PC-9821シリーズ とは?ページ内リンク ↓ウィキペディア(Wikipedia)記事 ↓Yahoo!知恵袋PC-9821シリーズは、日本電気 (NEC)が販売していたパーソナルコンピュータの製品群の名称である。 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 関連商品
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同社の看板製品、PC-9800シリーズの上位互換機で、同シリーズに含まれる。製品名の「9821」のうち、「21」部分だけが白抜き文字となっており、「21世紀に通用するPC-9800シリーズ」という意味が込められている。しかし、21世紀を待たずに新シリーズPC98-NXを発売。21世紀に入って数年で受注終了となった(PC-9800シリーズ受注終了のお知らせ)。
1992年10月に発売された、インテル80386SXCPU機である初代PC-9821「98MULTi」(ロゴでは「mULTi」)は、前年の1991年10月に発売された、Windows 3.0(+MME)環境のためハードウェアの拡張を施したマルチメディア志向の亜種「PC-98GS」の廉価版、という位置付けだった。
従来のPC-9800シリーズでは、グラフィック画面が640ドット×400ライン、16色を基本としていた。初代PC-9821ではそれに加え、640ドット×480ライン同時256色という拡張表示モードを持ち、グラフィックコントローラにEGC(Enhanced Graphic Charger)上位互換のPEGCを、音源としてFM音源(YM2608/PC-98DO+互換)およびPCM音源を搭載した。音源部は単体でPC-9801-86ボードとして発売された。PC-98GSと同様にCD-ROM(SCSI接続)を搭載し、PC-9801-55相当のSCSIも搭載していた。
PC/AT互換機を意識していたことを伺わせる仕様ではあるが、同時期の同価格帯のPC/AT互換機に比べると性能は劣っており、注目度が高かったわりに評価は芳しくなかった。ただMS-DOSにおける従来のPC-9800シリーズの資産も活用できた事は、当時としては強みだった。
Windows 3.xの時代(Windows 3.0の発売は英語版1990年5月/日本語版1991年2月、Windows 3.1は英語版1992年4月/日本語版1993年5月)には、主要なビジネスアプリケーションが相次いでWindowsへと対応したほか、DOS/Vの登場により、コンパックの製品など日本語に対応しつつも廉価なPC/AT互換機による攻勢が相次ぐようになり、日本の国産機メーカー各社はこれらへの対応を迫られていった。
これを受けて、PC-9800シリーズは1993年1月のモデルからほぼ全ての製品ラインナップがPC-9821化された。主力デスクトップ製品にはそれまでの型名だけでなく「98MATE」(ロゴでは「mATE」。通称で「Mate」と表記されることもある)という愛称が採用された。それまでのPC-9800シリーズは「98FELLOW」という愛称になって併売された。これにより、それまでの「40万円くらいがあたり前」だった98シリーズを価格によって二つのストリームに分け、従来の価格帯はハイエンドのPC-9821シリーズ(MATE)が担い、PC-9800シリーズ(FELLOW)は大幅な価格改定で20万円前後の廉価モデルという位置づけとなった。これは、DOSが依然として支配的でありながらもWindowsが普及しようとしていた当時、Windowsの使用も視野に入れたハイエンド・ユーザー層と安価なDOSマシンを求めるローエンド・ユーザー層の両方を獲得する狙いがあった。
また、従来のPC-9800シリーズはいかにも事務機然とした筐体デザインであったが、この時期に発売されたもの(98MULTi / 98MATE / 98FELLOW)は初代Macintoshのマウスや後にPalm Vなどのデザインを手掛けているIDEO社にデザインを依頼し、外観においても新世紀のオフィスPCというコンセプトを打ち出している。ただし、大幅なデザイン改訂を受けながらも、PC9800シリーズ伝統のアローラインは残されている。
二世代目のPC-9821シリーズとなった、PC-9821 Ap/As/Ae 等の98MATE Aシリーズは全機種Intel 486機となり、初代機同様のグラフィック・サウンド仕様を踏襲した上、従来のCバスに加え、CPUの高速化をふまえ独自の32bit98ローカルバススロットを装備した。更に上位機種ではWindows環境上でより高解像度・高速・多色表示を実現するグラフィックアクセラレータを搭載した。
