NINTENDO64 とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋NINTENDO64(ニンテンドウろくじゅうよん)は任天堂より1996年に発売された家庭用ゲーム機である。スーパーファミコンの後継機種。日本国内での発売当初の価格は25,000円だったが、後値下げが行われ最終的には14,000円となった。略称は「ロクヨン」「N64」など。開発時のコードネームは「プロジェクト・リアリティ」、正式名が決定する以前の海外名称は「ウルトラ64」(国内では名称はまだ発表前だった)、ユーザー間の通称は「ウルトラファミコン」だった。既に生産終了している。また2007年10月31日をもってファミリーコンピュータ、スーパーファミコン等と共に公式修理サポートを終了した。[1]NINTENDO64で発売されたゲームソフトの一部は2世代後の、Wiiの配信サービスであるバーチャルコンソールでプレイすることができる。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 NINTENDO64 出典: 『はてなダイアリー』 関連商品
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| NINTENDO64 | |
|---|---|
| メーカー | 任天堂 |
| 種別 | 据置型ゲーム機 |
| 世代 | 第5世代 |
| 発売日 | |
| CPU | 64bit 93.75MHz NEC VR4300 |
| GPU | SGI 62.5 MHz 64-bit RCP |
| 対応メディア | ロムカセット |
| 対応ストレージ | コントローラパック |
| コントローラ入力 | ケーブル接続 x 4 |
| 外部接続 | 50PIN拡張コネクタ |
| オンラインサービス | 64DD |
| 売上台数 | 日本国外:約2738万台 |
| 最高売上ソフト | マリオカート64 |
| 互換ハード | iQue Player |
| 前世代ハードウェア | スーパーファミコン |
| 次世代ハードウェア | ニンテンドーゲームキューブ |
NINTENDO64(ニンテンドウろくじゅうよん)は任天堂より1996年に発売された家庭用ゲーム機である。スーパーファミコンの後継機種。日本国内での発売当初の価格は25,000円だったが、後値下げが行われ最終的には14,000円となった。略称は「ロクヨン」「N64」など。開発時のコードネームは「プロジェクト・リアリティ」、正式名が決定する以前の海外名称は「ウルトラ64」(国内では名称はまだ発表前だった)、ユーザー間の通称は「ウルトラファミコン」だった。既に生産終了している。また2007年10月31日をもってファミリーコンピュータ、スーパーファミコン等と共に公式修理サポートを終了した。[1]NINTENDO64で発売されたゲームソフトの一部は2世代後の、Wiiの配信サービスであるバーチャルコンソールでプレイすることができる。
目次 |
当時のいわゆる次世代機の一つで、任天堂としては初めて本格的な3Dゲームに対応した。第5世代としては最も後発であり、スペック上の性能も他の機種に比べ特に3Dの演算能力が高く、高機能なものになっている。
売り上げが伸びなかったゲーム機、バーチャルボーイに続くゲーム機。当時グラフィックスワークステーションメーカーだったSGIと提携して開発。メインCPUには64ビットRISCのMIPS R4300カスタム、32ビットRISCのR3000をコアに持つグラフィックエンジンであるRCP (Reality Co-Processor)、メインメモリには当時はまだ珍しかった、高速なRambus DRAMを採用するなど、先鋭的なハードウェア構成だった。64ビットのR4300カスタムは最高122MIPSの処理能力を発揮することができた。これはプレイステーションの搭載するCPUの約四倍の処理能力である。ポリゴン機能は環境マッピングやトライリニアといった本格的なテクスチャ・マッピング処理にも対応していた。このような高性能を実ポリゴン描写能力が必要だった。それだけに先代機種のスーパーファミコンの35倍もの性能を誇る。SGIとの当時の企画内容には、「子供たちにOnyxを」とある。SGI Onyxは当時のスーパーコンピュータ並みの性能を誇ったSGIのグラフィック・ワークステーションで、当時の価格は数千万から一億円ほどで、とても一般家庭の子供には手の届くものではない。任天堂とSGIは徹底的に性能を絞り込み、このNINTENDO64を完成させた。本来は本体価格が54600円ほど[要出典]になる性能のゲーム機を、徹底的にコスト削減を図り、25000円にまで価格を抑え込んだ。発売前の時期には、「25000円のスーパーコンピュータ」とまで言われた。
