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NHKのど自慢 とは?

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NHKのど自慢』(エヌエイチケーのどじまん)は、日本放送協会(NHK)の公開視聴者参加の歌合戦番組。1946年の放送開始以来、60年以上続いている長寿番組である。

出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


NHKのど自慢はてなダイアリーを別ウィンドウで表示  :  NHKが誇る長寿番組。総合テレビ・BS2・ラジオ第一日曜12時15分。 1946年1月19日にラジオ番組「のど自慢素人音楽会」として開始。 毎週、全国各地(時には海外も)を回り、視聴者が自慢の歌声を披露する。 なお、日本国内について、以前は再放送が行われていた時期もあったが、現在は国内での再放送は行われていない。(海外向けの国際放送では現在も再放送が行われている) 予選会について 以前は「のど自慢予選会」をBShiで放送していたが、終了した。 なお現在、予選会については、その放送があった地域ブロック ...

出典: 『はてなダイアリー』


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ウィキペディア(Wikipedia)記事


NHKのど自慢
ジャンル 視聴者参加型音楽番組
放送時間 総合テレビBS2
毎週日曜12:15 - 13:00(45分)
放送期間 1946年1月19日 -
(テレビ放送は1953年3月15日から)
放送国 日本
制作局 NHK
出演者 徳田章(司会)
音声 ステレオ放送
外部リンク 公式サイト

特記事項 :
NHKワールド・プレミアムでも放送。

NHKのど自慢
ジャンル 視聴者参加型音楽番組
放送方式 生放送
放送期間 1946年1月19日 -
放送時間 ラジオ第1
毎週日曜12:15 - 13:00
(45分)
放送局 NHK
出演 徳田章(司会)
公式サイト 公式サイト
特記事項:
NHKワールド・ラジオ日本でも放送。
  

NHKのど自慢』(エヌエイチケーのどじまん)は、日本放送協会(NHK)の公開視聴者参加の歌合戦番組。1946年の放送開始以来、60年以上続いている長寿番組である。

1999年4月から2004年3月までNHK衛星第2テレビで放送された『BSジュニアのど自慢』についても本項で後述する。

目次

概要

日本各地の都市(年に一度外国からの場合もある)を巡回し、中学生を除く15歳以上のアマチュア出場者が、書類審査、会場での予選審査を経て本番組に出場し、持ち歌を歌い、採点され競うもの(ルール参照)。

出場者は高校生から保育士、教師、会社員、公務員看護師農家定年後の高齢者(80~90歳代の人が出場する場合もある)など様々で、まれに、バースナックママが出場して合格した事もあり、年に一度行われるグランドチャンピオンを受賞した一部の歌手タレントがプロデビューを果たしている(後述)。

2008年現在の放送時間は、デジタル総合テレビ、総合テレビ衛星第2テレビ(デジタルは16:9の画面で)、ラジオ第1と海外向けのNHKワールド・プレミアム(2008年10月からはノンスクランブル放送で視聴可能)、NHKワールド・ラジオ日本の同時放送で、日曜日の12:15~13:00 (「特集・NHKのど自慢」の場合は13:30まで) 2005年3月まではデジタル衛星ハイビジョンでも時差放送されていた(BSアナログハイビジョン実用化試験放送の時から続いていた。BSデジタル放送開始初期は予選会の模様も放送されていた。)。また、NHKワールド・プレミアムでは毎週月曜日1:10~1:55に同日放送分を、NHKワールド・ラジオ日本では毎週土・日曜日に、直近数週間前(基本的に1週間前)に開催された内容をそれぞれ再放送している。(日本国内については、かつて火曜日の夕方5時台などに再放送を行っていた時期があったが、現在国内での再放送は行われていない)

基本的にはテレビとラジオ同時放送のサイマル放送であるが、高校野球などスポーツイベントが行われるような場合は、どちらか、あるいはテレビ・ラジオとも放送を中止する場合がある。後述「のど自慢休止の理由」項参照。

タイトルロゴにデザインされている鳥は、スズメがモデル。

歴史

番組の企画者は、『NHK紅白歌合戦』も企画立案したNHK音楽部の名プロデューサー、故・三枝嘉雄(健剛)。作曲家・三枝成彰、ドラマディレクター・三枝健起の父である。

