来と比較して圧倒的な高性能ではあったが、680x0シリーズとは互換性がなく、今までのソフトウェア資産を利用するにはMac OS側で68LC040チップ相当のコードをPowerPC命令に動的コード変換をすることでソフトウェア互換を確保した。Mac OSのコード変換機構はPowerPCコードと680x0コードの混在するソフトウェアを実行可能で、開発者は動作速度に影響を及ぼす使用頻度の高いコードから順次PowerPCコードへの書き換えを進めることができた。
System7.5まではMacOSそのものも一部を除いてほとんどPowerPCコード化されておらず、PowerPCの真価を発揮することはできなかった。System 7.5.1からMac OS 8.1にかけて徐々にPowerPCコードを増やし、Mac OS 8.5以降はPowerPC搭載モデルのみを動作対象とした。
1997年にはPowerPC G3(PowerPC 750)を搭載するPower Macintosh G3シリーズ及びPowerBook G3を発売する。G3はこれまでPower Mac上位機種で採用され続けてきたPowerPC 604シリーズではなく、PowerBookに搭載されてきたPowerPC 603シリーズの流れを汲むもので、603譲りの省電力・低発熱、なおかつ低価格でありながら、604eを上回る実効性能を実現したチップである。PowerMac G3はPC/AT互換機の規格を多く取り入れて低コストに製造できるように配慮されており、その高い利益率は、当時のアップルの苦境を救った。PowerBook G3シリーズは、当時他のノートパソコンの追随を許さない高性能機種であった。1998年にはiMacを発売、ハイエンド機種並みの高性能を売りに、爆発的な売り上げを記録した。
1999年にはSIMD演算機能であるVelocity Engineを統合したPowerPC G4 (PowerPC 7400) 搭載のPowerMac G4を発売。Velocity EngineはMacに強力なマルチメディア性能をもたらし、QuickTimeを通して動画や音声などの処理に利用された。1999年に発売されたiMac、iBookや、2000年に発売されたPower Mac G4 CubeはPowerPC G3・G4の発熱量の少なさを生かして電動ファンレスの静音機種としていた。
その後2003年には広帯域のCPUバスと強力な浮動小数点演算機能をもつ64ビットのPower Mac G5 (PowerPC 970) が登場した。これは一般向けのパソコンでは初となる64ビットCPU搭載マシンであり、4GBを上回るメモリ搭載が可能となった。OSの64ビット化はハードウェアよりもかなり遅れ、2005年のMac OS X v10.4 Tigerで部分的に64ビット対応となり、2007年のMac OS X v10.5 LeopardでCocoaを含めて64ビットに対応することとなった。
Power Mac G5は9つの可変速ファンを採用、筐体内部の空気流動を効率化させることで冷却効率の最適化を図った。モデルによってはG5チップを水冷式ラジエータで冷却する仕様もあった。Power Mac G5のファンの数が多く、負荷をかけるとファンが高速で回るのは、PowerPC G5の消費電力と発熱が従来のPowerPC G4よりも遥かに大きかったためである。iMacはG5を搭載したシステムを液晶ディスプレイとともに、厚さわずか5cmの筐体に収めたが、発熱が問題となり、2005年発売のG5最後のモデルで大幅な設計変更を行い、ようやくG5の内蔵と静音を実現した。
バージニア工科大学は1,100台のPower Mac G5 Dual 2GHz(2004年〜2008年現在は1,150台のXserve G5 2.3GHz Clusterモデル)を繋げて並列計算させることにより、世界第3位の計算速度を記録するスーパーコンピュータとして2003年11月16日にTOP500 Supercomputer sites が発表した。約520万ドルというスーパーコンピュータとして破格の安価であった。(当時第1位のスーパーコンピュータ地球シミュレータの開発費は5億ドル以上)
Intel Mac時代