ゲームソフトの供給媒体には、当時主流となりつつあったCD-ROMではなくROMカセットを採用。ゲームデータを高速に読み込め、ストレスのないプレイ環境を重視した。
コントローラーは優れた操作性を実現するために、三つ又の独特な形状を採用。コントローラー中央にアナログスティック「3Dスティック(サンディスティック)」を装備し、新しいゲーム感覚をアピールした。しかし、小さい子供にはコントローラが大きすぎるという弱点もあった。レフトポジション、ライトポジション、ファミコンポジションなど握り方が多数存在する特異なコントローラである。
また、それまでは2つが主流だったコントローラー端子は本体に標準で4つ用意されており、はじめから多人数プレイを想定した設計となっている。4人対戦対応ソフトも数多く開発された。
最終的に日本国内では554万台、国外で2738万台、計3292万台が出荷された。韓国ではまだ任天堂が現地法人を立ち上げる前であり、現代電子産業(現在のハイニックス半導体)がライセンスを得る形で発売され、独自に「ヒョンデ・コンボイ64」のロゴが「NINTENDO64」と併記する形で付けられていた。
当初は次世代ゲーム機の本命として期待されていて、「ゲームが変わる。64が変える。」のキャッチコピーとともに登場した。
しかし、ハード出荷台数は同世代のプレイステーションに比べ圧倒的に少なく、国内ではセガサターンにさえおよばなかった。その原因は多数指摘されているが、最大の要因は参入メーカーの少なさである。 メーカー不足のみならず、度重なる発売日延期による発売の遅さ(PSとSSから2年近くも遅れた)と情報の露出不足(ハードの正式名称も発表されなかった)により、メーカーは勿論、ユーザーからも信頼を失い、登場時にはプレイステーションが市場を占拠し始めていたこと、ゲームの開発が難しく発売後もサードパーティーがあまり参加しなかったことなどがあげられる。
また、性能は当時最高級だったが、その性能を引き出すために「ソフトウェア(RCPのマイクロコード)で工夫する」設計、つまりソフトウェア面の開発に負担をかける構造となっていたため、その性能を発揮するゲームの制作は非常に困難だった。しかも、開発用のライブラリの充実に時間を要し、任天堂自身がライブラリ開発やサードパーティに配布することに力を注がなかったため、サードパーティーの開発環境のハードルがさらに高くなってしまった。
また、ソフトの供給媒体にデータ量に対する単価が非常に高かったロムカセットを採用したことから、データ量単価の安いCD-ROMを採用したゲーム機のようにムービーシーンを多用するなどといった演出が難しく、ストーリーやキャラクターなどの演出に凝るよりも、まずゲームとしての面白さを追求した作品が強く求められた。
スーパーファミコン時代の経験から、質の悪いソフトによるアタリショックのような事態を回避するため、任天堂は「少数精鋭主義」を提唱、開発力のあるメーカーを厳選するための方針だった。しかし、重厚長大なソフト制作へと傾倒していたスーパーファミコン時代のサードパーティーは、大容量データを扱えて開発も比較的容易なソニー、セガのハードへと流れてしまい、結局は単なる「少数」に終わってしまった。
また度重なるハード発売日の延期に、ファイナルファンタジーシリーズやドラゴンクエストシリーズといったスーパーファミコンの人気タイトルの多くが、プレイステーションなど他のハードで続編を発売するようになってしまったことも、大きな痛手となった。そのため、ソフト発売本数でプレイステーションに大きく水を開けられる結果となった。その顛末は、後継機である「ニンテンドーゲームキューブ」の設計思想に影響を与えている。
さらには、スーパーファミコン全盛期に任天堂が行ったソフトメーカーに対する高圧的な態度・要求は、多くのメーカーや関係者に任天堂に対する不信感を抱かせたが、任天堂側の唱えた「少数精鋭主義」という言葉と手法はこのイメージの払拭の失敗にも繋がった。その為、既にセガサターンやプレイステーションの為の開発環境を整え、リソースを投入していたメーカーをあらためて本気で振り向かせる事ができず、そもそもソフトの企画がゲーム雑誌向けに出されたのみで実際には開発されなかったタイトルというものも少なくなかった事も不振の要因となった。
これらの事から、発売初期から既に慢性的なソフト不足に見舞われ(特にハード発売より約3ヶ月は、新作ゲームが1本も発売されないという深刻なものだった)、多くのユーザーの心をつかむ事ができなかった。
かくして、このハードで任天堂は据え置きゲーム機のトップシェアを失い、その後二世代にわたりその座をSCEに譲る事になる。
