PC-9800シリーズ とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋PC-9800シリーズは日本電気(以下NEC)が開発及び販売を行った、独自アーキテクチャのパーソナルコンピュータの製品群である。同社の代表的な製品であり、98(キューハチ/キュッパチ)などと略称されることもある。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 関連商品
浅野 重初 /
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各社専用にカスタマイズされたマイクロソフトのBASICをベースにした時代の終盤から、MS-DOS時代を経て、MS-Windowsの本格的な普及期まで約15年間(初代「PC-9801」発売の1982年から、後継アーキテクチャのPC98-NXシリーズが発売される1997年頃まで)にわたって、NECのパソコンの主力商品として製造販売が続けられ、全盛期には「国民機」の座に君臨していた時代もあった。
本稿ではPC-9821シリーズについては、最低限の記述に留める。ただし、当時のNECのカタログでは、「PC-9821」型番のものも含め、「NECパーソナルコンピュータPC-9800シリーズ」として記載された。また、PC-9821シリーズの現行機種が「PC-9800シリーズ」としてラインナップしていた。その一方、周辺機器の仕様などには、PC-9821シリーズ対応であることを強調するためか、「PC-9800/9821シリーズ(に対応)」のようなPC-9800シリーズに含まれないかのような表現も見られた。
主力となるデスクトップ型のほか、モニタ一体型のCシリーズ、モニタに液晶やプラズマディスプレイを使用して小型化したラップトップ型のL/Tシリーズ、さらに小型化したノートパソコン「98NOTE」も多数、発売されていた。
狭義には「PC-9801○○」や「PC-9821○○」[1]の2つの型名をもった本体モデルを指すが、公式には「PC-98○○」のような互換性が若干下がる派生品も含んでおり、一般的には「98」「98シリーズ」などと通称されることが多い。PC-9800、PC-9821シリーズを表すあらゆる通称のうち、PC98、PC-98という略称に関しては、ソフトウェア販売店等から浸透した可能性が高い。
当時の家電量販店や、ソフトウェア専売店、とりわけゲームソフト販売店で用いられていた在庫管理データベースはカード型を採用しており、在庫入力時の機種毎の識別符号に略称を使用した例が多かった。また、当時のパソコンソフトにはバーコード(JANコード)が付いていない物も少なく無く、これらの略称とソフトの識別符号を含めて印刷したバーコードを、ソフトウェアのパッケージに直接貼り付けて販売するという形態をとっていた小売業者が多かった。このため、MSX2等正式名称が元々短いものは別にして、機種の識別符号には出来る限り短いものが採用され、記号を含めたアルファベット4文字以内で表現される事が多かった。当時普及していた各機種における略称の例では、X68000→X68k、PC-9801→PC98、PC-8801→PC88、スーパーファミコン→SFC等の略称があり、何れも4文字以内となっているのはこのためである。これに習い、これらの機種を表す際に同様の略称を用いる周辺機器メーカーも増えていった。しかしながら、Windows 98の実行に推奨されるコンピュータという意味で「PC98」という単語が使われる場合もあった事から、これを区別する意味でNEC PC-9800シリーズ、PC-9821シリーズの略称にハイフン(-)を含めた「PC-98」を使用する人もいた。
PC-9800シリーズ(PC-9821シリーズ以外)は採用したCPU・グラフィックコントローラにより、大きく4つの世代に分けることができる。
以下、各世代の機種と変遷を概観する。
1982年発売の初代機「PC-9801」[2]はCPUに8086 5MHz、割り込みコントローラにi8259Aのカスケード接続、DMAコントローラにi8237を使用するなど、インテルの8086ファミリチップを採用したため、IBM PCに似た構成となったが、8ビットのXTバスを搭載したIBM PCと異なり、筐体を開けずに抜き差し出来る16ビットのCバス[3]を採用した。
また、高速な日本語表示のために漢字テキストVRAMを搭載していた[4]。グラフィック画面(解像度)は640ドット×400ドット8色、1画面。後のモデルでは2画面となった。テキスト画面・グラフィック画面ともに、ハードウェアによる1ドット単位の縦スクロールおよび16ドット単位横スクロールが可能だった。