軍隊時代に経験した余興大会にヒントを得たという。

1946年1月19日にラジオ番組「のど自慢素人音楽会」として、東京都千代田区内幸町のNHK放送会館から午後6時(18時)から1時間30分、公開放送されたのが始まり。テレビ放送1953年3月15日午後2時(14時)から2時間放送したのが始まりであり(ラジオと同時公開放送)、当初はスタジオのあった東京での公開のみ放送された。

1966年から1970年まで、のど自慢の人気は下降した。原因は1966年に始まったのど自慢前司会者・宮田輝アナを司会・構成に据え、全国各地の公民館や体育館から巡回中継し、各地の風習・伝統・文化を伝えることをコンセプトとしてスタートした「ふるさとの歌まつり」と裏番組のNET(現・テレビ朝日)の「大正テレビ寄席」に視聴率を奪われる格好となったこと。 あの手この手の起死回生策が図られるもことごとく失敗し、1970年3月まで東日本・西日本地区で司会が違っていた。

1970年4月に現在の「NHKのど自慢」にタイトルを変更。程なくして金子辰雄アナウンサーが司会に就任して以来、人気が回復し、現在の地位を不動のものとしている。なお、本番組はNHK総合テレビで最後まで白黒だった番組でもあり、カラー化されたのは1971年10月のことであった。

1970年からは全国各地を巡回する公開生放送(原則)で行っており、書類審査、会場での予選審査を勝ち上がった毎回20組(以前は22組や25組の時もあった。海外公演は25組若しくは30組)の出場者が自慢ののどとパフォーマンスを展開する。そこでゲスト審査員2人を交えた審査で、チャンピオンと熱演賞(審査員特別賞)がそれぞれ1組ずつ決定される。昔は出場者が自分の番になるとセットの後ろから出てきて歌っていたが、現在は全出場者がステージ上手側に座って出場者の歌に合わせて手拍子や身振りなどをしつつ自分の番を待つ、というスタイルになっている。

近年はパフォーマンスを主とする出場者に「いかに地元らしさを織り交ぜつつ、かつ番組の魅力である田舎臭さを濃厚に出すか」という工夫が見られる。また、カラオケが普及したことで出場者の歌唱レベルはそれ以前より明らかに向上しており、箸にも棒にもかからないような歌いぶりの者は、たまに出場することのある80歳台以上の高齢者(伴奏と歌が合わない場合が多い)を除き見られなくなった。

オープニング音楽、番組タイトルロゴは当初から使用。

一時期は、衛星第2テレビで「のど自慢」に出場できない中学生以下を対象にした「BSジュニアのど自慢」の放送もあった。

ルール

出場を希望するものは、往復はがきにて各地の放送局に出場希望の申し込みを行う。これはNHKのど自慢が放送回ごとに各放送局の制作・著作となっており、出場募集も放送エリア内に対して行われるためである。書類選考により約250組の予選出場者が選ばれ、各放送局から通知される。ちなみに、のど自慢は基本は都府県で年に1回開催されるが、北海道地方の放送が年に3~4回開催されるために、のど自慢が開催されない都府県がある。また、福岡県ののど自慢は奇数年が福岡局で偶数年が北九州局で制作・著作されているため応募するには開催される放送局に出さなければならない。さらに応募の際には選曲理由も必ず記入しなければならない。

予選出場者に選ばれると、収録日の前日(土曜日)に本番の行われる会場に集合し、予選会が行われる。本番同様に一組ずつ生バンド(地方でメンバーやバックステージが違う。なお、ピアノは宮下博次西原悟が毎週入れ替わりで担当するが、近畿地方は岩崎恵子・北海道地方は岩崎和子がピアノ担当。宮下・西原は近畿・北海道地方では編曲のみを担当する。)をバックにステージ上で歌を披露する。予選会は基本的に非公開で行われる(聴衆は予選参加者と関係者のみ)が、放送局によってはローカル番組の中で全出場者の歌を放送することもある。全員の歌唱が終わると、歌唱力と出演者のエピソード(はがきに記載された選曲理由や、予選歌唱直後に行われる司会者からの聞き取りによる)などを加味して本番の出場者20組が決まる。

