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「NEWS23」(ニュースツー(もしくは『トゥー』)スリー)は、TBS(JNN)で1989年10月2日から放送されている最終版のニュース番組である。『真夜中のニュースランド』(現在は『最強最良の夜ニュース』)をキャッチフレーズにしており、平日版の「JNNニュース」の最終版を放送している。通称は、「ニュース23」。
番組開始から2008年3月28日までは番組タイトルが『筑紫哲也 NEWS23』(番組ロゴの表記は、TETSUYA CHIKUSHI NEWS 23)で、初代メインキャスター筑紫哲也の冠番組であった。当時の通称は「ニュース23」もしくは「NEWS23」。
尚、現在放送しているJNNのニュース番組では最も長く放送している(終了したJNNのニュース番組も含めると最長は『JNNニュースコープ』の27年半)。
番組の沿革
放送開始の経緯
TBSの平日ニュース最終便としては、1988年9月までの22時台に『JNNニュース22プライムタイム』を放送。同年10月からは『JNNニュースデスク'89』を放送し、1989年9月に打ち切り。同年10月に、21:00以降のTBSの平日のテレビ編成の見直しと兼ねて、23:00台のニュース枠新設の際に筑紫哲也をメインキャスターに迎えて、当番組を編成した。
- TBSは以前から、テレビの出演経験の豊富な筑紫にニュース番組のキャスターを打診していた。しかし、TBSと資本関係にない(過去には読売新聞社と共に資本関係にあった)朝日新聞社に在籍していたこともあり、筑紫は円満退社を希望。それが筑紫のニューヨーク転勤を機に円満退社に向けた準備が整い、ようやくTBSの打診を受け入れた。
番組名に使われている数字「23」は放送時間の由来もあるが、野球のフルカウント「ツーストライク スリーボール」の略称の由来もあり、読みは「にじゅうさん」や「トゥエンティースリー」ではなく「ツースリー(トゥースリー)」の読みになった。これは当時視聴率が低迷していたTBSの平日最終版ニュースの「起死回生」にかけた[1]。
以下、女性サブキャスターの入替とともに番組が大きく衣替えしていることから、それに従い第1期、第2期…とする。
第1期(1989年10月 - 1997年9月)
1989年10月、放送開始。筑紫のほかに浜尾朱美・池田裕行を中心に進行。スポーツキャスターの初代は野球解説者の小林繁。
第1期は2部制を採った。第1部で報道局とスポーツ局が制作するニュースと特集、スポーツニュースを放送した後、23:50からの第2部では社会情報局(TBSビデオ問題後の社内改革で廃止)が主に制作する特集を放送。
ただし当時、番組は第1部と第2部という呼び方の他、「報道」「スポーツ」「情報」の3つから成る、という表現もしていた。
第2部はアシスタントを阿川佐和子、有村かおり、後期は渡辺真理が務めた。
『情報デスクToday』の後継枠であるが、ニュース部分を報道局担当パートに集約させたため、いわゆる「企画枠」として、インタビューからドキュメントまで幅広く扱った。
第2部は社会情報局担当による「任意ネット=ローカル」枠であったため、この枠をネットしない地域があることから、第1部の終わりに(第2部のエンディング曲のインストルメンタル版をBGMに)筑紫もしくは浜尾が「今日のニュースとスポーツをお伝えしました」と締め、第1部でネットを終える局への挨拶代わりにしていた。
この頃の新聞のラ・テ欄表記は「筑紫哲也ニュース23」で、番組内でもよく使用していた。
第2期(1997年10月 - 2006年9月)
1997年10月にリニューアル。筑紫と1年前から参加していた佐古忠彦に加え、草野満代・進藤晶子の4人となる。金曜以外の第2部を廃止(TBSが若者向け情報バラエティ「ワンダフル」をスタートさせたため)、番組ロゴ・テーマ曲、Nスタジオのセットやグラフィックデザインなどをリニューアルし、新聞表記も「ニュース23」(初期のロゴから英語の「NEWS23」となったまま)から「NEWS23」となった。
リニューアルに合わせて、30分遅れの金曜を通称金曜版ニュース23とし、第2部を「金曜深夜便」と改称。1999年からは金曜日のテーマ曲をピアノアレンジ違いとしている。
2004年10月からは月曜日の放送を拡大し、第2部復活版ともいえる企画「月+(マンデープラス)」を開始。