追って追加された、廉価版であるPC-9821 Bp/Bs/Be 等の98MATE Bシリーズではグラフィックアクセラレータを搭載しているものの、音源およびPEGC、98ローカルバススロットの搭載は省略されていた。つまり、「9821」と銘打たれていながら、PC-9801シリーズと同様のハードウェアにグラフィックアクセラレータチップを追加しただけのものであり、実際にもPC-9801シリーズに対応する機種が存在しないBf以外はPC-9801BX2/BA2と共通の基板を使用してコストダウンを計っていた。
PEGCを拡張ボード形式で後付けすることはITF/BIOS ROMに対する修正も必要で機構的に実装が困難であったため、9821固有グラフィック機能を追加するアドオンカードは発売されず、その結果このB-MATEではA-MATE用の一部の256色対応ソフトが全く使用できないため、混乱が生じた[1]。
また、A-MATEにはPC-9801FX/FS/FAシリーズから採用されたSCSIデバイスを搭載するためのフロントベイ(「ファイルスロット」と呼ばれる)が搭載されているのに対し、B-MATEからはIDEデバイスのためのフロントベイ(「ファイルベイ」と呼ばれる)に変更されている。どちらも外見は似ているが、前者はフロントパネルを外してデバイスを挿入するだけのイージーメンテナンス仕様である[2]のに対し、後者はケースを開けて結線作業を行う必要のある、一般的なフロントベイとなっている。内蔵HDDについても同様で、A-MATEはコネクタの奥行きでSCSIとIDEを兼用するスロットと専用の特殊なHDDケースを用いることでフロントカバーを開けて差し込むだけの構造になっているのに対し、B-MATEはケースを開けて一般的な形でIDE HDDを内蔵するようになっている。このように、A-MATEからB-MATEになったことで従来のSCSI機器構成とメンテナンスの簡便さを意識した高コストなものから、IDE構成による互換性を意識した低コストなものへ移行している。これらは以降のX-MATE(MATE X)にも踏襲され、ひとつの転換点となっている。
また、家庭向けマルチメディアパソコンと言う位置づけで、初代機の形状と名を継ぎCRTモニタをセットにした「C」型番を持つ98MULTiシリーズも登場し、ラインナップに厚みを加えた。こちらは音源とPEGCは初代機・A-MATEと同様な一方で、A-MATEで導入されたローカルバス[3]スロットは搭載しなかった。
デスクトップに続いて1993年夏にはノート型にもVGA表示モード液晶を持ったPC-9821Neを登場させ、全シリーズの9821化が進んだ。これらは従来から「98NOTE」シリーズを名乗っていたが後に「Lavie」(標準ノート)、「Aile」(モバイルノート)のシリーズ名を与えられた。
上位のA-MATEシリーズは1993年7月に世界初のメーカ製Pentium搭載機PC-9821 Af(Pentium-60MHz)、同様に1994年5月に世界初のP54C搭載のPC-9821 An[4]を発売する等、PC-H98シリーズの後継として、PC-9800シリーズのフラグシップモデルとして展開された。
しかし、その2カ月後の1994年7月からのPC-9821シリーズは、PEGC相当の表示機能およびWindowsSoundSystem (WSS)[5] に準拠した新仕様のPCM音源(CS4231)を搭載した、PC-9821 Xn(Pentium-90MHz)/Xp/Xs/Xe(i486機)のX-MATEシリーズ[6]として、B-MATEと同様にコストパフォーマンスを追求する方向でシリーズを展開していった。これはマイクロソフトのPC95規格に対応した変更で、これによりB-MATEシリーズと、1994年10月のAp3/As3を最後にA-MATEシリーズは打ち切りとなり、またPC-9821シリーズにPC-9801-86ボード互換音源や5.25インチFDDは標準搭載されなくなった。
もっとも、このX-MATEシリーズ初代機以降及び同時期発表のPC-9821Ap3/As3のPEGC相当グラフィックコントローラからはVRAMプレーンアクセスモード等の使用頻度が低いと判断された機能が幾つか廃止されており、一部のPC-9821シリーズ対応DOSゲーム等で問題が生じるケースもあった。