2005年6月6日、開発者向けのイベントWWDC 2005 において、1年後以降の消費電力あたりの性能向上が著しいことを理由に、2006年半ばよりCPUをPowerPCからインテルx86系のものへと順次切り替えていくことがアップルより発表された[11]。2006年1月10日に前倒しでIntel Core Duoを搭載したiMacおよびMacBook Proが発表された。PowerPCベースのソフトはダイナミックリコンパイルソフトウェア"Rosetta"(ロゼッタ)を使うことでインテルプロセッサ上での動作が可能となる。また、PowerPCベースのコードとIntel Core向けのコードの双方を組み込んだUniversal Binaryもある。最初のIntel Core(Core Duoも含む)は32ビットであったが、64ビット版のIntel Core 2やXeon 5100シリーズのリリースとともにPower Mac G5の後継となるMac Proでは64ビット版インテルチップが搭載されることとなった。
インテルのプロセッサを採用しているが、Windows XPがインテル搭載Macの採用するファームウェア"EFI"に対応していないことから既存のWindows XPを動作させることは当初疑問視されていた。しかし、後にアップルからFirmware UpdateとBoot Campベータ版の提供が開始されたことにより、Intel Mac上でWindows XP SP2を動作させることができるようになった。Boot Campは2007年10月に発売されたMac OS X v10.5 Leopradで標準機能として含まれた。また公式な対応ではないが、ブートローダをEFIに対応させたLinuxなどWindows以外の一部のOSも起動が確認されている。
このようにアップルは他社製OSを意図的に排除しない方針をとるが、逆にMac OS Xを他社製ハードウェアで動作させることについてはライセンス上認めず、強力なプロテクトによって保護している。
機種
680x0時代のMacintosh
一体型筐体(Original、Plus、SE、Classic、LC xxx…)
CPUとディスプレイが一体となっているMac。
- Macintosh 128K
詳細はMacintosh 128Kを参照
- 初代。その大きさはオフィスにおける電話のサイズから作られた。OSの性能にくらべ、RAM領域が128Kと狭く、実用性に乏しいものであった。68000CPUを採用し、400KBフロッピードライブ内蔵。筐体デザインはよくフロッグデザインと誤解されるが、ジェリー・マノック(アップル)の手によるものである。
- Macintosh 512K
詳細はMacintosh 512Kを参照
- 初代128Kのメモリを512Kに増強したもので、通称Fat Macと呼ばれる。
- DynaMac
- 日本のキヤノン販売により、Macintosh 512Kに漢字ROMを搭載し日本語(JIS第一水準)を扱えるようにした機種。
- Macintosh 512Ke
詳細はMacintosh 512Keを参照
- 512kの内蔵フロッピーディスクが800KBに強化したもの。
- Macintosh Plus
詳細はMacintosh Plusを参照
- SIMMメモリースロットを採用し1MB (最大4MB)となる。SCSIを標準で搭載。この為スペースの関係上、シリアルポートのコネクタ形状がD-sub 9ピンから丸型DIN 8ピンに変更された。(この機種ではまだADBが用いられていない)日本語が使えるようになった初めてのMac。
- Macintosh SE
詳細はMacintosh SEを参照
- フロッグデザインの一体型。この機種からADBが用いられている。ダイレクトスロットを持ち、拡張性を持つ。内部増設用SCSIコネクタを持ち、フロッピーディスクドライブを2基、もしくはハードディスクドライブとフロッピーディスクドライブをそれぞれ1基搭載可能。後期型は内蔵フロッピーディスクが2HD対応のSuperDriveになった。
- Macintosh SE/30
詳細はMacintosh SE/30を参照
- SEのCPUを68030にした他、030プロセッサダイレクトスロット (030PDS) などを持つ。ダイレクトスロット用にさまざまなオプションが発売された。メモリー最大搭載容量も128MBに達した。
- Macintosh Classic
詳細はMacintosh Classicを参照
- スッキリした外見に変更された。米国では90年の発売当時最も安価な構成で4400ドルだったのに対し、999ドル(フロッピーディスクドライブのみ)からという戦略的な価格で発売されヒットした。国内では198,000円(フロッピーディスクドライブのみ)または298,000円(ハードディスクドライブ搭載)。ただしCPUは68000であり、当時としても非力であった。68000を搭載した最終モデル。
- Macintosh Classic II
詳細はMacintosh Classic IIを参照
- SE/30の製造終了後に登場。SEシリーズより廉価であるが、拡張性は劣る。Classicの16ビットCPUから32ビットの68030へ変更されたが、データバスは16ビットのままであり、FPUも搭載していない。