2005年3月28日から、TBSが日中の報道・情報系生ワイド番組のリニューアルに伴い、「ニュース23」もタイトルロゴ、セット、テーマ曲を1997年秋以来7年半ぶりに新しいものに変更した。天気予報も全曜日で気象予報士でタレントの山田玲奈が務めた(2004年4月から2005年3月までは金曜日のみ気象予報士の真壁京子が務めてきた)。
第3期(2006年9月 - 2007年12月)
2006年9月25日、筑紫以外の出演者のリニューアルを行う。フリーランスの膳場貴子と山本モナに加え、高野貴裕がスポーツキャスターを担当。これまでは金曜日に限りオープニングの音楽がピアノバージョンだったが、このリニューアルをもって金曜日のオープニングはピアノではなく他の曜日と同じアレンジとなっている。
しかし、出演者の離脱・休養・加入が相次ぐ。(詳しい経緯は後述)。リニューアルしたその週に、山本モナが写真週刊誌に不倫報道を報じられ、翌週から出演を見合わせ、そのまま降板となる。これを受けて、12月に出水麻衣・岡山裕子が加入、2007年3月に三澤肇が加入する。
一方、筑紫は2007年5月から病気治療のために入院することになった。筑紫は入院中も音声メッセージによる出演を行い、10月には5ヶ月ぶりにスタジオから出演。以後は不定期の出演となる。
第4期(2007年12月 - 2009年3月)
筑紫の不在を受けて、12月3日から後藤謙次(元共同通信)がメインキャスターに就任。筑紫は“スペシャルアンカー”として、引き続き大きなニュースがある場合のみ出演する。
タイトルは後藤就任後も暫しの間『筑紫哲也 NEWS23』のまま変更されなかったが、2008年3月31日より、番組名から筑紫の名前を外して、総合司会者の冠名なしの単なる『NEWS23』となった。その旨は2008年3月28日放送の筑紫出演回で「来週からの番組刷新で、タイトルから私(筑紫)の名前が消えます。ただ、体力が許される範囲・番組にプラスになると思える範囲内で番組には関わりたい」と挨拶している。しかし『後藤謙次 NEWS23』や『JNN NEWS23』になる訳ではない。またそれにつき番組テーマソング・オープニングCGや番組ロゴも変更となり、スタジオパートもバーチャル合成の常用を前提とした形となった。その他「月+」が「月ONE」に、「金曜深夜便」が「金曜解放区」に、それぞれ改題された。
2008年10月改編で22:54(実質22:56)からのフライングスタートを廃止し、9年半ぶりに23:00開始・23:54終了に戻し、月曜日の第2部(現在の「月ONE」)を同年9月29日の放送で廃止した。この改編から番組表には、メインキャスター名の冠タイトルの代わりに最初の行に「NEWS23 後藤謙次」と表記されることが多くなった。
同年11月7日に昨年5月から病気治療していた筑紫が逝去した。当日の「NEWS23」は冒頭18分間と「金曜解放区」の当初の内容を変更し、筑紫の追悼特集に充て、鳥越俊太郎、天野祐吉、姜尚中がゲスト出演した。なお、筑紫の死やこれまでの功績を伝えるVTRのナレーションは、かつて番組の男性サブキャスターだった佐古が担当した。その他、番組OGの浜尾、有村、進藤がVTR中でインタビューに応じたほか、草野も出演こそなかったがコメントを寄せていた。この回については特例として「金曜解放区」もJNN協定適用枠に準じた扱いとなり、毎日放送などでもフルネットされた。
2006年秋 - 2008年春の出演者の変遷
-
- かつてJNN最終版のニュース番組『JNNニュース22プライムタイム』では、メインキャスターを務めた森本毅郎が同局の女性ディレクターとの深夜の密会が同じ週刊誌「フライデー」で報道されたことを受け、1ヶ月ほどの番組出演自粛という事実上の謹慎処分で制裁を受けたが、山本の件に関しては、所属事務所が「軽率な行為であり謝罪します」とコメントを発表する一方で、番組では23日の放送で膳場・高野両キャスターから降板に至る経緯が説明されたのみであった。筑紫は「短い間で残念でした」とコメントするにとどまった。山本の行為やTBSの対応には賛否両論があった。
- 12月4日、出水麻衣(TBS入社1年目、月~木担当)と岡山裕子(メ~テレ出身のフリーアナウンサー・気象予報士、金曜担当)がフィールドキャスターとなる。ただし2名とも天気コーナー主体の担当で、山本とは実質的に位置づけが異なる。
- 2007年3月5日、三澤肇が加入。三澤は近畿広域圏の系列局、毎日放送(MBS)記者(アナウンサーとして入社)で、MBSからの出向。大きな事件の際には、現場からのリポートを行っていることから、実質の山本の後任フィールドキャスターとなった。