これらの高精細かつ高速なグラフィック処理のために、自社製の専用コントローラGDC (Graphic Display Controller μPD7220) を2個、テキスト用とグラフィック用に採用した。GDCは直線・円弧などグラフィック図形の描画機能、縦横方向へのスクロール機能を持つ。テキスト画面にはPC-8000シリーズと同様のキャラクタグラフィックモードが残るなど、PC-8000シリーズ/PC-8800シリーズとのある程度の互換性を考慮してあった。
その他、PC-8800シリーズのN88-BASICと互換性を持つN88-BASIC(86)を自社開発し、ROMで搭載していた。
なお、PC-8800シリーズのキーボードは、メインCPUのI/Oにパラレル接続されており、I/O命令で直接リアルタイムスキャンすることが可能なため、ゲームなどでこの手法が多用されていた。一方、PC-9801のものはマイコンを内蔵したシリアル接続タイプで、ハードウェア的には直接読み取ることはできなかったが、BASICプログラムの移植性を考慮し、BASIC上からはPC-8800シリーズと同様にI/O命令で読めるようにエミュレーションされていた[5]。このような点からも、ソフトウェア面でいかにPC-8800シリーズとの互換性確保に腐心していたかをうかがい知ることができる。
一方で、高速なビジネスマシンとして進化するため、ハードウェア面では上記Cバスに代表されるように、PC-8000シリーズ以来の上位互換を切り捨て、フルネィティブな16bitアーキテクチャとすることで高い拡張性と汎用性、処理能力を実現している。
世界初の16ビットパソコンはIBM PCであるとされるが、こちらの採用した8088は実質的に8ビットCPUの命令拡張版として扱われていた為、実質的にはPC-9801が世界初の16ビットパソコンとみなすこともできる[6]。
初代機以降、CPUを8MHzに高速化し、漢字ROMを搭載したPC-9801E、5インチ2DD(両面倍密度倍トラック)フロッピーディスクドライブを本体に内蔵したPC-9801F(FDD内蔵を強調しての命名)が発売された。
富士通のFM-11BS対抗のため急遽2HD(両面高密度)フロッピーディスクドライブとマウスインタフェースボードを搭載したPC-9801M(1MBドライブであることを強調した命名とされる)も登場した。
PC-9800シリーズのフロッピーディスクは、5インチ2D(両面倍密度)のインテリジェントタイプを除き、DMAを使用して、CPUの動作と並列してファイル操作が出来た。
なお、PC-9800シリーズは、その後の機能拡張でも互換性を大前提に、メモリやI/Oへアドレスを割り付けていった。その結果、VRAMのように同じ装置でも割り当てられたアドレスが飛び飛びになるものがあったほか、初代機の部品数削減の名残で一部のI/Oアドレスが一見無意味にデコードされていない、またユーザー用に予約されている箇所が極端に少ない、という状態になってしまった。
またPC/AT互換機同様、1MBのCPUのメモリ空間のうちVRAMやBIOS ROM等の予約領域を除くと、ユーザがRAMとして利用可能なメイン・メモリ空間は最大でも640KBで区切られてしまうメモリマップ[7]となっている。この時代にはそれが問題となることはなかったが、ソフトウェアが肥大化したMS-DOSの全盛期には、日本語入力システムなどのデバイスドライバを常駐させた後の少ないフリーエリアのやりくり、特に起動に500K〜600Kバイト程度のエリアを必要とするアプリケーションのための領域確保にユーザーは苦労することになった[8]。
この世代の機種は、CPUにNEC自身が開発した8086の上位互換高速CPUである V30を採用した。また、グラフィック機能が大きく強化され、従来のデジタルRGB8色1画面から、4096色中16色同時発色のアナログRGB2画面となった(一部モデルではオプション)。この表現力を生かすため、VRAM各プレーン同時書き込み制御に対応したグラフィック処理プロセッサGRCG (Graphic Charger) が追加された。また、キーボードにNFER(無変換)キーが追加された。
この頃から登場した3.5インチFDD搭載のモデルは、多くのモデルではホビーユースを意識して、5.25インチモデルよりも小型の筐体で、標準でPC-9801-26K相当のモノラルFM音源を搭載した。
これらの機種のうち、PC-9801VMは、「V30・アナログRGB2画面・5インチ2HD」というこれ以降のPC-9800シリーズの標準的な仕様を確立することとなり、以後多くの市販ソフトに「PC-9801VM以降対応」との表示がされた。 また、3.5インチFDDモデルではPC-9801UVがこの役割を果たし、「PC-9801VM/UV以降」という表示も多く見られた。