本番当日は、各出場者がステージに上がって歌を披露する。この時点で、出場者は出場番号と曲名のみを言う。途中まで歌ったところで、審査結果(別室にいる審査員から鐘を鳴らす担当者に結果を伝え、その後に鐘を鳴らす)が鐘(チューブラーベル)を打つ数によって表される。1音(ド)と2音(ド・レ)では不合格。不合格でも司会者あるいはゲストの歌手(出場者がゲストの歌手の歌を歌った場合や、80代以上の高齢者の場合など)と会話を交わすことはあるが、名前を名乗る権利はない。合格になると「ドシラソドシラソドーミーレー」という合計11音の鐘が鳴る。この合格の際に鳴らす鐘を、司会者は「鐘3つ」と表現するが、頭から8音は注意を引くための装飾音であり、後ろ3音に歌唱力に対する評価を表す意味合いがあるからである。ここで初めて出場者は自分の名を名乗ることが出来る。ただし、至極稀に有名芸能人と同姓同名あるいは読みが同じ参加者が登場した場合は、不合格でも名乗ることがある。近年は出場者に失礼との判断で、1音の評価はまれである。前述のとおりカラオケの普及で1音レベルの歌唱力の出場者が少なくなり、かつ予選にて落選としている場合がほとんどのためという理由もある。現在は高齢でほとんど歌えていない参加者の場合でも2音であり、1音の評価は事実上消滅している。

判定の鐘で曲は中断されるため、合否にかかわらず歌を最後まで歌い切る事はできない。

全員の出場者が歌い終えた後、ゲストの歌手(主に演歌系の歌手)2人が1曲ずつ歌う。その間に審査が行われ、特別賞(ゲスト歌手がどんな理由かを言って発表する)と、今週の合格者紹介の後、今週のチャンピオンそれぞれ一人ずつが選出(司会者が「さあ、今週のチャンピオンは!!」と言い、ドラムロールが流れ、「今週のチャンピオンは・・・〇番、〇〇(曲名)をお歌いになりました、〇〇さんです!!」と言ってファンファーレが鳴る)され、放送が終わる。今週のチャンピオンに選出された人は、さらに審査の上、年に一度行われる後述のチャンピオン大会に出場して、グランドチャンピオンを競うことになる。今週のチャンピオン達成者にはゲスト歌手から小規模のトロフィーが、特別賞にはやはりゲスト歌手からが授与される。

歴代司会者

※金子辰雄アナと吉川精一アナそして宮川泰夫アナの3人は平成17年度 NHKのど自慢チャンピオン大会2006に特別出演・3人ののど自慢に対する思いとして巨大な額に書いて貰った。特に金子アナに至っては、似顔絵を描いてくれた本人とその家族との14年ぶりの感動且つ涙の再会があった。

鐘の担当者

出場者全員が歌ったあと、演奏したバンドメンバーは常に紹介されるが、鐘(チューブラーベル)の担当者が紹介されるようになったのは、かなり後からである。ちなみに、判定はヘッドフォンから指示がなされるため、鐘の担当が独断と偏見でやっているわけではない。ホームページにもその旨が書かれている。 鐘はかつて各地方で形や色、響きなどで違っていたが、2004.3.21福島県原町市の放送からバンド編成が一部違う北海道と近畿を除いて、鐘が統一された。地方の鐘は2004.4.11.(2004.3.7.収録)福岡県大川市の放送が最後になった。

多くの日本洋楽史、放送史に佐伯の名前は記述されており、「佐伯のとっつあん」として知られる。近衛秀麿の側近で、新交響楽団東京放送管弦楽団のトランペット奏者を務めた後、番組初期の鐘担当者になる。
2002.02.17徳島県小松島市と2002.3.10鹿児島県開聞町の放送はそれぞれ2002.1.13、2002.1.20に収録したもので、吉澤が出演したのは1993年4月~2002年1月である。
なお、秋山は2002年の2月と3月に体調不良の吉澤に代わって代理出演したが、吉澤が死去したことに伴って2002年4月から正式に鐘の担当となった。

バンドメンバー

ピアノ・編曲は宮下博次西原悟が入れ替りで担当(北海道・近畿地方は編曲のみ)。 シンセサイザーベースギタードラムは各地方の演奏者が担当する。 最近は、バンドメンバー紹介時にパフォーマンスをする人が多くなった。また、関東甲信越地方では平成20年度からギター以外のバンドメンバーが替わっている。