- 5月14日、「多事争論」のコーナーをオープニングで行い、そこで筑紫自身から初期の肺がんであることを公表。筑紫は闘病・休養に入ることとなり、出演を見合わせ。筑紫のコラム「多事争論」の頻度は減り、声だけの出演となる。
- 5月15日、筑紫がいないことを前提に、膳場(メイン)・三澤(サブ)体制のNEWS23がスタート。
- 8月28日と29日、膳場と三澤が、三澤の“ホームグラウンド”である、MBSの報道局デスクやスタジオ(通常『VOICE』(関西ローカルの夕方ニュース)を放送しているスタジオ。ちなみに三澤は同番組の初代メインキャスターでもあった)から、全編番組を放送。高野は唯一東京のスタジオで留守番という形になった(プロ野球など世界陸上以外のスポーツニュースを伝えた)。この2日間の天気予報は、膳場が大阪から伝えた。
- 8月25日から9月2日まで開催されていた「世界陸上大阪大会」をMBS・TBS系列が独占放送していたことにちなむ(膳場・三澤はそれぞれ世界陸上に湧く大阪の実情を取材)。この時、出水は同大会のミックスゾーンキャスターであることから、長居陸上競技場から出演。
- 9月10日から14日、メイン代行の膳場が夏休み、三澤が膳場(メイン代行)の代行を1週間務めた。これに伴い、出水・岡山の両名は全曜日に渡って出演。月・火曜は出水、水~金曜は岡山が三澤(サブ)の代行を務めた。天気予報については、岡山が金曜に加え、出水が担当していた月・火曜も担当することに(出水は水・木曜を担当)。ニュースについては基本的に出水と岡山が交互に伝えていた。
- 10月8日、筑紫が復帰。入院前よりやや太っており元気な様子だったが、「これまで通り毎日来ることはできないかもしれない」「大きいニュース(政局が動いた場合や大事件・事故)がある時に駆けつける形になる」とも語っており、以降、当面は不定期出演という形を取る。また、抗がん剤の影響で髪も抜け落ち、戻りつつある(筑紫は、発展途上という言葉に置き換えて伝えた)が、付け毛をしていることも明かした。
- 10月16日、「環境スペシャル地球破壊3!中国編!"巨龍発熱"」で復帰後2度目の出演(この日は普段ネットしないMBSもネット)。
- 10月23日、筑紫の出演が不安定な事情や、筑紫の意向もあり、新メインキャスターを後藤謙次(共同通信社前編集局長)が担当することを発表。
- 11月5日、小沢一郎の民主党代表辞意表明(のちに撤回)を受けて3度目の生出演。関連して、11月8日には筑紫が録画出演し、小沢との1対1のインタビューを行った。
- 11月23日、滋賀・石山寺より復帰後4度目の生出演。
- 12月3日、後藤がメインキャスターとして最初の出演。なお就任当初、金曜は取材日に充てるため出演せず、大きなニュースがある場合のみ出演という形を取っていた。
- 2008年2月1日、高野が翌週からイブニング・ファイブを担当することになったため番組を降板。
- 2月4日、出水と岡山の担当が変わり、出水がスポーツキャスターを担当、岡山が月曜~金曜を通じて出演、天気予報を担当することになった。
- なお、出水は日曜日にJ-SPOの生放送があり、NEWS23全曜日に出演することになると週6日勤務となり、TBS内の労使協定に反する過重勤務となるため(尤も同年春以降この協定はうやむやになりつつあるが)、J-SPOの方の都合が付くまで出水は月~木のみの生出演とし、当面金曜のみ膳場がスポーツコーナーも兼務していた(VTRで出水が出演することもある)。これは、かつてのスポーツ担当であった小倉弘子が日曜日にも生番組に出演していた時と同様の対応である。
- 4月4日、それまで月~木曜の出演であった後藤と出水が金曜日にも出演するようになる(出水は同年3月30日を以ってJ-SPOを降板したため、前述の問題が解消された)。
上記のように2006年10月のリニューアル以降、出演者の離脱・補充が相次ぎ、番組としては安定しているとはお世辞でも言い難い状況が続いた。特に筑紫が闘病のため離脱しメインキャスター不在となって以降、視聴率も低落傾向となる。その結果、2007年7月の月間平均視聴率が「NEWS ZERO-7.259」「NEWS23-7.2」と、裏番組『NEWS ZERO』とほぼ互角となり、同番組に負ける日も少なくない状況となり、最近では『ニュースJAPAN』(フジテレビ)までにも負けている。この視聴率の低落は、2008年春のリニューアル以降も続いている。また、2008年7月25日放送分では、最下位の『ワールドビジネスサテライト』(テレビ東京)に僅か0.1%差で負けてしまった[2]。
年間テーマ
1991年からその年の年間テーマを掲げ、シリーズ特集を組むことがある。
- 1991年:日本が危ない!