また同じ7月には、PCIアーキテクチャに基づいたPC-9821である PC-9821 Xa/Xtが発売され、以降は、MUITiシリーズを1994年10月から引き継いだ98CanBeシリーズ以外のPentium搭載機では、ローカルバスに代わってPCIバスが採用されるようになった[7]。
CanBeシリーズであるCb/Cb2/Cf/Cx/Cx2と一部の98NOTEには継続してFM音源(YM2608下位互換のYMF288)が搭載されていたものの、PCM音源はWSS相当になっていた[8]。このCanBeシリーズは当初、蜂を模したマスコットキャラクター「キューハチ君」をあしらい、本体起動時にメモリチェックとMS-DOS起動の画面を隠すようにNECの画像ロゴが出るとともに、内蔵ハードディスクにインストール済みのWindows 3.1には独自のGUIランチャー「98ランチ」を備えていた。なお1995年11月のCx3以降では各音源の仕様が変更された上でMIDIサブボードの追加が可能となり、単体ではPC-9801-118ボードとして発売された。
1995年11月の日本語版Windows 95の登場とともに、PC-9821 Xaのアーキテクチャをそのままに低価格化してCRTモニタをセットにしたMATE VALUESTAR(バリュースター)シリーズが発売された事で、廉価版の位置づけで残っていたPC-9801シリーズ(FELLOW)は販売ラインから駆逐された。なお、PC-9801シリーズのデスクトップ型最終モデルとなったPC-9801BX4(DX4版は1995年7月/ODP版は9月)はPC-9821Xe10(1995年6月)と共通部品を使用しDOS上で640×480ドット256色表示可能であるなど、実質はPC-9821シリーズであった。
これに遅れること約半年、1996年6月にMATE Rシリーズの1番機となるPC-9821Ra20/N12が発表された。
従来ハイエンド機であるタワー型モデルの98PROことPC-9821St15・20にのみ搭載されていたPentium ProをCPUとして搭載し、PC/AT互換機市場で新機軸として打ち出された、ソフトウェアによる電源管理を可能とするATX規格を可能な限り取り込んだこのマシンは、MATE-RだけではなくMATE-Xを含め以後PC-9800シリーズそのものの終焉まで使用されることとなる新設計のデスクトップ筐体が採用された。この新筐体は
といった特徴を備え、Windows 95以降のOS側での電源制御を睨みつつ、ハードウェア構成の柔軟な変更に配慮したデザインとなった[11]。また、この機種ではマザーボード上のオンボードデバイスの構成も見直され、この時期のPCとしては珍しく、100Base-TX対応のi82557ネットワークインターフェイスコントローラが標準搭載とされている。
このPC-9821Ra20/N12はPentium Pro搭載であったため、OSとしてWindows NT Workstation 3.51がプリインストールされ、主として法人向けのネットワーククライアントマシンとしての使途を想定されていたが、実際には価格が従来のPentium Pro搭載機の半分以下であった[12]ためにこの機種は高速かつ廉価なWindows NTマシンを求める一部の個人ユーザー層の強い支持を受け、一時は予想外のヒットを飛ばす結果となった。
後に、ValueStarシリーズはCanBeシリーズのコンセプトを取り込み、広告に竹中直人を起用して家庭向けに、MATE Rシリーズは共通筐体にモデルチェンジした下位機種であるMATE Xシリーズ(/W型番以降)とともにビジネス向けを指向することとなる。
Windowsが3.xから95へと進化し、パーソナルコンピュータが爆発的に普及するつれ、PC-9800シリーズのソフトウェア資産を背景としたPC-9821シリーズの優位性は薄れ、逆に独自アーキテクチャであることが足かせとなりつつあった。
既にハードディスクやCD-ROM、メモリなど、ほとんどの周辺部品はほぼPC/AT互換機と同じ物を使うようになっていたが、Intelの新しいCPUとともに提供されるチップセットを採用しようにも、サウスブリッジは独自に専用LSIを開発する必要があり、しかもそのままではディスクBIOSの仕様の問題などからソフトウェアの互換性を維持したままでの内蔵IDE HDDのバスマスタ転送(UDMAモード)対応が困難であるなど、開発期間やコスト、あるいは性能面でPC/AT互換機と比較して著しく不利な状況であった。 もっとも、PIIX3以前の未成熟UDMAやノースブリッジである430HXの初期ロットのエラッタであるECCが使用出来ない等のトラブルが収束するのを見越してからチップセットを採用する事が出来たなど、信頼性の面においては必ずしも弱点とは言えなかった。