テーマ曲

アレンジのマイナーチェンジはあるものの、常にチューブラーベルは含まれている。

最高視聴率

32.5%ビデオリサーチ・関東地区・77年オンライン調査開始以降)

のど自慢出場後プロデビューした主なタレント

のど自慢休止の理由

以上テレビ・ラジオともに休み。BS2は別番組を放送。NHKワールド・ラジオ日本は国際放送独自編成に差し替え。

以上BS2のみ休み。録画放送はなし(以前は行われていた)。

以上ラジオ第1放送のみ。録音放送はなし(雨天中止のときは放送。なお、地元開催の日と高校野球地方大会の放送が重なる場合はこの限りではなく、高校野球地方大会の放送をFM放送に移した上で通常通り放送される)。ただし、NHKワールド・ラジオ日本は休止せず通常通り放送される(総合テレビで通常通り放送されるため)。また、BS2は高校野球の準々決勝・準決勝の日が重なる場合も休止され、録画放送はおこなわれない。

放送日変更

海外公演

NHKのど自慢では1998年にブラジルの日本人移民90周年事業としてサンパウロ市で初めての海外公演を開催した。それ以後毎年のように海外公演を開催し、日系人、在外日本人からも根強い反響を得ている。尚、この海外公演でチャンピオンを取ると毎年、東京・渋谷のNHKホールで開催するNHKのど自慢・チャンピオン大会」次項)に出場できたが、2005年を最後に終了した。

過去の開催地

チャンピオン大会

その週のチャンピオンに輝くと、更に厳選な審査(VTR審査)のうえ15組程度が、毎年3月前半頃(ほとんどは3月前半頃の土曜日19時30分から21時の生放送。またそれ以前は3月のびわ湖毎日マラソンの前週の日曜日12時15分から13時45分に行われていた)に東京・渋谷のNHKホールを会場に開く「平成○○年度(丸の中には年の数字が入る) NHKのど自慢 チャンピオン大会」に進出し、その年の日本一ののど自慢(年間王者)が決定する。以前は歌謡曲の部、民謡の部の2つで行っていたが、現在は部門別の審査ではなく、全てのカテゴリーから2名の優秀賞と、そして、栄光の日本一とも言えるグランドチャンピオン(優勝者)が出る事になっている。グランドチャンピオンを達成すると、ゴールデントロフィーが授与される。更には、前項の海外公演のチャンピオンも1人か2人位参加する。

チャンピオン大会の演奏はザ・ニューブリード東京放送管弦楽団で、指揮は宮下博次が担当。チャンピオン大会の編曲(アレンジ)は宮下博次西原悟河野成旺が担当。デジタル放送は5.1サラウンド放送となっている。 なお、平成19年度の演奏はサザンブリーズ東京放送管弦楽団が担当した。