- 1993年:乱
- 1994年:論
- 1995年、1996年:脱
- 1998年:壊
- 1999年:それから
- 2000年:こころ
- 2001年:幸福論、世界が変わった日(9月12日-、アメリカ同時多発テロの発生による)
- 2002年:新・幸福論
- 2003年:Go!Slow スローで行こう
- 2003年・2004年:この戦争の正体(イラク戦争に伴う)
- 2005年:翔
- 2006年:変
- 2007年:破
- 2007年-:がんを生きぬく(この期間に筑紫ががんを患っていることが判明)
出演者
メインキャスター
- 1989.10.02 - 2007.11.30(実質、2007.11.23まで):筑紫哲也
- 筑紫が休暇や出張、療養などで休みの時は、初期は黒田清、ここ数年までは嶌信彦・秋山豊寛らが筑紫の代理を務めていた。ここ最近は休暇の場合、前述の嶌信彦をはじめとした文化人や評論家が日替わりで登場するようになるが、キャスターというよりはコメンテーター的ポジションであり「多事争論」以降の番組後半からは登場しない。実質上の代理は佐古が務め、2006年9月以降および、筑紫闘病・休養中は膳場が担当。
- 2007.12.03 - 2008.03.28:後藤謙次(月‐木)、膳場貴子(金)
- この時期の後藤は月〜木のみ出演。なお、毎週金曜日は取材日に充てるため、筑紫同様に大きなニュースがない限り登場せず、この役割は実質膳場が担当する。
- 2008年春の番組リニューアルに合わせ、後藤が全曜日出演するようになった。
サブキャスター
- 第一部
- 池田が不在の時には、当時TBSアナウンサーの岡崎潤司が担当することもあった。
- 1996.10 - 1997.09:浜尾朱美、池田裕行、佐古忠彦
- 1997.10 - 2006.09.22:草野満代、佐古忠彦
- 佐古は降板後も国会からの中継報告などで度々登場している(他の時間帯にも登場)。2007年11月7日は約1年ぶりにスタジオにも登場した。
- 2006.09.25 - 2007.03.02:膳場貴子
- 2007.03.05 - :膳場貴子、三澤肇
- 筑紫休養後は膳場がメインを務め、後藤加入後も実質的進行役を務める(オープニングも2008年春の番組リニューアル以降、後藤・膳場のツーショットから始まるため、実質同格ともいえる)。三澤はフィールドキャスター兼務。不在時は出水又は岡山(2008年2月以降は原則として岡山)がその役割を兼務
- 第二部
- 1989.10 - 1991.03:阿川佐和子
- 1991.04 - 1996.09:有村かおり
- 1996.10 - 1997.09:渡辺真理
1997.10以降の「金曜深夜便」→「金曜解放区」、及び後に新設された「月+」→「月ONE」については第一部の出演者がそのまま出演する(但し出水は退席。岡山も毎回いるわけではない)。
フィールドキャスター
- 2006.09.25 - 2006.09.29:山本モナ(体調不良により休養、同年10月23日付で降板[3] )
- 2006.10.02 - 2007.03.02:高野貴裕
- 2007.03.05 - 2008.02.01:出水麻衣(月‐木)、岡山裕子(金)
- 実際は現場取材は三澤が中心に行っている。出水・岡山ともに天気も兼務しており、三澤不在時はサブキャスター、高野不在時はスポーツキャスターも兼務していた。
- なお、出水が担当曜日に不在の場合は原則として岡山が代行(木曜日など一部高野が代行)。筑紫闘病・休養中は、膳場不在時に出水・岡山とも全曜日に出演し、片方がサブキャスターを代行。
- 岡山がそれまでと同様の役割を全曜日渡って担当。担当初期は日経CNBC「夜エクスプレス」出演と重なることがあり、当該日はオープニングに登場せずに、原則天気のみの担当であった。
スペシャルアンカー
- 2007.12.03 - 2008.03:筑紫哲也
- 2007年5月に肺がんを患って以降、闘病・休養に充てる時間が多くなったことから、メインキャスターの座を後藤に託す形となったが、大きなニュースのあった時や季節の変わり目、年末年始などの節目節目に出演していた。
スポーツコーナー担当
スポーツ担当キャスター不在時は女性サブキャスターが代行、逆にサブキャスターに欠員がある場合はスポーツ担当キャスターがサブキャスターを代行する(ただし現在は岡山の方が優先的にサブ代行となるため、出水がサブ代行に廻るのは膳場・三澤双方がスタジオを空けた場合に限られる。また、高野担当時代は例外で、高野不在時にはフィールドキャスターの出水又は岡山が代行していた)。
- 1989.10.02 - 1991.03:小林繁