このように日本市場では苦戦を強いられたが、北米市場においてはSNES並の市場を築くことに成功した。新作ソフトの発売も、国内においては2001年12月発売のボンバーマン64が最後だったが、北米では2003年夏まで新作ソフトが発売され続けた。最後の新作タイトル「トニーホークプロスケーター3」が「プレイステーション2」「ニンテンドーゲームキューブ」「Xbox」など、次世代ゲーム機とのマルチプラットフォームで展開されたことは、北米での成功を表している。
このハードで発売されたソフトは全206タイトルに過ぎないが、かなりの人気を博したソフトや、作品としてきわめて高く評価されているソフトも数多く存在している(この点は少数精鋭主義を体現したといえる)。また4人同時プレイに最初から対応していたという事もあり、多人数ゲームで大きな広がりを見せた。そのため、小中学生を中心に一定のシェアを獲得することに成功した。
特にマリオカート64、ゼルダの伝説 時のオカリナ、ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズなどはそれぞれかなりの人気を獲得し、売上も好調だった。本ハードで初めて登場したマリオパーティシリーズは、現在も続編が発売される人気タイトルとなっている。また、売り上げこそ劣るものの実況パワフルプロ野球や実況ワールドサッカーなども3Dスティックでの操作性が独特で、シリーズ屈指の作品として現在も根強く支持されている。
周辺機器として発売された「振動パック」や、コントローラーの3Dスティックといったいくつかの試みは後々のゲーム機に影響を残している。当時としては圧倒的な3D表現能力を低価格で実現したことは高く評価され、タイム誌の1996年「MACHINE OF THE YEAR」に選出された。
後年には本体色を従来の黒色から半透明の青や赤に変更したクリアバージョンや、「ポケットモンスター」の人気キャラクター、ピカチュウを本体にあしらった「ピカチュウ NINTENDO64」が発売された。64DDと同梱版のクリアブラックバージョンや、トイザらス限定のゴールドバージョンなどもある。特にクリアブラックは64DD以上に少ないため、非常に珍しい。
3Dスティックはサンディスティックと呼ぶのが正しい。テレビや雑誌等でスリーディースティックと呼称する場合があったが誤り。任天堂の広報が対応する場合、スリーディーと言われるとその場で訂正することがあった。
発売当初はスーパーマリオ64(1996年)、マリオパーティ(1st ver, 1998年)など、3Dスティックをグリグリと回す操作方法を取り入れたソフトが多かった、しかし、この操作はスティックの故障の原因につながるほか、プレイヤーが指や手を痛めることが多く、次第にそういったことを勧めるゲームはなくなっていった。しかし、普通に使っていても使用頻度によってはかなりの短期間で、「操作しているキャラクターがスティックに触れていないのに勝手に動いてしまう」などの誤作動を起こす場合があった。この原因は、コントローラー内部で3Dスティックの動きをX軸、Y軸の回転として変換し、またスティック自体を支えている部品に樹脂素材を使用していた事による。スティックが磨耗すると遊びがかなり大きくなり、指を離しても3Dスティックが正確な中心に戻らなくなる。本体の電源を入れるとそのときの3Dスティックの位置を中心として認識する仕様のため、正確な中心位置が認識できなくなるためである。又3Dスティックの内部では部品の一部が粉末状になり堆積する。ニンテンドウ64においてはスティックを使用するゲームがソフトの大半を占めていたこともあり、すぐにコントローラーを買い変えなければならなくなることもしばしばあった。発売当時はメモリー拡張パック用(後述の周辺機器参照)の接続端子に「はがさないでください」というシールが張られていた。[2]そのため拡張パックの存在が公になるまで不安がったプレイヤーもいた。
最初の露出は、1994年にアメリカで「ウルトラ64」という名称でアーケードゲームとして公開された。ソフトは「キラーインスティンクト」(対戦型格闘ゲーム 開発:レア)と「クルージンUSA」(レースゲーム 開発:ミッドウェイゲームズ)だった。
スクウェアは 1995年8月に開催されたSIGGRAPHで、SGIのワークステーション上で動作するN64バージョンのファイナルファンタジーシリーズの3DCGムービー作品(『ファイナルファンタジーVI』のキャラクターがリアルタイムレンダリングで描画された戦闘シーン)を出展した。
ニンテンドーゲームキューブやニンテンドーDSなどと違い、NINTENDO64は「ニンテンドウ64」が公式なカタカナ表記である。これは「ニンテンドー64」と表記してしまうと「ー(長音)」が、形式番号などの「-(ハイフン)」と間違われる可能性があったからである。
