NHKアーカイブスは、2003年2月1日にNHKのテレビ放送開始50周年記念事業として、埼玉県川口市の複合施設「SKIPシティ」内に開設された施設、並びに総合テレビで放送されているテレビ番組のことである。
施設としてのNHKアーカイブス
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NHKアーカイブス |
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| 情報 |
| 正式名称 |
NHKアーカイブス |
| 愛称 |
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| 前身 |
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| 専門分野 |
放送番組の保存・展示 |
| 事業主体 |
日本放送協会 |
| 管理運営 |
SKIPシティ、日本放送協会 |
| 年運営費 |
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| 延床面積 |
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| 研究職員 |
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| 開館 |
2003年2月1日 |
| 閉館 |
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| 所在地 |
〒338-0844 埼玉県川口市上青木3丁目12-63 |
| 電話 |
048-268-8000 |
- NHKが保有している映像・音源などについて、その時代を映し出した様々な記録を後世の代まで広く伝えていこうということで開設された。NHKのテレビ・ラジオ番組等の膨大な量の映像・音声素材を収蔵している。また全国のNHK各局と専用回線で結ばれ、素材を伝送することにより番組制作へ活用できるようになっている。
- 埼玉県との共同運営による「番組公開ライブラリー」が併設されている。ここでは60万本以上あるNHK製作のドキュメンタリー、ドラマ、歌番組などの映像・音声素材から、権利関係の処理を済ませた約6000本、および埼玉県が所有する映像素材を、自由に視聴することが可能である。また、人形劇の人形、各種の放送用ビデオテープなど放送に関連した資料の展示が行われている。
- なおNHKの映像ライブラリーは全国各地の放送局など52箇所(2006年11月現在。NHKアーカイブス併設を除く)でも「NHK番組公開ライブラリー」としてオンラインで視聴することができる。
- 現在この施設が、放送と通信の融合に関わる要所として、日経ビジネスオンライン版(2006年4月10日掲載)「成長力失ったNHKがすがる救世主」と題した記事で注目されている。
- 2007年2月1日より、NHKアーカイブスで保存されているテレビ番組の一部を掲載したリストがネット上で公開されることになった(報道資料 NHKアーカイブス保存番組リストの公開について[PDF]より)。これにより、番組公開ライブラリーで公開されているもの以外のテレビ番組の保存状況も知ることができるようになる。発表どおり、2007年2月1日よりNHK放送番組記録 NHKアーカイブス保存番組検索として公開されている。
交通アクセス
- →いずれも「SKIPシティ」で降車。
開館時間など
- 開館時間 9:30~17:30
- 休館日 毎週月曜日(祝日・振替休日の場合は翌日の火曜日)、年末年始(12月27日~1月3日)
- 入館料 無料
番組としてのNHKアーカイブス
概要
| NHKアーカイブス |
| ジャンル |
アーカイブ |
| 放送時間 |
放送時間を参照 |
| 放送期間 |
2000年4月~ |
| 放送国 |
日本 |
| 制作局 |
NHK |
| 出演者 |
不詳 |
| 音声 |
ステレオ放送 |
| 字幕 |
文字多重放送 |
| 外部リンク |
NHKアーカイブス |
- 基本的には、前項の施設とテレビ番組の連動という形を取り入れており、施設開館に先駆けて2000年4月9日より毎週日曜日にNHK総合テレビでの番組放送を開始した(当初は4月2日に放送開始予定だったが、当時の小渕恵三首相が脳梗塞により緊急入院した臨時ニュースを放送したために延期)。基本的には臨時ニュースで一部が放送できなかったとき以外の再放送はない。