- 1991.04 - 1992.03:木村美穂
- 1992.04 - 1992.09:木場弘子
- 1992.10 - 1997.09:香川恵美子
- 1997.10 - 1999.09:進藤晶子
- 1999.10 - 2004.09:小倉弘子
- 初期は日曜日に別の生番組を担当していたため、その間は月〜木曜のみの出演、金曜日のみ草野満代が兼務。
- 2004.10 - 2006.09.22:久保田智子
- 2006.09.25 - 2008.02.01:高野貴裕
- 小林以来の男性スポーツキャスターだが、TBS男性局アナは初起用。山本モナ降板後、三澤肇加入までは、フィールドキャスターも兼務。
- 2008.02.04 - 2008.3.28:出水麻衣(月‐木)、膳場貴子(金)
- 出水が、日曜日に別の生番組を担当していたため、金曜日はサブキャスターの膳場が兼務。
サッカー23解説者
- かつて、毎週月曜日(原則)に、主として前週末に行われたヨーロッパ各国のサッカーリーグ戦などについて解説していたが、2006年9月以降は行われていない。
お天気コーナー担当
- 1989.10 - 2004.03 ※なし(女性サブキャスターが伝えていた。不在の際には、スポーツ担当アナウンサーが伝えていた)
- 2004.04 - 2005.03 真壁京子(金曜日のみ)
- 2005.04 - 2006.09.22 山田玲奈
- 2006.12 - 2008.02 出水麻衣(月‐木)、岡山裕子(金)
- 2008.02 - 岡山裕子
ナレーター
ナレーションは、「です・ます」調と「だ・である」調両方使われている(前者はフラッシュニュース扱いの場合が多い)
- 屋良有作(ニュース、特集など、2008年10月 - )※三澤不在時にはフラッシュニュースの影読みも行う
- 石井康嗣(ニュース、特集など、2008年4月 - 2008年9月)※屋良同様に三澤不在時にはフラッシュニュースの影読みも行っていた
- 柳志津男(ニュース、特集など、 - 2008年3月)
- 真中了(スポーツ 月曜から水曜)
- 八戸優(同 木曜・金曜) ほか
- 出水アナがスポーツキャスターになった2008年2月以後、一部のスポーツ項目は出水もナレーション(事前撮り)している(2008年3月28日の回まで出水の出演しない金曜日は従来通りナレーターのみ)。
キャスター変遷
サブキャスターは、第一部の出演者のみ表記。フィールドキャスターは表記せず。
「筑紫哲也 NEWS23」→「NEWS23」キャスターの変遷
| 年.月.日 |
メイン |
女性サブ |
男性サブ |
スポーツ |
お天気 |
| 1989.10.04 |
1991.03 |
筑紫哲也 |
浜尾朱美 |
池田裕行 |
小林繁 |
不在 |
| 1991.04 |
1992.03 |
木村美穂 |
| 1992.04 |
1992.09 |
木場弘子 |
| 1992.10 |
1996.10 |
香川恵美子 |
| 1996.10 |
1997.09 |
池田裕行
佐古忠彦 |
| 1997.10 |
1999.09 |
草野満代 |
佐古忠彦 |
進藤晶子 |
| 1999.10 |
2004.03 |
小倉弘子 |
| 2004.04 |
2004.09 |
真壁京子
(金曜のみ) |
| 2004.10 |
2005.03 |
久保田智子 |
| 2005.04 |
2006.09.22 |
山田玲奈 |
| 2006.09.25 |
2006.11 |
膳場貴子 |
不在 |
高野貴裕
|
不在 |
| 2006.12 |
2007.03.02 |
出水麻衣
(月〜木)
岡山裕子
(金) |
| 2007.03.05 |
2007.11 |
三澤肇 |
| 2007.12 |
2008.02.01 |
後藤謙次(月〜木)
膳場貴子(金) |
| 2008.02 |
2008.03 |
出水麻衣
(月〜木)
膳場貴子
(金) |
岡山裕子 |
| 2008.04 |
現在 |
後藤謙次 |
出水麻衣 |
テーマソング
- 1989.10 - 1997.09:井上陽水
- 1997.10 - 2005.03:坂本龍一『put your hands up』…1999年以降、金曜日のオープニングはピアノバージョン。通常版のオープニングとエンディングは坂本龍一のアルバム『CM/TV』に、ピアノバージョンは坂本龍一のシングル『ウラBTTB』に収録されている。
- 2005.03 - 2008.03:Bank Band with Salyu『to U』…金曜日のオープニングはピアノバージョン。