- Macintosh ColorClassic
詳細はMacintosh ColorClassicを参照
- 一体型初のカラーディスプレイ化を行ったものでSONYのトリニトロン管を採用している。従来のフロッグデザインとは異なった丸みを帯びたスタイルは賛否両論あったが、後のMacintoshではこちらを継承している。CPUは68030。PostPetに登場するひみつメカのモデルになったことでも有名。後にPPC化やCDドライブ搭載など各種改良され専門販売店によって販売された経緯があり、中古相場が高騰した時期もある
- Macintosh Color Classic II
詳細はMacintosh Color Classic IIを参照
- カラー化に伴って貧弱だったColorClassicのCPUを強化し、メモリを72ピンSIMMに変更したモデル。最後のコンパクトMac。別名でPerforma 275、LC275等が存在するが、それらはColor Classic IIと同様である。
- Macintosh LC520
詳細はMacintosh LC520を参照
- LCシリーズのディスプレイ一体型機。同様の機体としては他にLC550、LC575があり、520と550は68030を、575は68LC040を搭載していた。ColorClassic同様のトリニトロン管を持つが、サイズが14インチに変更されている。
- Mac TV
詳細はMacintosh TVを参照
- 日本では未発売だったTVチューナーユニット搭載のモデルで、LC575ベースで筐体が黒く塗られていた。
- Performa 520
詳細はPerforma 520を参照
- 別名でPerforma 520、Performa 550、Performa 575等が存在するが、それらはLC520、LC550、LC575と同様である。
- Macintosh Performa 588
詳細はPerforma 588を参照
- Performa 588はLC575ベースでより低価格を追求したもので、モニターがトリニトロン管ではなくシャドーマスクに変更され、ColorStyleWriter2200とセット販売されたこともある。68k CPUを搭載した最後の一体型Mac。
Macintosh Portable
フロッグデザインとの共同デザインによるMacintosh初のポータブルマシン。アクティブマトリクスTFTモノクロ液晶(初期はバックライト無し、後期はバックライト搭載モデルが用意された)、左右交換可能なトラックボールまたはテンキー、10時間以上動作可能な鉛バッテリ(鉛蓄電池)を搭載。デスクトップモデルと比較しても遜色のない機能を誇った。妥協を許さない設計がなされていたが、大型で非常に重く高価となってしまった。68000(Portableは日立製MC68HC000/16MHz)搭載機種で使える内蔵RAMは基本的に4MBまでであるが、この機種では9MBまで利用できた(なお、68000の項目を参照すれば分かるとおり、この容量制限は68000プロセッサに起因するものではない。68000自体は224=16Mバイトのメモリアドレスを扱うことができる)。[12][13]
ノートブック型筐体(PowerBook xx0、PowerBook Duo 2x0)
詳しくはPowerBook参照
- Macintosh PowerBook 100
- Macintosh PowerBook 140, 170, 160, 180, 165c, 180c, 145B, 150
- Macintosh PowerBook 520, 520c, 540, 540c 550c
- Macintosh PowerBook 190、190cs
- Macintosh PowerBook Duo 210, 230, 250, 270c, 280, 280c
大型筐体(Macintosh II、Quadra 9X0…)
NuBusスロットが6つあるMacのこと。Macには拡張性がないとされていたことに対して、アップルの回答の一つである。登場した当時はワークステーションと比較されることが多かった。
- Macintosh II
- Macintosh 初の完全32ビット機かつカラー対応の機種。16MHzの68020 MPUと68881 FPUを搭載し、オプションの68851 PMMU (Paged Memory Management Unit) を追加することで仮想記憶にも対応できた。フロッピーディスクは2DD(後に2HD対応のアップグレードが出た)。30pin SIMMスロット8本で内蔵RAMは最大8MB(漢字Talk 7.1で32-Bit System Enablerを利用すれば、128MBまで利用出来る)。