また1995年にはMacintoshを除く他社の独自アーキテクチャのパソコンや、唯一の互換機であるEPSON PCシリーズの販売が次々と終了し、日本国内の各社のパソコンは完全にPC/AT互換機路線に移行。PC-9821シリーズは完全に「PC界の孤児」となった。
とは言うものの、Pentium Proを搭載したPC-9821 St15(98Pro)はCPU発表と同月に、Pentium IIを搭載し、RCC社(後のServerWorks社/現BroadCom社の1部門)のChampion1.0 チップセットをPC-9821用にカスタマイズして搭載した PC-9821 RvII26はCPU発表の2カ月後に発売していたことから、NECの開発能力は高く評価して良いであろう。
1997年10月、NEC製のPC/AT互換機といえるPC 97ハードウェアデザインガイドに完全準拠したPC98-NXシリーズが発表され、PC-9821シリーズは主役の座を降りることとなり、同時に1982年以来続いたPC-9800シリーズは第一線を退いた[13]。奇しくも発売15年目のことである。
この時の公約通り、後にPC-9821版のWindows 98/SEとWindows 2000が発売された。
しかし、主に生産現場などで専用ソフトウェア環境など、エミュレーションでは拡張性(主にCバス用拡張ボード)や信頼性などの点で対応できない需要の為、その後も細々とながら開発・生産が続けられた。
2003年9月30日をもってNECはPC-9821シリーズの受注を終了し、これを以ってNECにおける全PC-9800シリーズのプロジェクトがクローズされ、その時代の幕を下ろした。
しかしその後も、P2P専用機やファイルサーバーなどとして、PC-9821シリーズを「現役」に留まらせる事が、ディープなファンの間で行われるようになる。信頼性が高く運用の容易なWindows 2000がギリギリで発売された事が、その支えとなった。また一部のサードパーティーからはこれを支援するように「SCSIなどの複合PCIボード」「PCIをAGPに変換するボード」などのマニアックなアイテムが「使用は自己責任で」という断りつきで発売された。
一方、主にソフトウェア資産活用を目的として新規ハード需要も僅かに残っていることから、数社からPC-9800互換機が発売された。NECの規模とマーケティングからは既に「終了した」規格であるため、かつてのエプソン互換機との競合のような状態には至らなかった。しかし、これらはいずれも16色時代のPC-9801シリーズの相当品であり、NECオリジナルのPC-9800シリーズを凌駕する性能の機種はいまだ発売されていない。
PC-9800シリーズには、Windows 1.0から移植が行われていた。WindowsはGUIを実現する環境というほかに、MS-DOSでは実現できなかった、異機種間でのグラフィック描画などの共通化を念頭に置いて設計されていた。
本節では、PC/AT互換機との相違と一般にWindowsという存在が知られはじめたWindows3.x以降のバージョンについて記述する。
PC/AT互換機とPC-98x1シリーズは一般に言われているほどハードウェアには差が無い。ソフトウェアを書く側からは、MS-DOS上のプログラムを記述する限りにおいて、表示系とパラレルコントローラ、サウンドなどを除き、OSおよびドライバレベルでの隠蔽やポート番号や割り込みベクタの変更程度で対処可能であった。以下に主なハード的な差異を列挙する。
これは全くと言って良いほど互換性が無い。PC-98x1の場合、基本グラフィックは各機種完全上位互換でそれにグラフィックアクセラレータを追加する形式となっている。コネクタ形状は、モノクロ、デジタルRGB、H98、アナログRGB、VGA互換と計5種存在するが、最後の3つについては映像信号線においては互換性がある。PC/AT、PS/2の場合、CGA/MDA/Hercules/EGA/VGA/XGA/XGA2全てにおいてハード的な互換性が低くディスプレイコネクタも統一されていなかった。Windows 3.x普及期において、PC/AT互換機で用いられたVESA仕様のBIOSを持つグラフィックアクセラレータが登場するに至って、ようやくコネクタ形状の統一や下位互換性が保証されたという有り様である。 Windows 3.1の頃からWindowsアクセラレーターボードなるものが使われるようになった。