- 2006年09月から2008年03月まではピアノバージョンのみ使っていた。
- メロディを筑紫や番組スタッフが聞いたところ、メロディや歌詞の内容が番組のコンセプトに合致しているということで主題歌にしたという。
- 2008.04 - :HASYMO(細野晴臣・高橋幸宏・坂本龍一)『the city of light』
エンディング
エンディングテーマは、筑紫が「これだ!」と思ったアーティストに直接頼み込んで実現したものもある[4]。
- 1989.10 - 1991.05:井上陽水『最後のニュース』…後に、奥田民生によってカヴァーされる。
- その後、『ネオ・ブラボー!!』(サザンオールスターズ)、『あなたを見つめて』(小田和正)、『また明日』(佐野元春)、『いま、思い出してみて』(森山良子)、『NEWSを知りたい』(忌野清志郎&2・3’s)、『川は流れる』(加藤登紀子)が起用される。
- 1993.10 - 1994.03:中島みゆき『最後の女神』
- 1994.04 - 1994.12:ネーネーズ『黄金の花』
- 1995.01 - 1995.06:渡辺美里『シンシアリー [Sincerely]』
- 1995.07 - 1995.09:新井英一『清河への道』
- 1995.10 - 1995.12:りんけんバンド『世 世 世〜You You You〜』
- 1996.07 - 1996.09:玉置浩二『メロディ』…後に、日曜劇場『メロディ』の挿入歌となる。
- 1996.10 - 1996.12:サザンオールスターズ『平和の琉歌』
- 1997.01 - 1997.03:井上陽水奥田民生『手引きのようなもの』
- 1997.04 - 1997.06:石川セリ『翼』
- 1997.07 - 1997.09:今井美樹『私はあなたの空になりたい』
1997年10月以降は、テーマソングがエンディングとして使用されている。一時期、筑紫が司会し、キャンペーンにもなった『地雷ZEROキャンペーン』のテーマ曲、『ZERO LANDMINE』が、エンディングにかけられたこともあった。
放送時間
TBSでの放送時間(系列局が飛び降りる場合はタイムテーブルで記す)。表記はすべてJST。
- 金曜以外
- 1989.10 - 1997.09…23:00 - 翌0:30(一部地域は23:50まで)
- 1997.10 - 1999.03…23:00 - 23:55
- 1999.04 - 2004.09…22:54 - 23:50
- 2004.10 - 2008.09…22:54 - 翌0:25(月)、22:54 - 23:50(火〜木)
- 2008.10 - …23:00 - 23:54
- 金曜日
- 一貫して23:30 - 翌0:35(一部地域は翌0:20まで)
- ※番組開始当初から年末年始は、特番編成の関係上、放送を休止している(代替番組として、15分程度のJNNニュースを、23:30頃に設けている)。
タイムテーブル・主なコーナー
2008年9月29日現在。あくまでも目安。
タイムテーブル
- 月曜日から木曜日
- 23:00 - オープニングCGに続いてニュース(特集含む)
- 23:24 - 「TODAY」
- 23:27 - スポーツ
- 23:44 - その他のニュース、天気予報
- 23:46 - 「明日のNEWS」
- 23:49 - 終了
- 金曜日
- 23:30 - オープニングCGに続いてニュース(特集含む)
- 23:55 - 「TODAY」、天気予報
- 23:58 - スポーツ
- 24:15 - その他のニュース
- 24:17 - 「来週のNEWS」
- MBS、MRO、BSNはここで終了
- 24:20 - 第二部「金曜解放区」(JNN協定外)
- 24:35 - 終了
主なコーナー
多事争論
筑紫が好きな言葉である福澤諭吉の言葉を拝借したコラムコーナーで、1992年10月5日開始。筑紫が毛筆でテーマを書いたフリップを持ちながら90秒、筑紫の私的な意見や感想を述べる。筑紫が事実上メインキャスターを退いてからは余り放映されていない。
なお、筑紫が夏休みで番組を休んでいる場合、各日のゲストコメンテーター(毎日新聞の岸井成格編集委員や東京大学の姜尚中教授など)が「多事争論」コーナーで意見を述べている。コーナー開始前の小映像もそれぞれその日のコメンテーターが登場するものである。2007年7月には、「私の多事争論」と題して、落語家の立川談志が出演した。
- このコーナーの影響は大きく、筑紫は「抗議の電話が多いだろうなぁ」と思いながら本番に臨むときもあったという。