但し、1969年度までは「のど自慢全国コンクール」と言うタイトルであり、1970年度から現在のチャンピオン大会に変わった。

歴代グランドチャンピオン

  • 昭和47年度/1972年: 中村国伯・「影を慕いて」
  • 昭和48年度/1973年: 藤田光男・「江差追分」
  • 昭和49年度/1974年: 後藤清子・「南部俵積唄」
  • 昭和50年度/1975年: 下山美幸・「秋田長持唄」
  • 昭和51年度/1976年: 遠島春美・「岸壁の母」
  • 昭和52年度/1977年: 松尾進・「さざんか」、橋本千代子・「お立ち酒」
  • 昭和53年度/1978年: 方渕由美・「津和野ひとり」、笠原ちか子・「江差追分」
  • 昭和54年度/1979年: 高瀬文・「夢追い酒」、配島トシ・「秋田長持唄」
  • 昭和55年度/1980年: 山本裕美子・「能登半島」、千葉裕子・千葉弥生・「南部俵積唄」
  • 昭和56年度/1981年: 鷹ヶ里律子・「よろしかったら」、渡辺久人・「磯原節」
  • 昭和57年度/1982年: 長岩亜由美・「二十歳前」、佐々木潔志・「江差追分」
  • 昭和58年度/1983年: 岩井照子・「おんなの海峡」、関千枝子・関恵理子・「秋田長持唄」
  • 昭和59年度/1984年: 深田るみ子・「おんなの出船」、大淵勝子・「正調博多節」
  • 昭和60年度/1985年: 吾郷金治・「激唱・青函トンネル」、河上美佐如・「阿波よしこの」
  • 昭和61年度/1986年: 辻村みゆき・「聖母たちのララバイ」、田中祥子・「球磨の六調子」
  • 昭和62年度/1987年: 塙圭子・「天城越え」
  • 昭和63年度/1988年: 晴山さおり・「望郷じょんから」(後にプロデビューし「1円玉の旅がらす」でブレーク)、箱石マチ・「外山節」
  • 平成元年度/1989年: 太田幸直・「海峡」
  • 平成2年度/1990年: 稲辺久美子・「別れの予感」
  • 平成3年度/1991年: 陰山亜希(島根県出雲市のチャンピオン)・「愛染かつらをもう一度」
  • 平成4年度/1992年: 水田竜子北海道当麻町のチャンピオン。後にプロデビュー)・「男なら」
  • 平成6年度/1994年: 伊藤公と伊藤嘉晃の兄弟デュオ(北海道奈井江町のチャンピオン)・アリスの「BURAI」を歌った。
  • 平成11年度/1999年: 室尾雅之(奈良県當麻町のチャンピオン)・尾崎豊の「僕が僕であるために」を歌った。
  • 平成12年度/2000年: 藤本雅子(茨城県土浦市のチャンピオン)・杏里の「オリビアを聴きながら」を歌った。
  • 平成13年度/2001年: 大城バネサ アルゼンチンブエノスアイレスのチャンピオン)門倉有希の「女の漁歌」で海外勢として初のグランドチャンピオンに。
    • これがきっかけで平成15年に演歌歌手としてデビュー。
  • 平成14年度/2002年: 安藤弘法と桝本博之のコンビ( アメリカ合衆国サンフランシスコのチャンピオン)・CHAGE and ASKAの「SAY YES」を歌った。海外勢としては2年連続の世界一誕生である。
  • 平成15年度/2003年: 王超(ワン・チャオ)(奈良県桜井市のチャンピオン)・一青窈の「もらい泣き」でグランドチャンピオン。日本勢としては3年ぶり。
  • 平成16年度/2004年: 玉川麻美(高知県中村市のチャンピオン)・鬼束ちひろの「月光」でグランドチャンピオン。四国勢としては初のグラチャン達成。
  • 平成17年度/2005年: キム・ギョンア( 大韓民国ソウルのチャンピオン)前年に引き続き、歌唱曲が鬼束ちひろの「月光」だった。
    • 海外勢の制覇は2001年の大城バネサ、2002年の安藤弘法と桝本博之ペアの2年連続以来、3年ぶり史上4人目の快挙。アジア勢としては初のグランドチャンピオン。
  • 平成18年度/2006年:清水博正群馬県藤岡市のチャンピオン)・神野美伽の「雪簾(ゆきすだれ)」でグランドチャンピオン。
    • 全盲というハンデをものともせず、しかも16歳という年齢ながら、圧倒的な歌唱力と表現力でみごとにグランドチャンピオンとなった。ちなみに、ゲストで来ていた氷川きよしはその歌に感動し涙をこぼした。更に清水本人は2008年2月27日にテイチクエンタテインメントよりプロデビューし、3月1日に行われた、翌年のチャンピオン大会にゲストとして参加した。
  • 平成19年度/2007年:榊枝悠子(福島県福島市のチャンピオン)・鬼束ちひろの「月光」で3人目のグランドチャンピオン。

過去の出場者の代表(チャンピオンを除く)

その他

出場者の合格不合格を知らせる鐘は当初は使われておらず、司会者が口頭で結果を伝えていた。合格を伝えるときは「合格です」、不合格を伝える「もう結構です」だった。

BSジュニアのど自慢

1999年4月から2004年3月まで5年間、衛星第2テレビで毎週土曜日(最初の1年間は毎週木曜日に、2002年度からは、不定期)に放送した公開視聴者参加番組。NHKのど自慢に出場できない15歳未満(中学生を含む)がのどを競った。司会は森口博子高市佳明アナウンサー(2002年度から関口健アナウンサー)。また1999年4月から2002年9月までは「機動戦士ガンダムSEED」シリーズおよび「ちりとてちん」の劇中BGM担当等でお馴染みの佐橋俊彦が作曲した同番組のイメージテーマ曲が使用されていた。