皮肉なことに、GRCGの搭載と、UV、CVというシステムセット価格の安い機種の投入により、ゲームなどのホビーユースでも一気にPC-8800シリーズからPC-9800シリーズへのシフトが進み、ハイローミックスでの商品展開を想定していたNECの目論見ははずれ、PC-88VAの失敗もあってPC-8800シリーズは一気に撤収を余儀なくされ、逆にPC-9800シリーズで廉価機を展開しなければならない状況になった。
80286 / i386の登場により、PC-9800シリーズにもこれらのCPUを採用した高性能機が登場した。この際、V30のハードウェアの動作タイミングや命令拡張部分にi80286等と非互換な部分[10]が存在したため、これらに依存していたごく一部のソフトウェアが動作するようにV30も合わせて搭載し、切り替えて使えるようになっていた[11]。 また、i80286搭載に伴いCバスのアドレス線を24ビットに拡張する仕様変更が行われているが、これはスロット右上のスイッチを拡張ボード右奥のバーが押下しない限り有効とならない。
この世代以降、GRCG上位互換のEGC (Enhanced Graphic Charger) と呼ばれる、VRAM各プレーン同時制御を読み出しにも対応させて高速化を実現した新グラフィック処理プロセッサが追加されている。また、GDCのクロックモードを従来の2.5MHzから5MHzに選択することができるようになった[12]。
この世代から、筐体のデザインと本体色が変更され、アイボリーとブラウンの組み合わせから、ブルーグレーになっている。また、キーボードにはvf・1〜vf・5キーが追加された。この頃のキーボードは非常に出来が良く、21世紀になった今でも変換コネクタ経由でPC/AT互換機で使用しているユーザがいる程である。
また、この世代では東芝J-3100シリーズに対抗すべく開発が進められていたラップトップ用カスタムLSIが完成したのを受けて搭載されており、これにより前世代より機能強化しつつ筐体寸法のダウンサイジングが実現している。
Rシリーズの後期型から、PC-8001以来続いてきたロゴタイプが変更され、縦長の曲線が弧を描いたものから、曲線角を使った正方形に近いデザインに変更された。なお、RSは後期型からの追加である。
1986年に衝撃的なデビューを飾り、欧米で「King of Laptop」と絶賛されたラップトップ型PC/XT・AT互換機である東芝T-3100シリーズは、日本語対応を施された上で1987年にJ-3100シリーズとして日本市場での発売が開始された。
同シリーズの出現は、新規市場の開拓であったが故に直接対抗する手段が存在せず、日本市場におけるパソコンのトップメーカーとしてデスクトップ機を主軸に据えた販売戦略を組み立てていた、当時のNECに大きな衝撃を与えた。
そこで対抗策として、同社はPC-98LTと称する既存技術で実装可能な機能のみを搭載したPC-9800シリーズ下位互換機を発売した。
これは当時の可搬機としては重量と寸法の点で及第点を与えうる内容を備えていたが、その一方でデスクトップ機とのソフトウェア互換性が完全でなく[13]、市場からはフルスペックのデスクトップ機互換ラップトップ98を求める声が強く上がった。
NEC側もこの要望が強いことは認識しており、PC-98LTの発売で一旦時間を稼ぎ、その間にPC-9800シリーズとしての固有機能を集積したチップセット[14]を開発、これらを搭載しデスクトップPC-9801との完全互換を実現したマシンを追加投入する、という2段構えの戦略を採った。
この間にエプソンは集積度の高いチップセットの開発でNECに先んじていたことが功を奏して、PC-286LとしてV30搭載のPC-9801UV互換のラップトップ機をいち早く市場に投入し好評を博した。これに対し、本家NECによる同等品は、NEC府中・玉川両事業所が総力を挙げて開発していたチップセットの完成が遅れたことから、J-3100の市場投入から約1年遅れでの出荷開始となった。
また、既存ソフトウェア資産の継承のために必要であることから、ラップトップ機であるにもかかわらず、フロッピーディスクドライブが各2基ずつ標準搭載されていたのもこのシリーズの大きな特徴の一つであった。
なお、このラップトップ機シリーズは同じく1989年に更なる衝撃を伴って市場に投入された東芝の歴史的傑作、J-3100SS001「ダイナブック」によって事実上、可搬機としての命脈を断たれた。もっとも、省スペースデスクトップ機としてのこの種のパソコンの市場ニーズは法人を中心に根強く存在したことから、クラムシェル型ラップトップ機としての性質を残したまま、キーボードの本体からの分離機能や汎用拡張スロットの標準搭載など、省スペースデスクトップ機にシフトした実装を行った機種が翌年になって出荷され、以後これを基本にPC-H98、PC-9821の両シリーズにも省スペースデスクトップに特化した液晶ディスプレイ内蔵モデルが細々と継承されることとなった。