内蔵の機種もあったが、一部の機種は、アクセラレーターボードを増設しないとWindowsが640x400x16色でしか使用できなかった。 また、アクセラレータを増設した場合はDOSでの描画にグラフィックビデオRAMと、テキストビデオRAMを使用した画面出力とし、Windows上ではアクセラレータからの画面出力を用いたため、アクセラレータボードから出た信号を一旦、RGB-IN端子でPC内部に引き込み、RGB-OUT端子から出力するか、またはRGB-IN端子のあるアクセラレータボードを増設して本体のRGB-OUTからアクセラレータのRGB-IN、アクセラレータのRGB-OUTから出力した。こうすることによって本体またはアクセラレータ上の自動切り替え機能によってWindowsが起動すると画面がアクセラレータ出力の画面に自動的に切り替わり、2種類のまったく互換性のない描画機能を両立していた。 一部機種にはRGB-IN端子がない機種があり、その機種にはRGB-IN端子のないアクセラレーターボードを増設することは出来ないとされていた。(ただしこれはそれぞれのRGB-OUT端子を切り替え器につなぎ、Windowsの起動・終了をするたびに手動で切り替える事によって対応可能) なお、Canbeシリーズはテレビチューナボードの関係で内部接続されており、RGB-IN端子はなかった。
PC-98x1の方が分解能が低く、Windowsのタイマ関数呼び出しの際、APIに記述されている注意書き(注:ハードウェア依存のため、指定値通りに動作するとは限らない)を無視して実装されたアプリケーションには問題が発生した。後年、Win32とPentium機の組み合わせでは、CPUの超高分解能タイマを使用するようWindows側の実装が変更された。
Intel 8259相当の割り込みコントローラをカスケード接続している所は全く同じであるが、割り込み番号と機器の対応には互換性がない。
PC-98x1はD-Sub25ピンコネクタでRS-232C準拠であり同期転送モードもサポートするが、PC/ATはサブセットのEIA-574であり、主にD-Sub9ピンコネクタで非同期転送のみサポートする。ちなみに、PCIベース(一部PCIがないものも)の9821の2ポート目のD-Sub 9ピンコネクタ(通称2nd CCU)は非同期モードのみサポートする。
PC-9801はプリンタの接続のみを考慮し、セントロニクス標準コネクタから不要な信号線を省いたフルピッチベローズ型コネクタを採用していた。PC-H98やPC-9821の中期モデル(As2やAp2など)からは、ハーフピッチ化したフル仕様のコネクタを採用し、セントロニクス準拠の双方向通信が可能となっている。PC/ATは信号線や仕様こそセントロニクスに準拠しているものの、何故かRS-232Cのコネクタと全く同じD-Subタイプのコネクタを採用している。
PC-98x1はマイクロソフト仕様のバスマウスを標準採用している。また、初期にはマイクロソフト仕様のシリアルマウスも使用されていた。PC/ATにおいては、標準仕様が存在せず、マイクロソフト仕様のシリアルマウスが主に使用されていた。PS/2以降ではPS/2マウスが主流となっている。
PC-98x1のバスマウスでホイールに対応したものは無く、ハード的にもホイールの実装が困難である。ホイールマウスを使用するにはUSBマウスやシリアルマウスを使うか、PS/2マウスを市販の変換機を介してシリアルポート・バスマウスコネクタ併用で使用する。なお、起動時にのみ初期化が実行されるPS/2マウスと異なり、98用バスマウスは動作中に抜き差ししても問題なく動作する仕様である。
2nd CCU搭載機種においてはPC/AT用に販売されたシリアルマウスがWindows上に限って特別なドライバなしに使えた。
PC-98x1はキーボードも異なる。PC/AT互換機と異なるのは、STOP、COPY、XFER、NFER、HOME CLR、HELP、カナ、GRPHキーである。PC/AT互換機でいえば、Break、PrtScr、変換、無変換、Homeに相当する。HELP、カナ、GRPHはPC-98x1のみに存在する。Windows 95発売以降の機種は、PC/AT互換機との操作性の共通化のため、HELPキーの側面にはEnd、GRPHキーの側面にはAltと刻印されていた。つまり、メニューバーのファイル(F)を開くには、GRPHキーとFキーを押すことになる。GRPHキーと文字キーを押すと、半角の年、月、日、時、分、秒などの記号を入力することが出来た。 