型番に見られるNUSは、Nintendo Ultra Sixtyfourの略といわれている。
このハードに搭載されているCPUのビット数は64ビットだが、32ビットにすることも可能であり、ほとんどのソフトが32ビットモードだった。実は、32ビットCPUは最大で4GBまでメモリを搭載できるため、32ビットと64ビットの違いは全くと言っていいほど無い。64の開発責任者である竹田玄洋は「処理速度が速ければ32ビットでもよかったんです。R4300は内部クロック90MHz以上で動いていますが、R3000(PSに搭載されている32ビットCPU)ではなかなかそうはいかないですから」という発言をしている。スーパーマリオ64DSが仕様を落とさず、ましてや新機能を搭載して発売できたのはそのため。
| 型番 | 名称 | 備考 |
|---|---|---|
| NUS-001 | NINTENDO64 | 1996年6月23日発売。本体カラーバリエーションは、当初はブラックのみだったが、1999年12月にはクリアカラーの「クリアブルー」、「クリアレッド」が発売された。さらに2000年7月には、64DD接続用のEXTポートを廃止した 「ピカチュウNINTENDO64」も発売された。ピカチュウNINTENDO64については後述。 |
| NUS-002 | ACアダプタ | 本体に直流電源を供給するアダプタ。本体に同梱。 3.3V 2系統、12V 1系統の合計3系統。 |
| NUS-003 | RF モジュレータ |
本体をテレビにRF接続させるための変換器。コンポジットビデオ入力に対応していない テレビで必要になる。、AV仕様ファミコン用で代用すると、問題がある。[3] |
| NUS-004 | コントローラ パック |
コントローラの拡張コネクタに接続して対応ソフトのゲームデータを保存することができる。 データ容量は32KB。保存領域は全123ページあり、データのページ数はソフト毎に異なる。 |
| NUS-005 | コントローラ ブロス |
三ツ又の特徴的な外観で、左側には十字キーと側面のLトリガーボタン、右側に主要操作を担うAボタン(青)・Bボタン(緑)と、補助操作を担うCボタンユニット(黄)、側面のRトリガーボタンを配する。中央にはSTARTボタン(赤)と、3Dスティック(サンディスティック)と呼ばれる入力デバイスがある。3Dスティックは倒す角度によって信号に強弱がつけられ、立体空間での微妙な操作を実現した。また、背面中央にはZトリガーボタンと拡張用コネクタ(コントローラポート)が装備されている。ゲームの内容によって3種類の使い方ができるのが特長で、左と中央を持つレフトポジション、右と中央を持つライトポジション、左右を持つファミコンポジションがある[4]。カラーバリエーションは多く、グレー、ブラック、ブルー、レッド、イエロー、グリーン、ブラック&グレー、クリアブルー、クリアレッド、ピカチュウバージョン ブルー&イエロー、ピカチュウバージョン オレンジ&イエローの11色。一個が本体に同梱。 |
| NUS-006 | カセット | N64のゲームプログラムを格納した専用メディア。 本体上部のスロットに挿入する。データ容量は8MB~512MBで、転送レート5.3MB/sec.。 海外版とは下部の切り欠きの形が異なり物理的に挿入できない。 |
| NUS-007 | メモリー拡張 パック |
旧称「ハイレゾパック」。4MBの増設メモリで、本体上部手前の36Pinメモリー拡張コネクタに接続、メモリ容量を倍加できる。ソフトによってはメモリ拡張が必須となっており、そういったソフトには同梱されて発売されることもあった。また、64DDを使用する場合も必要になる。必須ではないが対応しているソフトも存在し、画面解像度の向上等の効果がある。非対応ソフトでも接続したままで問題は無いので取り外す必要はない。 |
| NUS-008 | ターミネータ パック |
本体上部手前の36Pinメモリー拡張コネクタに予め接続されている。ターミネーターはバスの終端に配置された未接続のコネクタの信号反射などを抑える役目がある。メモリー拡張パックを接続するときには取り外す。メモリー拡張パック接続後は基本的に使い道はないが、売却時にはこれに戻さないと減額の対象となる場合がある。 |
| NUS-009 | RFスイッチUV | アンテナ線を介してテレビに接続させるための混合器。 ビデオ入力に対応していないテレビで必要になる。 |
| NUS-010 | 64DD |
本体下部の50PIN拡張コネクタに接続するディスクドライブ。64DDが正式名称だが、 |
| NUS-011 | 64DDディスク | 64DDのゲームプログラムを格納した専用メディア。 データ容量は約64MBだが、その内約38MBは追記用の領域になっている。 DDD(ダイナミック・データ・ディスク)という呼称もあった。 |