ラップトップ型で小型化が図られたが、持ち歩くという使い方は重さや電源の観点からまだ現実的ではなかった。J3100がダイナブックという愛称で発売されたのに対して、薄さや軽さを強調するノートという言葉を使った98NOTEシリーズを発売した。 以後ノートパソコンという言葉/ジャンルが確立され、ビジネスユースなどのパーソナルコンピュータの利用範囲を広げる一端を担った。
従来、デスクトップモデルでは3.5インチFDDモデルは小型で拡張性が低くFM音源を搭載したホビー指向、5インチFDDモデルは大型で拡張性の高いビジネス指向という住み分けを行っていたが、DA/DS/DXからは原則的に全ての機種にFM音源を搭載し、ビジネス向け大型筐体機でも5インチFDD搭載モデルの他、3.5インチFDD搭載モデルが用意されるようになった。また、互換性維持の為に残されていたV30や、ディップスイッチ、マウスポート割り込み変更ジャンパスイッチも削除され、代わりにVM相当の速度で動作するモードとソフトウェアディップスイッチ(現在のBIOS設定画面のようなもの)が追加され、内蔵DMACの性能向上が行われた。
1990年代に入り、Windows 3.0/3.1の登場と、安価なPC/AT互換機(DOS/V)の本格的な日本上陸という大きなムーブメントが起こり(後述)、これに対処するためNECはハイエンドのPC-9821シリーズ(愛称は98MATE)を投入した。 そのためPC-9800シリーズ(PC-9801型番のシリーズ)は、MS-DOSベースの市場向け、またPC/AT互換機との価格対抗のための廉価版として傍流に位置づけられ、98FELLOWと言う愛称がつけられた。デザインや色もPC-9821に準じた丸みを帯びた形状とアイボリーに変更となっている。
価格低下のために、FM音源や増設用FDD端子の削除、拡張スロット数の削減、専用HDDユニットから汎用IDEへの変更、ファイルスロットから5インチベイへの変更等が行われているが、最も影響を受けたのがキーボードであろう。今までのメカニカルスイッチ式からメンブレンタイプの安価な物に変更になっているが、入力性能に強く影響を及ぼすNキーロールオーバー機能は死守されていた。
この価格低下と9821シリーズへの移行は、それまでの(高価な)既存機のユーザーに、衝撃をもたらした。既存機の性能を少しでも上げようと、286/386CPUをサイリックスなどのピン配置が386と同等の486互換CPUに交換するためのボードが流行した。CPUソケットを使用した機種の多いPC-9800シリーズならではの現象だったが[18]、しかしこれらは動作が不安定な上に起動時にキャッシュドライバを組み込む必要があり、ネイティブな486機と比較すると十分な実行速度が得られるとは言い難かった。
またPC-9821移行の直前に発売されたPC-9801FAは、高価な割には売れており、しかもクロックが8MHz系統の486SX-16MHzという仕様のため、CPUを486DX2などに交換しても性能が大して向上せず、多くの98FAユーザーが涙を飲んだ[19]。
この「98FELLOW」「98MATE」のシリーズからは、内蔵3.5インチFDDは、従来のPC-9800シリーズのフォーマットに加え、PC/AT互換機で使われている1.44Mバイトフォーマットにも対応するようになった。
長らく続いたPC-9801型番のシリーズも、Windows 95と同時に発売されたPC-9821の廉価版のVALUESTARシリーズが販売された時点で、その使命を終えた。
その後のPC-9800シリーズの動向については後述する。
自社開発のN88-BASIC(86)をROMで搭載し、同社の8ビットパソコン、PC-8800シリーズと言語レベルで高い互換性を持つ。また、当時としては強力な日本語処理機能を持ち、さらにNEC自身が積極的にソフトウェア開発の支援を行なったため、多数のPC-9800シリーズ専用アプリケーションが登場した。
また、非常に多くのOSが移植されており、NEC自身により、MS-DOS、CP/M-86、OS/2 1.x/2.11/Warp V3/Warp Connect/Warp 4、Windows 1.x/2.x/3.x、Windows 95/98/98SE、Windows NT/2000、PC-UXが、サードパーティにより、UNIX SVR4が、ユーザコミュニティにより、386BSD、FreeBSD、NetBSD、Linux、FreeDOSがそれぞれ移植されている(PC-UNIXの中では、FreeBSDが比較的早くから実用的に動いていたためユーザを増やし、その影響で今日でも日本ではPC-UNIXユーザに占めるBSD系のユーザの割合が多い)。
