NHK大河ドラマ とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋大河ドラマ(たいがドラマ)は、1963年に第1作が放映開始となった、NHKが毎年違うテーマで制作・放映している時代劇ドラマシリーズ。(2008年現在、制作・放送されている作品は字幕放送と連動データ放送付きである。) 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 関連商品
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大河ドラマ(たいがドラマ)は、1963年に第1作が放映開始となった、NHKが毎年違うテーマで制作・放映している時代劇ドラマシリーズ。(2008年現在、制作・放送されている作品は字幕放送と連動データ放送付きである。)
1984年から1986年にかけて放送のNHK新大型時代劇についてもこの項で述べる。
目次 |
主に歴史上の人物や事件などをテーマに、基本的に毎年1月から12月の1年間に49から50回を通して放映される。しかし実在しない人物が登場することも多く、また作品によっては主人公も架空の人物の場合もある。年末には総集編(ダイジェスト版。全部で3、4時間程度)も製作される。ただし作品によっては翌年に放送されたケースもある。以前は総集編が放送された後で全話を再放送することは殆どなかったが、スカパー!の専門チャンネルにおいて全話が放送されたり、NHKデジタル衛星ハイビジョンで再放送されたりするケースも多くなってきている。
出演者は、通常のドラマでは主役級の男優・女優が共演することが多く、これに名脇役と呼ばれる俳優も加わるため、普段は見られない顔合わせもよく見られる。番組初期は五社協定により映画会社所属の俳優はテレビ出演が制限されていたため、新劇の俳優や歌舞伎俳優が多く起用された。第3作『太閤記』では緒形拳、高橋幸治、石坂浩二ら無名の新人俳優が抜擢され、一躍人気スターとなった。五社協定消滅後も、第21作『徳川家康』で織田信長役を好演した役所広司や、第25作『独眼竜政宗』で主演した渡辺謙は番組での好演がきっかけで一躍有名になり、2000年代に入ってからは『北条時宗』に出演した北村一輝や宮迫博之、『新選組!』に出演した山本耕史や堺雅人など、知名度の低かった俳優が大河ドラマに出演したことがきっかけとなって活躍の場を広げることになった。
第6作『竜馬がゆく』までがモノクロ作品。第39作『葵徳川三代』からハイビジョン作品である。通常は年間1作だが、1993年から1994年にかけては第31作『琉球の風』が6ヶ月、第32作『炎立つ』と第33作『花の乱』がともに9ヶ月と短縮型作品が続き、この2年間は年2作品となった。そして第34作『八代将軍吉宗』は1年通して放送される完全型作品に戻され、これ以降は全作品が完全型となっている。
NHK出版からの「大河ドラマ・ストーリー」や関連書籍も出版され、ビデオ・DVDなどソフト化もされている。なお、1970年代中期までの作品は全話見ることがほとんど不可能である(映像が現存しても総集編、クライマックスの回、あるいは最終回程度しか現存していない場合が多い。当時はVTRの録画が2インチ規格でテープの単価が高く操作・編集も煩雑だったことに加え、著作権に関わる問題も多く、番組の資料保管やソフトの販売は安易に行えなかった。全話のソフト化で最も古い作品は1976年制作の『風と雲と虹と』である)。
全般的に前半はロケシーンが多く、中盤にクライマックスがあり、後半は登場人物も徐々に減少し(役の人物が死ぬため)、スタジオ撮影のシーンが多くなるのが特徴である。合戦シーンなどではコンピュータグラフィックス(CG)を用いることも多いが、出演者のスケジュールの都合により使用せざるを得ない場合もある。また「大坂城」や「屋敷門の炎上」、「関ヶ原の戦い」など、過去の作品で使用した場面が何度も使われるケースもよくある。題材となる人物やテーマに所縁のある地方とタイアップする事も多い(地元には「大河ドラマのまち」という看板が立つ)。
第45作『功名が辻』からはアナログ放送、NHKワールド・プレミアムの放送では映像比率を14:9のサイズにて放送されている。2006年1月には大河ドラマとしては初めて続編が製作、放送された。これは2004年制作の第43作『新選組!』のその後を描いた作品で、大河ドラマでは局長・近藤勇が主役だったが、続編『新選組!! 土方歳三 最期の一日』では副長・土方歳三にバトンタッチし、彼の最期の一日を描いた。