- ジャンルを問わず様々な番組で「多事争論」の名前を少し変え、コラムやインタビューなど色々な企画が放送されている。
- TBSニュースバードでもこのコーナーのみで0時30分、1時30分(月曜と金曜深夜は2時30分も)からの放送で放映されていた。(2008年3月まではEPGにはタイトルが掲載されていたが、当該枠は最新ニュースとスポーツニュースを送っていた。主要ニュースとスポーツはこの番組からの再構成である。同4月以後は「みっどないとバード」=0時から4時半までのゾーン総称になっている)
筑紫が一線から退き後藤がメーンを勤めるようになった約1週間後の2008年4月9日放送から「後藤謙次の発信言」という、「多事争論」の後枠といえるコーナーが始まり、不定期で放送されていたが、いつの間にか放送されなくなり(2008年9月ごろ?)、現在は各ニュース項目のまとめ時に「後藤の視点」と題して後藤が論評するコーナーを設けて代替している。
異論!反論!OBJECTION
第1部と第2部の合間にあったローカルニュース枠で放送されていた街頭インタビューコーナー。ひとつのトピックをもとに街頭インタビューを行い、賛成、反対織り交ぜたさまざまな意見を紹介した。スポーツ23でこのコーナーのパロディが放送されたことがあり、全国化を果たした形となった。2部制終了後の一時期は全国枠での放送となっていたが、最近は月曜日の第1部エンディングと「月ONE」の間のローカル枠での放送という番組初期と同じような配置となっており、一部地域では視聴できなくなっている。「月ONE」廃止後のコーナー処遇については未定。
TODAY
2008年4月の番組リニューアル以降におけるフラッシュニュースコーナー。リニューアル直後は、オープニングCGとトップニュース・特集予告等に続いてすぐこのコーナーとなり、コーナー明けでスタジオ挨拶という形を取っていた。しかし、大きな事件・事故が発生した日はそれをオープニング後すぐ伝えるために、このコーナーが天気予報の前に移動することがしばしばあった。そして2008年8月の北京オリンピックの開会を機に、正式に天気予報の前の枠(金曜以外は、その後2008年9月に天気予報もスポーツの後に移動したため、現在はスポーツコーナーの前の枠)に固定された。
明日(来週)のNEWS
2008年4月の番組リニューアル時に、それまでエンディングに配置されていた天気コーナーが番組中盤に移動したため、代わって設けられたエンディングコーナー(ただし金曜以外は、現在はこのコーナーの前に天気予報が移動してきている)。翌日(金曜日は翌週一週間)に何が行われるか(選挙、国会、裁判、スポーツの大会など)をバーチャルモニターによる箇条書きで紹介し、後藤がそれに対する展望を述べる(スポーツ関連の項目については出水がコメントする)。月~木曜日については翌日放送予定の特集の予告も項目として入ることがある。
金曜深夜便→金曜解放区
「金曜版ニュース23」第2部として、文化・芸能分野に関する特集を組むことが多い。1997年10月から2008年3月までは「金曜深夜便」というタイトルであったが、2008年4月の番組リニューアル時に「金曜解放区」に改題された。
- MBSにネットされない枠であるため同局に登場しない著名人を取り上げていることも特徴。インリン・オブ・ジョイトイに代表されるエロ系の知性派女性著名人、南野やじに代表される創価学会信者の芸人。最近は放送禁止用語を連発してテレビ・ラジオから締め出しを食らっている鳥肌実が登場した。また、関西の視聴者の一部からは「放送して欲しい」という声がある。
- ちなみに、それまで「金曜深夜便」のタイトルを新聞ラ・テ欄に表記されていなかったが、「金曜解放区」から表記されるようになった。
月+(マンデープラス)→月ONE(ゲツワン)
月曜日の第2部として、主に高品質のドキュメンタリーを中心とした特集コーナーが組まれる。また、重要なニュースを第1部で放送した場合は第1部の内容を引き継いだ討論やレポートなどを放送する。2004年10月から2008年3月までは「月+」(「マンデープラス」と読む)というタイトルであったが、2008年4月の番組リニューアル時に「月ONE」(「ゲツワン」と読む)に改題された。「月+」はラ・テ欄に「▽11.55マンデープラス」と表記していたが、「月ONE」になると表記されなくなった。なお、「月ONE」のロゴの下記には「DOCUMENTARY/TALK BATTLE」と書かれている。
2008年9月29日をもって終了。「月ONE」の内容は、2008年10月15日にスタートする関口宏がキャスターを務める「水曜ノンフィクション」に引き継がれる。
主なシリーズ企画