ホビーユースにおいても多数のゲームソフトが発売され、日本独自のパソコンゲーム文化の形成に大きく影響した。
これらの圧倒的なソフトウェア資産を背景に、日本国内市場においては、一時期はほぼ寡占状態に近く使われていた。
N88-BASIC、MS-DOSなどには、純正の日本語入力システムが付属していた。時代が下るにつれてかな漢字変換能力が向上し、それにつれて名称がNECDIC(単文節変換)、NECREN(連文節変換)、NECAI(AI変換)などと変わっていった。 また、サードパーティ製の日本語入力システムも、主にワープロソフトに付属する形で普及した。代表的なものにATOK、VJE-β、松茸、WXシリーズなどがある。
PC-9800シリーズの機能をソフトウェアエミュレーションによって再現しようとする試みが、私的プロジェクトとして行われている。高度な再現には、利用者自らが所有権を持つ実機から取得したBIOSが必要となることが多い。以下に、ソフトウェアとプロジェクトについての代表的な公開されている実例を動作環境とともに示す。
なお、PC-9800シリーズでなく、互換機であるEPSON PCシリーズを再現するエミュレーターもある。EPSONの98/Vは、ハードウェアとソフトウェアもしくはソフトウェアのみのEPSONのPC-386GSをエミュレートするもの。シェアウェアのANEX86は、EPSONのPC-286のエミュレータである。
PC-9800シリーズでは、ソフトウェアの互換性をアピールする意味もあって、コンピュータ本体の型番には一貫してPC-9801xxnn(xxはアルファベット、nnは数字)という名称が用いられた。アルファベット1文字目はシリーズ名、2文字目は初期はFDD、後期はCPUのグレードを、数字1文字目はFDD数若しくは搭載HDDを、2文字目はリビジョンを示す。ただし「11」を持つ2機種(PC-9801VM11、PC-9801UV11)についてはこの例に当てはまらない。
なお、PC-9821シリーズの型番もPC-9801シリーズと同じくアルファベット2文字での付番を継承しているが、PC-9801では2文字とも大文字であるのに対し、PC-9821では2文字目が小文字であるという違いがある(例:PC-9801RA21 / PC-9821Ra20)。
純正の周辺機器、汎用拡張ボードには、他のPCシリーズ同様、PC-98nn(nnは数字)という型番が与えられた。
PC-9801U発売以降、番号の不足や型番から製品が区別しにくい等の理由で、プリンタはPC-PRnnn、HDDはPC-HDnnnn、FDDはPC-FDnnn、CD-ROMはPC-CDnn、光磁気ディスクドライブはPC-ODnnnのような命名基準に改訂されている。
汎用拡張ボードにはPC-9801-nny(nnは数字yは英字)という型番が与えられた。PC-9801-を省略してnnボードと呼ばれることが多かった。
各機種専用のオプションは、PC-9801yy-nn(yyは機種名、nnは数字)という型番が与えられた。
純正キーボードとして、PC/AT互換機と同配列の106キーボードや、特定のNEC製ソフトウェアに対応した専用キーボードも発売されていた。
純正プリンタとしては、PC-PRxxxという型番が付けられた。
xは枝番。アルファベットだけのものやアルファベットと数字が組み合わされたものが付けられていた。晩年は枝番が印字速度に変わり、/80Lなどとなっていた。 純正シリアルプリンタにはPC-PR型番のほかにNMnnnnといった型番のものもあった。
レーザプリンタではPC-PR1000や2000など4桁の数字も使われた。
「NECパーソナルコンピュータPC-9800シリーズ」の一つに位置付けられていたものの、「PC-9801」型番ではなく、少数ながら「PC-98yy」(yyはアルファベット)という名称を持つシリーズも存在する。これらはアーキテクチャの改変を伴う実験的なモデルであるが、初期に企画されたものはPC-98の名を持つものの、その互換性の無さがネックとなり失敗に終わったものが多い。
また、外見上もPC-9801シリーズとは区別がつけられており、RA/RS/RX世代以降の機種では前面のスリット部分が濃いブルーグレーに塗装されている。
ハイレゾ(1120×750 16色、24dotフォント)表示を持つCAD向きの機種。ハイレゾモードでは、マウスI/Fの割り込み番号やテキストVRAMの開始アドレスやVRAMのアドレスがノーマルモードとは異なるが、アクセス方式は変わり無いため、テキスト版のソフトウェアやワープロ等はかなりの数が移植された。
この系列はPC-H98シリーズへと発展し、後のPC-9821 A-mateで互換動作ボードが販売されるなど数少ない成功例である(が、個々の商品が成功したとは言い難い)。