一方、主人公をヒーロー/ヒロインとして描こうとするあまり、その人物の暗い側面に関しての描写が曖昧であったり歴史学上の定説と離れた演出がなされることも多い。このことに関し、NHK側は「大河ドラマはドキュメンタリーではなくあくまでドラマであり、演出も必要である」と述べている。
2000年代に入ってからは、「風林火山」の山本勘助や「篤姫」の天篤院篤姫、「天地人」の直江兼続といった教科書ではあまり採り上げられない人物にスポットライトが当たる傾向がある。
現在、大河ドラマ第一作とされている「花の生涯」放映開始時には、「大型時代劇」という名称で呼ばれていたが、同枠のドラマが本数を重ね、さらに次第に歴史ドラマとしての注目されるようになると「大型歴史ドラマ」の名称が用いられるようになった。シリーズ15周年を記念して発売された2枚組LPレコード「NHK大型歴史ドラマの15年 花の生涯から花神まで」(ポリドール)のタイトルにもそれが現れている。一方、第二作の「赤穂浪士」放映時には読売新聞が「花の生涯」と「赤穂浪士」を「大河小説」になぞらえて「大河ドラマ」と表現し、その後一般でも「大河ドラマ」の名称で呼称されるようになった。1977年(昭和52年)3月、NHKでシリーズ15周年記念番組「大河ドラマの15年」を放送。これがNHKが公式に「大河ドラマ」の名称を用いた最初である。その後、1978年の「黄金の日日」の頃には「大河ドラマ」の名称が定着し、レコードや書籍にも「大河ドラマ」の名が使われるようになり、やがて本放送時にも「大河ドラマ」とシリーズ名が明示されるようになった。
詳細は歴代大河ドラマの一覧を参照
以下は放送時間が45分の場合、すなわち第1回、最終回など放送時間が拡大される場合は除く。日曜20時台が大河ドラマ枠となったのは1964年の若い季節終了後の1965年開始の『太閤記』からである。1964年以前は日・20:45-21:30であった。
なお、2004年と2005年の大河ドラマ『新選組!』および『義経』はデジタル総合テレビにて13:00-13:45(2005年4月からは13:05-13:50)に限定先行放送を始めたが、2006年(『功名が辻』)から再びその放送はなくなった。
1984年から1986年にかけてのいわゆる「近現代三部作」(『山河燃ゆ』、『春の波涛』、『いのち』)が放送されていた時期に、従来の時代劇路線の大河ドラマのファンのためにそれまで軽い内容の『水曜時代劇』(現・『土曜時代劇』)が放送されていた水曜日の20時台に新たに設けられた。放送曜日と予算は大河ドラマと異なるが出演者に大河ドラマ出演者が多く、1年間の放送であったことから大河ドラマに準じる連続大型時代劇として扱われることも多い。
1986年の『武蔵坊弁慶』は翌1987年1月から大河ドラマが『独眼竜政宗』で時代劇路線に戻ることもあり、約9ヶ月間の放送で終了した。
デジタルで放送される衛星ハイビジョンテレビとデジタル衛星第2放送および、デジタル総合テレビでは副音声で視覚障害者向けの解説放送がある。この解説放送はステレオ2音声放送であるためアナログ総合テレビとアナログ衛星第2放送ならびに海外向けテレビ番組配信のNHKワールド・プレミアムでは行われていない(通常のステレオ放送のみ)。
また、デジタル総合テレビとデジタル衛星ハイビジョンはデータ放送がある。2001年から2005年まではアナログ放送とデジタル放送では番組内容は同じでもそれぞれ編集映像比率内容が異なっていた。アナログ放送用(NHKワールド・プレミアムも含む)では本編は4:3で放送されるが番組最後の紀行の部分のみレターボックスで放送されていた。2006年からアナログ・デジタル同時送出のため、アナログ放送(NHKワールド・プレミアムも含む)では14:9のサイズで放送されるようになった(これにあわせてスタッフ・キャストのテロップは横書き表示に変更されたが、2008年の『篤姫』では縦書きに戻った)。海外では日本人が多く住む地域でNHKワールド以外の放送局で放送されている(字幕付き)。最近ではCS専門チャンネル(ファミリー劇場、時代劇専門チャンネル、衛星劇場等)で放送されている。ただし、『太平記』以降定番となった大河ドラマ本編の放送終了後に放送されるドラマの舞台となった場所や登場人物ゆかりの地を紹介する「紀行」番組はCS放送で見ることはできない。