- Macintosh II x
- Macintosh IIのプロセッサを68030に、FPUを68882に強化したモデル。フロッピーディスクがFDHD (2HD) になった。
- Macintosh II fx
- 68030 40MHz搭載機種で、当時の最速マシン。増設用のRAMが特殊な高価なもので(この頃の他機種は30pinが標準であったがこの機種に関しては64pin、LaserWriter II NTX-Jと同じ)、NuBUSも特殊であり互換性に難が生じ、増設ボードによっては利用出来ない問題があった。Macitosh IIとII xユーザ向けのロジックボードアップグレードも実施された。
- Macintosh Quadra 900
- 25MHzの68040を搭載したモデルで、このタイプから縦置き用のデザインになる。IIシリーズ以降、初めて追加ドライブを搭載することが可能になり、鍵によるセキュリティーもなされるようになった。
- Macintosh Quadra 950
- Quadra 900のクロックを33MHzにアップした機種。Quadra 900の発売からわずか3ヶ月後に販売開始され、900のユーザ向けのアップグレードも実施された。オプションでCD-ROMドライブ搭載も可能だった。
中・小型筐体(Macintosh IIxx、Quadra xx0、Centris xx0…)
Nu-BUSスロットが三つあるMac。IIシリーズは、ほぼ同様の電源ユニットを備えているのが特徴。
- Macintosh IIcx
- スロットの数以外はほとんどIIxと同じ。Macintosh IIci、Quadra 700へのハードウェア・アップグレードキットも準備された。"スノーホワイト"コンセプトであるがフロッグデザインではない。
- Macintosh IIci
- IIcxのビデオ回路内蔵モデル。MPUに25MHzの68030を、さらにFPUに68882を搭載し、性能と拡張性のバランスがよく、高価にもかかわらず好調な販売を記録した。Quadra 700へのハードウェア・アップグレードキットも準備された。
- Macintosh Quadra 700
- IIciを縦型に改めたデザイン(実際にはどのモデルも縦置き・横置き共に可能)。筐体の美しさから人気があった。MPUに25MHzの68040を搭載し、VRAMをメインRAMとは別のバスで操作することでシステムバランスの低下も防いでいた。
- Macintosh IIvi
- 68030搭載モデル。性能が過去の機種IIcxにも劣るために不評であり、初めて金属を露出した小型筐体で、IBM互換機のようなデザインに賛否が分かれた。以降、Power Macintosh 7100まで同デザインが使われる。初のCD-ROM内蔵モデル。
- Macintosh IIvx
- IIviと並んでMacintoshでは初のCD-ROM内蔵モデルであったが、非搭載モデルもあった。
- Macintosh Centris 650
- 68040/25MHz搭載でIIvi、IIvxと同様の筐体。
- Macintosh Quadra 650
- 68040/33MHz搭載でIIvi、IIvxと同様の筐体。
- Macintosh Quadra 800
- 68040/33MHz搭載で、Quadra 700以降のミニタワー型筐体となる。以降Power Macintosh 8500まで同デザインが使われる。CD-ROMドライブ搭載モデルもあり、Quadra 900以下のサイズでありながら追加でドライブを搭載できるのが特徴であった。
- Macintosh Quadra 840AV
- Quadra 800と同デザインで、40MHzの68040が搭載されたもの。Quadra 660AV同様、初のDSP搭載Macである。
ピザボックスタイプ(LC x、LC475、Quadra 605、Centris 6x0)
筐体が宅配ピザのパッケージのように薄いことから、純正の12インチディスプレイと合うサイズ。LCとはローコストカラーのことである。LCシリーズ用の専用の拡張ボードが発売される。無骨なパソコンが発売されていた時代には非常にスタイリッシュであった。このシリーズも、Appleの他のシリーズ同様に上位モデルへのアップグレードサービスが行なわれた。
- Macintosh LC
- 16MHzの68020を搭載し、カラー表示と場所を取らない薄型・コンパクトなデザインが好評だった。コストダウンのためかシステムバスが16ビット幅だったため、68020の性能を生かすことができなかった。専用バスに挿入する