- 2000年度は主に1960年代、2001年度は1970年代にNHKが製作した番組を振り返って放送していたが、2002年度以降はもう一度見てみたい番組を視聴者のリクエストなどに基づいて放送している(途中2003年1~3月など、一時中断となる時期もあった)ほか、毎年終戦記念日前後にはその関連の映像素材を取り上げている。また番組に出演した縁のある人物をゲストに迎えたり、その場所の現状報告なども行われる時がある。
- 2005年4月からは「新日本紀行ふたたび~NHKアーカイブス~」が始まった。サブタイトルに「NHKアーカイブス」とあり当番組の兄弟番組と考えられる。2008年4月の放送時間変更で当番組と「新日本紀行ふたたび」が続けて放送されるようになって、よりその性格を強めている。なお、当番組の放送開始以来「新日本紀行」はたびたび放送されていたが「新日本紀行ふたたび」が始まってからは「NHKアーカイブス」本編での「新日本紀行」の放送はなくなっている。
- 通信・放送の在り方に関する懇談会が、「(NHKの)番組アーカイブをブロードバンド(高速大容量)上で積極的に公開すべき」との方針を打ち出したことで、総務省がNHKのネット進出容認へ向けた方向で動き出すことになった。日経ニューメディア(2006年5月12日掲載)「解説:総務省がNHKのネット進出容認へ」
- 2006年6月4日の放送では、秋田県で起きた男児殺害事件の犯人逮捕の特設ニュースにより、番組史上初めて一部の内容が放送されなかった。6月15日(木曜日)の早朝という定時とは異なる枠で放送しなおし、8月20日の通常枠でも再放送された。ちなみに、この時の放送は北海道で地上デジタル放送が放送開始になったのを記念して、北海道に関する番組を再放送していた。
- オープニング曲として2005年頃から松任谷由実(当時、荒井由実)の「瞳を閉じて」が用いられ、字幕放送では歌詞が表示されるようになっていた。なお、「新日本紀行」で同曲が作られた経緯を収めた回(1976年4月12日放送「歌が生まれてそして~長崎県奈留島~」)が、番組開始間もない頃に取り上げられていた。また、「新日本紀行ふたたび」でも2007年12月15日放送の「歌が生まれた島で~長崎県奈留島~」で取り上げている。
- 2008年4月に時間移動・リニューアル。番組開始以来加賀美幸子がナビゲーターを担当してきたが、リニューアルに伴い桜井洋子と林家いっ平の2人によるナビゲートになった。また、ピアニスト・西村由紀江の手による新しいオープニングテーマが登場している。
- DVDとしてポニーキャニオンよりNHKアーカイブスドラマ名作選集が発売。2007年11月21日に「テレビ草創期篇」(どたんば、氷雨、海の畑、魚住少尉命中、駅)、2008年2月20日に「昭和40年代篇」(大市民、ミュージカルわが心のかもめ、写楽はどこへ行った、幻化、赤ひげ)、2008年5月21日に「昭和50年以降篇」(極楽家族、修羅の旅して、しあわせの国 青い鳥ぱたぱた?、北の海峡、失われし時を求めて ~ヒロシマの夢~)が発売。
- 2008年6月14日、平成20年岩手・宮城内陸地震が発生し、緊急臨時ニュースに切り替わった為、この日放送予定だった『清原と桑田 18歳の大物ルーキー』、『桑田真澄の661日~復活までの苦悩と夢』の二本が翌週(6月21日)放送となった(北海道地方は別内容)。
放送時間
日曜日は通常、選挙の投票日に充てられることも多いため、開票速報放送などにより、時間変更・放送枠分割・休止となることも少なくなかった。また、時間帯移動された現在でも、放送する作品により時間を拡大することもしばしば行われている。
- ~2005年 日曜23:10 - 24:30
- 2006年1月~3月 日曜24:00 - 25:20
- 2006年度 日曜23:10 - 24:30
- 2007年度 日曜23:40 - 25:00(『未来観測 つながるテレビ@ヒューマン』の日曜日移動による)
- 2008年度 土曜10:05 - 11:25(拡大の場合あり)
- 日曜深夜の放送は前述のように選挙報道などで放送できないことがあったり、夜遅いために生で視られないという声が多かったため、時間移動。
- 関西地区のみ、地域情報番組『ぐるっと関西プラス』を10:50から放送するため、教育テレビで翌金曜深夜に放送。