基本的には、NHKのど自慢と同じだが、この番組には、鐘がない。合否の音楽が流れる。併せてエントリー№・出演者の氏名と年齢・曲名と歌手名が一括表示されるようになった。また、賞には、客席審査員が選ぶベストステージ賞、ゲストが選ぶゲスト賞、そして、合格者の中からチャンピオンが決まっていた。さらに、チャンピオンに輝くと更に厳選な審査のうえ15組程度が、「BSジュニアのど自慢チャンピオン大会」に出場できたが、2001年度をもって廃止された。

応募方法はNHKのど自慢とは異なり、「その歌を選んだ理由」を記入する必要はなかったが、「歌いたい曲目とその曲を歌っている歌手(グループ)名」は曲に優先順位を付けた上で第3希望まで記入しなければならず、さらに出場者(グループ単位での出場は、その代表者)の保護者の住所・氏名も記入しなければならなかった。

出場後プロデビューした主なタレント

記録映画

  • 日本ニュース…「のど自慢」放送開始当時の制作の様子が記録されている。
  • NHK記録映画…上記「日本ニュース」と同じく、のど自慢放送開始当時の制作の様子が記録されている。高橋圭三アナウンサーの司会の様子も撮影されている。

関連する映画・放送番組

映画

テレビ・ラジオ番組

  • 九州沖縄スペシャル「ふるさとチャンピオン大集合」
    福岡放送局制作。かつてNHKのど自慢では各ブロックごとに決戦大会が行われ、そこで勝ち上がった人が全国大会に進む形式がとられていたことがあった。この番組は唯一その名残をとどめるものであり、もともと「NHKのど自慢 九州沖縄チャンピオン大集合」として放送されていた。その時点でののど自慢の司会者(といっても実質宮川泰夫がほとんどだった)が「ゲスト」として出演し、九州・沖縄各県チャンピオンがワンコーラス熱唱したり、本番では出てこなかったエピソードを掘り下げたり、更には特別賞受賞者らの爆笑パフォーマンスを再演したりと、審査抜き(同窓会の感じ)の放送ならではの内容となっていた。その後、「熱血!オヤジバトル」などの入賞者らも加えて、現在のスタイルに改められた(それとともにのど自慢司会者のゲスト出演、九州沖縄地方ののど自慢バンドを含めたオーケストラ出演を廃止)。進行は福岡局アナウンサーが担当し、2007年は離任直前の神田愛花が務めた。
  • ラジオ深夜便「のど自慢の仲間たち」
    2005年4月より、宮川アナウンサーが同番組の毎月第2・4水曜日を担当することになり、そのアンカーコーナーとして2006年3月まで放送されたシリーズ(毎月1回・原則として第2水曜深夜1時台放送)。宮川アナがのど自慢の歴代の出場者を訪ねたり、あるいは番組スタッフをスタジオに招いて、出場した当時の思い出やのど自慢に出場して以降の人生観、スタッフにはのど自慢の放送裏話(秘話)などをインタビューした。
  • 同「のど自慢旅日記」
    2006年4月からは同じ曜日の放送で、宮川がのど自慢に出演して訪れた日本各地の風景を、自らの体験談や改めて取材したことを交えて振り返るエッセー風トークで紹介する。
  • 民放
    • ちびっこのどじまん」(フジテレビ)子供向けののど自慢番組。1965年から1969年にかけて放映されていた。審査員によって毎週チャンピオンを選出し、年1回(8月ごろ)日本一大会を開催していた。大村崑が司会。
    • 1970年代には、TBSの「家族そろって歌合戦」や、東京12チャンネル(現テレビ東京)の同種の番組(番組名不明)など、民放でも同様の素人が歌を競う音楽番組で、かつ全国各地(東京12チャンネルの番組は、関東地方限定で各地を巡業?)を巡る番組があった。放映日も日曜日が多く、時間帯は重複しなかったので制作サイドでは競合番組だが、視聴者にとっては続けて見ることができた。その後は、民放では同種の番組は存在しないようである。
    • 勝ち抜きのど自慢日本テレビ高島忠夫:司会。
    • 10人抜きのど自慢TBS青空千夜・一夜:司会。

パロディー番組

外部リンク


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