漢字の入力はCTRLキーと、XFERキーを押すことで可能になる。また、FEPやIMEによらず、カナキーをロック状態にすることで半角カタカナが入力できた。 Roll-Up、Roll-Downは、それぞれPageDown、PageUpに相当する。つまりPC/AT互換機とは逆である。 ファンクションキーはF・1~F・10、機種によってはVF・1~VF・5がある(PC/AT互換機はF・1~F・12)。一部の機種は、VFキーの上の部分が透明のカバーになっていてそれを外して、中に紙などを挿めるようになっていた。 CAPSキーとカナキーは初期はオン・オフによってキーが半分沈んだり、元の高さ(位置)に戻る構造になっていたが、後に、押すとLEDが点灯する方式になった。
これは、OS/2などの出現で、画面上の各ウィンドウごとにCAPS・カナキーのステータスが異なるケースが発生しうるようになり、機械的なロック機構によるCAPS・カナキーの状態表示では正しく対応できなくなったことへの対策として実施されたものであり、出荷時に286以上のCPUを搭載する機種に添付のキーボードより変更されている。
オプションとしてPC/AT互換機と同配列の106キーボードや、特定のNEC製ソフトウェアに対応した専用キーボードもNEC純正オプションとして発売されていた(PC-9800シリーズ#キーボード一覧を参照)。逆にPC-98NXシリーズではPC-98x1シリーズと同配列のUSBキーボードが発売されていた。
PC-9801は長らく1.25MBフォーマットを採用していたが、PC-9821の頃から、PC/AT互換機と同じ1.44MBのフォーマットも扱えるようになった。ただし、MS-DOSがそれに対応しているバージョン(Ver.5.00A-H以降)である必要がある。現在のPC/AT互換機では、1.25MBを読み書き(一部はフォーマットが出来ないなどの制限あり)するには、3-MODEに対応したBIOSとドライブを用意し、ドライバを組み込む必要がある。メーカー製PCでは大抵扱うことが出来る。 98シリーズは、PC/AT互換機と違い、ドライブの質が一定だったため、[16]フロッピーディスクの特定のトラックに特殊なフォーマットを施し、それをチェックすることで正規品か否かの判断をするコピープロテクトが主にゲームソフトで使われていた。これは単なるコピーでは正確にコピーすることが出来ないため、(特殊なフォーマットが施されたトラック)コピーしたディスクでは動作しないようになっていた。なお、コピープロテクトを外すソフトが売られていた。(詳細は割愛)
PC-9801のデスクトップ機の内蔵ハードディスクは、FA/FS/FXを除き、40MB迄はSASI、100MB以上はSCSIが採用されていた。98NOTEではPC/AT互換機で一般的なIDE仕様のハードディスクを採用した。
後のPC-9821では内蔵用HDDはIDEが標準となり、途中からは540MB以上を認識可能なE-IDE仕様となった[17]。PC/AT互換機との最大の違いは、2ポート4台の接続をPC/AT互換機で言う所の1ポート2台分のリソースで実現していた所であろう。
なお、PCI機初期のタワー型をはじめとするハイエンド機は軒並みSCSI-HAをオンボードで搭載しており、制限は「32Gの壁」くらいであった。
Windows 95 OSR2のPC/AT互換機版ではUltra DMA (ATA-33)に対応したが、PC-9821シリーズの内蔵コントローラでは末期に至るまでPIOモードのみのサポートであった。Ultra DMAを使うには後に発売されたサードパーティー製の拡張IDEボードに頼る必要があった。もっとも、PIO4の性能すら出せない世代のHDDが標準搭載されていた時代の話であり、NECはそれ以上を求めるユーザはPCIのUltraWideのSCSI-HAを介してHDDを使用せよとの対応を取ったため、PCIバス対応SCSI-HAをオプション提供するに留めている。
なお、Socket5を搭載するX-MATEの一部機種に変換ソケットを使用してMMX Pentiumを搭載した場合、内蔵IDEインターフェイスが有効であるとITFのコーディングの関係で起動に失敗するものがあり、この対策としてオンボードのIDEは使用せず全ドライブをSCSIで統一するユーザーも少なからずいた[18]。これは、NECもIntelもCPU乗せ替えを保証しない機種に対して無理矢理搭載した場合に起こる不具合であり、IntelからPC-9821版として販売されたODPには専用のITF書き替えプログラムが添付されており、それを対象機種に使用する限りにおいては全く問題なく動作した。但し、対象機種はIntel製チップセット搭載機に限られたため、VLSI製チップセット搭載機の場合はその恩恵にあずかる事は出来ず、前述の全SCSI化以外の選択肢が無かった。