- 北海道地方では、5月と6月の2ヶ月間は『北海道環境アーカイブス』(ナビゲーターは沖谷昇アナウンサー)に差し替えて放送していたため本番組の放送は一時休止されていた。ここでは過去に北海道地方で放送された環境に関連した番組のほか、北海道地方のみで放送されるミニ番組「エコは北から」、外国人向け国際放送NHKワールドTVで放送される英語による北海道の自然を紹介する「ネイチャーオブ北海道」を日本語字幕つきで放送していた。
通年特集企画
2005年
- この年は2つのシリーズを編成。ひとつは、毎月第3日曜日に放送されたNHKスペシャル 新・シルクロード(21:00-22:00)の放送に合わせて「特選アーカイブス・シルクロード」を放送。これは新・シルクロードで放送された番組の舞台を、1980年の「シルクロード-絲綢之路-」と比較してもらうという意味合いを込めて放送した。このときの進行役は松平定知。なお放送前年の2004年には、デジタルリマスターのために、日本と中国の共同取材で撮影したネガフィルム(初回放送時、日本でフィルムから1インチビデオテープに映像を変換後、中国に譲渡された)を再度、中国から全巻借り出してハイビジョンに変換する作業を行われた。中国側が自国で作業をしたいと申し出たが、すでにNHKがフィルムの補修・洗浄からハイビジョンへのテレシネ作業、NHKアーカイブスでのデジタル修復、そして渋谷放送センターでの編集作業まで、考え得る最善の体制を整えていたことを伝えて中国側を説得し、日本でのデジタルリマスター作業が行われることになった。肝心のネガフィルムは、中国がNHKから渡された状態のままで大切に保管してくれていたため、このリマスター作業により鮮明な画質でよみがえらせることが出来たというエピソードがある。
- もうひとつは、この年が終戦60周年であったということで、原則毎月1回程度「平和アーカイブス」と題して戦争(主として広島・長崎の原爆)をテーマにした番組を取り上げた。
2006年
この年は、日本の環境公害問題の原点とされている水俣病が確認されて50周年を迎えたのを機に、地球環境のあり方を問うたテーマの番組を集めた「環境アーカイブス」を原則毎月1回程度放送した。
2007年
この年は、「にっぽんくらしの記憶」と題し、いわゆる高度経済成長期の日本人の暮らしを見つめた番組を原則月1回以上の割合で放送した。
ナビゲーター
映像のデジタルリマスタリング
- このNHKアーカイブスの施設開館、並びに放送を実施するに当たって、製作された当時の映像を当時の雰囲気そのままに伝えるために、スタッフがデジタルリマスタリング(修復)処理を実施している。この方式は番組としてのNHKアーカイブスが放送される直前の2000年1月~3月に総合テレビ深夜放送でシリーズ放送された「よみがえる新日本紀行」で初めて紹介された。
- 1959年にNHKは送出用として2インチのアンペックス方式VTRの使用を開始する。それから1981年頃までの間は、送出用として同方式のVTRを使っていた[1]。この方式のビデオテープは非常に高価だったために[2]、テープを使い回しせっかく収録した番組も次の収録で上書きされ失われているのがほとんどである[3]。一部の番組は「キネレコ」という装置でフィルム映像に変換して残されたり[4]などしたが、大部分の番組は前記の様に失われてしまったため、著作権法に基づく権利を行使し、視聴者のエアチェックなども収集している。なお、現在はNHK放送センター内には2インチのアンペックス方式VTR機器は置いていないが、NHK放送博物館に2インチVTR機器(カラー再生にも対応)が置かれていて、ここで2インチVTR機器から再生された映像をデジタルリマスタリング処理で現行の放送用VTR(カセット式)にダビングされる。
- 元NHKアナウンサーの宮田輝は、1960年代後半からオープンリールの家庭用VTRを所有していた。自身が司会を務めた、1960年代後半の紅白歌合戦、思い出のメロディー、ふるさとの歌まつりの放送は自宅で録画され、その映像は後にNHKに提供された。
- 特にフィルムの場合は年月を置くと映像・音声とも劣化してしまうので、放送原版のフィルムを一旦特殊な液などで汚れをふき取り、フィルムの破損部などはコンピューターでその部分を修復する処理・加工を行う。