なお「ハイレゾ」とは高解像度の意味である「ハイ・レゾリューション (High Resolution)」の略称だが、PC-9800シリーズ・PC-H98シリーズによって広まった呼称である為、日本では「ハイレゾ(ハイレゾリューション)=PC-98のハイレゾモード」という図式が出来上がってしまっている。
ラップトップタイプの初代機で、グラフィックVRAMが1枚に削減(単色分のみ)された上にテキストVRAMも削除(グラフィックVRAMに描画)されている。互換性の低さと直後にPC-9801互換のラップトップが発売されたため、一部のワープロが移植されたのみにとどまる。主に、ラックタワー系機器のコンソールとして活用される事が多かった。後記のFC-98シリーズの小型版としても使用された。
他のPC-9800シリーズと表示系の互換性が低く、ほとんどの既存のPC-9800シリーズの市販ソフトはPC-98LTで動作しなかった。しかしながら、極力PC-9800シリーズのサブセットにはなるような設計になっており、差異を踏まえた上でPC-98LT/PC-9800両対応のアプリケーションを作るということは容易に行える様になっているなど、差異を少なくする努力は見られる。
また、ROMドライブという装置を搭載している。これは、今日のノートパソコンに見られるSSDの様なもので、OSからはディスクドライブとして見える。但しROMなので書き込み(内容の変更)は出来なく、容量も数百KB程度である。このドライブに、MS-DOSおよびN88-BASIC(LT)を内蔵している。また漢字変換FEPもこのROMドライブに搭載しているため、ストレスの無い漢字変換が行えるようになっている。後のデスクトップ互換ラップトップ機(PC-9801LV等)には、このROMドライブが搭載されていない。
N88-BASIC(LT)は、N88-BASIC(86)MS-DOS版をPC-98LTに移植したものである。このMS-DOS版N88-BASICがあるため、いわゆるDISK BASICは移植されていない。
起動時のスイッチ切り替えでPC-8800シリーズとの互換性を持たせた複合ハイブリッド機種。PC-8801からの移行ユーザの取り込みを目指したが、DOは機能の不足で、DO+は互換性に問題はないものの時期を逸したために、商業的には失敗に終わった。
オーサリングを目的とするマルチメディア指向の実験機。Windows3.0 + 独自マルチメディア環境がプリインストールされていた。ハードウェアによる高機能のグラフィックとサウンドを搭載。マルチメディア部分の仕様は後のPC-9821とは異なっているが、一部の機能はMS-DOS用のドライバ・ソフト間で互換性が図られている。PC-9801シリーズのアーキテクチャに追加する形で機能拡張しており、ハード、ソフトとも互換性の問題は特にない。もっとも、丁寧に作り込み過ぎた為か、PC-H98シリーズに匹敵するほど価格が高く設定された結果、ビジネスとしては失敗に終わっており、その反省がPC-9821(初代)誕生の原動力となった。
ハイレゾ系PC-98シリーズの後継として、32ビット高速バスNESAを搭載した上位モデル「PC-H98」(エイチきゅうはち)が存在する。このモデルは、通称「ハイパー98」シリーズとも呼ばれ、AGDC、E²GC、32ビット転送が可能なDMAC搭載、256色表示、16MB以上のメモリ実装が可能、ハイレゾモードのノンインターレース化、専用ケーブル採用による、ディスプレイへのキーボード接続と電源の連動、NESA対応拡張ボード上にインテリジェントコントローラを搭載することによるプラグアンドプレイ相当の機能の実現、Windows上でのノーマルモードでハイレゾの解像度を使用可能とする、等といった様々な改良や機能追加がなされ、高品質な部品の採用、大出力の電源、縦置き使用を考慮して底面まで塗装された筐体、徹底的なノイズ対策等々、バブル時代特有の贅沢な作りとなっており、主にCAD等の使用を目的としていた事もありセットで100万円を軽く超える価格設定になっていた。また、本機をベースとしたPCサーバSV-H98シリーズや産業用のFC-H98シリーズも販売されていた。
本流のPC-9801シリーズとの互換性は世間で言われているように低いものでは無く、NESAのレベルトリガ割り込みによるINTの共有を行わず、C-BUSボードのリソース登録を確実に行えば、NESAのボードを使用していても市販ゲームはもとよりFreeBSD(98)等も全く問題なく動作する。
特定I/Oポートを叩いた際の一定時間のウェイト挿入や、アナログパレット設定値の読み出し機能は本機種から搭載が始まっている。
詳細はPC-H98シリーズの項目を参照のこと。
通常はキーボードを使わず、液晶モニタ上をスタイラスペンを用いて操作する形態の、ノートパソコンサイズの小型パソコン。PC-9821シリーズ世代に発売されたが、当時の技術では、マルチメディア志向までカバーできる液晶モニタの開発が困難なことや、きょう体の小型化の阻害になる事などから、PC-9801の形式に位置づけられた。