もっとも、CPU載せ変えによるこれらの不具合はサポートされていないCPUをPC/AT互換機に搭載した場合でも発生する。
PC-98x1とPC/AT互換機ではパーティション管理に全く互換性は無い。
PC/AT互換機では、1HDDにつき基本パーティションを4つのみ切る事のみが可能であり、そのうち1つからbootすることが可能である構造となっている。ちなみに拡張パーティションは基本パーティションの1変種である(詳細はマスターブートレコード等を参照されたい)。そのため、極少数の例外を除き、最初HDDのアクティブな基本パーティションから起動する事を想定して実装されているため、複数のOSを同居させることは困難を極め、それを実現するには特殊なブートマネージャを別途手配せねばならない。
逆に、PC-98x1にはブートメニューが用意され、複数のOSを任意のドライブの任意のパーティションに導入し、同居させることが出来たのは特筆すべき利点であろう。
その他の違いとして、標準のMS-DOS/Windowsでのハードディスクの先頭ドライブレターが、PC/AT互換機では起動先に関わらずC:から固定で割り当てられるが(フロッピーディスクはA:、B:固定)、PC-98x1ではハードディスクから起動するとA:から、フロッピーディスクから起動するとフロッピーディスクがA:となり、それらの後に割り当てられる[19]。
PC-9801ではサウンドカードとしてFM音源のYM2203(PC-9801-26)をサポートし、PC-9821では上位のYM2608 (PC-9801-86)を採用した。後者は前者の完全上位互換の上、PC-8800シリーズにおいて長年に渡って使用されてきた枯れた音源であったため、これらの間では互換性の面では問題はなかった。もっとも、その後Windows 95時代になって登場したPC-9801-118およびこれに相当する内蔵音源では、YM2608の生産終了とWindows上での内蔵シンセサイザの高機能化要求から、YM2608の一部機能を省略したYMF288とSoundBLASTER 16で採用されていたYMF262-Mの機能を折衷・統合したYMF297が採用されたが、こちらはDOSレベルでの互換性にかなり難があり[20]、ヘビーユーザーの批判にさらされることとなった。
PC-DOS時代のPC/AT互換機の音源は、有名な所ではCreative社のSoundBlaster/16/AWE32やGravis社の UltraSound等が群雄割拠しており、各ソフトウェアの側で複数のサウンドカードに個別にサポートする、といった対応がとられていた。もっともメガデモと称される有志作成のデモンストレーションではよりハードウェア構造の公開されていたGravis UltraSoundが圧倒的に支持されていた。
Windows 3.1にマルチメディア拡張が搭載され、マイクロソフトがMMCガイドラインにおいて標準PCM音源としてWSSを規定したため、両機種ともその互換PCM音源を搭載することになったものの、既存のMS-DOS用のソフトではWSSに対応しておらず、混乱が生じた。Windows 9xではPC-9801-86のPCMもサポートされたものの、同カードではPIO転送時の負荷が大きいため、場合によっては「音飛び」が発生する問題があった。なおWSS音源搭載WindowsマシンにPC-9801-86を挿して共存させようにも、音源種別を識別するための一部のI/Oポートが重複するなどリソースの競合が見られ、WSS音源のINTを変えるだけでは正常動作しなかったため、フリーソフトの切り替えツールを併用する必要があった[21]。
PC-9821ではチップセットにインテル430VXを使用した機種の一部にUSBポートが搭載されている(Xcシリーズ、V166、V200など)。もっとも「PC-9821シリーズでは使用できません」と明記してあるUSB対応機器も多い。
Windows 3.1は高速化の為に固定スワップファイルへのファイルシステムAPIを経由しない直アクセス等のPC/AT互換機にべったりと依存した実装を行っていたため、移植が困難であったと言われている。もっとも、FMRシリーズやJ3100シリーズやマルチ16シリーズ等にも各社が移植を行っていたため、困難であったか否かの判断は難しい。