| NUS-012 | ターミネータパックイジェクタ |
メモリー拡張パックに同梱。 |
| NUS-013 | 振動パック | コントローラの拡張コネクタに接続する。 内部にバイブレータが内蔵されており、その振動によってゲームの臨場感を高めることができる。使用には電池が必要となる。最初の対応ソフトは『スターフォックス64』。 |
| NUS-014 | クリーニング カセット |
本体のカセット用コネクタをクリーニングするカセット。日本未発売。 |
| NUS-015 | クリーニング パック |
コントローラの拡張コネクタをクリーニングするパック。日本未発売。 |
| NUS-016 | クリーニング スティック |
カセットやパックをクリーニングするスティック。日本未発売。 |
| NUS-017 | マウス | ボール式の2ボタンマウス。 コントローラポートに接続する。『マリオアーティスト ペイントスタジオ』に同梱されたのみであり、ランドネット会員しか正式に入手することができなかった。そのためマウス対応と表示されているソフトは64DD関係のソフトに限られるが、『デザエモン3D』のように、実は対応しているというソフトも存在する。 |
| NUS-019 | 64GBパック | コントローラの拡張コネクタに接続する。 ゲームボーイやゲームボーイカラーのカートリッジを本体に繋げるアダプタ。これが使用できるのは一部の対応ソフトのみであり、使用方法としてはプレイデータをリンクさせるものである。『ポケモンスタジアム』シリーズと『ポケットモンスター』シリーズの組み合わせのように特別に対応したソフトを除けば、スーパーファミコンにおけるスーパーゲームボーイのように、ゲームボーイソフトをテレビでプレイするための周辺機器としては使用できない。また、コントローラにつけるには少々重すぎるのか、きちんと装着したにもかかわらず存在自体を感知できなかったり、操作中にエラーが出たりすることも多い。
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| NUS-020 | VRSユニット | Voice Recognition System(音声認識システム)の略。「声」をゲームの操作に利用できる 画期的な機器だが、対応ソフトは『ピカチュウげんきでちゅう』『電車でGO!!64』の2本のみ。 |
| NUS-021 | マイク | 単一指向性のモノラルマイク。VRSユニットとキャプチャーカセットに付属。 |
| NUS-022 | マイク ホルダー |
マイクを固定して首から提げるタイプのホルダー。VRSユニットに付属。 |
| NUS-023 | スマートメディア専用カセット | 汎用メモリーカード「スマートメディア」を挿入できるカセット。 画像編集ソフト『マリオのふぉとぴ~』に同梱。類似した周辺機器に、GC用SDカードアダプタがある。 |
| NUS-025 | コントローラ用マイクホルダー | マイクをコントローラに固定するタイプのホルダー。VRSユニットに付属。 |
| NUS-026 | マイクカバー | 球状の黄色いスポンジで、マイクに入る風や息などのノイズを軽減する。マイクに付属。 |
| NUS-028 | キャプチャー カセット |
RCAジャック(映像、音声L・R)とマイク用ミニジャックがついたカセットで、 映像や音声を取り込むことができる。『マリオアーティスト タレントスタジオ』に同梱。 ファントム電源が供給されている為、専用マイク以外は絶対にミニジャックに接続してはいけない。 |
| NUS-029 | モデム | 通信速度28.8kbpsの専用モデムカセット。モジュラージャックは背面にある。
ゲームボーイを画面付きコントローラとして使用するためのケーブルが試作されていたが、 |
| NUS-101 | ピカチュウNINTENDO64 | 2000年7月に発売された。このモデルは、従来のNINTENDO64に、ポケットモンスターのキャラクター「ピカチュウ」があしらわれた。電源ランプが本体正面から、ピカチュウの、ほっぺ部分に移動した。その為従来モデルよりも若干サイズが大きくなった。また、底面にあった、EXTポートがふさがれている為、「64DD」を使用することが出来なくなっている。それ以外の機能は、従来モデルとの変更は無い。 |
| 不明 | 釣りコン64 | 釣り竿型のコントローラー その名の通り釣り竿の形をしたコンローラー。対応ソフトは『糸井重里のバス釣りNo.1』のみ。 |
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