なお、この形態のパソコンは後に三菱電機、コンパックも挑戦しているが、いずれもひとつの流れにはなることなく終わっている。
厳密にはPC-9800シリーズではなく、「ファクトリーコンピュータFC-9800シリーズ」とカタログに記載された製品群。 PC-9800/PC-H98/FC-9821シリーズのハードウェアを防塵・防振・防爆対応にすることで、使用環境に制約の多い工場でも使用できるように再設計されたモデル。 安全性と信頼性を確保するために、機種ごとに「設置可能条件」が定められている。
型番のFCとは、「ファクトリーコンピュータ」の略である。産業用・工業用に設計されたモデルのため、事務所や一般家庭向け機種が販売されるパソコンショップでは取り扱われず、ファクトリーオートメーションや工作機械の中核部分として組み込んだ形で販売された。このような組込目的で使われることを想定し、筐体を取り去ってボードのみとなったモデルのFC-9821Kシリーズもあった。
本体を19インチラックに取り付けることができることや、拡張ボードのスロットやRS-232Cポートの数が一般のPC-9800シリーズに比べて多いことも特色である。最終モデルとなったFC-9821Xにおいては7本、その他のモデルでは主に6スロットを設けている
システム構築を行う側にとっては、中身が一般に販売されているPC-9800シリーズと同等のため、ハードウェア部分を独自に開発する負担がないこと、ソフトウェアの開発も使い慣れているPC-9800シリーズ対応OS・言語で行えるため、短納期・低コスト・保守の容易さが実現した。
納入して利用する側としても、PC-9800シリーズの操作方法がそのまま利用できるため学習の手間が省けること、カラー・高解像度の見やすい画面であること、PC-9801用ソフトがそのまま動作するためCADデータの編集から製品の加工が一元化できること、他企業とのCADデータ授受が行いやすいことなどが好評となった。
PC-9800シリーズを基にしたFC-9800シリーズも、現在は生産が終了している。2002年より、PC-98NXシリーズを基にしたFCシリーズが新たに登場している。
これも厳密にはPC-9800シリーズではなく、「オフィスプロセッサ」と位置付けられた製品。 1991年に登場した、NECオフコン3100シリーズのOSが乗るシリーズで、PC-H98系のソフトウェアの実行が可能。「ABCの歌(きらきら星)」の替え歌で「オーピーキューハチ、エヌイーシー」というテレビコマーシャルも流れたが一般ルートでは販売されず(中小企業対象のオフコンの販売ルートで扱われた)、売れ行きは良くなかったといわれている。
1991年に登場した、ノートパソコンに無線機能を備えた機種。「テレターミナル」という専用のホストに無線で繋ぐことで、パソコン通信をすることができた。今でいうモバイル通信機能を備えたパソコンのはしりといえる。このシリーズは、1機種しか発売されなかった。
EPSON PCシリーズを参照
前述のように、PC-9800シリーズのソフトウェア資産は圧倒的であり、NEC自身が投入したものも含め、別アーキテクチャのコンピュータは苦戦を強いられた。
セイコーエプソンは98互換機、EPSON PCシリーズを開発したが、初代機PC-286に対しては、NECが互換BASICおよびBIOSの著作権侵害を訴え、発売延期の後にBASICを外し、修正されたBIOSを搭載して再発売するという波乱もあった。その後もNECは自社開発のDISK-BASICやMS-DOSに自社製ハードウェアであるか確認する処理を付け加えるなどした(通称:EPSONチェック)が、セイコーエプソンではそれを解除するパッチ(SIP)を供給[22]し、サードパーティー機器の互換性検証を行い情報提供するなどして、地道にシェアを伸ばして行った。その後、AT互換機が普及するにつれて劣勢となってきた頃、NECはこのエプソンチェックを取り除くようになった。
エプソン以外にも、トムキャットコンピュータとプロサイドがPC/ATとPC-9800のデュアル互換機を販売したり、シャープのMZ-2861がソフトウェアエミュレーションによりPC-9800シリーズ用のソフトを動作させるなどのユニークな試みもあったが、定着には至らなかった。
但し、組み込み用を中心とする産業用コンピュータとしてワコム(現ロムウィン)社98BASEシリーズやエルミック・ウェスコム社iNHERITORシリーズなどが存在しており、これらはNECによるPC-9821シリーズを含むPC-9800シリーズ全体の打ち切り後も生産が続けられたため、既存ハード・ソフトウェア資産の継承が必要な工場向けや鉄道用信号機器向けなどを中心に一定の生産実績を残している。