スタジオでの全収録が終了するクランクアップの時には出演者・スタッフの労をねぎらってスタジオにくす玉が吊るされ、主演者がそれを割ったり出演者のスピーチも行われ、来年の大河の主役の俳優からその年の主役の俳優に花束を渡し引継ぎを行う等、その模様はスポーツ新聞やNHK広報番組、NHKオンラインのこれ見て!ムービーで取り上げられることが多い。視聴率アップを狙い、『その時歴史が動いた』においてその年と来年の大河ドラマの時代、主役を取りあげ、興味を引こうとしていた。ちなみに、その年の大河ドラマの出演者は大相撲力士と共に毎年2月3日の節分に成田山新勝寺で豆まきの来賓ゲストとして出席するのが恒例である。
民放各局は大河ドラマの同時間帯である日曜夜8時台にも数々の番組を制作してきたが、その中では人気を博した番組も多数存在した。中でも『コント55号の裏番組をぶっとばせ!』は裏番組、すなわち「大河ドラマ」(当時は『天と地と』)に打ち勝とうという意味を込めたタイトルであった。この『裏番組を─』は高視聴率を獲得し、「大河ドラマ」を視聴率的にも破ることとなる(しかし野球拳が低俗として指摘され、わずか1年間で番組は打ち切られた)。他にも『ニュースバスターズ』などCMや出演者の発言で「大河ドラマ」を意識している番組もあった。だがそういった裏番組の中で通常番組において視聴率として「大河ドラマ」を上回ったものは数少ない。
毎年秋に各地で開催される「大菊人形展」はこの大河ドラマをテーマにするケースが多い。また、その年に放送されている主人公にゆかりのある地方自治体がNHKとタイアップして、展示会やフェスティバルを開いており、その経済効果には定評がある。長年京阪電気鉄道がひらかたパークにて開催されるひらかた大菊人形は特に有名であったが、技術者の高齢化や後継者の不足などを理由に2005年の『義経』をもって終了している。
大河ドラマを使って自治体や地元経済団体等が地域活性化を図るケースは多く、例えば2002年の『利家とまつ』が高視聴率を博したことで石川県の観光振興に大きく貢献している。また滋賀・京都・大阪がドラマの舞台になると京阪電気鉄道が8000系(0番台)や9000系などを使用してラッピング電車などを走らせるなどして積極的にPRしている。
1980年頃まで使用されていた放送局用ビデオテープ(2インチVTR)は非常に高価で大型であり、収録された映像は放送終了後に消去されて他の番組に使い回されていたため、『元禄太平記』(1975年)以前の作品及び『花神』(1977年)は運良く残った一部の放送回と総集編を除きほとんど現存しない[要出典]。同様の理由ですでに存在していないと思われていた『風と雲と虹と』(1976年)については全映像の現存が確認され、完全版DVDの発売が開始されている。当時はNHKに限らず民放でも保存のコストと著作権の問題からテレビ番組の保存があまり行われていなかった(一方、フィルム撮影だった特撮などの一部のドラマやアニメは割合現存している)。
現代の感覚では多額の制作費をかけた映像作品を消去することは重大な資産の損失であると考えられるが、当時の感覚は逆で非常に高価で保管にも費用のかかるビデオテープを再利用しない方が損失であると考えられていた。当時のNHKでは本放送終了後にテレビドラマの再放送がほとんど行われず、特に50話近い長編の大河ドラマの再放送は想定されておらずビデオの販売などは思慮の外だったので、初期の大河ドラマの大半が失われた。それでも重要な放送回や総集編は映像資料用として保存していたようだが、『春の坂道』(1971年)は総集編を含めてNHKに全く映像が残されておらず「幻の大河ドラマ」と呼ばれていた(後に最終回のみモノクロの家庭用VTRで録画された映像が発見されてNHKアーカイブスに収蔵されている)。現存している作品の幾つかはDVDで販売され、またNHKアーカイブスで視聴することも可能である。
1978年以降は放送局用ビデオテープのコストも下がったためか番組の保存をするように方針も変わり、『黄金の日日』は全話現存しているが『草燃える』(1979年)は放送回の存否が明らかでない。『獅子の時代』(1980年)以降は全話現存していて、いくつかの作品は全話収録の完全版または総集編のビデオ・DVDが販売されている。NHKでは保存していなかった作品を視聴者がビデオ(当時は大変に高価だった)で録画保存していたものが発見されて寄贈されることもある(ただし、家庭用ビデオ機器による録画であることとテープの経年劣化により画質が悪く、市販できるものではない)。
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