- 日本のテレビ放送方式(NTSC)では原則として1秒の動画は30コマ(30フレーム)となっているが、走査線が上から下に2回走っていることで1つの画面が構成される。しかしフィルム映像の場合は16mmフィルムでは1秒間24コマで構成されるので、1秒30フレームを、60フィールドに分割し、それをさらにフィルムの24コマに変換する事で16ミリフィルム1コマ単位に置き換えて細心の注意を払った上でリマスタリング作業を実施する。525方式の放送の30分番組の修復時間は平均20~30時間、16ミリフィルムからハイビジョン映像に変換した30分番組は平均で40~60時間の修復時間が必要だといわれている。→テレシネを参照のこと
- 2005年頃までは、16mmフィルムはハイビジョンに対応出来ないとテレビ業界や映画業界では言われていた。16mmフィルムは映像を記録している面積が狭く、それで対応できるのは525方式までだという考えだった。しかし1999年からNHKの映像修復担当者とテレシネを担当する会社(ヨコシネD.I.A.)は、共同でハイビジョン化の準備をすすめ、ついに2004年にはNHK全体の取り組みとして「NHK特集シルクロード」で16mmフィルムからのハイビジョンへのテレシネを本格導入することになった。「シルクロード」の高画質化はそれまでの常識を覆す出来であったため、その後、16mmフィルムからもハイビジョン化することはごく普通のことになってしまった。
- 2007年1月よりBS2のアーカイブス関連番組の増加に対応するため運営体制の強化が行われた。このため、2003年2月と比較すると数倍の修復能力を持つに至る。2007年の主な修復スタッフ構成は、修復マネージメント1名・技術マネージメント(修復オペレーター兼務)1名・修復専門オペレーター2名の計4名である。この他にも、2インチVTR等の使用についてはNHKアーカイブス全般を管理する技術担当者が放送博物館や渋谷の放送センターと調整を行ったりする場合があったり、フィルムからVTRテープに映像を変換するテレシネを行う企業なども考慮すれば、作業に関わるスタッフは実際には相当な数にのぼる。
- 2007年1月以降、NHKアーカイブスで映像修復が行われた番組は画面右上に「NHKアーカイブス」の透かしロゴが入っている。(NHKで修復作業が許されているのは品質管理の点から川口市にあるNHKアーカイブスのみ)
アーカイブスと権利保護
デジタルリマスター処理を行った番組の全てが、公開されるわけではない。それは、法律に基づく様々な権利関係の処理作業が必要となるからである。
アーカイブス番組でもそのあたりの事情が説明されていたが、デジタルリマスター処理と平行して、番組に映っていた人物などを全て割り出し、本人や遺族など関係者と連絡をとって、再放送や公開に関しての許諾を得なければならない。ひとりでも許諾が得られなければ、その番組は再放送・公開することができない(なお、映像加工されて放送・公開されたことは今まで一度も無い)。これは、肖像権に基づくものである。
現在の番組ではこうした点を考慮して、ニュースなどを除いては、企画段階においてあらかじめ権利関係を全て処理する作業を行い、DVDソフト販売などを行いやすくするようになっている。
脚注
- ^ 1976年から1インチVTRが送出用として使われ、1981年頃からしばらくの間この方式に一本化される。
- ^ 1964年、富士フイルムがそれを国産化しても、1980年頃の生産終了まで1本(60分)当たりの単価が10万円以下になることはなかったという。現在の放送業務用ビデオテープ1本あたりの単価は安くても1000円台になっていて、高級品ではなくなったため保存が可能になった。現在は収録番組・生放送番組を問わず、放送された番組はVTRテープに記録され、保存されている。
- ^ 特に、1970年以前の番組でビデオテープで残っているのは数えられるほどしかないものの、それでも「東京オリンピック」の開会式、閉会式及び一部の競技、「メキシコオリンピック」の一部、「NHKイタリアオペラ演奏会」、カラー本放送開始記念番組「長唄『京鹿子娘道成寺』」等、非常に芸術的価値の高い貴重な物については、2インチVTRのままで残されているケースが多い。
- ^ 紅白歌合戦の第14回(1963年)・第21回(1970年)もこの方式で録画。ただし第21回の保存状態は悪い。
関連項目
外部リンク
- 以下原則毎月1回放映

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