ただ、発売当初は、マイクロソフトのPC/AT版の品質が最も低く、一番安定していたのがNECのPC-9821版で、IBMのPS/2版がそれに次ぐ安定性を誇っていたと言う事実が残されているのみである。当時、Windows 3.1の日本語への移植はNECが担当していた。また、EPSONからも自社機向けに発売されていたが、こちらはPC-9821のPEGCドライバが同梱されていない。
一般には、PC-9821がPCIアーキテクチャへ転換したため、Windows 9x系の移植に有利となったと言われているが、これは間違いである。本家PC-AT互換機版がISAやISA+VL世代の機器をも動作対象としていたことから類推できよう。
Windows 3.1に比べ、OS本体の仮想化が進んでいたため、ドライバやVXDレベルに差異を押し込めることが可能になったのでOS本体の移植の難易度は下がり、ドライバの開発が困難になったのでは無いかと思われるが、他の国産機への移植がFM TOWNSとEPSON 98互換機のみであったため、判断は難しい。
本来、複数のCPUアーキテクチャでの動作を前提としていたWindows NT系は移植が楽で、極論すればHALと98形式のHDDパーティション解析レイヤとドライバ類だけ開発すれば良い。
実際、NT系の抽象化具合は素晴らしく、Windows NT 3.1の時代からWindows 2000に至るまで、ネットワークカード等のROMを持たないカードは当然として、PCIの機種依存実装の見本とも言えるビデオカードがPC/AT互換機のドライバで(内部のリレースイッチ切り替えを除き)動作し、SCSIカードやRAIDコントローラもBOOTを前提としなければドライバを含めてそのまま利用可能である。Windows 2000であればUSBボードを用いてスクロールマウスを実装することも可能である。ただし、PC-9800版Windows 2000にはUSB2.0のEHCI (Enhanced Host Controller Interface)ドライバが含まれていないため、インストールには若干の知識と工夫を要する。
また、デフラグメントソフトウェアであるDiskeeper(Ver2.0相当がWindows 2000以降に標準搭載)がローカライズ無しに全ての機能が完璧に動作するなどWindows API面からの抽象化、仮想化もかなり高度なレベルで実装されている。
下記の他、PC-9821Ts(液晶モニタ一体型)、PC-9821Cr13(98MULTi CanBe Jam / 通称「ミシン型CanBe」。TFT液晶モニタ一体型、CバスやPCIバスがなくPCカードスロットがある)、PC-9821F200・F166(98FINE、液晶モニタ一体型)が存在する。
下記の他、Xcシリーズ(98MATE X)およびVALUESTARの一部モデル(V200/M7など)がある。
A4型のNシリーズ、それ以下のサイズでサブノート型のLシリーズがある。多くはWSS相当のPCM音源を搭載する他、Nシリーズの一部機種はFM音源も内蔵する。液晶ディスプレイについては廉価版はデュアルスキャンSTN、それ以外はTFTを採用していた。Windows 95登場以前の機種は、DOSでの利用を考慮して、「RAMドライブ」なる機能が実装されていた。この機能は、内蔵メモリから1.25MB(1.44MBは不可)を割り当てることができ、また、ハードウェアレベルでサポートされていたため、ドライバは不要で、ソフトウェアからはFDDとして認識される。内容はアダプタが接続されているか、バッテリー容量が十分ある間は保護されていた。この機能は、一部のDOSソフトウェア(主にゲームソフト)が、2FDD構成でなければ動作しないものがあったためである。ちなみに、ノートシリーズは1FDD構成。ただし、多くのゲームソフトに採用されていた、コピープロテクトされたディスクをコピーしても起動することはできなかった(プロテクトチェックに引っかかるため)。そのため、多くのゲームソフトウェアは起動用のディスクにプロテクトを掛けることが多かったため、プロテクトの掛けられていないデータディスクをコピーして、正規のFDDに起動用ディスクをセットして起動させることになる。ただし、データディスクが複数枚あるソフトウェアの場合、途中で入れ替え(RAMドライブの内容書き換え)ができないため、不便である。Windows 95登場以降の機種にはこの機能は実装されていない。
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