前項の如く、互換機の販売には否定的であったNECであるが、周辺機器や拡張カード、特に純正品互換周辺機器の開発、販売には協力的で、非常に多くの製品が多くのメーカから販売されていた。特に、純正メモリにおいてはNECがサードパーティ製品の購入を積極的に推薦しているのではないかとユーザに思わせるような価格設定であった。
サードパーティー機器と互換性に関する話としてよくやり玉に上げられるのが55ボード問題である。
これは、PC-9801-55 SCSIホストアダプタ、及び、その相当品を内蔵する機種は、接続されているHDDが自社製のものであるか否かを判定するため、SCSIベンダIDの「NEC」という文字列を参照するチェックを行い、該当しないHDDが接続されていた場合その存在を無視、若しくはハングアップして起動しないと言う動作を指す。
この機器チェックは、黎明期にSCSIを導入したことに起因する。
PC-9801-50/PC-9801-55ボードが発売された当時、SCSIの規格は今で言う所のSCSI-1であり、CCS (Common Command Set) すら確定されていなかった。しかも、当時のNECが製造していたSCSI-HDDはSASI時代の仕様を引き継いでおり、SCSIのModeSenceコマンドに対して返す総セクタ数の値に代替セクタを含まず、しかも代替セクタ数を取得パラメータから逆算で算出可能な総ブロック数を返すReadCapacityコマンドにも対応していなかった[23]。
このため、NECは自社製SCSI-HDDを使用する限り、正しい容量情報を取得するにはModeSenceコマンドをHDDに対して発行してCHSデータを取得する他無かったのであるが、他社製SCSI-HDDの大半はこのコマンドに対して代替セクタを含めたセクタ数を返してくる仕様であったため、同じ方法で容量取得を行った場合、ディスクの論理破壊が発生する危険があった。55ボードのベンダチェックは本来その危険を未然に防止する目的で実装されたものであり、それゆえこの問題に無関係のMOやCD-ROM、スキャナといったHDD以外のデバイスIDを持つ機器についてはチェックは行われていない。事実、NEC純正の3.5インチMOドライブは松下電器のものをOEMで採用しており、ベンダIDも変更されていない。
この後、CCSが制定された際にもModeSenceコマンドは厳密に規定されず、その為この段階では互換性維持の観点からチェックが外されることは無かった。
この措置は最終的に、SCSI-2が策定された際にModeSenceでHDDのCHSとして代替セクタ数を含めた値を返すようになり、またReadCapacityコマンドの実装も正式に規定された事から、NECが生産するSCSI-HDDもこれに準拠するように変更[24]されてその意義を失った。そこでNECはまずベンダチェックを行って初期のNEC製HDDであるかどうかを判定してから55ボード互換動作をするか、それともセクタ長512byte、8ヘッド、32セクタとパラメータを決め打ちして(これが92互換ボード上での「8GBの壁」の主因である)ReadCapacityコマンドを用いる、標準的な容量取得方法を採るかを自動切換えする、PC-H98-B12・PC-9801-92 SCSIホストアダプタをリリースした。
これらの純正SCSI-2対応ボード登場までは、サードパーティーメーカー各社はこのチェックを回避するため、独自のディスクパラメータを採用する自社製のより高性能、高機能なSCSIホストアダプタとHDDを抱き合わせて販売するか、さもなくばNECのHDDを使用していた。これについてはサードパーティ各社がPC-9801-92登場後、自社製ホストアダプタが採用していたディスクパラメータとNECの新パラメータの両互換性を備える新ホストアダプタを、「マルチベンダ対応」と称して販売する事で対処している。なお、このマルチベンダ対応機能は自社製品のみならず同業他社のホストアダプタのパラメータにも対応するのが通例で、この機能の登場後は、Windows NT 4.0以降でPC-9801-55系のパラメータが事実上排除されたこともあってPC-9800シリーズ用SCSI HDDのディスクパラメータはPC-9801-92のものに急速に収斂して行くこととなった。
また、MOドライブ黎明期においては、MO非対応のMS-DOS5.0以前で使用する際、MOドライブをHDDとみなして接続する使用形態があった。そのため、富士通など一部のメーカー製MOドライブには、スイッチを切り替えるとHDDのデバイスタイプを返し、また55ボード問題を回避するため、例えば「NECITSU」などにベンダIDを変更してSCSI-1のNECベンダユニークコマンド互換モードで動作する機能を実装して販売されていた