年間テーマ以外ではない短期集中型のシリーズ企画。話題になっているテーマに関することや現代社会を捉えるものまで多種多様。
- おすぎと哲也の映画紹介
- 映画評論家おすぎと筑紫による最新映画紹介。夏休み前と年末年始前の年2回放送。金曜版23の定番企画として続いている。
- CMベストテン
- 広告批評で知られる天野祐吉が選定。1年間のCMを総括するもので、12月の金曜日に放送される。第1部で国内のCMランキングを、第2部「金曜深夜便」で国内外の珍しい・面白いCMを紹介という形が多い。
- 争論・大争論
- 2001年に「争論」と題した筑紫司会、ゲスト2人による討論企画が放送。その後、数人のゲストを呼び「大争論」と題した企画がたびたび放送されている。
- それから
- 2004年から「それから75日」として放送開始。元TBSアナウンサーで、今現在はフリージャーナリストの下村健一が担当。大きく取り扱われていたニュースが残したもの、あの時見えなかった側面などを探る。2005年4月からタイトルから75日が外れ、月1回の放送に。
- NEWS23 蛙男劇場
- 2006年6月16日から月1本のレギュラーコーナーとして開始。蛙男商会がサラリーマン層のプライムタイムである「NEWS23」の中で、時事ネタを独自の観点から鋭く風刺し、今までのアニメでは獲得できなかった層を獲得する。2006年9月29日からは隔週放送となった。
- タウンミーティング
クリントン大統領出演時の裏側はタウンミーティング翌日の番組で特集され、アナウンサーのロッカーも私物を残さないで空にさせたり、タウンミーティングの収録スタジオは収録に直接関係する「特別通行証」所持の社員以外は前日から社員でも近づけなくするなど局内に厳戒態勢が敷かれた様子が放送された。
編集方針
- 1989年の番組スタート以来、その立ち位置に大きなぶれはない。「権力は腐敗する。絶対権力は絶対的に腐敗する。(Power tends to corrupt, absolute power corrupts absolutely.)」(ジョン・アクトン)という立場から、徹底した権力の番犬「ウォッチドッグ」( Watchdog journalism )という姿勢を貫いている。
- 筑紫は番組スタート当時の雑誌インタビューやみずからの著書『ニュースキャスター』などで「『君臨すれども統治せず』の編集長」と自らの立場を説明しており、番組の放送内容の構成に関して規制は少ないというスタンスであるという。
- 実名報道には慎重である。ただ、個別の事例ごとに判断しているとみられ、一律に匿名としているわけではない。
- 世界保健機関(WHO)が発表した自殺を予防する自殺事例報道のあり方についての勧告(2000年)を尊重し、それに即した報道をしている(2006年現在)ことを、番組中で明言している。このような姿勢を取る報道番組は、日本では少数派である。WHOの自殺報道ガイドラインについては、自殺#自殺報道と群発自殺を参照。
- 椎名林檎や桜井和寿(Mr.Children)など、各界から幅広くゲストが登場する。
番組への批判と問題点
番組の内容については筑紫本人や編集担当者が関心のあるテーマを重視する傾向にあるといわれる。そのため、番組で取り上げる内容の傾向に偏りがあるとの批判がある。かつては捕鯨問題、近年は北朝鮮関連、拉致問題関連の報道については慎重に、他方、憲法改正(主に護憲の立場から)、自衛隊問題、基地問題など沖縄に関するニュース、靖国神社問題については時間を多く割いて報道する傾向にあるとされる。また、反戦・反グローバリズムなどの運動に好意的であり、タカ派的な世論を一貫して批判している。
他にも、以下の点などについて保守系メディア・論壇・オピニオン誌などが「北朝鮮や中国に媚びた番組」「反日番組」「売国番組」と非難している。
- 2006年10月9日の北朝鮮核実験報道に関して、筑紫キャスターが何ら批判的な言質を表明しなかった。
- 中国の環境問題やダルフール紛争問題における中国の関与などを全く伝えていない。
- 靖国神社参拝に関しては「アジア人は靖国参拝に反対している」との立場から批判を行っており、情報の取捨選択には著しい傾向が見られる(例として、2004年4月4日の台湾団結連盟党首・蘇進強らの靖国参拝は一切取り扱わなかった一方で、同年6月14日の「台湾先住民が台湾戦没者の分祀を求めて靖国に抗議」は大きく報じている、など)。
問題となった報道内容
- 1995年1月17日の阪神・淡路大震災特番において、ヘリコプターからの中継に臨んだ筑紫が地震による火災で燃え上がる神戸の様子を「まるで温泉町にきているようです。そこらじゅうから煙が上がっています」(このシーンは震災後11年目の